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一章-5

 フッと目を覚ますと目の前には薄暗い部屋が広がっていた。

 まだ、夜明け間もないのか窓にかかった紗幕の隙間から微かに陽の光が入っている。ゆっくりと視線を巡らし、鳥籠が置かれている場所が変わっていることに気づく。

 座卓の上に置かれていたがどうやら王太子の寝室に移動したらしい。

(なんです、この林檎?)

 鳥籠の中に半分に切った林檎がドンと置かれている。

 まさか、これを食えと言うのかと呆れてしまった。オティーリエの体のことを考えて、もう少し小さく切ってくれてもいいのに、と思わず顔をしかめる。

(王太子が起きたら言いましょう)

 そう思いゆっくりと首を巡らせれば、寝台にだらしなくうつ伏せに寝ているヴォルフラムが視界に入る。服装は最後に見た時と同じだ。どうやら相当疲れているらしく、服も着替えないまま眠ってしまっているようだ。

『殿下、ヴォルフラム殿下、起きてください。そろそろ、侍女が来ますよ』

 部屋中にオティーリエの囀りが響き渡る。さすが騎士達と生活を共にすることが多いせいか、ヴォルフラムの目覚めは早かった。

 スッと身を起こすと辺りを見回し、オティーリエを視界に入れると大きく息を吐いた。

「ああ、お前がいたんだったな。野宿しているのかと錯覚した」

『それは、申し訳ございません』

「随分、綺麗な声をしているんだな。まるで、歌っているみたいだ」

 そう言ってヴォルフラムは柔らかな表情を浮かべ、目を細めた。

『はい。姫様も、褒めてくださいます』

 瑠璃の囀りはオティーリエの癒しだ。この小さな鳥が歌うように囀るのを一日中聞いていても飽きない。

 ヴォルフラムは何かに気づいたように顔を上げると、ゆっくりと寝台から降りた。彼が立ちあがるのと同時に、寝室の扉が静かにノックされる。

「殿下、お目覚めの時間です」

「起きている。すまないが、湯を部屋に持ってきてくれ」

「畏まりました」

 扉越しに返事を返した侍女が去ると、控えめに扉を開けながら寝室に入ってきたのはラルスだった。その手には王太子の着替えを持っている。

「やっぱり、その格好で寝たんですね!」

「すまない。思ったより疲れていてな」

「気を付けてください、殿下!」

「侍女頭殿みたいだぞ、ラルス」

 喉奥でクツクツと笑うと、ヴォルフラムはオティーリエの元へと歩み寄ってくる。その顔はまだどこか眠そうだ。

「なんだ、食べていないのか?」

『大きすぎて、どこから食べていいのか分かりません』

「ああ、大きいのか……」

 ヴォルフラムはまるで壊れモノを扱うように鳥籠の扉を開けると、狭い出入り口を何とか通る大きさの林檎を取り出した。

 オティーリエは思わず、出入り口から外へと飛び立つ。

 籠の中にいる事に精神的に参っていたらしい、小さな羽根を羽ばたかせ外へ飛び立つとヴォルフラムの肩に止まった。

 彼の肩を宿り木にしたのは目の前にあったからだ。飛びなれないオティーリエにとって長時間飛び続けるのはまだ無理だ。

「あ!」

「驚いたな、飛べたのか……」

 肩に乗ったオティーリエをマジマジと見つめるヴォルフラムの表情に驚きの色はない。

『鳥ですので』

「逃げるなよ」

 そう言って指の腹で小鳥の頭を撫でたヴォルフラムは腰から護身用の短剣を抜くと林檎を小さく切り、籠の中の餌入れに戻した。

「ラルス、水を換えてもらえるか?」

「はい」

 水入れをラルスに渡し、ヴォルフラムは肩に止まるオティーリエに人差し指を差し出した。どうやら、乗れと言っているようだ。

 恐る恐る掴まれば、ヴォルフラムは流れるような動作でオティーリエを籠の中へと戻してくれる。籠の扉は閉めないことから、この部屋ではオティーリエを自由にさせるつもりのようだ。

(助かるけれど、私じゃなければ大変なことになっていたかも……)

 元の瑠璃の意識ならば、部屋中を羽ばたき回ったに違いない。

 窓を開けていたら逃げてしまうのが恐ろしくて、瑠璃を外に出したことはない。いまは、狭苦しい鳥籠がどれだけ窮屈か分かってしまい、なんとも言えない気持ちになった。

「どうした?食べないのか?」

『いえ。いただきます』

 ヴォルフラムの言葉にハッと我に返ったオティーリエはゆっくりと林檎に嘴を伸ばす。何とも食べづらいが、やはり生きていればお腹は空くもので林檎をこれほど美味しいと感じる日が来るとは思いもしなかった。

「美味いか?」

『はい』

「そうか」

 フッと安堵したような笑みをヴォルフラムが浮かべる。それと同時に扉を控えめに叩く音がした。

『お湯をお持ちいたしました』

 侍女頭を筆頭に年配の侍女が数名、室内へとしずしずと入ってくる。その手には数枚の布と湯を張った桶を持っていた。

「卓に置いてくれ。後は自分でする」

「ご朝食の準備をしておきます」

「ああ、頼んだ」

 侍女たちが出て行くとすぐに服を着替え始めたヴォルフラムに、オティーリエは静かに背中を向けた。

「行くぞ、瑠璃」

 そう言って指を差し出してきたヴォルフラムにオティーリエはゆっくりと瞬きを一つする。

『はい?』

「肩に乗っていれば、懐いたと思われるだろう?」

『私を連れ歩くおつもりですか?』

 それの何がおかしいのだ、と言わんばかりの表情にオティーリエは眩暈がした。

『私が逃げたり、身に危険が及ぶとは思わないのですか?』

「危険? この、王宮でか?」

『猫や大型の鳥に私が襲われるかもしれないでしょう?』

「俺から離れなければ、大丈夫だろう?」

『……まぁ、そうですけど』

「なら、決まりだ。早く来い」

 そう言って急かすヴォルフラムに小さくため息を吐き、オティーリエは指先へと飛び移った。揺れも少なくヴォルフラムはオティーリエを肩へ乗せる。

『どこに行かれるのです?』

「まずは、書庫へ行く。姫が倒れていた場所を見ておきたい」

『もう、調査は終わっていると思いますが……』

「それでも、何か新しい事が見つかるかもしれないだろう?」

 そう言って歩き出すヴォルフラムの言葉にオティーリエは何も言えなかった。確かに、自分の目で確かめなければ何も分かりはしない。

 寝室を出ると、私室に控えていたラルスがまるで子犬のようにヴォルフラムの元へと駆け寄ってくる。

「ヴォルフラム様、どこかに行かれるんですか?」

「ああ。書庫に行ってくる」

「え? どうしてです?」

 ラルスは戸惑いの表情を浮かべると、不安げにヴォルフラムを見上げた。

「いや、気になる事があるだけだ」

「気になる、ことですか?」

「ああ。そろそろ、王宮騎士団が戻ってくる頃だろう、ここは良いから迎える準備を手伝ってくると良い」

 そう促すヴォルフラムにラルスはムッとした表情を浮かべる。

「お、俺はヴォルフラム様の従者になりたいんです! だから、俺……」

「ラルスは俺の従者になるために、ここにいるわけじゃないだろう?」

「っ!」

「騎士になりたいなら、自分の本当にするべき事があるはずだ」

「……はい」

 肩を落とし後ろに下がるラルスにヴォルフラムは目を細めるとその頭を撫ぜた。

「行ってくる。騎士団長によろしく伝えてくれ」

「はい」

「後、聞きたいんだが、」

「?」

「俺が出した手紙は、誰が届けているんだ?」

「え、手紙、ですか?」

 たじろぐラルスにヴォルフラムは目を細めると一つ首を横に振った。

「いや、なんでもない。行ってくる」

「は、はい!」

 ヴォルフラムはゆっくりと踵を返すと私室を後にした。

『ヴォルフラム様、先程の……』

「ああ。侍女頭にも確かめるが、手紙を姫に届ける役目はラルスと下っ端の侍女の仕事だろう」

『彼は、何か知っているようですね』

「そうだな」

 ヴォルフラムの問いにうろたえたラルスの目は、誰が見ても罪悪感に染まっていた。もしかしたら、自分の侍女が、と思っていたオティーリエは安堵したがヴォルフラムが傷ついたと思うとどこか気まずかった。

『彼は、貴族出身ですか?』

「ああ。西方の男爵家の次男だ」

『……ヴェスト家は貴族派ですから、さぞ姫君のことを煙たがれているでしょうね』

「ああ」

『脅されて、仕方がなかったのかもしれません。この件、少々複雑かもしれませんね』

 オティーリエの言葉にヴォルフラムはチラリと一瞥をよこす。

『なんです?』

「いや……お前は本当に小鳥とは思えないな」

『そうですか? ヴォルフラム様は普段鳥が何を考えているのか知っているのですね。それは、驚きですわ』

 からかうオティーリエにヴォルフラムは軽く目を見張る。

「そうだな。鳥も、知識がないと言うのは人間だけが優れていると言う傲慢な考えだな」

 ヴォルフラムは呟くようにそう言うと小さく微笑んだ。


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