アルカディア
「おはようございまーす」
朝8時30分に、バイト先の喫茶店「アルカディア」のドアを開ける。
「おはようございまーす」
中から、バイト仲間の西田あかりと仁藤遼平が声を合わせ、遅れてマスターが「おはよう」と、返事してきた。
当初予定していた女子校はバイト禁止だったので、遼平の高校とは遠くなったが、バイト先には近い私立の共学に転校の手続きをした。まだ夏休み中なので授業には出ていない。
アルカディアから歩いて五分もかからないアパートに二日前に引っ越してきた。そして、昨日、この喫茶店でバイトの面接、特に募集はしていなかったというが、あっさりと採用された。
バイト仲間の紹介は昨日終わっており、今日が初仕事だ。緊張する。
更衣室で制服に着替える。ちょっとスカートが短いが、なかなかセンスがいい。
「うわあ、ミーナ先輩、かわいい。すっごく似合ってます」
あかりが叫んだ。あかりは同じ高校の二年生、後輩だ。笑顔が魅力的な、明るく気さくな子。昨日初めて会って、すっかり仲良くなってしまった。
「ありがとう。でも、これ短くない。深いお辞儀するとパンツ見えちゃうね」
「そうなんですよ。この前、常連さんに見られちゃって。その人、どうもそれ目当てで通ってるみたい。でも、あたし、かわいいから気に入ってますけど。ミーナ先輩、脚きれいだし、お客さん、めっちゃ増えますよ。マスターも期待してるんじゃないですか」
「あはは。ところで、あかりちゃん、遼平君とは仲いいの?」
心配していたことをさりげなく聞いた。
「遼平君? あんまり話したことないです。なんかちょっと暗いんですよね」
よかった。
「でも、どうしてですか」
「ああ、特にはね。今までバイト二人だけだったから、お付き合いしてるのなら気にかけとかないとなんてね」
「お付き合いなんてとんでもないです。あたしはもっと男らしい人が好きです。遼平君はなんか女の子っぽいんです。なんか自信なさげで、ぐじぐじしてるし」
そうなんだよね。
美菜はふと思いついて、
「遼平君、この制服、似合うんじゃないかな」と、自分のスカートを指さして言ってみた。
「えー、男の子にミニスカート!」
やっぱり、そういう反応になるよね。
「うーん、でも意外と似合うかも、細いし、顔小さいし、かわいい顔してますよね。髪がださいけど、背が170センチくらいあるから、恰好いいかもしれませんね。問題は脚ですね。毛むくじゃらなら、ミニスカートは無理ですね」
それは大丈夫。私は裸を見てるから。君にも見せてあげたい。いや裸じゃなくて脚ね。
「うん、そうだね。第一遼平君が着るわけないか。女装なんて変態の代表みたいに思われているからね」
「あのー、ミーナ先輩」
「うん、何」
「もしかして、ミーナ先輩、遼平君のこと好きなんですか」
「あれ、わかっちゃった? 昨日会って一目惚れ」
「えー、なんかもったいないです。先輩だったら、みんなが憧れてる男の中の男みたいな人がお似合いです」
「それこそ、えーだよ。みんなが憧れて自信過剰になってる男なんて願い下げだし、男の中の男に、俺についてこいなんて言われたら、蹴り入れたくなる」
「うわ、なんか恰好いい」
「遼平君みたいに、きれいだけど自信なさげな子に、君のおかげで強くなれたなんて言われたら最高じゃない」
「ほえー、ほんとですね。なんか目から鱗です。ミーナ先輩、すごいです。あたし、ミーナ先輩と遼平君のこと応援します」
「ありがとね。でも、とりあえずは何もしなくていいからね。まずは仕事をきちんと覚えなきゃ。あかりちゃん、いろいろ教えてね」
「はい、もちろんです」
多くの喫茶店がそうであるように、アルカディアでも珈琲だけではなく軽食も出している。ただ、カレーはレトルトで、ミートソースやナポリタンは市販のものを電子レンジで温めて出している。チャーハンだけはマスターの手作りだそうだ。作るのが面倒だと、チャーハンの注文を取ってくるとマスターの機嫌が悪くなるという。だったらメニューから外せばいいと思うが、珈琲以外ではチャーハンが一番人気なんだそうだ。マスターは自慢しているらしいが、他がインスタントだとばれているだけだとあかりは言う。
四人掛けのテーブルが四脚とカウンター席が五つだけの小さな喫茶店。普段はそれほど忙しくないというが、アルカディアはオフィス街にあり、正午から午後一時までは会社員の昼食のため、客が殺到する。そういう時はテーブル席も相席にしてもらって、21席をフルに使う。それでも足りずに立ち待ちの客が列を為すそうだ。あかりに言わせると戦争のようで、こんな時にチャーハンの注文を取ってきた日には、マスターの機嫌が爆発しそうになるため、あかりは常連客には、この時間帯でのチャーハンの注文は遠慮するように頼んでいるという。それでもたまに来る客の注文は断れず、そんな時は、常連客に目で詫びながらマスターに注文を告げ、不機嫌の波を被ることになる。チャーハンが大好きだったあかりは、今ではチャーハンという言葉を聞いただけで身震いするそうだ。一番人気なのにこんなに嫌われているチャーハンが可哀そうだと美菜は思った。
あかりと美菜はホール担当、つまり接客係で、注文を受け、料理を運び、皿を下げてテーブルを拭き、レジもこなす。
遼平は普段は厨房にいて、皿洗いなどの雑用をしているが、混雑時にはホールもやる。慣れていないため、危なっかしいが、いないよりましというレベル。
美菜はあかりからのレクチャーをメモしながらも、遼平を女装させるための策略を考えていた。
その機会は意外に早くやってきた。
美菜が働き始めて三日目、開店前の準備中に、美菜はテーブルの下にボタンが落ちているのを見つけた。美菜はかがんでそれを拾おうとした。視線を感じて振り向くと遼平がいた。慌てて目を逸らす遼平。
「見てません。見てません」
パンツ見ましたと言っているようなものだ。ほんとかわいい。パンツくらいいくらでも見せてあげるのに。君は私の裸を何度も見てるんだよ。
「パンツ見たでしょ」ほんの少しドスを効かせて言ってみた。
「いや、だから、見てません」
「本当? 噓はだめだよ、遼平君。怒らないから本当のことを言ってごらん」
脅しのレベルを上げる。
「……はい、見ました。ごめんなさい」
「何を」
「だ、だから、パ、パンティ」
「どうだった」
「え、ど、どうって言われても……」
「気持ち悪かった?」
「いえいえ、とんでもないです。気持ちよかったです。あ、ちがうちがう。その、真っ白で眩しくて、とても嬉しかったです。だめー、これもちがう。と、とてもきれいでした」
なんなの、この可愛さ。抱きしめたくなる。ここで挫けてはいけない。心を鬼にして、
「そう、ありがとね。でね、代わりといってはなんだけど、遼平君にお願いしたいことがあるんだけど」
「あ、はい、何でもします」
やったー、これを待ってた。
「何でもしてくれるのね」
「あー、人を殺せとかは無理です。あと法律に触れるのもちょっと……」
男の子を女装させるのは、法律に触れるのだろうか。
「大丈夫よ、そんなこと頼まない」
そう言って、遼平の手を取り、厨房へと向かう。
「マスター、頼みがあるんですけど」
「な、なに?」美菜の勢いに押されている。
「遼平君に合う制服あります?」
「制服なら着てるじゃないか」
「違います。ウエイトレスの」
「えー、何でまた」
「遼平君に度胸をつけてもらうんです。彼が一人前になればマスターも助かるでしょ」
「そりゃね、そんなんで一人前になってくれたら安いものだけど……。マジで?」
「マジです」
「そうなんだ。えっと、遼平大きいからLサイズかな。確かあったと思うけど」
そう言って、事務室に向かった。
騒ぎを聞きつけて、あかりもやってきた。始めたのねという顔でにやにやしている。
遼平は逃げ出そうとするが、美菜にしっかり掴まれている。
「逃げちゃだめよ。何でもするって言ったでしょ。ウエイトレスの恰好をすれば、君の問題は解決するからね」
そう、私の願いも。
「あった、あった。これでいいかな」
マスターから受け取った制服を遼平に渡す。
「はい、これを着てみて」
「えー、なんでウエイトレス?」とか言いながら、廊下の奥、トイレの前に設けられた男子の着替えスペースまで歩いていく。カーテンを閉める。膝から下は見えていて、ズボンを脱ぐと魅力的なふくら脛が見えた。美菜は期待にときめいていた。
カーテンが開き、遼平が出てくる。
「下半身がスースーして、落ち着かないですー」
びっくりした。似合うとは思っていたけど、ここまでとは。
「うわー、遼平君、脚きれい、すべすべじゃない。細くて恰好いい。ミーナ先輩に負けてない。あたし、自信なくすー」と、あかり。
マスターも「おー、これは」とか言っている。
Lサイズでも少し小さかったようで、ミニが超ミニになっている。遼平は一生懸命スカートの裾を下げようとしている。
「パンツ、どんなの穿いてるの」と、美菜がスカートを捲る。遼平はキャッとか言って裾を抑える。まあ、かわいい。
「ブリーフかあ。今度、女性用のパンティ買いに行こうね」
あとはヘアスタイル。こんな目がほとんど隠れているような幽霊スタイルでは台無し。ポニーテールが絶対に似合うと思うが、今は無理だ。
「あかりちゃん、髪整えてくれる? 目を全部出して、できれば顔周りに後れ毛二つ三つ」
「わかりました。あたし得意です。ヘアクリーム取ってきます」
その間、美菜は、遼平を椅子に座らせ、エプロンからリップクリームを取り出し、やだ、間接キス、とか思いながら、遼平の唇に潤いを与えた。
椅子に座って、付け根近くまで露わになった遼平の太ももに、目が釘付けになる。
あかりが戻ってきて、手早く髪を整える。
そして、完成。
みんな、感動して、声が出ない。しばらくして、マスターが
「うーん、なまじの女の子より女の子っぽいな。遼平にこんな才能があったとは」
マスター、それ才能とは言わない。
遼平はもじもじしている。
「遼平君、膝合わせて。油断するとすぐパンツ見えちゃうからね」と、あかり。
慌てて膝を合わせる遼平。
「そうだ。呼び方も変えなきゃ。これからは、遼ちゃんって呼ぶことにしよう。みんな、いい?」と美菜が言うと、
「了解でーす。玄関、掃除してきまーす」と、あかりが答え、マスターは親指を立てて、厨房に消えた。
「遼ちゃん、今日の午前中はひとりでホールやってね。お客さんが少ないときに練習しなきゃ。もちろん、お客さんが増えたら、私たちも手伝うからね」
「えー、大丈夫かな。男だってすぐばれちゃうんじゃないですか」
「そうね、声も変えないと。遼ちゃん、ちょっと高めに、いらっしゃいませって言ってみて」
「いらっしゃいませー」
「ちょっと高すぎ。も少し抑えて、かわい子ぶりっこして」
「いらっしゃいませ」
うーん、いい声、たまらない。
そして、開店。すぐに二人連れの男の客が入ってきた。
遼平が注文を取りに行く。
みんな、カウンターの陰に隠れて、固唾を呑んで見守る。
「いらっしゃいませ」がひっくり返る。水を入れたコップが大きな音を立てる。背筋が丸まり、おたおたした様子で戻ってくる。
それを見た美菜は遼平を女子更衣室まで連れて行き、姿見の前に遼平を立たせて言った。
「遼ちゃん、これ見て。お客さん、遼ちゃんの脚に見とれてた。私もよ。遼ちゃん、きれいなの、恰好いいの。自信を持って。背筋を伸ばすことだけ考えて」
このことが遼平を劇的に変えた。背筋が伸び、モデルのような足取りで、自信に溢れた様子で仕事をこなした。それから数組の客が来たが、遼平は完璧に対応した。
油断したのか、一度、男の声で「ありがとうございました」とやったときには全員が凍りついた。客も驚いていた。遼平も、一瞬しまったという顔をしたが、平然とやり過ごした。肝も据わってきたようだ。
「りょうへーい、お前すごいな。どこからどう見ても完璧に女の子だ。お前、女の子の才能あるよ」
マスター、惜しい。そこは素質かな。
昼時に来た常連客も
「マスター、また可愛い子を雇ったんだ。まさに楽園だな、名前通りだ」とか、言っていた。アルカディアとは楽園という意味だ。
忙しい時間帯が過ぎ、客が途切れたときに美菜が遼平に話しかけた。
「ねえ、遼ちゃん、明日お店休みだから、買い物に行かない?」
「え、いいですけど。何を買うんですか」
「遼ちゃんの下着。今日はブリーフが見えちゃうんじゃないかって、ひやひやしたんだからね。だからかわいいパンティを買うの」
「下着まで女物?」
「下着って大事よ。ねえ、あかりちゃん」
「そう、ミニスカート穿いてる以上、見えちゃうことってあるから。そりゃなるべく見えないように努力するけど、万一、見えたときは、かわいいのを穿いてないとね」
「他にも買いたいものがあるのね。お金のことは心配しないで。私が出すから」
「え、それは悪いです」
「大丈夫。それに、私が言い出したことだから。あ、お客さんだ。遼ちゃん、もう少しだから、がんばってね」
その日、遼平は一日中ホールの仕事をやった。雑用は美菜とあかりが交代でやった。遼平の仕事ぶりはほぼ完璧だった。客が珈琲をこぼしたときの対応も文句のつけようがなかった。
「遼ちゃん、お疲れ様、疲れたでしょ」
その日の終わり、帰り支度を終えた遼平に、美菜が声をかけた。
「お疲れ様です。ほんと疲れました。でも、なんだか楽しかったです。またやりたいかも」
「何言ってるの。これからずっとやるのよ」
「やっぱり? そうじゃないかなって思ってましたけど……、あの、ミーナさん」
「うん、何」
「えっと、あの、ありがとうございました」
「え、何が」
「その、ウエイトレスの恰好させてくれて。最初は嫌でしたけど、やってみるとすごくわくわくしました。それに、俺、初めて役に立っているっていう実感を持てたんです」
「今までも役に立ってたでしょう」
「いや、マスターには怒られてばかりでした。だから、役に立つというより迷惑をかけてた気がします。マスターに褒められたの今日が初めてなんです」
うわ、涙目になってる。もう、なんでこんなにかわいいの。
「そうだったのね。じゃあ、明日しっかり準備して、完璧な女の子になろうね」
「それなんですけど、これって変態じゃないんですか」
「え?」
「男が女装するのって変態なんじゃないかと」
「そうね。世の中の人はそう思うかもしれない。でもね、そうすることで、生き生きできる、人の役に立てるのなら、何が問題なんだろうね。確かに、女装することが、人を気持ち悪くさせるのであれば、少し問題かもしれない。それでも、それで本人が充実した生活を送れるのであれば、私はいいと思う。まして、遼ちゃんの場合は、だれにも迷惑かけてない。それどころか、遼ちゃんの美しさ、可愛さに心癒されている人が絶対いる。私がそうだから、これは断言できる」
「………」ん、どうした?
「ミーナさん」
「はい」
「俺、ミーナさんのことが好きです。大好きです」
美菜は、こちらに引っ越してくる前に、遼平との会話を、様々な場面に応じてシミュレートしていた。もちろん、この状況、遼平が告白してくる場面も想定していた。想定外だったのは、自信欠乏症の遼平がこんなに早く告白したことだった。そのため、想定通りの対応でいいのか、考える必要があった。さらに、もうひとつの想定外は、遼平の告白に対して、美菜が想定以上に感動してしまい、冷静な判断ができなくなっていたことだ。
「ありがとう、遼ちゃん。とっても嬉しい。遼ちゃんが勇気を出して告白してくれたから、私も思い切って告白するね」
「あ、はい」
「実は私、男が大嫌いなの。女の子が好き。いわゆる同性愛者、レズってことになるのかな。別に特別なことしてるわけではなくて、ただ好きになるのがいつも女の子っていうだけなの」
「はあ」
「でもね、子どもを産みたいのよね。だからレズじゃ困るの」
「え?」
「一番いいのは女の子みたいな男の子。だけどそんな子、なかなかいないのよ」
「………」
「だからね。わかるでしょ。えーっと、何だっけ、えーっと」
「だからね、遼ちゃん、安心して。ミーナ先輩も遼ちゃんのことが大好きだってことよ」
「そうそう、って、あかりちゃん、いたの。嫌だ。恥ずかしい」
「いたの、じゃないですよ。帰ろうとしてたら、いきなり告白合戦とか始まるし、だいたい、ミーナ先輩!」
「あ、はい」
「せっかく、遼ちゃんが告白してくれたんだから、私も好きよって返せばいいだけじゃないですか。そしたら、あたしも拍手して、おめでとうございますって登場できたんです」
「あーん、だって」
「だってじゃありません。それなのに、いきなり同性愛者とか、重い事実を公表しちゃって、それじゃ遼ちゃんは告白が実ったのか、だめだったのかわからないでしょう。それに、ここには、あたしもいるし、多分、マスターもどっかで聞いていますよ。気配消すの得意だから」
「はいはーい、正解」
思わぬところから声がしてぎょっとする。いつのまにかマスターがカウンターの端の席に座っていた。マスター、忍者の才能があったんですね。
「ミーナ、遼平、レズも女装も構わんけど、ここで子作りだけは勘弁してな」と言って、消えた。いや、本当に消えたわけではない。歩いて厨房に消えた。
「大丈夫よ。マスターは、ああ見えて、意外に頼りになるから、従業員の秘密を他に漏らしたりはしません。たぶん」
必要以上に大きなあかりの声。なるほど、マスターに釘刺したわけね。
「えーっと、結局どうなったんですか。俺の告白」
「難しかったよね、先輩の告白。あのね、先輩は男が嫌いで女の子が好きなの。それは、わかったでしょう」
「うん、それはわかった」
「でもね、子どもが欲しい。もちろん、今すぐって訳ではなく、将来、結婚してからの話だと思う。そうでしょ、ミーナ先輩」
「あ、もちろんよ。えー、今すぐって思われてたの?」
「いや、普通はわかります。あたしもマスターもわかってます。マスターが言ったのは冗談です。たぶん。でも、遼ちゃんは、今すぐって思ってるかもしれない」
「あ、いや、そんなことは……」
真っ赤になってる。そうだったんだ。
「でね。ここからが大事なの。遼ちゃん、よく聞いてね」
「うん」
「ミーナ先輩は子どもが欲しいから、結婚するには男でないとだめ。好きになるには女の子でないとだめ。それも、たぶん、ものすごくかわいい女の子。だから、ミーナ先輩の相手は、ものすごくかわいい女の子のような男の子っていう、とんでもない条件をクリアしてないとだめなの。わかる?」
「うん、なんとなく」
「それでね、そのとんでもない条件をクリアしてるのが、遼ちゃんよ。そして、こんな条件をクリアできるのは、日本中探しても他にいない、たぶん。ってことは、ミーナ先輩を幸せにできるのは遼ちゃんだけということになる。君にその覚悟はあるの。と、ミーナ先輩は言ってるのよ」
「私、そんな大変なこと…」美菜が言おうとすると、遼平が
「俺、がんばる。俺、今まで何をやってもうまくいかなかった。ここで働き始めても、マスターやお客さんに叱られてばかりで、楽しくなかった。でも、ミーナさんに会って、こんなきれいな人がいるんだって一目で好きになったんです」
「ああ、遼ちゃん」
「でも、話しかけることもできない。目を合わせることも。だって、こんなつまんない俺に、こんなきれいな人が気にかけてくれる訳ないって思った。でも、今日、ミーナさんが俺に魔法をかけてくれた。あかりさんと一緒に、俺に女装という魔法を。みんなが褒めてくれた。マスターもお客さんも」
「そうよ。遼ちゃん、きれいよ。ね、あかりちゃん」
「そう、とってもきれい。ミーナ先輩はそれを初日から見抜いてた」
「だから、そんな自信をくれたミーナさんのために、俺は何でもやります。何でも言ってください」
「嫌です」
「えーー」
「ごめん、ごめん。なんだか、そう言われるとボケたくなるの」
いきなり、あかりが吹き出し、笑い始めた。
「あら、あかりちゃん、そんなに受けたの」
あかりは、ひとしきり笑った後、
「もう、ミーナ先輩、最高! あたしも、遼ちゃんと同じで、最初会ったとき、なんてきれいな人って思ったのね。アイドル以上の可愛さにスタイル抜群。仕事もすぐにマスターして完璧にこなす、遼ちゃんの良さを見つけ出して、自信を植え付ける。なんて凄い人って尊敬してたのね。それが、遼ちゃんの告白を受けたときからおかしくなって、しどろもどろ。かわいいって思っちゃった。変なところでボケるし、もう、降参です。あたしもミーナ先輩が大好きになりました」
「あらあら、どうしましょ。ふたりから告白されちゃった」
「どうもしないですよ。あたしじゃ、先輩に子ども作ってあげられないし、ノーマルですから、レズの先輩のお相手はできません。あたしは二人を応援するだけです」
「お願い、もうそれやめてね。それより、あかりちゃん、明日、あかりちゃんも来るでしょう」
「行きます。行きます。めっちゃ楽しみです。遼ちゃんを完全無欠の女の子に仕立てるの。あたしのところ美容室やってるのね。だから、最後の仕上げはうちでやらせてください。ママに予約入れとくので」
「ああ、それいいね。ありがとう。明日本当に楽しみだね、遼ちゃん」
「あ、はい」
絶対、わかってない。