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1章第1話 未登録

暗い。

硬く、平らで、逃げ場のない冷たさ。俺は、何かの上に寝かされているらしい。


「……起動確認」


低い声が聞こえた。男の声だ。感情はない。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。理由は分からない。ただ、嫌な感じがした。


息を吸う。空気が肺に入っただけで、胸が痛んだ。


「反応あり。意識レベル、低」


別の声が重なる。近くにいるはずなのに、距離を感じた。まるで、俺を物として見ているみたいだった。


重たいまぶたを、ゆっくり開く。視界に入ったのは、白い天井だった。

端が見えないほど広い空間に、同じ形の照明が規則正しく並んでいる。

影がほとんどない。


記憶を探る。

何もない。


名前も、年齢も、ここに来た理由も。頭の中は、空っぽだった。分かるのは、この体が自分のものであることと、動かしづらいということだけだ。


視界の端で、人影が動く。白い服を着た大人たちだった。俺を見ているはずなのに、視線が合わない。彼らは俺ではなく、俺の「データ」を見ていた。


「識別は?」

「……該当なし」


その一言で、空気が変わった。


「番号がないのか?」

「登録漏れ?」

「ログを確認しろ」


短い言葉が、淡々と飛び交う。俺には意味がよく分からない。でも、自分に関する話だということだけは伝わってきた。

少しして、はっきりした声が響いた。


「確認完了。本個体は――未登録」


未登録。

それが、俺に与えられた唯一の呼び方だった。


「基準未満ということか」

「勇者としては使えない」

「廃棄対象だ」


簡単に決まった。相談も、迷いもない。まるで、壊れた道具を片づけるみたいに。


そのとき、指先がわずかに動いた。自分でも驚くほど、勝手に震えた。それを見た誰かが言った。


「……まだ動くのか」


「無駄に生命反応があるな」


無駄。

その言葉が、なぜか胸に残った。


体を固定していた装置が外され、下の台が動き出す。視界がゆっくり流れる。白い通路が続いている。どこまで進んでも、同じ景色だ。


この施設は、異様に大きい。人が造ったものなのに、終わりが見えない。


しばらく進むと、通路の様子が変わった。壁の白がくすみ、床には傷が増える。照明の数も減り、影が濃くなる。


「廃棄ルート」


誰かが、事務的に言った。


次の瞬間、台が止まり、俺の体は前に投げ出された。床に叩きつけられ、息が詰まる。痛みで、一瞬何も考えられなかった。


顔を上げて、理解した。


床には、人だったものが転がっている。性別はバラバラだが、何かしら俺と同じものを感じた。


「………ぁ…………」


喉から、変な音が漏れた。声にならない。後ずさり、手を後ろにつくと、何か柔らかいものに触れた。触れてはいけないと、本能が叫ぶ。


扉が閉まる。重い金属音が響き、光がだんだんと細くなり、消えた。


怖い。

はっきりとそう思った。


暗闇の中で必死に目を凝らすと、壁の端が崩れているのが見えた。完全には塞がれていない。人一人が、無理をすれば通れそうな隙間。


考える前に、体が動いた。這って、擦って、引きずって。痛みは後から来た。


隙間を抜けた先に、光が見えた。

体を引きずり、外へ出る。


そこには、巨大な建物がそびえていた。無機質で、高く、終わりが見えない壁。その向こうに、小さく街が見える。


時間が経っていくにつれて、この世界の前提知識、常識などが流れ込んできた。

俺は、国が造った勇者の失敗作だ。

そして、運よく廃棄から逃れた。


無駄に生命反応があると言っていたし、そもそも失敗作が脱出を試みるということすら考えなかったのだろう。


風が吹いた。それは、命令でも、救いでもなかった。

ただの風だった。

俺はその場に立ち尽くしたまま、どうしていいか分からなかった。


生きていいのか。

そもそも俺はなんなのか。


答えは、どこにもなかった。

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