シャミアとの和解
メルから帰って大丈夫と言われたイルミはメルに治療のお礼を言って保健室を後にした。
お腹の痛みは昨日よりも引いており、メル特製のポーションが効いている証拠であった。
それ以前に、つい一週間前までは死んでもおかしくない程の怪我をしておきながら、こうして普通に歩けている事が最上位職の中でも更に上澄みに存在している【万能薬】の特異性を表していた。
イルミが保健室から出た時には既に放課後となっており、イルミはとりあえず『双児宮』へと帰る事にした。
学校の玄関を出ると校門前に一人の人影を見つけるイルミ。
気まずそうにポリポリと後頭部を掻きながら恐らく自分を待っているのであろうその人物の名前を呼んだ。
「よっ久しぶり、シャミア」
声に振り向いたシャミアはイルミの顔を見るなり顔をしかめ泣きそうな表情を見せるがイルミから顔をそむけてしまう。
「もう大丈夫なの?」
顔をそむけたままシャミアはイルミに安否を聞く。
「うん、メル先生のおかげで、シャミアは?」
ある程度メルから話を聞いていたが、何も聞かないのも冷たい対応に思えてつい聞いてしまうイルミ。
「大丈夫……」
「そっか……」
それから二人とも無言になってしまう。イルミに会いに来たのであろうシャミアも気まずそうにしている。
「えっと」と沈黙をイルミが破る。
「これから『双児宮』に戻ろうと思うけど、シャミアはどうする?」
イルミとは違い学院の寮に住んでいるシャミア。普段なら放課後は学院の外へ出る事はないのだが、校門の前で待っていた所を見るにイルミと一緒に『双児宮』に行くつもりなのであろう事はイルミにも予想は出来た。
それを分かっていながらも敢えてどうするかを聞き、シャミアの反応を促そうとしたのであった。
「私も今日は『双児宮』に行く」
「じゃあ、歩きながら話そうか」
「……うん」
返事を聞いたイルミは先に歩き出す。その後をシャミアは横に並ばずに付いて行く。
しばらく街に向かって歩いていた二人。すると後ろから静かに付いて来ていたシャミアが口を開いた。
「ごめんね、イルミ」
後ろから聞こえてくるシャミアの弱々しい声にイルミは黙って耳を傾ける。
「また暴走してイルミに怪我させちゃった事も、それに全部私の勘違いだった事も。落ち着いた後に聞いた。卒業がかかっていた事とか、コーデリアさんとじゃないと出られない事も、それなのに私……」
足音が聞こえなくなった事に気が付いてイルミは後ろを振り向くと、シャミアは足を止めて下を向いていた。
「アンタと肩並べられる冒険者になりたかったから、一緒に居たかったから強くなろうとしたのに結局私はアンタの邪魔しかしてない。レベルが上がったって昔から何一つ成長してないのよ……」
昔の自分と今の自分、その二つの自分を比べるシャミア。どれだけレベルが上がったとしても、力を付けたとしても、結局、【暴君の加護】を暴走させてしまえば何も変わらない。
一番応援したいはずの、憧れの人物の邪魔をしてしまっている。
「今回の暴走、学院の偉い人達の間でも問題になったらしいの」
それはイルミもメルから聞いていた。しかしそれはイルミの父、学院の長であるレイヴァンが何とかしたはずであった。
「私、冒険者を目指すのを辞めようと思う。これ以上迷惑かけたくないし。次、暴走したら退学どころじゃなくて、最悪、監獄に入れられるらしいし」
「は?」
それはイルミも初耳だった。レイヴァンが何とか説得したとメルは言っていたが事態は想像以上に重く捉えられていたようであった。
「まぁ、そりゃそうよね。人ひとり殺し掛けてるんだから。というか、メルちゃんが居なかったらきっとアンタは――死んでた……。私は強くなっちゃ駄目な人間だったのよ……」
「――そんなことないよ!」
大きな声。
「シャミアの【力】は絶対に冒険者向きじゃないか! 過去の英雄にも匹敵する程、君は強いのに! そんな力があるのに、諦めるって言うのか!?」
「でも、私はその力を使えこなせてないし」
「未熟なのは仕方ないじゃん! 何のための学院だよ! 生徒の個性と能力を伸ばすための場所がこのシンドレア学院のはずだろ!」
イルミは沸き上がる感情そのままにシャミアにたたみかける。
「だいたい、冒険者を辞めてどうするんだよ? また暴走でもしたらどうするんだ? 周りは一般人しかいなかったら、被害は今回よりもずっと酷い事になるぞ?」
「じゃあ、私は監獄にでも入っていればいい? いっそ死ねばいい!? そうすれば誰にも迷惑かからないわよね!」
「そんなの言いわけないだろ!」
「なら、私はどうしたらいいのよ!?」
「今まで通り俺の傍に居てくれればいいだろっ!!」
予想外のイルミの発言に言葉が出てこないシャミア。
「変わらず一緒にいてくれよシャミア。肩を並べて一緒に冒険者を目指してくれよ。俺もお前に負けないように頑張るからさ、期待を裏切らない英雄になるから」
「でも、また暴走したら……私、アンタを殺し掛けたし……! 迷惑かけちゃうわよ!?」
「それくらい何だって言うんだよ。幼馴染だろ俺達。迷惑かけてかけられてやってきたのに、そんなの今更だろ。もし暴走しても俺が何度でも止めてやるよ、他の誰にもその役目は渡さない――それに俺こそごめん。俺が弱かったせいでシャミアに必要ない気を背負わした」
「それは違う――」
「違くはない。俺がもっと強ければ今回は何事もなく終わっていたはずだったんだ」
力があれば、幼馴染はこんなに気を落とす事もなかったし、学院から問題視される事もなかった。それをイルミは悔いていた。
「でも、それでも、私はもうアンタを傷付けると思うと……私は絶対にアンタが英雄になる邪魔はしたくないのよ」
「邪魔したくないなら尚更一緒に居てよシャミア。俺は君がいるから英雄を目指せるんだから」
シャミアこそがイルミの英雄願望、最初の火種。
「何よそれ……」
「英雄になる事を期待している相手に実力で置いていかれる事ほど悔しい事ないだろ。シャミアが俺と肩を並べようと頑張っているのと同じように俺だって負けないように頑張ってるんだよ」
イルミはシャミアに近付く。
「だから今まで通り俺に期待してよ。一緒に最高の冒険者を目指してよ。まだまだ俺も強くなるから、シャミアに何の心配もさせないくらい強くなるから」
そう言って泣きじゃくるシャミアの肩をイルミは叩く。
「……うん」
と、小さく頷きながら言うシャミア。そしてそのまま二人は肩を並べたまま『双児宮』に向かって歩き出すのであった。




