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忘却カセットテープ

作者: うにたむ

 季節外れの移動辞令が出たのは、年末商戦に向けて各店舗スタッフが休む暇もなく働いていた時だった。

 どうしてこんな時期に? と浮かんだ疑問を飲み込んでありがたく辞令を頂戴した。

 会社にとって所詮は勤続年数が長いだけの使い勝手の良い駒だ。

 結婚とキャリアを天秤に掛け、上に行きたかったからキャリアを選びました、みたいな苦渋の決断があったわけじゃない。

 仕事をしながら、それなりに恋もしてきた。それでもこの女と人生を共にしたいと思ってくれるような伴侶には巡り会えなかったというだけの事。

 すっかり婚期を逃して気楽なお一人様モード突入。既婚者の代わりに土日祝シフトもどんとこい。ラストまでの遅出勤務はもはやデフォルトになって、早出日勤何それそんなシフトありましたっけ状態だ。

 身軽な独身者に拒否権はない。そんな訳で引越し準備をしていると、前の時に荷解きもしないまま納戸の奥に押し込んだダンボールが出てきた。

 開けてみると、雑多な物の中に一本のカセットテープが混じっている。

「まだ捨ててなかったんだ、これ……」

 手元にはもう、再生するためのレコーダーすらない。だからそれは音を記録したものではなく、映像を記憶しているに過ぎない代物だ。

 箱を開けるまで思い出しもしなかったくせに、忘却の彼方に鮮明に蘇る青い記憶。

 手にしたそれを、ゴミ袋の中に入れた。きっと、次まで映像さえ思い出さないはずだから。


 夕食を済ませ、ふと思い立ってバーに向かった。

 行きつけという程常連ではないが、渋いマスターが作るカクテルの味が私好みで気に入っている。

 人もまばらなカウンター席に座って注文する。

「ギムレットを」

 暗めの店内はバーカウンターの内側だけがぼんやりと明るくて、そこに響くシェイカーの音が心地良い。

 規則的なその音は、手放したあのカセットテープの中身を想起させる。

 まだ子供だった。スマホなんか無かったから、いつでも聞きたいから声を録音させてとせがんだが、シャイな彼は頑なにそれを拒んだ。その代わりに、思い出を閉じ込めるように記録した波音。

 手元に供されたグラスの中身を口に含む。ここのギムレットは生ライムが使われていてフレッシュなのが良い。

 そういえばギムレットに使われるジンも、過去の男が好んで飲んでたっけ。

 録音なんかなくても、しっかり自分自身が記録してしまっていると気がついておかしかった。

 この店とも今夜でお別れ。また、良い店に出会えますように。


ギムレットのカクテル言葉『遠い人を想う』

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