青春の刻
宝石のような一日から五日が過ぎた。美菜たち三人は、変わらずアルバイト生活を楽しんでいた。
あの日、遼平がミニスカート姿で帰宅したとき、母親はとても喜んだそうだ。元々遼平の母親は女の子が欲しくて、幼い遼平に女の子の服を着せたかったのだが、父親がそういうことを嫌がる人だったので、里帰りしたときに、こっそりと従姉の服を着せたりしてたそうだ。
その時の写真があるということなので、遼平に持ってきてもらい、三人で見た。
可愛らしさに思わず胸がキュンとなるような姿だった。美菜は遼平と結婚して、こんな子ができたらと心から思った。すかさず、あかりが「先輩、今こんな子が欲しいって思ったでしょう」と言った。相変わらず、あかりの勘の良さには驚かされる。悔しかったから「やっぱり、あかりちゃんは夢の中の架空の存在らしい」と言って、慌てさせてやった。
あの日の昼間の出来事は、その翌日、あかりがマスターにすべて話したという。あかりの予想通り、美菜の失恋の場面で、マスターは涙ぐんでいたそうだ。美菜が夢にこだわっていたことをしきりに不思議がっていたというが、あかりがうまくとぼけてくれたようだ。それを納得してもらうには、すべてを話す必要があり、それはやめてもらっている。
マスターといえば、午後に客が途切れたときに、遼平と駐車場でキャッチボールをするのが日課になっていた。マスターは地元の野球チームに所属していて、毎週日曜の午前中に試合があるのだそうだ。事務室にグローブとボールを備えていて、バットも事務室の入り口付近のロッカーに立てかけている。時間が空くたびに事務室内で素振りをしている気配がする。
キャッチボールは、美菜がバイトを始める数日前から始めているそうで、遼平がウエイトレス姿になっても続けている。駐車場は店の隣の空き地で、二列で計十数台停まれる広さがある。といっても車で来る客はほとんどいないため、いつもがらがらだ。そのため、店側の半分は、マスターがきれいに草を刈っているが、反対側は雑草が膝の高さまで伸びている。
ウエイトレス姿での初日のキャッチボールの後、戻ってきたマスターが「遼平が男だってわかっているのに、パンチラするとドキッとする」などと言うものだから、心配で次の日、あかりと一緒に見学した。
駐車場の入り口、店側にジュース類の自動販売機があり、その横にベンチと灰皿が置かれている。そのベンチに座って見ていると、確かに遼平はミニスカートであることを気にせずに振る舞っている。足をあげたとき、投げ終わったときに、太ももの付け根近くまで露出するため、見ていてはらはらした。時折、白いものが見え隠れする。たまらず、あかりが「遼ちゃん、パンツ見えてる。気をつけて」と、注意すると、遼平は「わかった」と明るく答えるが、その後も注意している様子はない。女装初日はあんなに下着が見えるのを気にしていたのにどういう心境の変化なのか。自信がついてきたのならいいけどと美菜は思った。
遼平がホール担当で戦力になったため、担当が変更になった。
テーブル席は、窓側の奥がA、窓側入り口近くがB、カウンター側入り口近くがC、カウンター側奥がDというように時計回りで符丁がつけられている。カウンター席はEである。さらに、各テーブル席には、やはり時計回りで窓側奥から一番から四番まで番号がつけられている。カウンター席は奥から一番~五番。注文が入ると、「Aの二番ミートソース、ワン」と、厨房に告げ、伝票を切る。
新しい担当は、遼平がA席、美菜がB席、あかりがCとD、カウンター席は手が空いたものが担当することになった。ただ、ランチの時間のような混雑時には、そんな取り決めは意味をなさず、とにかく手の空いたものから仕事を片付けないと、客を捌けない。
それでも、一人ずつ食事を終えてくれればそれほど大変ではないのだが、全部で21の客席のうち、十人以上の客がほぼ同時に食事を終えることが三日に一度くらいある。そんな時、ただでさえ忙しいのに、ひとりはレジで戦列を離れなければならない。そして、そういう時はあかりがレジをやるため、美菜と遼平が店内を走り回ることになる。
昨日もそんな時間帯があった。遼平がナポリタンを運んでいるとき、慣れないサンダルに躓いた。テーブルを拭いていた美菜は、遼平の「あー」という叫びに反応して振り向くと、ナポリタンが皿に盛った形のまま宙を飛んでおり、ソースをあたりに撒き散らしていた。当の遼平は顔から床に激突して、下着を全開にしたまま動かない。
その瞬間、店内は静まり返り、遼平を、おそらくほとんどの客は遼平の下着を見ていた。
美菜は急いで駆け寄り、スカートを直し、遼平を助け起こした。我に返った遼平は、真っ赤な鼻でにこりと笑い「ごめんなさい」と言った。常連客のひとりが「遼ちゃん、かわいい」と言うと、店内が爆笑に包まれた。
美菜はテーブルや椅子に飛び散ったナポリタンソースを拭き取りながら呼びかけた。
「どなたか、ソースが体や服についている方はいらっしゃいませんか」
全員が自分や隣の人の服を点検した。だれも被害を受けていないことがわかると、だれかが「奇跡だ」と言い、店内で拍手が巻き起こった。
その日の仕事終わりの時、三人は片づけをしながら、この小さな事件に盛り上がっていた。その時、マスターが「ナポリタンの奇跡だな。カレーじゃなくてよかった」と言い、みんな、その場面を想像して青ざめた。
美菜が「遼ちゃん、気をつけようね」と言うと、鼻だけ赤く、青ざめた顔の遼平が言った。「うん、カレーは運ばない」そっちですか。
新しい担当席は、常連客はすぐに把握したようで、混雑時以外は好みの担当の席に座る。一番人気は遼平で、A席が最初に埋まることが多い。見ていると年齢層も特徴的で、50代以上の男性客、30代以上の女性客に人気で「遼ちゃん、今日もかわいいね」とか「遼ちゃん、がんばってるね」などと声をかけてくる。
美菜の担当のB席には、20歳前後の若い男女が座ることが多い。憧れの目で美菜を見て、美菜が微笑むと、恥ずかしそうに視線を逸らし、小さな声で注文を告げる。会話しようとする客はあまりいない。
あかりが担当するC・D席は、年齢的な特徴はなく、とにかくあかりとの軽妙なやり取りを楽しんでいる風情だ。中には卑猥な言葉を投げかける客もいて、「あかりちゃん、パンツ見せて」なんて言う客にも「いいですよ。おひとり様百万円いただきます」なんて返している。
美菜、遼平効果で客が増えているのは明らかだった。特に夕方に来店する客が増えているため、美菜たちの勤務時間が、9時~5時から、11時~7時に変更になった。
あかりが「ミーナ先輩と遼ちゃんのお陰で、お客さん増えてよかったですね」と言うと、マスターは「ほんと、よかったよ。ミーナを採用して予算オーバーするんで、役に立たない遼平には辞めてもらうつもりだった」と言って、遼平を青ざめさせた。
マスター、あなたは人を青ざめさせる才能をお持ちなようで。
美菜が働き始めて二回目の休日は、前回行きそびれた遊園地に三人で行くことにした。
待ち合わせは美菜のアパート。アパートの入り口付近であかりと一緒に遼平を待っていると、ほぼ時間通りに自転車に乗った遼平が現れた。今日はコバルトブルーのミニワンピース姿。
「遼ちゃん、かわいい」と、美菜は遼平を抱きしめた。遼平もぎゅっと抱きしめ返す。このところ毎日、何度もハグをしている。女の子同士だと人目を気にせず抱き合える。
「ミーナさん、あかりさんともハグしていい?」遼平が言う。
「もちろんよ」
遼平は、あかりに向って両手を広げ、ハグを求める。あかりは一瞬、躊躇したあと受け入れた。
「なに、あかりちゃん、照れてるの?」
「だって、遼ちゃん、男の子だって知ってるし、先輩に遠慮しちゃうんです」
「あら、全然気にならないから大丈夫よ。なにも裸で抱き合うんじゃないし」
「ミーナ先輩!」「ミーナさん!」
「あらら、そんなに怒らないでよ。でも遼ちゃん、あかりちゃんの巨乳、気にならないの?」
「せんぱーい、やめてください」
「大丈夫です。うちのお袋も巨乳ですから。最近お袋とも毎日ハグしてるんです」
「あ、そうなの?」
「はい。最初に女装したまま帰ったとき、ただいまってお袋を抱きしめたんです」
「へー、そしたらお母さんなんだって」
「すっごい喜んで、泣いてました。泣くほど嬉しいんだと思って、毎日四回、おはようとおやすみなさい。行ってきますとただいまのハグしてます」
「いいね。親孝行だね」
「あかりさん、お袋と同じ感触だから、全然気になりません。ミーナさんと抱き合うと嬉しくてどきどきします。ミーナさん、大好きです」
「いやん、遼ちゃん」
「先輩、照れてる。遼ちゃん、照れてるミーナ先輩、かわいいよね」
「はい、とってもかわいいです」
「はいはい、じゃ行くよ」
「うふ、照れてる、照れてる」
「うるさいなあ、あかりちゃん、置いて行くよ」
「はいはい」
途中、美菜が調べたいことがあるため、図書館に寄ってバスで遊園地にやってきた。着いたのが正午過ぎだったので、遊園地内のレストランで食事することにした。全員、オムライスを注文した。
「みんな、オムライスなんだ。あたしたち、気が合いますね」
「ほんとね。あかりちゃんはチャーハンで、遼ちゃんはナポリタン注文するかと思った」
遼平が飲んでいた水を噴き出した。
「やだ、遼ちゃん、なにやってるの」おしぼりでテーブルの上を拭きながら美菜が言った。
「ミーナさん、やめて。ナポリタン嫌い」
あかりが声に出さずに笑っている。
「あかりちゃん、どうしたの」
「あたし、あの時から思い出し笑いが止まらないんです。遼ちゃんがパンツ丸出しでのびている場面が頭から離れなくて」
「笑い事じゃないよ。遼ちゃん、全然動かなくて、死んじゃったんじゃないかって、どきどきしたんだからね。それにお客さんがみんな、遼ちゃんのパンツ見てるような気がして、私、自分のパンツ見られてるようで、すごく恥ずかしかったんだから」
「速かったですもんね、先輩の動き。さっと動いてスカート直して、遼ちゃん、助け起こして。でも、あれで遼ちゃんのファンが増えたと思いますよ。特に男性客。男の人ってパンツ見るとその人のこと好きになるそうですよ」
「えー、そうなの? だったら、あかりちゃん、大儲けだね」
「え、なんでですか」
「あかりちゃんはパンツ見せたら、ファンが増えて百万円もらえるじゃない」
美菜とあかりが盛り上がっているとき、遼平がこそこそと席を立ち、どこかへ行こうとする。
「あら、遼ちゃん、どこ行くの」
美菜が呼び止めると、遼平は戻ってきて美菜に耳打ちする。あかりも顔を寄せ、聞き耳を立てる。
「お二人が、パンツパンツと連呼して、大笑いするから、周りの注目を浴びてます。俺、恥ずかしいので他の席に移ります」
遼平が立ち去ろうとすると「えー、遼ちゃん」情けない美菜の声に
「冗談です。トイレ行ってきます。えーっと、どっちのトイレに行けばいいでしょう」
「そんなの、女子トイレに決まってるでしょう。そんな恰好で男子トイレに行ったら大騒ぎになるよ」
「わかりました。さっきのほんとに冗談ですからね。仕返しにどっか行ったりしないでくださいね」
遼平と入れ替わりに、オムライス三人前が運ばれてきた。
「あかりちゃん、聞こえた?」
「はい、恥ずかしいです」
「調子に乗っちゃったね。ほんとにどっか行っちゃいたいけど、料理食べないとまずいよね」
「そうですね。遼ちゃんも待たないと」
「早く食べよ。遼ちゃん、食べるの早いからすぐ追いつくよ」
二人は急いで食べ始めるが、また、あかりが笑っている気配。
「今度は何。もうパンツの話はしないよ」と、美菜が小声で言うと、
「いえ、遼ちゃん、面白いなって思って。あんなに面白い子でしたっけ?」
「たぶん、あれが元々の遼ちゃんだと思う。自信がないから自分を出せなかったんじゃないかな」
「そうですね」
「遼平さんも面白かったんだよ。私、夢の中で何度も大笑いしたんだから」
「ああ、大家さんの話ですね」
「そう、笑いすぎて息もできないくらい」
「でも、それってミーナ先輩がいたからじゃないですか」
「え、どういうこと」
「遼平さんも遼ちゃんも、ミーナ先輩には自分を出せるんじゃないでしょうか。というか、先輩にしか出せないような気がします」
「そうなのかな」
「先輩が切れた煙草を買い出しに行ったことがあったでしょう」
「うん」
アルカディアでは常連客のために、ある程度煙草を買いだめしておくが、それが切れたときに、手が空いたものが買い出しに行くことがあった。
「先輩がいなくなって、遼ちゃん、心細そうにしてたんです。接客もなんだか不安そうで。先輩が戻ったとたん、いつもの遼ちゃんに戻った感じでした」
「……」
「だから思うんです。先輩にとって遼ちゃんしかいないのと同じで、遼ちゃんにとってもミーナ先輩しかいないんじゃないかって」
「……」
「え、先輩。泣いてるんですか。だめですよ。また注目浴びちゃいます」
「だってえ、あかりちゃんが泣かすんだもん」
そこへ、遼平が戻ってきた。
「え、なんでミーナさん泣いてるの。俺があんなこと言ったから?」
遼平の声で、周りの視線が集まった。
「ちがうよ、訳は後で話すから、遼ちゃん、早くオムライス食べて。先輩も早く」
三人は急いでオムライスを食べる。美菜は泣きながら食べている。
食べ終わって、あかりが支払いに行く。遼平は美菜をエスコートして外に出た。美菜は泣き続けている。外も人がたくさんいて、泣いている美菜が注目の的になる。
あかりが追いついて言った。
「遼ちゃん、どこか二人きり、じゃなくて三人きりになれるとこない? ミーナ先輩が思い切り泣けるところ」
「えーと、えーっと。そうだ、観覧車!」
「ナイス、遼ちゃん。あっちだ」
近くに見えた観覧車だが、かなり距離があった。幸い待っている人は少なくてすぐに乗れそうだ。係の人が「その子、泣いてるの。大丈夫?」と声を掛けたが、あかりが明るく答えた。「大丈夫です。あたしたち青春してるんです」
観覧車に乗り込んだとたん、美菜は遼平に抱きついて、大泣きし始めた。遼平は抱きしめ返して、そのまま席についた。あかりは反対側の席につき、顛末を説明した。
「そうだったんですね。俺、ほんとにミーナさんがいないとだめなんです。ミーナさんが買い出しに行ったときも、不安で不安で。どっかで事故に遭ってんじゃないか、だれかに襲われてるんじゃないかって。あかりさんの言う通り、俺にはミーナさんしかいません。ずっと一緒にいたいです。できれば夜も」
その言葉を聞いて、美菜はさらに激しく泣き出した。遼平がよしよしという感じで頭や背中を擦ると、少し治まった。さらに、素肌の二の腕を擦ると、美菜は泣き止んだ。
「遼ちゃん、それ気持ちいい」美菜が囁く。
「そう? じゃ、落ち着くまでこうしてますね」
「うん、ありがと」
美菜は、遼平の手の温もりを感じることで、落ち着きを取り戻した。
「先輩、ごめんなさい。あたし、余計なことを言ったみたいです」
「ううん、違うよ。私、嬉しかったの。遼ちゃんが私のことを心配してくれて、頼りにしてくれてることがわかって。教えてくれてありがとう」
「だったらいいんですけど」
ゴンドラが下降し始める。
「私、こないだから泣いてばっかりだね。こんな泣き虫じゃなかったんだけど。遼ちゃんのことになると、気持ちを抑えられなくなるみたい」
「ミーナさん、俺、嬉しいです。ミーナさんにそんなに想ってもらえて。俺、ミーナさんのためなら何でもします」
美菜は遼平の胸に抱かれ、その鼓動の高鳴りを感じていた。その言葉以上の一途な想いが伝わってくる。
「ありがとう、遼ちゃん。遼ちゃんは遼ちゃんのままでいて、そしてずっと、私のそばにいて。それだけでいい」
「はい、ずっとそばにいます。ミーナさんのそばを離れません。夜もミーナさんを抱きしめて眠りたいです」
ああ、それができたらどんなにいいだろう。遼平に抱かれて眠りにつく、思うだけで心が躍る。しかし、きっとそれだけでは済まない。行きつくところまで行ってしまう。遼平とのセックス、美菜はそれを心から望んでいたが、同時に怖れてもいた。そうなれば、美菜は確実に感極まる。そして、そのことが48歳の美菜を目覚めさせ、美菜は遼平とあかりから引き離されてしまう。
あかりから聞いたパラレルワールドの話に、美菜は希望を持っていたが、夢から覚める恐怖は消えてはいない。謎の部屋で、遼平が消えてしまった驚きと恐怖は、美菜の心にトラウマとして刻まれていた。
「二人を見ていると、あたしも心が癒されます。なんだか名画を見ているような気分になります。なんだろ、遼ちゃん見ていると、ミニスカート穿いてるのに男らしいとか思っちゃった」
あかりの言葉に、美菜は喜びと恐怖の渦から引き戻された。
ゴンドラはまもなく終点に着く。
「あかりちゃん、私もう一回これに乗りたい。いいかな」
「あ、いいですけど」
「遼ちゃんもいい? 私、話したいことがあるの。ここだったら周り気にせずに話せるから」
「もちろんです。俺、もっとミーナさんを抱きしめていたい」
三人はゴンドラを降りて、列の最後尾に並ぶ。係のおじさんに「また、あんたたちか」と言われて、あかりが「はーい、青春してきまーす」と答えた。あかりちゃん、もうそれいいよ。
前と同じ席に座って、美菜は言った。
「私も遼ちゃんを抱きしめていたいけど、話しにくいから今度は手を繋ご」
繋いだ手を美菜の膝に置き、腰を密着させて、遼平の肩に凭れた。微かに触れ合う太ももが心地いい。
「うわあ、絵になる。ちょっと待って、写真撮るから」
あかりが、バッグからカメラを取り出し、数枚写真を撮った。
「ほんとに二人お似合い、美男美女、ん、違うか、美女美女?」
「なにそれ、びしょ濡れじゃない。風邪ひいちゃうよ」
美菜の言葉に遼平が笑いを漏らした。
「あ、遼ちゃん笑ってる。やったあ、遼ちゃんに受けた」と美菜が言うと、
「えー、そんなんで受けるの。遼ちゃん、笑いのつぼ浅い」
そう言いながらも、あかりも笑っている。
「で、ミーナ先輩、話って?」
「そうそう、遼ちゃん、学校にセーラー服で行くって言ってたけど、あれ本気?」
「はい、そのつもりです。お袋の実家に三つ年上の従姉がいて、セーラー服を送ってもらいました。あと、着なくなったミニスカートも何着か」
「やっぱり本気なんだ。学校中の注目を浴びるよ。その覚悟はあるの」
「はい、アルカディアで鍛えたから、それくらいの度胸はあるつもりです。男だってばれてるから、変態とか言われるかもしれないけど」
「それは大丈夫な気がする。遼ちゃん、女の子よりかわいいから。ひとりやふたりそんなこと言う人がいても賛同は得られない。むしろ、遼ちゃんを好きになって、告白されるかもしれない」
「そんなの、ごめんなさいって言うしかないです。俺にはミーナさんしか考えられないから」
「ありがとう、遼ちゃん。それは信じてる。問題は先生なの」
「先生…」
「そう、考えてみて。二学期が始まって、男の子ばかりの学校に、ひとりセーラー服を着た物凄くかわいい子がいるの。当然、大騒ぎになる。先生が黙っていると思う?」
「それは……、呼び出されるでしょうね」
「そう、職員室か別室かわからないけど、呼び出されて、なんでそんな恰好で来たんだって問い詰められるのは確実よ。遼ちゃん、それ考えてみた?」
「はい、考えました。正直に言うしかないと思っています」
美菜は遼平の顔を見た。美菜のことを信じ切っている真剣な顔、切ないほどの可憐な顔を。この子が傷つかないよう守ってあげなければならない。
「そう? でも、対応を間違うと、下手をすると停学、最悪、退学もあり得るよ」
「そんなに大事になりますか」あかりが言った。
「だから対応次第。その時、先生を説得できなかったら、遼ちゃん、どうする。それでも次の日、セーラー服で行く?」
「わかりません。でも、俺、もう男の服は着たくないんです。元の自信のない俺に戻ってしまいそうで。だから、怒られてもセーラー服で行くかもしれません」
「でしょう。でも、それをやるとどうなると思う」
「そうか、停学」あかりが応じた。
「さすがにすぐってことはないと思うけど、警告を無視して何回もやればね」
遼平は考え込んでいる。ゴンドラは終点に近づいている。三人は降りる準備をした。
「あかりちゃん、もう一回乗るよ」
「そうですね」
「あ、あかりちゃん、もう青春はいいからね」
「えー、残念」
また、最後尾に並ぶ。おじさんに「はい、青春さん、ご案内」とか言われてしまう。
「あかりちゃんが、青春青春言うから、覚えられちゃったじゃない」
「違いますよ。美女美女だからですよ」
「またずぶ濡れ? こんなに晴れてるのに」
遼平が結んだ手の甲を口にあてて、クスクスやっている。笑い方まで女の子みたいだと、美菜は思った。
乗り込んで席につくと、遼平が美菜に抱きついてきた。美菜の胸に顔を埋めて、肩が揺れている。
「あ、どうした、遼ちゃん。そんなに受けたの」
遼平は、抱きついたまま首を激しく振った。耐えかねたような嗚咽を零したあと、声を上げて泣き始めた。
「やだ、遼ちゃん。ごめんね。遼ちゃんを困らせようとしたんじゃないんだよ」
遼平は泣いている。泣き声の間に、引きつった声で「違うんです。うれしいんです。ミーナさんが、俺のことをいろいろ考えてくれているから」と、かろうじて言ったあと、さらに大声で泣き続けた。美菜の胸に顔を押し付け、首を振って擦り付ける。
美菜は子どものように泣きじゃくる遼平が愛おしかった。この世のすべてのものより大切に思われた。だけど、愛おしいだの大切だのといった言葉ではこの気持ちは伝えきれない。そう思うと矢も楯もたまらず、「あかりちゃん、外見ていて」と叫び、遼平の顔を上げさせ、その両頬を両手で包んで口づけした。
遼平の驚きが伝わってくる。泣き声が止み、時が止まったような気がした。
舌を伸ばし、遼平の上唇を味わった。しばらくそうしていると、遼平の舌が優しく美菜の舌に触れた。激しく動かしたくなる衝動を抑え、遼平への想いを込めて、舌を絡めあった。遼平の想いも伝わってくるような気がした。お互いを大切に思う気持ちが触れ合っている唇と舌を通して感じられ、美菜は限りない幸福感に包まれて、ずっとこうしていたいと思った。
ふと気がつくと、遼平の左手が美菜の胸に置かれていた。服の上から揉みしだくような動きをしている。さらに美菜の右手も遼平の太ももの裏を触っていた。無意識にその素肌を撫でていた。これはまずいかもと思ったときに、あかりの声がした。
「おふたりさーん、もうすぐ終点ですよー」
その声に弾かれたように、二人は離れた。
「いやだ、あかりちゃん。外見ててって言ったじゃない」
「見てましたよ。ゴンドラが降り始めたんで、もういいかなって思ったら、まだキスしてるじゃないですか。それからはじっと見てました。映画やドラマよりきれいなキス。見ているあたしも幸せにしてもらいました」
「やめて、恥ずかしい」
「でも、そのうち、お二人の手が微妙なとこを触り始めたんで、エッチが始まっちゃうんじゃないかってどきどきしました」
「お願い、もうやめて。降りなきゃ。も一回乗るよ」
「はいはい、しょうがないなー」
今回は長い列ができていた。最後尾に並んで美菜は言った。
「あかりちゃん、変な写真撮ってないよね」
「あ、見とれちゃって、写真撮るの忘れてた。一生の不覚」
あかりが美菜の耳元で囁いた。
「でも、先輩が遼ちゃんのスカートの中に手を入れてたのは、あたしの目にしっかり焼きついてますからね」
「ふーん、それはきっと幻覚ね。証拠写真がなければなんとでも言い逃れできるからね」
「うーん、そう来たか。返す返すも一生の不覚」
そんなことを言っている間に順番が来た。おじさんが「またか。そんなに観覧車が気に入ってくれたのか。俺は嬉しいよ」と泣き出さんばかりの様子だったので、急いで乗った。
美菜はあかりの隣に座った。
「遼ちゃんに抱きつかれると、私おかしくなっちゃうから、こっちに座るね」
そう言ったものの、遼平の顔をまともに見られない。遼平も恥ずかしそうにしている。キスの後遺症か。
「えっと、話はどこまで行ってたっけ」美菜が言うと、
「遼ちゃんが先生を説得するってとこですね」あかりが答えた。
「そうそう、遼ちゃん、これから想定問答をやるからね。私が先生役で、遼ちゃんに質問する。遼ちゃんがそれに答える。ただ答えるんじゃないよ。ああそれなら、セーラー服で学校に来るのもしかたないねって、先生に思わせないといけないの。できる?」
「うん、やってみます」
「じゃ、行くよ」
美菜はひとつ咳払いをして始めた。
「仁藤君、君はなぜ、そんな恰好で学校に来たのかね。って、あかりちゃん、笑わない。真剣にやってるんだぞ」
「あ、ごめんなさい、ごめんなさい。急に始まっちゃったんで。はい、真剣にやります」
「ほんと、頼むよ。はい、遼ちゃん」
「あ、はい。えーっと、俺、この学校に入って、ほんとに自信を失くしていたんです」
「ふむふむ」
「中学ではそこそこ勉強できてたんで、それが唯一の誇りだったんですが、ここでは授業にすらついていけないんです」
「ふーむ」
「休み時間も、真面目な生徒は原書で小説を読んでいたり、クラシック音楽の話をしていたり、ちょっと不良っぽい生徒はバイクの話や付き合ってる女の人の話で、俺はどっちにも話に入れないんです」
「そうか」
「だから、俺、授業中も休み時間も居場所がないというか、苦痛でしょうがなかったんです」
「そうだったんだ」
「だから、俺、そんな自分をなんとかしようと思って、夏休みにバイトやったんです。駅の近くの喫茶店で」
「ほー」
「でも、最初は全然だめでした。やることなすこと失敗ばっかりで、マスターやお客さんさんに叱られてばかりでした」
「ふむ」
「でも、俺の後に入った人が俺に魔法をかけてくれたんです」
「ほー、魔法を」
「はい、ウエイトレスの服を着るよう言ったんです」
「ウエイトレスの」
「もちろん、最初は嫌でした。でも、それを着て鏡の前に立ったとき、びっくりしたんです。とても似合っていると思ったんです。その時、俺の中に自信のようなものが生まれたんです。この恰好なら何でもできるって。実際にウエイトレスの恰好で仕事をするとすべてうまくいったんです。周りの人は褒めてくれました。その人も」
「その人はどんな人なのかな」
「ひとつ年上の女の人です。世界一きれいな人です」
「そ、その人のことが好きなんだね」
「はい、大好きです。俺、その人のためなら何でもできます。その人は俺のためにかわいいミニスカートを買ってくれました。だから、俺、家でもミニスカートを穿いています。ミニスカートを穿いていると、ミーナさんがそばにいて見守ってくれているような気がするんです」
「もう、ズボンは穿いていないのかね」
「はい、ズボンを穿くと元の自信のない俺に戻ってしまいそうで、それにミーナさんを裏切るような気がして。本当は学校にもミニスカートで来るつもりだったんです。でもミーナさんが大問題になるよって言ってくれて、だったらセーラー服ならどうだろうって思ったんです。ミーナさんもこの恰好を気に入ってくれました。先生」
「はい」
「俺、この恰好なら、勉強も頑張れるような気がするんです。もうだいぶ遅れてしまったけど必死で頑張ります。友達とも、この恰好でなら萎縮せずに話せるような気がします。この学校は生徒の自主性を重んじる自由な校風だと聞きました。服装も自由ですよね。俺はこの恰好だと頑張れるんです。この恰好でないとだめなんです。どうか認めてもらえませんか」
「ふーむ、もしだめだと言ったらどうするね」
「俺にはズボンを穿くという選択肢はないんで、悲しいけど学校を辞めるしかありません。どこかこの恰好を認めてくれる学校に転校するか、なければ今のバイト先に就職しようと思います。少なくともそこでは俺を必要としてくれますので」
「……」
美菜は感動で胸がはち切れそうになった。あのおどおどしていた遼平が、堂々と自分の考えを述べている。言葉の端々に美菜への愛情が込められている。
「あかりちゃん、何も言わないでね。何か言われると私、また泣き崩れて遼ちゃんにしがみついてしまう」
「はい、とにかく降りましょう」
観覧車を降りたあとも、美菜は感動が止まらなかった。ともすると涙となって溢れそうになる。あかりも遼平もそれぞれの思いに浸っているようで何も言わなかった。
気を取り直して美菜が言った。
「さてと、これからどうしようか」
「せっかく、フリーパス買ったのに、観覧車しか乗ってませんね。なんか乗りましょう」
「ほんとね。高そうなのに乗ろう」
ということで、高そうな絶叫マシーンに乗ることにしたが、どれも行列で、長い時間待たされた。結局、二つの絶叫マシーンに乗っただけで、日が暮れて帰ることにした。
帰りのバスの中、一番後ろの席で三人並んで座った。
「ごめんね、私のせいで損させちゃったね」と、美菜が言うと、
「いーえ、観覧車、楽しかったです。ね、遼ちゃん」
「はい、ミーナさんとキスできたし、俺、大儲けです」
「大儲けって…」
「あ、そうだ。先輩、図書館でどんな本借りたんですか」あかりが聞いてきた。
「これ、トランスジェンダーについての本」
バッグから本を取り出して、美菜が言った。
「トランスジェンダー? 何ですか、それ」
「えーっと、心と体の性が一致していない人かな」
「ん、どういうことですか」
「つまり、体は男性なんだけど、自分は女性だと思っている人、またはその逆の人」
「ふーん、遼ちゃんみたいな人ですか」
「うーん、どうだろう。遼ちゃんは自分を女だと思っていないよね。女の子みたいになりたいって思ってる?」
「はい、最初の頃はミーナさんに喜んでもらうためでしたけど、今では女の子みたいにやってると、気持ちがいいというか、自由になった気分です。泣きたいときに泣けるし、好きな人と好きなときにハグできるし」
「そうだね。考えてみると、男って大変だね。男のくせに泣くなとか言われるしね」
と美菜が言うと、
「でも、体は男でいたいと思ってます」
「そうよね。ミーナ先輩に赤ちゃん作ってあげないといけないからね」
「もう、あかりちゃん、すぐそうやって冷やかす」
「はい、さっきキスしたから、赤ちゃんできたか楽しみです」
「え?」
美菜は驚いて、あかりと顔を見合わせた。あかりも驚いている。
「遼ちゃん、それ、マジ?」
「やっぱり女の子がいいですよね。ミーナさんの子だから、絶対美人さんですよ。うわー、楽しみだ」
「あのね、遼ちゃん、赤ちゃんはね……」
そう言いながら遼平の顔を見ると、妙ににやついている。そこで気づいた。あかりも気づいたようで、二人の笑い声が弾けた。バスの乗客の視線が集まった。二人は口に両手をあてて、笑いを飲み込んだ。
「遼ちゃん、引っかけたね」美菜が笑いを堪えながら小声で言うと、
「俺、これでも高校生ですよ。知らない訳ないじゃないですか。お二人が驚いてるのに驚きました」
「遼ちゃん、初心なイメージがあるから、あたしも完全に騙されちゃいました」
あかりが半分笑いながら言う。
「私なんか、マジで遼ちゃんに、赤ちゃんの作り方説明するところだったのよ」
「あ、それ、続き聞きたい」と、あかり。
「いいわよ。赤ちゃんはね、コウノトリさんが運んでくるのよ」
三人の笑い声が響き、再び視線が集中する。三人は縮こまって必死で笑いを堪えた。
「あ、あたしだめ。た、耐えられない」
「わ、私も。降りよう」そう言って、美菜が降車ボタンを押した。
バスが止まり、三人は転がるようにバスを降りた。
バスを降りると笑いが爆発した。美菜は体を二つ折にして笑い続けた。あかりにいたっては地面に座り込んで笑っている。息が苦しい。お腹が痛い。
「ミーナさん、あかりさん、息して、死んじゃうよ」
最初に復活した遼平が、心配そうに声を掛けた。
深呼吸しながら、美菜が言う。
「もう、遼ちゃん。殺すつもり?」
「違いますよ。ミーナさんのコウノトリさんのせいですよ」
遼平の言葉に笑いが復活する。
「りょ、遼ちゃん、お、お願い、もうやめて」と、あかり。
「コ、コウノトリさん、ご、ごめんなさい」
この美菜の言葉で、三人は止めを刺された。三人とも涙を流しながら笑い続けた。
「もう、先輩。死ぬかと思いましたよ」
散々笑ったあと、息を整えながらあかりが言った。
「ごめん、ごめん。ほんと、もうやめようね」
「あたし、こんなに笑ったの、絶対初めてです。お腹痛い」
「俺もです」
私は二回目と言いかけた言葉を飲み込んだ。あかりには通じるが、遼平はわからない。これ以上、遼平に隠し事をしていることに耐えられなくなってきた。近いうちに遼平に話そうと、美菜は決心した。
「バス降りちゃったから、歩かないとね」
三人は手を繋いで歩き始めた。あたりはすっかり暗くなっている。
「あー、楽しかった。遊園地、損しちゃいましたけど、観覧車、楽しかったし、最後に大笑いできて、遼ちゃんの言う通り大儲けした気分です」と、あかりが言った。
「そうよね。あかりちゃんじゃないけど、青春してるって感じね」
その時、美菜は遼平と繋いだ手が強く握られていることに気づいた。
「どうした、遼ちゃん」
「いえ、なんか不思議だなって思って」
「ん、何が」
「俺、アルカディアに来たの、ほんとにたまたまなんです。そもそもバイトしようなんて思ったのも初めてで、バイトの探し方もわからなくて、駅のあたりをうろうろしてたんです。そしたら、アルカディアの窓に、バイト募集の張り紙を見つけて、飛び込んだんです」
「そうだったんだ」
「はい、それで、マスターの面接を受けたんですが、全然うまく話せなくて、マスターもがっかりしてる様子で、絶対落ちたなって思ってたんです。でも、次の日に電話が来て、採用するって言われたんです」
「ああ、それね」あかりが話を引き取る。
「今だから話すけど、マスター悩んでたのよ。ほんとはホール担当の女の子が欲しかったらしいんだけど、張り紙しても全然反応がなくて、でも忙しくて、猫の手も借りたい状態だったのよ」
「そうだったんですね。ほんとにラッキーだったんですね。で、俺が言いたいのは、俺がアルカディアで働くようになったのは、いくつもの偶然が重なったおかげなんです」
「うん、そうだね」美菜が言った。
「でも、その偶然のおかげで、ミーナさんやあかりさんに出会えた。出会えない可能性のほうがはるかに高かったのに」
違うよ、遼ちゃん。あなたがアルカディアにいたから、私はアルカディアに来たの。他の場所で働いていたら、私もそこへ行ったからね。
美菜はそう言いたかった。
「俺、今ほんとに楽しいんです。思いっきり泣いたり、笑ったりして、大好きなミーナさんと抱き合って、キスしてもらって。もし、あの時、アルカディアに行く道を曲がらずに、まっすぐ行っていたら、こんな夢のような体験もできなかったんだなと思って」
違うよと、美菜が言おうとしたとき、先にあかりが言った。
「パラレルワールドね。その時、世界が分かれたのよ。まっすぐ行った遼ちゃんもいるのよ」
「パラレルワールドか。そうですね。俺、まっすぐ行った俺に教えてやりたい。そこを曲がれ、アルカディアに行けって。そうすれば人生変わるよ、毎日わくわくした日を過ごせるよって」
その言葉を聞いたとき、美菜は思い出した。謎の部屋での遼平も、自分のことより16歳の遼平を救ってくれと言ったことを。その言葉があったから、こうして遼平に出会えて、幸せな日々を過ごせている。そもそもの話、芸能界にスカウトされたとき、引き受けるかどうか、随分迷っていた。未来の美菜が、それを断っていれば、遼平が美菜を見つけることもなかった訳で、それは、やはり奇跡というしかなかった。
「あの道を曲がったかどうかで、こんなに人生が変わっちゃうのかって思うと、ほんとに不思議です」
「大丈夫よ。まっすぐ行った遼ちゃんも、きっと私が見つけるから」
遼平の言葉に返す言葉が見つからず、そんなことを言ってしまった。
もうすぐ、美菜のアパートに着く。遼平に真実を告げるのは次の機会にしようと思った。
「私、遼ちゃんのセーラー服姿を見てみたい。今度のお休みは、この前言っていた遼ちゃんの着せ替え大会やらない?」
「あー、いいですね。あたし、遼ちゃんだけじゃなく、ミーナ先輩のも見てみたい」
「じゃあ、みんなでファッションショーやろう。あかりちゃんの、やらしい制服姿も見たいし」
「あ、あれですか。いいですけど、先輩や遼ちゃんにも着て欲しいです」
「え、私はいいよ」
「いいじゃないですか。遼ちゃんも見たいよね」
「はい、見たいです。できれば、ミーナさんの水着姿も」
「えー、水着! さすがにそれは恥ずかしい」
「見たい、見たい。あたしも見たいです。そうだ、遼ちゃんにも着てもらおう」
「え、遼ちゃんの水着姿!」思わず想像してしまった。
「やだー、どうしましょ」
「せんぱーい、また妄想しちゃったんですね」
「じゃあ、みんなが着るんだったらいいよ。水着ショーもやろうか、遼ちゃんもいい?」
「はい、楽しみです」
美菜は楽しかった。胡蝶の夢だろうがパラレルワールドだろうが、この楽しみが続いてくれたらいいと思った。
『お願い、美菜さん、眠ったままでいて。あなたも、こんな楽しい夢を見ることができて幸せなはずです。お願いだから目覚めないで』
美菜は、48歳の美菜に心から願った。一方で47歳の遼平には謝った。
『ごめんなさい、遼平さん。私は遼ちゃんやあかりちゃんと別れたくないの。あなたにも幸せになってもらいたいけれど、もう少しこのままでいさせてください。本当にごめんなさい』