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青き胡蝶の夢  作者: 鳥沢 響
1.謎の部屋
3/14

謎の部屋(2)

 目覚めると本当に美菜が上にいた。裸の胸を密着させ、顔を覗き込んでいる。

「やっと、起きた。このお寝坊さん」鼻の頭を軽く指で弾かれた。

「やっと会えたー。嬉しいー」と言って、強く抱きしめてきた。遼平の股間のものが美菜の裸の下腹部に当たっている。既にはち切れそうになっている。

「ちょっと、ミーナさん離れて。股間の変なのが爆発しそうです」

「なかなか起きなかったから、つんつんしてたらだんだん大きくなっちゃった。いいよ。私の中で出しちゃって、いま強姦しようと思ってたところだから」

「ミーナさん、キャラ変した?」

「何よ、キャラ変って」

「あ、そうか。えっと、性格変わった?」

「ちがうよ。頭がおかしくなったの。遼平君に会いたい、会いたいって毎日思ってた。そのうち、会ってエッチしたいと思った。一回それを思ったら、昼も夜もそればっかり。エッチしたい、エッチしたいって頭おかしいよね。こんな女嫌いよね。嫌だ、嫌いにならないで」

 そう言って、抱きついたまま、声を上げて泣いている。

「大丈夫。ミーナさんを嫌いになることなんて絶対ないから。うんうん、エッチしようね。私もずっとミーナさんとエッチしたかったよ」

 美菜を上にしたまま、顔を上げさせ、キスをした。美菜の舌が勢いよく口の中に入ってくる。狂おしいほどの激しさで遼平の舌に絡みつく。本能剥き出しの姿に、一瞬、恐れを感じて戸惑った。すぐに思い返した。これは美菜が心も裸にしているのだと。すべての心の障壁や虚飾を取り払い、生身の心と体を遼平にぶつけてきているのだと。

 だったらそれに応えよう。正面から受け止めて、美菜を意識不明から救い出す。

 美菜に負けない情熱を込めて美菜の舌を吸った。美菜の全身を舌と指で激しく愛撫した。美菜が叫んでいる。泣きながら遼平の名を呼んでいる。遼平も美菜の名を呼び返す。

 美菜は目覚めるかもしれない。この乱れ方は前回とは明らかに違っている。この刺激が意識を失っている美菜の脳に大きな影響を与えているはずだ。しかし、美菜が目覚めれば、二度と17歳の美菜には会えない。それはとても大切なものを失くすような思いに捕らわれたが、躊躇はなかった。美菜を救う。そこにブレはない。

 美菜の中に入っていった。動きを止め美菜の感触を味わう。そこから美菜の快感や想いが伝わってくるような気がした。

 美菜が「遼ちゃん」と囁いて、遼平の体を強く抱きしめた。

ー遼ちゃん?―

 いつもと違う呼びかけに驚いたが、同時に美菜への愛しさが込み上げる。

 遼平も「ミーナ」と叫んで、抱き返す。腰が自然に動き出す。

「遼ちゃん、遼ちゃん」美菜は泣きながら縋りついてくる。

 美菜を失いたくないと思った。こんなに慕ってくれる17歳の美菜を。だったらこれ以上、美菜を刺激してはいけない。美菜の感情が爆発したら、二人とも元の世界に戻される。わかっているのに腰の動きを止められない。気づけば遼平も「ミーナ、ミーナ」と泣き叫びながら、美菜の体を力の限り抱きしめ、腰を激しく動かしていた。

 美菜の中にすべてを放出したとき、薄れていく意識の中で「さようなら、ミーナ」と囁いて美菜の胸に顔を埋めた。


「おーい、遼ちゃーん、起きて」

 遠くから、美菜の声がする。

「こらー、起きろー」

 今度は耳元で。目を開けると、目の前に美菜の顔。満面の笑みを浮かべている。心がとろける。

「あれ、ミーナさん? まだいたの?」

「うっわ、なんてこと言うの。あんな激しいセックスして、終わったとたん寝ちゃって、やっと起きたらこれかい」

「あ、ごめん。ちょっと事情があって、もうミーナさんに会えないと思ってたから」

 遼平は美菜にVRの話をした。長い話だったが、美菜は真剣に聞いていた。

「だからね、ミーナさんをいかせたから、もう意識が戻って、ここにはいないと思ったんだ。というか、役目果たせたから、私も戻ってると思ってた」

「ふーん、セックスの刺激で意識が戻るのかあ。だから、遼ちゃん、この前セックスのあと、いなくなっちゃったのね」

「あのー、ミーナさん、その遼ちゃんという呼び方……」

「え、何、嫌なの?」

「その、嬉しいと言えば嬉しいんだけど、何というか、ミーナさんのイメージが」

「私のイメージって何」

「ミーナさんは、30年間ずっと憧れてきた天使みたいな存在ですから、上から目線で遼平君というのがイメージにぴったりなんですけど」

「ダメ、却下。私たち、もう三回もセックスしたのよ。まあ一回は強姦だけど。もう恋人同士でしょ。それにね、遼ちゃんがいなくなってから、何度遼ちゃん、遼ちゃんって呼びかけたことか。最初は遼平君だったけど、そのうち遼ちゃんって呼んだら、私の気分にぴったりだったのね。それからは遼ちゃん、遼ちゃん、会いたいよーって泣いてたんだからね。眠るときなんか、枕抱きしめて、何百回も遼ちゃん、遼ちゃんやってたから、私の枕、自分のこと遼ちゃんだと思ってるかもしれない」

「それは…枕になりたいかも」

「ほんと、なって欲しい。それから、ミーナさんって呼ぶのやめて。他人行儀な気がする。エッチしてるときに、ミーナって呼んでくれたよね。あれ、嬉しかった。私の体も喜んでた。だから、ミーナって呼んでほしい」

「……」

「ほら、呼んで」

「え、今?」

「ほら、ほら」

「えっと、ミ、ミーナ」

「ダメ,硬い」

「ミーナ」

「だめ、もっとかわいく、男らしく」

「それ、難しいよ。どっちかにして」

「じゃあ、私への愛情を込めて、ミーナ、好きだよって言ってみて、キャッ」

 自分で言って照れてるし、でも、それならできそうな気がする。

 深呼吸して、美菜への万感の想いを込めて

「ミーナ、好きだよ」

「いやん、遼ちゃん、大好き」と言って、抱きついてきた。あー、気持ちいい。

「気持ちいいー。すべすべの遼ちゃんのこの肌、ほんとに気持ちいい。こら、この肌で何人の女泣かせてきた」

「えっと、大家さんくらいかな」

「うわ、なんてこと思い出させる。こうしてくれる」

 そう言って、美菜は遼平を押し倒し、上に乗った。両腕を遼平の背に回して強く抱きしめ全体重をかけてきた。裸の胸や下腹部、太ももが密着する。

「ミーナさん、あ、ミーナ、この体勢好きだよね」

「うん、好きよ。というか遼ちゃん、これ好きでしょ。遼ちゃんが喜んでるのがわかるから私も好きなの」

「そうだね。こうしていると、とても大切な宝物を手にしている実感があるんだ」

 そう言ったものの、そんな言葉ではとても足りない気がする。美菜を強く抱きしめた。体の密着度が増す。

「ねえ、セックスなんかしないで、ずっとこのままでいようか」

「え?」

「だって、セックスすると、遼ちゃん、いなくなるかもしれないのでしょう。だったらずっとこうしてればいい」

「そうだね。本当にそう思う。けど……」

「わかってるの。意識不明の私、48歳の美菜さんを助けなきゃいけないってこと。あのね、遼ちゃんのVRの説明聞いて納得したこともあったけど、いくつかまだわからないこともあるの。私たちが初めて会ったのは昨日だって言ってたでしょう」

「そうだよ。目覚めて次の日にまたVRにかけてもらったからね」

「私にとっては一か月以上前のことなの」

「一か月!」

 驚いた。話の流れから何日か経っているのは感じていたが、一か月とは。

「正確には40日くらいかな。遼ちゃんに会ったのが5月25日、目覚めたら自分の部屋にいた。パジャマも着てた。ああ、夢だったんだと思った。でもすごいリアルな夢だと思った。遼ちゃんの肌の感触、キスの余韻も残ってた。セックスも。それから、普通に学校に行って、帰ってきて眠りにつくと、またこの部屋にいたの、裸で。遼ちゃんも来てくれると思ったからずっと待ってた。わくわくしながら。でも、待っても待っても遼ちゃんは来てくれなかった。それでも最初のうちはよかった。遼ちゃんの感触は残っていたから、それを抱きしめながらベッドに横になってた。遼ちゃんとの会話を思い出しながら幸せに浸ることができた。大家さんとのことも私には宝物よ。そのあとの会話も。ある日、それを思い出して、声を出して笑ったの。ひとりで笑ってることに気づいたとき、虚しさと寂しさが津波のように襲ってきた。遼ちゃんを思う気持ちがどんどんどんどん溢れてくるの。心の限界を超えて溢れてくるの。気づいたら、大声で泣き叫んでいた。遼ちゃんに会いたい、遼ちゃんに会いたいって、子どものように。でも遼ちゃんは来てくれない」

 美菜は実際に泣きながら、遼平にしがみついている。美菜の心臓の鼓動が胸に響く。遼平も強く抱きしめ返した。

「そうだったんだ。ごめんね、気づかなくて」

「ううん、遼ちゃんのせいじゃない。それに今日来てくれたから。嬉しかった。ほんとにほんとに嬉しかったんだからね。昨日までの寂しさも苦しみも全部吹っ飛んだ。ふとんがふっとんだって」

「古いよ。そんなギャグ、30年後はだれも使ってないよ」

「えー、そうなの。つまんない世の中になったのね」

 美菜の鼓動が落ち着いてきた。

「私が一番納得できていないのが、私って48歳の私の夢の中の存在だってことなの。だったら、私の現実、高校生活しているのも48歳の私の夢?」

 あっと思った。VRの説明を聞いたとき、これですべてが説明できると思った。しかし、美菜の話を聞いているうちに違和感が芽生えてきていた。美菜と遼平の決定的な違いは、遼平には47歳の記憶があるが、美菜にはない。17歳のままだ。しかも美菜には17歳の現実もある。

「それにね、私、現実とこの部屋を何度も行ったり来たりしてるでしょう。そのうち、どっちが本当の現実なんだろうって思うことがあるの。我思う故に我ありって言葉があるでしょう。現実では生活に追われてあまり考えたりしないのよ。でもここではほかにやることがないからずっと考えてるの。まあ、ほとんどが遼ちゃんのことだけど。考えてるのは圧倒的にこの部屋にいるときなの。この部屋にいるのが本当の私で、高校生活してるのは夢なんじゃないかって思ったりするの。でも、遼ちゃんは48歳の私の夢だと言う。いったいどれが本当の私なの」

「胡蝶の夢だ」

「え、何」

「古代中国の有名な話。蝶になった夢を見た人が、目覚めた後、自分が蝶になった夢を見たのか、蝶が今、人間になった夢を見ているのかだれにもわからないという話」

「あ、それ、漢文で習った。そっか、だれにもわからないのね」

「うーん、少なくとも私の場合は、VRが見せている夢だというのは確実だと思う。現実は病院でVRをつけて眠っている。だからこの部屋でのことは夢でまちがいはないと思う。だけど、ミーナの場合は、17歳の現実と48歳の意識不明の現実がある。あ、……そうだ、ミーナは18歳のときに消息がわからなくなっている」

「そうなの、私もそれを考えていたの。病気か何かで意識を失って、今もそれが続いているんじゃないかって」

「だけど、それならデビューした記憶はあるはずだ」

「病気で倒れたショックで記憶を失くしているのかも。遼ちゃんが自殺を図った記憶がないのと同じように」

「そうか、それで辻褄は合うな。それだと17歳のミーナの現実は夢というより記憶、記憶を辿ってることになる。それが正解かどうかはまだわからないけど」

「でもね。そうすると私は目覚めたら、48歳のおばさんよね。31年間の記憶や思い出がないのよ。私の青春を返してほしいよ」

「そうだけど、これから俺と幸せな思い出を作っていけばいい」

「あ、今初めて自分のことを俺って言った。そっちがいいよ。私とかおじんくさい」

「そうか、じゃ改めて、ミーナ、俺と結婚してください」

「まだ早いよ。目覚めるかどうかわかんないし。しかも全裸でプロポーズ、やめてよ、ムードもへったくれもあったもんじゃない」

「へ、へったくれ」

「二人とも目覚めて、退院した時にちゃんと服着て、もう一度言ってください。そしたら嫌よって断るから」

「ミーナさーん」

「あら、またさん付けした。冗談よ。私には遼ちゃんしかいないから。私を今度みたいに待たせないでね。来なかったらこっちから押しかけるから」

「大丈夫。退院するまで待てないかも」

「あとね。これ言うと、遼ちゃん怒るかもしれないけど……」

「何、怒らないよ。言ってミーナ」

「あはは、おもしろーい。あのね、保険掛けとこうかと思ってて」

「何、生命保険?」

「ちがうよ。前に遼ちゃん、言ったよね。16歳の遼ちゃんを幸せにしてくれって」

「ああ、うん」

「それをね、実行しようかと思って。目覚めなかったときに備えて。この部屋で遼ちゃんを待ってたとき、いろいろ考えてたの。まず居場所を聞いて、それから、遼ちゃんの高校に転校して……」

「絶対無理」

「なぜに。そうかレベルの高い高校だっけ」

「男子校だから」

「うわ、ショック。私、16歳の遼ちゃんに会ったら、あーしよう、こーしようっていろいろ妄想してたのに、最初から躓くなんて」

 美菜がしょげている。可哀そうだから近くの女子高と夏休みにバイトしていた喫茶店の名前を教えた。

「やったあ。これで身も心も初心(うぶ)な遼ちゃんに会える」

「悪かったね、心はおじさんで。でもそんな暇あるの」

「ん、どうして」

「だって、もうすぐ芸能界デビューでしょ」

「あ、あれね。やめたの」

「やめた! どうして」

「だって、二時間睡眠とか無理でしょ。それにもともとそんなに興味なかったし、スカウトされて、ちょっと面白そうだからって始めただけだから」

「えー、日本のアイドル史が、歴史が変わってしまう」

「そんな大袈裟な。でも大変だった。もうデビュー曲もできてたし、事務所の社長、カンカンだった。持病が出たってことでなんとか納得してもらったの」

「持病、ほんとに?」

「うそ、でも、持病があるというのはほんと。たまに原因不明の発熱があるの、40度くらいの、そして一週間くらい声が出なくなるの。ここ二年くらい出てないけど。事務所に入ったときにそれが出たら無理だって言ってあったから」

「そっかあ。なんだか寂しいというか、悲しいというか。全国三千万のミーナファンが、がっかりするだろうなあ」

「そんなにいないって。それにデビューすらしてないんだからわからないでしょう」

「それで、何を妄想してたの」

「え?」

「いや、16歳の俺に会ったら、あーしよう、こーしようというやつ」

「あーあれね。どうしよっかなー」

「いいから言ってミーナ」

「そんなの、何回も使ってたらおもしろくないって。あのね、遼ちゃんに女装させようと思うの」

「じょそー? 草むしりさせるのか」

「違うよ。女装、女の恰好をさせるの」

「はあー! 何考えてんの、そんなのやるわけないだろう!」

「やっぱり無理?」

「無理に決まってる。自信なくておどおどしてる俺に、女装なんてできる勇気はない。それは断言できる」

「それなの。私は遼ちゃんに自信をつけてもらいたいの。遼ちゃん、かわいいんだからね。女の子らしい髪型にすれば、そこらへんの女の子よりずっとかわいいの。それから何といってもこの脚」

 太ももを撫でられた。気持ちいい。

「ちょっと立ってみて」

「はあ」

「いいから」

 しぶしぶ立ち上がる。

「変なもの隠して」

 慌てて前を隠す。

「細くてまっすぐ、ただ細いだけじゃない。陸上の長距離で鍛えているから、この太もももふくら脛も理想的な曲線」

 言いながら優しく太ももやふくら脛を撫でまわす。はあー。

「私も脚には自信あったけど、遼ちゃんには敵わない。それから、最高に素晴らしいのがこのすべすべ感」

 そんな、内ももをすりすりやられたら……、美菜の頭上で、手で隠していたものが隠し切れないほど大きく、固くなっていた。

「ミーナ、ちょっとやばい」

 呼ばれて上を向く美菜。「うわ、何これ」

 正座している美菜を押し倒し、胸に顔を埋める。

「あちこち触るから、我慢できなくなった」

「めっちゃ大きくなってたものね。しょうがない、最後の仕上げといきま」

 言い終わらないうちに、その口を唇で遮る。

 舌を入れ、美菜の舌を、心を込めて愛撫する。

 耳朶(みみたぶ)から首筋へと舌と唇で辿る。

 乳房の周囲から中心に向かって螺旋状に舌を這わせる。

 頂点を舌でツンと弾く。美菜がびくんと反応する。

 そして、美菜の裸の胸をまじまじと眺めた。

「いやだ、遼ちゃん、そんなに見つめ」突然、言葉が途切れ、美菜も消えた。

「え?」

 突然のことに呆然とする。周りをゆっくりと見渡す。だれもいない。

 美菜がいなくなった。

 何が起きた。美菜が目覚めた? 違う、美菜は絶頂に達していない。だめだ。今別れたら二度と会えない気がした。

「ミーナ、ミーナー」

 身を焦がす焦燥感に煽られながら、美菜の名を力の限り叫んでいた。

 反響すらしない部屋の中で、遼平は、電源を切られたテレビのように意識を失った。



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