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目覚めの保健室

「ん……」


 白い天井が見える。嗅ぎ覚えのある匂いを感じここがどこであるかイルミすぐに理解する。


「保健室……」


 イルミは保健室のベッドに寝かされていた。


「ぐっ、つぅぅ」


 起き上がろうと腹筋に力を籠めようとすると腹部に激痛が奔り起き上がるのを中断して再びベッドに倒れこむ。


――あぁ、そうだった。


 【暴君の加護】の影響で暴走したシャミアの拳を受けた事を思い出す。咄嗟に氷の鎧を身に纏い背にした木や地面に流したがそれでもこのダメージ量。


 小さい頃の思い出も死にかけていたようにイルミは思っていたが、成長したシャミアの暴走は昔の喧嘩がじゃれ合いに思える程の死闘となっていた。


 ただ、こうして自分が生きているという事はシャミアの暴走を止める事には成功したようでイルミもその事にはホッとしていた。


「お、ようやく起きたかイルミ」


 イルミの周囲を覆っていた白いカーテンを白衣の袖で分けられた。


「……メル先生」


 カーテンの外側から這入って来たのはブカブカの白衣を引きずったシンドレア学院の保険医メルであった。


「ああ、いいよ起き上がらなくて。そのまま寝ていたまえ。まだ痛むだろう」


 と袖から飛び出ない小さな手でイルミを気遣い起き上がろうとするのを制するメル。


「腹を見させて貰うよ」


 そう言い袖を捲ったメルは露わになった細く白い手でイルミの衣服をめくる。


「ん、経過は順調そうだね……失礼」


「――いっ!?」


 突然、腹部を強く押されたイルミは痛みに悶絶する。


「うん、まぁ悶えるくらいなら大丈夫だろう。明日には帰る事が出来るかな」


 意外だとイルミは思う。最悪死ぬかもしれないという気持ちでいたイルミ。痛みが残っているとは言え、しばらく入院生活が続く事を想像していた。


 流石【万能薬】と言われるだけある。


「臓物の形成に骨の修理。筋肉の修復。君がこの一週間寝ている間にした処置だ」


「え、一週間……?」


 殴られて気絶したその日だと思っていたイルミだったが、すでに7日も経過しているようであった。


「学校で行う生徒同士のイベントで負う怪我じゃなかったよ。授業の一環で戦う魔物でもあんな事にはならないだろう。私がここの保険医じゃなければ間違いなく死んでいたよ。なんせ、骨は粉砕、内臓は破裂、血が流出していなかったのが幸いだったね。とはいえ、即死しなかっただけで普通が死ぬ傷だったけど。よかったな、私が保険医を担当していて」


 メルはカーテンの外へ出ていき、紫色のポーションを持ってくる。


「まぁこれでも飲んで安静にしておきたまえ、メル先生お手製のポーションだ」


「え、これって」


 紫色はポーションの中でも最高級品である事を示す色であった。【錬金術】をメルから学んでいるイルミはこれがどれだけ高級なものかを理解していた。


「保険医が生徒からお金なんて取らないから安心して飲みたまえ。それにこの一週間の治療費を考えたらそのポーション代なんて霞むレベルだぞ。全額学園の負担だがね。聞きたい? 君を救う為に掛かった費用の金額。目ん玉飛び出るぞ」


「いえ、遠慮しときます……」


 恐ろしくてとてもじゃないが聞けないイルミ。


「レイヴァンも君と同じ歳の頃には死にかける怪我をしていたよ。似たもの親子だよ君らは」


「親父も……」


 普段は悪態を吐いているイルミではあったが、目指す場所でもある英雄に似ていると言われれば思春期であっても誇らしく感じてしまう。


「死にかけて嬉しそうにするな、全く。それは偏に君の実力が無く弱かったという事なんだよ?」


 正論であった。項垂れるイルミにメルは続ける。


「まぁでもイルミ。君は命を懸けて大切な人を守ったんだ。それだけは誇っていいと私は思うよ」


 死地を彷徨ったとはいえ、結果的にはシャミアの暴走を止める事には成功している。あの状況で、イルミの現在の実力で最大限の成果を上げたと言えるだろう。


「そういえばシャミアは?」


 暴走した後の惨状はイルミも知っている。100%以上を無理矢理引き出した筋肉はズタズタになり、素精霊をキャパの限界を超えて使用しているため疲労感と倦怠感、そして割れるような頭の痛みが襲って来る、とイルミはシャミアから聞いていた。


「彼女も三日程眠っていたけど一足先に退院したよ。君よりは重症じゃなかったからね。まぁかなり負い目を感じていたよ。ここに残って君の看病をするって最初はきかなかったけど、居ても邪魔になるだけと言ったら素直に帰って行ったよ」


 その光景は想像がつく。シャミアに負い目を感じさせてしまった事に不甲斐なさを感じるイルミ。


「まぁシャミアが大変なのはこれからだろうね。今回はレイヴァンが上手く言い訳したみたいだけど、また暴走するような事があれば彼女の処遇は危うくなってくるだろうとさ」


 威力も絶大だが、味方も殺し得ない人間。そんな人間を冒険者としていいかどうか議論がされたらしかった。


「でも、それは君が抱える責任じゃない。彼女とそれを取り巻く大人の責任だよ」


「いえ、今回の暴走は俺の責任でもあるんです……俺がもっとしっかりしていればシャミアは暴走しなかった」


 コーデリアとの事をちゃんと説明していたら、とイルミは思っていた。今まで目がほんのり赤くなる事は定期的に何度もあった。怒る事だってあった。しかし、暴走するまで感情を昂らせたのは学院に入学してからは初の出来事だった。


 それほど、ペアにコーデリアを選んだことは彼女に取って地雷であった事にイルミはシャミアが暴走するまで気付く事が出来なかった。


「それでも彼女の問題だと私は思うけどね。感情の抑制は人に頼っちゃいけないものさ。ま、それでも責任を感じるなら早くそれ飲んで元気な姿を見せてやるんだね」


 と、渡したポーションを飲むように促すメル。


 彼女の言う通りだと思ったイルミは貰ったポーションを一気に飲みほす。


「あっまっ!」


 ポーションとは高級な程、苦くなると言われているがイルミが今飲んだポーションは激甘であり、つい感想が漏れてしまった。


「どうだい、飲みやすいだろう? 紫色らしくブドウ味になるように調合してみたんだ。苦いのは飲みたくないからね」


 そう言われてみればブドウの味がする気がするイルミ。


「そりゃ苦いよりは飲みやすいですけど……何か別の意味で体に悪そうな味をしてますよ、このポーション」


「私が作ったのに体に悪い訳ないだろ。効果も保証してやろう。明日には痛みも引いて通常通り生活出来るさ」


 甘すぎると少し文句を言ったが、ポーションの効果に対しては正直、何の疑いもなかったイルミ。【万能薬】という職業、肩書はそれだけ信頼されるものであった。


「まぁ、後はゆっくり寝ていたまえ。私はそこで事務作業やら研究の記録をしているから、何かあったら声を掛けてくれ」


「分かりました……ありがとうございますメル先生」


「なに気にするな、生徒を直すのが保険医の務めなんだから。それじゃあね」


 格好よく言い残して、カーテンの外へ出て行くメル。


「あ、そうだった」


 と、思えばすぐにカーテンの間から顔だけを覗かせるメル。


「優勝おめでとう、イルミ」


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