公園の公衆トイレ
深夜2時少し前のある森林公園。
ここの公衆トイレではなかなかエグい心霊現象が起こるという。
やれ昔は墓場だった、やれ何かを供養する塚を壊して作られた、だの信憑性のない噂ばかり。
その死者の霊が現れるのだという。
オカルト好きの私は、興味本位でそれを体験しに来たのだ。
何かあってもなくても話のネタになる。
スマホの動画撮影アプリを起動させ、灯りのついた例のトイレに入った。
が、一目で拍子抜けした。
衛生的に劣悪な環境を想像していたのに、床のタイルも壁にも目立った汚れ1つない。
磨かれた鏡のある洗面台には新品のハンドソープ。
さわやかな芳香剤まで置いてある。
換気扇も動いていて、悪臭などみじんも感じない。
霊が出るには綺麗すぎるでしょ。
出ると噂の、1番奥の個室に入ってみる。
これまた、逆の意味でがっかりした。
後ろにタンクがあるタイプの一般的な洋式便器。
壁にはウォシュレットなどのリモコンパネル。
平らなトイレットペーパーホルダーにロールが2つ、棚の上には予備がさらに2つ。
便座を拭くための消毒スプレーまである。
デパートのトイレと変わらない充実っぷりだ。
まあ、来た以上は出るという2時まで待つか。
私は便座に座り、ホルダーにスマホを置いた。
ドアの上と、隣の個室とを区切る壁の上は、天井まで拳3つ分ほど空いていて、密閉感は少ない。
半ばリラックスしていると、ほどなくスマホの時計が2時になった。
「⋯⋯⋯⋯なんだ、なんにも起きないじゃん」
そのとき、
すぅと灯りがほのかになり、急に薄暗くなった。
そして、
ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ
誰かがタイルの上を歩いている。
質感からして、裸足だ。
ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ
ヒタヒタ ヒタヒタ ヒタヒタ
ヒタヒタヒタ ヒタヒタヒタ
ヒタヒタヒタヒタ ヒタヒタヒタヒタ
増えている。
それほど広くないはずのトイレの中を、かなりの人数が歩き回っている。
うそ、ホントに出たの!?
これが心霊現象!?
まずい、こんなの動画撮影どころじゃない!
スマホを手に、便座から立ち上がろうとしたとき、
「? ひっ!」
便器の後ろから床を這うように伸びた、
2本の青白い手が、私の足首をつかんでいた。
もがこうとすると、背後からもう2本が手首を押さえつけてくる。
「ひやっ! ああああ!」
なんとか振りほどこうと、体を何度もひねる。
その動きのなかで、上を仰ぎ見た。
「ひ、ひいぃっ!」
そこには、
ドアと壁の上にある隙間に、いくつもの人の顔がひしめいていた。
そのどれもが、眼窩に闇のつまった、真っ黒な眼差しでこちらを見ながら。
今まで覚えたことのない怖気と寒気が体に走る。
私は身をこわばらせ、震えながら悲鳴を上げた。
理性で抑えきれない恐怖が放たせた絶叫だった。
夜起きて、トイレにこれが出てきたら嫌だね。