鍛冶師アズサ
第23話です!
放課後にて二人はイルミが言っていた通りに鍛冶屋に来ていた。
「アズサさん来ましたよー」
「む、イルミ? そうかそうか、今日だったか。うはは、毎回、お前が来るのを楽しみに待っているはずなんだがな、どうも忘れてしまうんよ」
と、豪快に笑うアズサという女性。胸をさらしだけで隠した格好をみてなんとはしたない格好なのだろうかとコーデリアは思う。
「アズサさん、夢中になって仕事をやり過ぎなんですよ。部屋にこもりっきりだから日付感覚も曖昧になってるんです。あと、今は上着を着てください今日ここ初めての子もいるんで」
「おっと、すまんすまん。いやぁ失礼した」
そういうと、無造作に床に捨てられているかのように置いてある白い上着に袖を通す。
「これでいいだろう。えーと、そこの銀髪っ子。私はアズサ・ラズリエル。この工房で鍛冶をしている。何か道具のメンテナンスがして欲しかった私に言うといい。これでも【最上級鍛冶師】なのでな」
【最上級鍛冶師】は【鍛冶師】の中で最高のクラスの職業ステータスである。普通はそんな人物がいれば王国のお抱え鍛冶師として活躍しているはずであった。しかし、言葉を選ばなければ彼女の職場はその役職に見合った環境とは思えなかった。
「私はコーデリア・サスフィール。あの、でしたらこれのメンテナンスを」
と、学外授業帰りにそのまま持って帰っていたコーデリアの武器である大剣をアズサに差し出す。【最上級鍛冶師】の仕事振りを見てみたいと思うコーデリアはアズサの言葉に甘える。
「あ、リア。ちょっと待って」
と、大剣を渡そうとするコーデリアをイルミが何故か止めに入る。
「なんだイルミから何も聞いてないみたいだな。私は武器を扱っておらんのよ」
鍛冶師が武器を取り扱っていないとは、これはいかにとコーデリアは首を傾げる。
「私が扱っているのは主にこれさ」
と、近くにあった彼女の作品らしきものをアズサはコーデリアに見せる。
「鍬?」
農具であった。
「これには貴重な鉱石を使っていて、これで土を耕すだけでどんな死んだ土壌でもたちまちに復活してしまう優れものなのよ。自信作なのだが如何せん高価なもんで買い手が付かんのが難点だがな。是非とも国に買ってもらいたいのだが、如何せん私は嫌われてしまっているからな」
「アズサさん、昔は【最上級鍛冶師】の腕を買われて王宮の専属鍛冶師になった事があるんだけど、国にあった貴重な鉱石を全部農具に作るのに使っちゃって追い出されたんだよね」
「うはは、あの時は国家転覆を疑われて処されかけたからな。イルミの親父さんがいなかったら多分、死んでいただろうな」
明るく話しているが、内容はかなりシビアである。
「とはいえ、処刑は免れたはいいが、代わりに無断で農具に使った鉱石分の借金を背負わされたんよな。あまりの金額に先代の父も引退してしまったがな、うはは」
イルミから先代が引退してしまったとは聞いていたが、まさかこんな理由があるとはコーデリアも思いもしなかった。しかし、引退してしまう程の金額とはどれ程のものなのか、あまり考えたくないコーデリアであった。そして、なぜ彼女は実の父親を引退に追い込んだ話をこれ程明るく話せるのかとコーデリアは思う。
「父とは反りが合わんかったからな。農具ばっかり使ってないで武器も作れなんて意味不明な事を言ってきたからなぁ。引退を機にこの工房を私の好きにできるようになったのは願ったり叶ったりよな」
気にする所か、むしろ父親の引退を喜ぶほどの言い方をするアズサであった。
「イルミも農具しか鍛冶出来ないの?」
「俺は先代から教えて貰ってたから、武器も打てるよ」
「そうなんよ。イルミは父の洗脳を既に施された後だから来るたびにその洗脳を解いてやろうと思っているのだが中々頑ななのよな」
どちらかと言えばアズサの方が思想的に思えるコーデリア。
「なんで農具しか作らないの?」
「ん、あーすまない、言い方が悪くて勘違いさせてしまったが私は農具しか作らないんじゃなくて武器を作らないんだ。他にも鍋だったり、料理用の包丁も作っているんよ」
無造作に置いてあったものだからアズサの私物だと思っていたものは売り物らしかった。
「じゃあどうして武器を?」
「武器は人を傷付けるから好かんのよ……。その手に武器を持った人間は当然、戦いに出る。戦うために武器を取るのだからな。魔物でも人間でも、その武器を使って殺し合うのを、私が作った武器で殺し合うのを想像するとどうしても金槌がのらん。父は戦いが起こるのは必然だって、その時戦えない私達を守ってくれる人達を守るのが私達【鍛冶師】の作る武器だって」
教え。きっと先代もそのまた先代も【鍛冶師】になるうえで教わってきた事なのだろう。
「でも、私はそれでも武器は嫌なのだ。そもそも武器がなければ戦う事もないし、戦いに出る事もない。平和に暮らせばいいのにって。多分、私は甘ちゃんなのだろうが、農具や金物の方が人々を幸せに出来るって信じてるんよ」
戦わなければいいと言うアズサの意見は冒険職を根本から否定しているモノであったが、コーデリアは人々を守る【聖騎士】を目指すものとして、そもそも戦わなければ平和でいられるというのは、確かに理想であるとも感じる。ただそれが叶わないから冒険職がなくならないのだとも思う。ただ、その思想は甘いかもしれないが悪くないともコーデリアは感じる。
「というわけだイルミ、武器のメンテナンスは置いといて、今日は熊手の作り方を覚えてみんか?」
「ごめんアズサさん。武器のメンテナンスをしない訳にはいかないんだ」
「うはは、冗談よ。メンテナンスをしないせいでイルミに死なれたら私はとても悲しいからな」
と、あれだけ武器の事をよく思っていなかった割にはあっさりイルミに武器の鍛冶を許すアズサ。
「でも終わったら是非教えてくださいね」
「もちろんよ!」
と、アズサは今日一番の満面の笑みで返事をしていた。
「私は仕事に戻るから終わったらまた声を掛けてくれ」
そう言うと再び上着を脱ぎ作業場所まで戻って行くアズサ。
「じゃあリア、俺達はこっちで」
と、広いスペースが確保してある作業台にイルミは今日持ち運んでいた短刀を置く。
「俺でよければ、リアの大剣も簡単なメンテナンスはできるけど?」
「いいの?」
「俺はいいよ、もし専属の鍛冶師がいて、あんまり触られたくないって言うなら辞めとくけど」
騎士階級の娘であるコーデリアならば、一人や二人ほどサスフィール家と専属契約している鍛冶師がいてもおかしくないとイルミは考えた。そして、実際にその予想は当たっていた。しかし。
「イルミにお願いする」
と、コーデリアはイルミを信頼するのだった。
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