ゴミ捨て場にて
「おやおや。こんなところで人間に会うとは」
悪魔は人間に微笑んだ。
幼い少女は悪魔を見上げた――涙を浮かべたまま。
「ここがどこかも分かっていないというような顔をしているな。ここはゴミ捨て場だ。ゴミを捨てる場所」
悪魔の言葉に少女は頷いた。
――流石に理解は出来ているようだな。
どうやら白痴ではないらしい。
「にしても無残な姿だ。腕を折られ足を曲げられ、挙句に片目も見えていないだろう?」
少女は頷いた。
まるで小説の一文を読んだだけとでも言いたげに。
ただ事実を確認するように。
「なるほど。死ねることを喜んでいるのか」
微笑んだ。
この状況で。
悪魔は一瞬言葉を失う。
「憐れな。死ねることを喜ぶなどと」
あなたも同じだ。
「なんと――?」
あなたも同じだ。
死ねることを喜んでいる。
口を開かれずに語られた言葉に悪魔は時を失う。
――かつて、愛した何かをふと思い出したのだ。
故に悪魔は微笑んだ。
「違う。お前は人間だ。私とは違う――そして、人間だからまだ足掻け。私と違い消えるだけの存在ではないのだから」
少女は首を振る。
――悪魔もまた首を振った。
「喋ってみろ、そして動いてみろ」
片目に光が戻り傷だらけの足が生まれたばかりのように傷一つない――白になる。
「驚いたか? 安心していただろう? 死ねることに」
少女は無言のまま悪魔を見つめた。
ざまぁみろ――貴様はまだ生きていかなければならない。
悪魔は無言で指を差す。
出口へと。
――希望の方へと。
「生きろ。藻掻け――命がある限り」
少女は礼を言って立ち上がる。
悪魔の心に一瞬、全てが浮かんだ。
そして、それに気づかぬ振りをして捨てようとした。
どうせ、もう全てが遅いから。
全てがもう無意味だから。
――消えゆく自分にとって。
「さよなら――かみさま」
少女の言葉に悪魔は我を忘れた。
――違う。
取り戻したのだ――捨てようとしていた全てを。
少女の言葉に返すことは出来なかった。
もう意思以外は残っていなかったから。
もう。
消えていくことしか出来なかったから。
踵を返して歩く少女を見送った。
最後の最後に人間を愛していたことを思い出した事を感謝しながら。
――これは神様が失われ、聖女が生まれた日の物語