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青き胡蝶の夢  作者: 鳥沢 響
2.青春の刻
4/14

アルカディア

「おはようございまーす」

 朝8時30分に、バイト先の喫茶店「アルカディア」のドアを開ける。

「おはようございまーす」

 中から、バイト仲間の西田あかりと仁藤遼平が声を合わせ、遅れてマスターが「おはよう」と、返事してきた。

 当初予定していた女子校はバイト禁止だったので、遼平の高校とは遠くなったが、バイト先には近い私立の共学に転校の手続きをした。まだ夏休み中なので授業には出ていない。

 アルカディアから歩いて五分もかからないアパートに二日前に引っ越してきた。そして、昨日、この喫茶店でバイトの面接、特に募集はしていなかったというが、あっさりと採用された。

 バイト仲間の紹介は昨日終わっており、今日が初仕事だ。緊張する。

 更衣室で制服に着替える。ちょっとスカートが短いが、なかなかセンスがいい。

「うわあ、ミーナ先輩、かわいい。すっごく似合ってます」

 あかりが叫んだ。あかりは同じ高校の二年生、後輩だ。笑顔が魅力的な、明るく気さくな子。昨日初めて会って、すっかり仲良くなってしまった。

「ありがとう。でも、これ短くない。深いお辞儀するとパンツ見えちゃうね」

「そうなんですよ。この前、常連さんに見られちゃって。その人、どうもそれ目当てで通ってるみたい。でも、あたし、かわいいから気に入ってますけど。ミーナ先輩、脚きれいだし、お客さん、めっちゃ増えますよ。マスターも期待してるんじゃないですか」

「あはは。ところで、あかりちゃん、遼平君とは仲いいの?」

 心配していたことをさりげなく聞いた。

「遼平君? あんまり話したことないです。なんかちょっと暗いんですよね」

 よかった。

「でも、どうしてですか」

「ああ、特にはね。今までバイト二人だけだったから、お付き合いしてるのなら気にかけとかないとなんてね」

「お付き合いなんてとんでもないです。あたしはもっと男らしい人が好きです。遼平君はなんか女の子っぽいんです。なんか自信なさげで、ぐじぐじしてるし」

 そうなんだよね。

 美菜はふと思いついて、

「遼平君、この制服、似合うんじゃないかな」と、自分のスカートを指さして言ってみた。

「えー、男の子にミニスカート!」

 やっぱり、そういう反応になるよね。

「うーん、でも意外と似合うかも、細いし、顔小さいし、かわいい顔してますよね。髪がださいけど、背が170センチくらいあるから、恰好いいかもしれませんね。問題は脚ですね。毛むくじゃらなら、ミニスカートは無理ですね」

 それは大丈夫。私は裸を見てるから。君にも見せてあげたい。いや裸じゃなくて脚ね。

「うん、そうだね。第一遼平君が着るわけないか。女装なんて変態の代表みたいに思われているからね」

「あのー、ミーナ先輩」

「うん、何」

「もしかして、ミーナ先輩、遼平君のこと好きなんですか」

「あれ、わかっちゃった? 昨日会って一目惚れ」

「えー、なんかもったいないです。先輩だったら、みんなが憧れてる男の中の男みたいな人がお似合いです」

「それこそ、えーだよ。みんなが憧れて自信過剰になってる男なんて願い下げだし、男の中の男に、俺についてこいなんて言われたら、蹴り入れたくなる」

「うわ、なんか恰好いい」

「遼平君みたいに、きれいだけど自信なさげな子に、君のおかげで強くなれたなんて言われたら最高じゃない」

「ほえー、ほんとですね。なんか目から鱗です。ミーナ先輩、すごいです。あたし、ミーナ先輩と遼平君のこと応援します」

「ありがとね。でも、とりあえずは何もしなくていいからね。まずは仕事をきちんと覚えなきゃ。あかりちゃん、いろいろ教えてね」

「はい、もちろんです」

 

 多くの喫茶店がそうであるように、アルカディアでも珈琲だけではなく軽食も出している。ただ、カレーはレトルトで、ミートソースやナポリタンは市販のものを電子レンジで温めて出している。チャーハンだけはマスターの手作りだそうだ。作るのが面倒だと、チャーハンの注文を取ってくるとマスターの機嫌が悪くなるという。だったらメニューから外せばいいと思うが、珈琲以外ではチャーハンが一番人気なんだそうだ。マスターは自慢しているらしいが、他がインスタントだとばれているだけだとあかりは言う。

 四人掛けのテーブルが四脚とカウンター席が五つだけの小さな喫茶店。普段はそれほど忙しくないというが、アルカディアはオフィス街にあり、正午から午後一時までは会社員の昼食のため、客が殺到する。そういう時はテーブル席も相席にしてもらって、21席をフルに使う。それでも足りずに立ち待ちの客が列を為すそうだ。あかりに言わせると戦争のようで、こんな時にチャーハンの注文を取ってきた日には、マスターの機嫌が爆発しそうになるため、あかりは常連客には、この時間帯でのチャーハンの注文は遠慮するように頼んでいるという。それでもたまに来る客の注文は断れず、そんな時は、常連客に目で詫びながらマスターに注文を告げ、不機嫌の波を被ることになる。チャーハンが大好きだったあかりは、今ではチャーハンという言葉を聞いただけで身震いするそうだ。一番人気なのにこんなに嫌われているチャーハンが可哀そうだと美菜は思った。

 あかりと美菜はホール担当、つまり接客係で、注文を受け、料理を運び、皿を下げてテーブルを拭き、レジもこなす。

 遼平は普段は厨房にいて、皿洗いなどの雑用をしているが、混雑時にはホールもやる。慣れていないため、危なっかしいが、いないよりましというレベル。

 美菜はあかりからのレクチャーをメモしながらも、遼平を女装させるための策略を考えていた。

 

 その機会は意外に早くやってきた。

 美菜が働き始めて三日目、開店前の準備中に、美菜はテーブルの下にボタンが落ちているのを見つけた。美菜はかがんでそれを拾おうとした。視線を感じて振り向くと遼平がいた。慌てて目を逸らす遼平。

「見てません。見てません」

 パンツ見ましたと言っているようなものだ。ほんとかわいい。パンツくらいいくらでも見せてあげるのに。君は私の裸を何度も見てるんだよ。

「パンツ見たでしょ」ほんの少しドスを効かせて言ってみた。

「いや、だから、見てません」

「本当? 噓はだめだよ、遼平君。怒らないから本当のことを言ってごらん」

 脅しのレベルを上げる。

「……はい、見ました。ごめんなさい」

「何を」

「だ、だから、パ、パンティ」

「どうだった」

「え、ど、どうって言われても……」

「気持ち悪かった?」

「いえいえ、とんでもないです。気持ちよかったです。あ、ちがうちがう。その、真っ白で眩しくて、とても嬉しかったです。だめー、これもちがう。と、とてもきれいでした」

 なんなの、この可愛さ。抱きしめたくなる。ここで挫けてはいけない。心を鬼にして、

「そう、ありがとね。でね、代わりといってはなんだけど、遼平君にお願いしたいことがあるんだけど」

「あ、はい、何でもします」

 やったー、これを待ってた。

「何でもしてくれるのね」

「あー、人を殺せとかは無理です。あと法律に触れるのもちょっと……」

 男の子を女装させるのは、法律に触れるのだろうか。

「大丈夫よ、そんなこと頼まない」

 そう言って、遼平の手を取り、厨房へと向かう。

「マスター、頼みがあるんですけど」

「な、なに?」美菜の勢いに押されている。

「遼平君に合う制服あります?」

「制服なら着てるじゃないか」

「違います。ウエイトレスの」

「えー、何でまた」

「遼平君に度胸をつけてもらうんです。彼が一人前になればマスターも助かるでしょ」

「そりゃね、そんなんで一人前になってくれたら安いものだけど……。マジで?」

「マジです」

「そうなんだ。えっと、遼平大きいからLサイズかな。確かあったと思うけど」

 そう言って、事務室に向かった。

 騒ぎを聞きつけて、あかりもやってきた。始めたのねという顔でにやにやしている。

 遼平は逃げ出そうとするが、美菜にしっかり掴まれている。

「逃げちゃだめよ。何でもするって言ったでしょ。ウエイトレスの恰好をすれば、君の問題は解決するからね」

 そう、私の願いも。

「あった、あった。これでいいかな」

 マスターから受け取った制服を遼平に渡す。

「はい、これを着てみて」

「えー、なんでウエイトレス?」とか言いながら、廊下の奥、トイレの前に設けられた男子の着替えスペースまで歩いていく。カーテンを閉める。膝から下は見えていて、ズボンを脱ぐと魅力的なふくら脛が見えた。美菜は期待にときめいていた。

 カーテンが開き、遼平が出てくる。

「下半身がスースーして、落ち着かないですー」

 びっくりした。似合うとは思っていたけど、ここまでとは。

「うわー、遼平君、脚きれい、すべすべじゃない。細くて恰好いい。ミーナ先輩に負けてない。あたし、自信なくすー」と、あかり。

 マスターも「おー、これは」とか言っている。

 Lサイズでも少し小さかったようで、ミニが超ミニになっている。遼平は一生懸命スカートの裾を下げようとしている。

「パンツ、どんなの穿いてるの」と、美菜がスカートを捲る。遼平はキャッとか言って裾を抑える。まあ、かわいい。

「ブリーフかあ。今度、女性用のパンティ買いに行こうね」

 あとはヘアスタイル。こんな目がほとんど隠れているような幽霊スタイルでは台無し。ポニーテールが絶対に似合うと思うが、今は無理だ。

「あかりちゃん、髪整えてくれる? 目を全部出して、できれば顔周りに後れ毛二つ三つ」

「わかりました。あたし得意です。ヘアクリーム取ってきます」

 その間、美菜は、遼平を椅子に座らせ、エプロンからリップクリームを取り出し、やだ、間接キス、とか思いながら、遼平の唇に潤いを与えた。

 椅子に座って、付け根近くまで露わになった遼平の太ももに、目が釘付けになる。

 あかりが戻ってきて、手早く髪を整える。

 そして、完成。

 みんな、感動して、声が出ない。しばらくして、マスターが

「うーん、なまじの女の子より女の子っぽいな。遼平にこんな才能があったとは」

 マスター、それ才能とは言わない。

 遼平はもじもじしている。

「遼平君、膝合わせて。油断するとすぐパンツ見えちゃうからね」と、あかり。

 慌てて膝を合わせる遼平。

「そうだ。呼び方も変えなきゃ。これからは、遼ちゃんって呼ぶことにしよう。みんな、いい?」と美菜が言うと、

「了解でーす。玄関、掃除してきまーす」と、あかりが答え、マスターは親指を立てて、厨房に消えた。

「遼ちゃん、今日の午前中はひとりでホールやってね。お客さんが少ないときに練習しなきゃ。もちろん、お客さんが増えたら、私たちも手伝うからね」

「えー、大丈夫かな。男だってすぐばれちゃうんじゃないですか」

「そうね、声も変えないと。遼ちゃん、ちょっと高めに、いらっしゃいませって言ってみて」

「いらっしゃいませー」

「ちょっと高すぎ。も少し抑えて、かわい子ぶりっこして」

「いらっしゃいませ」

 うーん、いい声、たまらない。

 そして、開店。すぐに二人連れの男の客が入ってきた。

 遼平が注文を取りに行く。

 みんな、カウンターの陰に隠れて、固唾を呑んで見守る。

「いらっしゃいませ」がひっくり返る。水を入れたコップが大きな音を立てる。背筋が丸まり、おたおたした様子で戻ってくる。

 それを見た美菜は遼平を女子更衣室まで連れて行き、姿見の前に遼平を立たせて言った。

「遼ちゃん、これ見て。お客さん、遼ちゃんの脚に見とれてた。私もよ。遼ちゃん、きれいなの、恰好いいの。自信を持って。背筋を伸ばすことだけ考えて」

 このことが遼平を劇的に変えた。背筋が伸び、モデルのような足取りで、自信に溢れた様子で仕事をこなした。それから数組の客が来たが、遼平は完璧に対応した。

 油断したのか、一度、男の声で「ありがとうございました」とやったときには全員が凍りついた。客も驚いていた。遼平も、一瞬しまったという顔をしたが、平然とやり過ごした。肝も据わってきたようだ。

「りょうへーい、お前すごいな。どこからどう見ても完璧に女の子だ。お前、女の子の才能あるよ」

 マスター、惜しい。そこは素質かな。

 昼時に来た常連客も

「マスター、また可愛い子を雇ったんだ。まさに楽園だな、名前通りだ」とか、言っていた。アルカディアとは楽園という意味だ。

 忙しい時間帯が過ぎ、客が途切れたときに美菜が遼平に話しかけた。

「ねえ、遼ちゃん、明日お店休みだから、買い物に行かない?」

「え、いいですけど。何を買うんですか」

「遼ちゃんの下着。今日はブリーフが見えちゃうんじゃないかって、ひやひやしたんだからね。だからかわいいパンティを買うの」

「下着まで女物?」

「下着って大事よ。ねえ、あかりちゃん」

「そう、ミニスカート穿いてる以上、見えちゃうことってあるから。そりゃなるべく見えないように努力するけど、万一、見えたときは、かわいいのを穿いてないとね」

「他にも買いたいものがあるのね。お金のことは心配しないで。私が出すから」

「え、それは悪いです」

「大丈夫。それに、私が言い出したことだから。あ、お客さんだ。遼ちゃん、もう少しだから、がんばってね」

 その日、遼平は一日中ホールの仕事をやった。雑用は美菜とあかりが交代でやった。遼平の仕事ぶりはほぼ完璧だった。客が珈琲をこぼしたときの対応も文句のつけようがなかった。

「遼ちゃん、お疲れ様、疲れたでしょ」

 その日の終わり、帰り支度を終えた遼平に、美菜が声をかけた。

「お疲れ様です。ほんと疲れました。でも、なんだか楽しかったです。またやりたいかも」

「何言ってるの。これからずっとやるのよ」

「やっぱり? そうじゃないかなって思ってましたけど……、あの、ミーナさん」

「うん、何」

「えっと、あの、ありがとうございました」

「え、何が」

「その、ウエイトレスの恰好させてくれて。最初は嫌でしたけど、やってみるとすごくわくわくしました。それに、俺、初めて役に立っているっていう実感を持てたんです」

「今までも役に立ってたでしょう」

「いや、マスターには怒られてばかりでした。だから、役に立つというより迷惑をかけてた気がします。マスターに褒められたの今日が初めてなんです」

 うわ、涙目になってる。もう、なんでこんなにかわいいの。

「そうだったのね。じゃあ、明日しっかり準備して、完璧な女の子になろうね」

「それなんですけど、これって変態じゃないんですか」

「え?」

「男が女装するのって変態なんじゃないかと」

「そうね。世の中の人はそう思うかもしれない。でもね、そうすることで、生き生きできる、人の役に立てるのなら、何が問題なんだろうね。確かに、女装することが、人を気持ち悪くさせるのであれば、少し問題かもしれない。それでも、それで本人が充実した生活を送れるのであれば、私はいいと思う。まして、遼ちゃんの場合は、だれにも迷惑かけてない。それどころか、遼ちゃんの美しさ、可愛さに心癒されている人が絶対いる。私がそうだから、これは断言できる」

「………」ん、どうした?

「ミーナさん」

「はい」

「俺、ミーナさんのことが好きです。大好きです」

 美菜は、こちらに引っ越してくる前に、遼平との会話を、様々な場面に応じてシミュレートしていた。もちろん、この状況、遼平が告白してくる場面も想定していた。想定外だったのは、自信欠乏症の遼平がこんなに早く告白したことだった。そのため、想定通りの対応でいいのか、考える必要があった。さらに、もうひとつの想定外は、遼平の告白に対して、美菜が想定以上に感動してしまい、冷静な判断ができなくなっていたことだ。

「ありがとう、遼ちゃん。とっても嬉しい。遼ちゃんが勇気を出して告白してくれたから、私も思い切って告白するね」

「あ、はい」

「実は私、男が大嫌いなの。女の子が好き。いわゆる同性愛者、レズってことになるのかな。別に特別なことしてるわけではなくて、ただ好きになるのがいつも女の子っていうだけなの」

「はあ」

「でもね、子どもを産みたいのよね。だからレズじゃ困るの」

「え?」

「一番いいのは女の子みたいな男の子。だけどそんな子、なかなかいないのよ」

「………」

「だからね。わかるでしょ。えーっと、何だっけ、えーっと」

「だからね、遼ちゃん、安心して。ミーナ先輩も遼ちゃんのことが大好きだってことよ」

「そうそう、って、あかりちゃん、いたの。嫌だ。恥ずかしい」

「いたの、じゃないですよ。帰ろうとしてたら、いきなり告白合戦とか始まるし、だいたい、ミーナ先輩!」

「あ、はい」

「せっかく、遼ちゃんが告白してくれたんだから、私も好きよって返せばいいだけじゃないですか。そしたら、あたしも拍手して、おめでとうございますって登場できたんです」

「あーん、だって」

「だってじゃありません。それなのに、いきなり同性愛者とか、重い事実を公表しちゃって、それじゃ遼ちゃんは告白が実ったのか、だめだったのかわからないでしょう。それに、ここには、あたしもいるし、多分、マスターもどっかで聞いていますよ。気配消すの得意だから」

「はいはーい、正解」

思わぬところから声がしてぎょっとする。いつのまにかマスターがカウンターの端の席に座っていた。マスター、忍者の才能があったんですね。

「ミーナ、遼平、レズも女装も構わんけど、ここで子作りだけは勘弁してな」と言って、消えた。いや、本当に消えたわけではない。歩いて厨房に消えた。

「大丈夫よ。マスターは、ああ見えて、意外に頼りになるから、従業員の秘密を他に漏らしたりはしません。たぶん」

 必要以上に大きなあかりの声。なるほど、マスターに釘刺したわけね。

「えーっと、結局どうなったんですか。俺の告白」

「難しかったよね、先輩の告白。あのね、先輩は男が嫌いで女の子が好きなの。それは、わかったでしょう」

「うん、それはわかった」

「でもね、子どもが欲しい。もちろん、今すぐって訳ではなく、将来、結婚してからの話だと思う。そうでしょ、ミーナ先輩」

「あ、もちろんよ。えー、今すぐって思われてたの?」

「いや、普通はわかります。あたしもマスターもわかってます。マスターが言ったのは冗談です。たぶん。でも、遼ちゃんは、今すぐって思ってるかもしれない」

「あ、いや、そんなことは……」

 真っ赤になってる。そうだったんだ。

「でね。ここからが大事なの。遼ちゃん、よく聞いてね」

「うん」

「ミーナ先輩は子どもが欲しいから、結婚するには男でないとだめ。好きになるには女の子でないとだめ。それも、たぶん、ものすごくかわいい女の子。だから、ミーナ先輩の相手は、ものすごくかわいい女の子のような男の子っていう、とんでもない条件をクリアしてないとだめなの。わかる?」

「うん、なんとなく」

「それでね、そのとんでもない条件をクリアしてるのが、遼ちゃんよ。そして、こんな条件をクリアできるのは、日本中探しても他にいない、たぶん。ってことは、ミーナ先輩を幸せにできるのは遼ちゃんだけということになる。君にその覚悟はあるの。と、ミーナ先輩は言ってるのよ」

「私、そんな大変なこと…」美菜が言おうとすると、遼平が

「俺、がんばる。俺、今まで何をやってもうまくいかなかった。ここで働き始めても、マスターやお客さんに叱られてばかりで、楽しくなかった。でも、ミーナさんに会って、こんなきれいな人がいるんだって一目で好きになったんです」

「ああ、遼ちゃん」

「でも、話しかけることもできない。目を合わせることも。だって、こんなつまんない俺に、こんなきれいな人が気にかけてくれる訳ないって思った。でも、今日、ミーナさんが俺に魔法をかけてくれた。あかりさんと一緒に、俺に女装という魔法を。みんなが褒めてくれた。マスターもお客さんも」

「そうよ。遼ちゃん、きれいよ。ね、あかりちゃん」

「そう、とってもきれい。ミーナ先輩はそれを初日から見抜いてた」

「だから、そんな自信をくれたミーナさんのために、俺は何でもやります。何でも言ってください」

「嫌です」

「えーー」

「ごめん、ごめん。なんだか、そう言われるとボケたくなるの」

 いきなり、あかりが吹き出し、笑い始めた。

「あら、あかりちゃん、そんなに受けたの」

 あかりは、ひとしきり笑った後、

「もう、ミーナ先輩、最高! あたしも、遼ちゃんと同じで、最初会ったとき、なんてきれいな人って思ったのね。アイドル以上の可愛さにスタイル抜群。仕事もすぐにマスターして完璧にこなす、遼ちゃんの良さを見つけ出して、自信を植え付ける。なんて凄い人って尊敬してたのね。それが、遼ちゃんの告白を受けたときからおかしくなって、しどろもどろ。かわいいって思っちゃった。変なところでボケるし、もう、降参です。あたしもミーナ先輩が大好きになりました」

「あらあら、どうしましょ。ふたりから告白されちゃった」

「どうもしないですよ。あたしじゃ、先輩に子ども作ってあげられないし、ノーマルですから、レズの先輩のお相手はできません。あたしは二人を応援するだけです」

「お願い、もうそれやめてね。それより、あかりちゃん、明日、あかりちゃんも来るでしょう」

「行きます。行きます。めっちゃ楽しみです。遼ちゃんを完全無欠の女の子に仕立てるの。あたしのところ美容室やってるのね。だから、最後の仕上げはうちでやらせてください。ママに予約入れとくので」

「ああ、それいいね。ありがとう。明日本当に楽しみだね、遼ちゃん」

「あ、はい」

 絶対、わかってない。


 

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