火の大精霊の愛し子
まだ、人と妖精が共に暮らし共存していた時代。
神々の使徒である妖精達。
自然を意のままに操る妖精を神より身近に感じていた人間は、神よりも妖精を大事にし始めてしまった。
神々は、恩知らずな人間を忌み嫌い始めて、人間への罰として魔獣を生み始めた。
心優しかった動物達は、人間をエサとして認識し始めてしまった。
始めは、小さな小さな波紋が、神々の手から離れて大きな大きな波紋となり、人間を絶望の淵へ追いやってしまった。
すでに、神々の思惑とはかけ離れた世界が出来上がりつつあった。
大国リーニヤ。
昔から妖精との共存を大切に自然豊かな大国。
妖精との契約魔法を大事にし、繁栄をしている。
王族は、特に火の大精霊との契約を結びし者が王としての地位を継ぐ事により繁栄してきた国でもあった。
誓約者がいる限り、火の大精霊は魔獣の脅威から人々を守り続けてくれた。
今代の王には、王妃を始め数多くの妃が奥宮にいましたが、今だ誰一人も火の大精霊との契約には成功していなかった。
「まだ、誰も契約出来ぬか?」
「はい、王様。数多くの皇子はもとより姫様方にも契約者はおりません。」
王は、溜め息をつきながら宰相の言葉を聞く。
「なあ、なぜだろう?我が国は、妖精の方々に対して何かしたかな?」
「王様、我が国は妖精の方々との共存を第一にしてまいりました。第一皇子を始め大変優秀な方々であります。後2、3年のうちには火の大精霊様との新しき誓約を結ばれる方が出てこられるはずでございます。今一度、心を鎮まられますように。」
再び溜息をつきながら宰相の話に耳を傾ける。
「少しさがれ。我が火の大精霊と話しがしたい。」
「畏まりました。」
王様の言葉に、礼をして下がっていく宰相が執務室から退室してから、王様は声を発した。
「火の大精霊よ。我が側にいられるならその姿を現してくださいませんか?」
しかし、王様の言葉は虚しく執務室に響くだけで火の大精霊は姿を現してはくれなかった。
「おられぬか。最近は特におられぬ。これは、新しき契約者が出現した時と思うのだが今だに報告がない。まさか、王族以外に誓約者が出現したのでは。長き歴史での初の事になるのか、我が代で。火の方にお聞きしても、答えてはくれまい。」
ゆっくりと大国の繁栄に陰りが出始めたことを、王や人々は知らない。
今のまま繁栄が続くことを疑うこともなく、毎日を暮らしていた。
その頃、大国リーニヤの妖精の住まいし森。
森と一纏めには出来ない大きさと人々を拒絶した森がそこには存在した。
その森の中に、小さな家があった。
家と言っていいのかは分からないが、森の中の大木がその根本に大きな洞口のような口を開けていた。
その洞口の入口には、ドアが存在していたので家であろうと推測された。
今、そのドアがソっと開けられた。
ドアから出てきたのは、輝く赤髪を持つ可愛い女の子であった。
女の子は、辺りをキョロキョロと見回しニヤリと笑った。
「やった。誰一人いない。今日こそ、この森の探検をするのよ。ふふふ、もう私も5歳になったはず?なったよね。」
女の子は、森の端に捨てられた赤子であった。
珍しい事ではなかったが、その赤子を妖精達は保護し大事に懐にしまい育てていた。
赤子には、名がない。
しかし、この森では名がない事が普通であった。
名とは、人の個別を表すことであり、妖精や森の木々達は、無用の長物であった。
「こら〜、また脱走しようとする。何回メッしたら分かるの?」
女の子は、身体をビクッとすると、そろそろと上を見た。
そこには、シルバー色の髪の小さな可愛い女の子がいた。
「ウゲッ、シルちゃん。居たの?」
「サラマンダーに、また怒られるよ。私は頼まれて監視してたんです。今はリーニヤには誓約者がいないってピリピリしてんのよ。サラマンダーの愛し子さん。」
「やばい。サラちゃんには秘密でお願いします。サラくんにも言わないで。怒られるよ。」
「は〜、だったらなんで抜け出そうとするのよ。」
「ブブブ〜、わかってないね。冒険は乙女心をくすぐるのよ。」
「いや、乙女心じゃないよ。それに男の子の心だよ、それ。」
「ちがうもん、ちがうもん。シルちゃんのいじわる〜。」
その時、辺りが一瞬真っ赤に染まる。
それは一瞬で、また何もなかったように普通の森の姿に戻る。
「またなの?駄目よ、まだ一人でお外は駄目よ。」
そこには、赤色をした髪の長い美しい女性がいた。クスクスと楽しそうに話す。
「サラくんは、まだ周辺の安全を確認中だから、後で怒られてね。」
「えっ、ヤダなんだけど。ムリなんだけど」
「残念。だって、怒ってたから。私は、助けないよ。」
「なぜ?助けてよ。ママじゃん。私のママでしょう?ママは、子供を守るって木々が話してたよ。」
「そうね。育ての親では間違いないわ。でも、あなた好奇心が強すぎなのよ。まだ、火の精霊達を上手く扱えないでしょ?だから、まだお外は無理なの。今回は、諦めて怒られましょうね。愛し子ちゃん」
「や〜だ〜。や〜だ〜なの〜。」
小さな女の子は泣き始めてしまった。
シルちゃんことシルフィード風の大精霊、サラちゃんことサラマンダー火の大精霊。
二人共に女性の姿をしていた。
あまり知られてはいないが、大精霊が生まれる時には、人間の双子の様に2人で1人。
昔から男性と女性に分かれ、片方に何かあれば同時にその生を終える。
古からの約束。
しかし、殆どの人々はその事実を知らい。
リーニヤの王族も。
森の片隅に捨て置かれた女の子が、王様の姫であることも。
生まれてすぐに死産と報告された姫が、本当は、人さらいにあったことを。
出産に関係した人々が罰を恐れて嘘の報告をしたことを。
王妃が愛妃に嫉妬して赤子を亡き者にしようとしたことを。
また、その子が次代の王の証である火の大精霊の誓約者であることを。
誰も知らない。
大国リーニヤの繁栄が終わろうとしていることも、誰も知らない。
次代の王が、人よりも妖精に近い存在になりつつあることも。