英雄行為
そのまま、殴られた勢いで数メートル後ろにある木に叩きつけられるイルミ。
「かはっ」
吐血をするイルミ。かなりのダメージを受けている様であった。
しかし、まだ意識は失っておらず視界はハッキリしている。
シャミアの拳を逸らし切れはしなかったが、ある程度の力は逸らせていた事と武器がクッションになった事、シャミアの炎を削っていた事、いくつかの要因が重なりイルミの意識は保つことを可能にした。
ただ、立ち上がるイルミの足元はおぼつかず、フラフラである。
「ぐぅ、あぁぁぁ……」
トドメのチャンスであるにもかかわらずシャミアは飛び込んでこない。腕を抑えて苦しそうに呻くだけだった。
暴走した力にシャミアの体も既に限界を超えてボロボロになっているようである。
「ハァハァ……ぐッ」
イルミは壊れて失った訓練用の片手剣の代わりに初めから持ってきていた短剣を構え、そしてレオンと戦った時と同じく氷で刀身を伸ばし片手剣として扱う。
ただ氷で作った剣ではイルミの持つ属性である闇属性は素精霊の効果を打ち消す特性があるため、イルミの生成した氷も例外ではなく先の戦いと同じように闇を纏わせてしまうと一瞬で消えて効果が無くなってしまう。
つまり、今までのようにシャミアの攻撃を逸らしながら炎を削るという戦法が取れなくなっていた。
――仕方ないか……
イルミは覚悟を決める。満身創痍ながらその目には真っ直ぐシャミアを見る。
このまま何もせずイルミが殺されてしまえば暴走を続けシャミアもろとも死に至る可能性がある。
【脱兎の如く】を持っているイルミであれば満身創痍状態でも、理性のないシャミアから逃げるのも可能だろうが、その場合はシャミアの命に危険が及ぶ。
だから逃げるという選択も何もせず殺される選択も、この『小さき英雄』にはなかった。
「う、ぐぅぅ……ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
痛みに耐え、苦しみ悶えながらもついにイルミにトドメを刺そうとシャミアが力を込めた一歩を踏み込んだ
イルミはそれに対して――両手を広げた。
武器を構えるでもなく、回避行動を取るでもなく、木を背にして、ただ両手を広げた。
愛する人を迎え入れるように。優しく。両手を広げる。
「ぁぁぁぁ!!」
咆哮。その両手に迎え入れられるようにシャミアは飛び込む。
――ドンッ‼
と、衝撃音と共に背にしていた木がバキバキと音を立て倒れ、シャミアの拳が当たった個所から氷がパラパラと落ちる。
イルミもただシャミアの拳を受けるのではなく氷を鎧のように使い、そして吹き飛ばされないように氷で足元を固めていた。
ただ、氷でガードしたとはいえ、暴走状態のシャミアの拳をまともにくらったイルミは、口から血を流し、目は虚ろになっている。
ほぼ意識がない中、イルミは力なくシャミアに身を委ねるように、広げた両手を閉じてシャミアを抱きしめる。
イルミの剣から大量の闇が漏れ出し、二人を包みこんだ。
真っ暗になった二人だけの世界。
「うぅ……」
闇に包まれ炎が完全に消えたシャミア。
「ご、めん……イルミ……」
そう言ったシャミアの頬には一粒の涙が流れ落ちていく。
「…………」
その言葉はイルミに届いたのか、小さくだが唇が動くが声にまではならなかった。
完全に炎が消え、包み込んでいた闇が消えると、お互いを抱きかかえるように意識なく倒れるのであった。




