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一章-4

『まさか、このように連れ出されるとは思いもしませんでした』

 呆れたように溜息を吐いたオティーリエに、王太子はちらりと一瞥をくれるだけだった。

 ふと、オティーリエの視界に年端も行かぬ子供の姿が映った。

「あ、殿下!」

「待たせたな、ラルス」

「いえ!」

 王太子の言葉に首を横に振ったのは、赤毛にまだ幼さを残す緑色の瞳、そばかす顔の少年―ラルスだった。彼は騎士見習いであり、王太子付きの従者見習いでもある。

「王太子妃様のご容体は?」

「すべて、ヴァイザー達に任せているせいで詳しいことは分からない。ただ、眠り続けているそうだ」

「え、眠り?」

「ああ。もしかしたら、命の危険性があるかもしれない」

 そう言って俯いた王太子に、ラルスは焦ったような表情を浮かべると励まそうと声を高くした。

「大丈夫ですよ! ヴァイザー様に任せれば、きっと王太子妃様は助かります!」

「そうだな」

「殿下もお疲れになったでしょう? お部屋で休みましょう」

「ああ」

 ラルスの言葉に王太子は一つ頷くと、歩き出した。その後を慌てて追ったラルスは彼の手に握られた鳥籠に気付く。

「とても綺麗な鳥ですね」

「姫の小鳥だ。丁重に扱ってくれ」

「は、はい!」

 頷きながら興味深そうな視線を向けてくる従者見習いに、オティーリエは居心地悪げに足踏みをした。


「まぁ、殿下。おかえりなさいませ」

 王太子が私室へと入ると迎えたのは年配の侍女頭だった。

「ああ。すまないが、鳥籠を置ける台を寝室に運んでもらえるか?」

「あらあら、可愛らしい小鳥ですこと。どうなされたのです?」

「……姫の鳥だ。預かる事になった」

「王太子妃殿下の、ですか……妃殿下のご様子は?」

「詳しいことは、まだ知らされていない」

「左様でございますか……」

 侍女頭は俯くと、小さく唇を噛みしめた。それは、王太子妃を心配してなのか。それとも、違う理由からなのか分からない。

「台は後ほどお持ちしますね。殿下もお疲れでしょう? お茶を淹れてまいります」

 侍女頭は一礼すると部屋を出て行った。

「………」

 王太子は小さく息を吐くと鳥籠を部屋の中央に置かれた座卓の上に載せる。外套を脱ぎ、控えていたラルスに渡すと腰に佩いていた剣を長椅子に立て掛けた。

「いきなり帰ってきて悪かったな、ラルス」

「大丈夫です! 厨房の手伝いをしなくて、むしろオレの方が助かってます!」

「そんなことを言っていると、団長に怒られるぞ」

 ラルスは人懐こい笑みを浮かべると肩を竦めて見せた。

「殿下、この鳥は何を食べるんです?」

「?」

「鳩とも違いますし、どうやって育てているのかなぁって……」

「ああ、餌か」

 しげしげと自分を眺めてくる二人の男にオティーリエは思わず目を細めた。もし人間の体だったら、皮肉の一つや二つ言ってやるのだが小鳥の姿では意味もない。

「肉?」

『そのようなものは食べません。私を鷹と一緒にしないでください』

「……肉以外のモノだな」

「虫ですか?」

『果物や青菜で結構です』

 このままでは虫を捕まえてきそうな勢いの二人に、オティーリエは思わず身を震わせた。

「果物や青菜をやってみよう」

「分かりました。厨房に掛け合ってみますね」

「ああ、頼んだ」

 そう言って髪を掻きまわすように撫でてくる王太子に、ラルスは頬を膨らませた。

「子供扱いしないでください」

「すまない。俺のことはいいから、持ち場に戻ると良い」

「え、でも……」

「少し、一人になりたいんだ」

 そう言った王太子にラルスは渋々頷くと部屋を出て行った。

『いい子ですね』

「将来有望な騎士だ」

 オティーリエの言葉に少し嬉しそうに微笑みながら、王太子は長椅子に腰掛け深く息を吐いた。

『お疲れのようですね、王太子殿下』

「ああ。転移魔法はどうも慣れない」

『まぁ。それは随分と無茶をなさったのですね』

 物を移動させる転移魔法は開発されてから歴史は浅い。研究は進められているが、人一人を移動させるのは術者にも移動させられたものにも負担は大きいと聞く。

 静かに頷いた小鳥を王太子は一瞥するとゆっくりと目を瞬かせた。

「お前は、小鳥のくせに学があるんだな。まるで、人と話をしているようだ」

『………姫様の話をよく聞いているからでしょうか?』

「姫の?」

『姫様は読書がお好きで、昔からよく考えに詰まったら私に語るのです。その方が覚えるし、考えがまとまるそうですよ』

 これは嘘ではない。侍女に話して聞かせるのも可哀想なので、小さな友人に話し自分の考えを語って聞かせている。

「姫は、本が好きなのか……」

『学のある姫はお嫌いですか?』

「何故?」

『殿方は頭がいい女がお嫌いだと聞いております』

 オティーリエの叔母の口癖だ。本ばかり読み、剣術や乗馬を嗜む自分の姿を見ては呆れたように口にしていた。綺麗なドレスで着飾った、可愛らしいお人形でありなさい。

 それが、この国で生まれた女の幸せなのだと。

「俺も本が好きだ。様々なことを学べるし、知識を増やすのは楽しい。姫と話が合うといいのだが……」

 そう言って目を細める王太子にオティーリエは首を傾げた。

『姫様を、本当に助けるおつもりですか?』

「……話が、したいんだ」

 ポツリと王太子は呟くと、どこか困ったように視線を泳がせ前髪をくしゃりと掻きあげた。

「その、上手くは言えないんだが、俺はオティーリエ姫と話をしたい。本の話でもいい、姫の故郷の話でもいい、とにかく彼女と話をしたい」

 何か納得のいく考えに至ったのか、王太子は一つ頷いた。

「話をしないまま終わるのは、嫌なんだ。決めるなら、二人で決めたい」

 それは、確かにそうだ。何も話をしないまま死んで終わってしまったら、虚しいだけだ。オティーリエも自分の死に納得がいかないだろう。

『貴方は、それでいいんですか?』

「ああ」

 躊躇うことなく王太子は一つ頷いた。

『………左様でございますか』

 少しだけ、安堵している自分がいることにオティーリエは思わず頭を振った。目が覚めるまで、この人がどんな人物なのか見極めよう。

そう、小さく心に誓う。

「そういえば、お前の名前はなんて言うんだ?」

『私ですか?』

「ああ」

 どこか眠たげな目を擦る姿は年端もいかない少年のように見えた。王太子で結婚しているとはいえ、彼は自分と同じ年なのだと改めて知る。

『姫様は私のことを瑠璃と呼びます』

「瑠璃、か。良い名前だな」

『ありがとうございます』

「俺のことはヴォルフラムと呼べ。王太子なんて呼び名、堅苦しくて嫌だ」

『え?』

「俺と暫く生活を共にするんだ。もっと、肩の力を抜いていい。小鳥にまで畏まられる覚えはない」

『はぁ、分かりました。けれど、本当に私を使うおつもりなのですね』

「使えるものは使えと言われている。それに、お前は俺より離宮の内情に詳しそうだ。頼んだぞ」

 そう言ってヴォルフラムは瞼を伏せると、長椅子に身を預けると小さな寝息と立て始める。

(当たり前よね……)

 突然帰る事になり、しかも、こんな事態になっているとは思いもしなかっただろう。

(どうか、ゆっくりお休みください)

 そう心から祈り、オティーリエも静かに瞼を伏せた。


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