あらゆる予想に反して
煤汚れた空の下、公園のベンチに腰掛けた私は一人、誰もいない公園を眺めていた。
時計の時刻は午後3時を指していた。普段は子供達の遊び場となるような公園も、平日のこの時間は静まり返っている。今にも泣き出しそうな空を見上げながら、私は自身の鬱屈な人生について考えていた。
今年で30歳を迎える私は、昔から引っ込み思案な性格で友達も少なく、社会人になってからは数少ない友人からも疎遠となった、もちろん恋人と呼べる存在もいない。職場と家を往復するだけの退屈な日々を送っていた。
そんな退屈で意味のない人生に嫌気はさすが、特に死にたいと思うわけでもなかった。こうして営業の外回りを利用しうまく仕事をサボりつつ、ダラダラと日々を消費している。ただ、自身の人生が鬱屈であるという感覚だけがあった。
「パチンコでも行こうかな」
独り呟きながら、私は視線を空から正面へと移した。
その時、公園に入ってくる一人の女が視界に入った。歳は20代前半といったところだろうか、手入れのされていない長い黒髪と野暮ったい黒縁の眼鏡をかけており、上下ジャージを着ていた。絵に描いたように芋臭い娘だった。
小さな公園なのでベンチは一つしかない、必然その女は私の隣に腰をかけた。
特に予定のなかった私は、平日昼間に公園に来た人間に少し興味が湧き、パチンコに行くのを辞めて携帯を取り出し、横目で少し観察してみることにした。
その女は先ほどの私と同じようにしばらく空を眺めた後、ポケットに手を入れた。私と同じように携帯でも取り出すのだろう、それにしてもなぜ平日昼間にこんな辺鄙な場所に訪れたのだろうか、学生でも社会人でもないなら、浪人生が勉強の息抜きに訪れたのだろうかー、そんなことを考えていると、その女がポケットから、拳銃を取り出した。
瞬間、全身から汗が吹き出るのを感じた。エアガンにはない重厚感と、年若い娘が平日昼間の公園で拳銃を持っているという異常性が、それが本物であることを物語っていた。
女は何も言わずに取り出したものを眺めている。私は凍ったようにその場から動けなかった、下手に動いて刺激もできない。1秒がまるで1時間にも感じる中で、私はただ女の行動を観察していた。
ふと、何も言わず、銃口がこちらに向けられた。
「まっ、待ってくれ...」
喉の奥から言葉を絞り出す。口の中に既に水分はなく、ガサガサとした声になった。こんなところで訳もわからず死にたくない。なんの恨みも買ったわけでもないのに、絶対にこんな所で殺されたくない!
しばらく無言の時間が流れた後、ドカンッ!、轟音が響いた。女が引き金を引いたのだ。
私の耳にキーンという甲高い音が響くが、どこも痛くはなかった。弾は私に当たることはなかった、どうやら弾は込められていないようだった。
股に生暖かい感触を感じた、失禁をしたのだ。極限状態になると本当に失禁するんだな、場違いにもそんな思考が生まれた。
「ひいいいぃいいいい」
気づけば、私は駆け出していた。足と足がもつれながら、四肢を全力で振り回してその場から離れる。
無我夢中で私は走った。意識がはっきりとしてきた時には、どれほど走ったのだろうか、まるで見たことのないような河川敷に来ていた。
走り疲れ足を止めた私は、河川敷から見える夕日に目を向けた、あれほど曇っていた空はいつの間にか晴れ、真っ赤な夕日が空を茜色に染めていた。
川沿いのグラウンドで野球をしている少年達の声が私の耳に届いてきた。自然と声の方を向くと、土手に茂った草花たちも茜色に染められ、一陣の風が吹き、ザワザワと揺れているのが目に入った。
生きている、突然私は強くそう実感した。
「ぃやったああああああああ」
気づけば叫んでいた。河川敷に私の声が響き、周りを歩いている人々から不審な目で見られたが、まるで気にならなかった。私は生き残った!喜びで全身が震えるのがわかった。
退屈だと思っていた私の人生は、私にとってこれほど価値のあるものだったのだ。