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一章

一章


 イングリットは紗幕をゆっくりと引くと、寝台に横たわる主の姿に息を詰める。

「イングリット、休んでいなくても大丈夫ですか?」

「グレーテル様……」

 振り返るといつも通りの冷たい表情を浮かべたグレーテルが立っていた。しかし、その瞳はどこか心配そうな色を帯びているのをイングリットは見逃さなかった。

「貴女も目覚めたばかりでしょう?」

「私はもう大丈夫です。ですが、姫様は……」

 イングリットは目覚めないオティーリエにそっと手を伸ばした。触れた頬はほんのりと温かく、今にも起きだしそうだ。

「侍医が言うには、眠っているだけだそうです」

「本当に、それだけなんでしょうか?」

「私にはそれ以上何とも言えません」

 神妙な面持ちの二人の様子にオティーリエは息を詰めた。

(グレーテル……イングリット……)

 共にいたイングリットに何も害がなくて良かったが、自分の身に何が起こったのか誰も教えてくれる人はいない。一体、何があってこのような状態になってしまったのか。

「姫様、姫様、大丈夫ですからね。すぐ、治していただけますからね」

 掛け布に沈むオティーリエの手をイングリットはそっと握りしめた。

 悲痛な声を上げるイングリットに胸が痛んだ。恐らく、自分のせいだと思っているかもしれない。気にしないで、と声をかけたいがオティーリエの言葉はただの虚しい鳥の鳴き声にしかならない。

『ああ、グレーテル、イングリット、私はここにいるわ!』

 けたたましく鳴く小鳥に何を思ったのか、イングリットがゆっくりと鳥籠の傍へとやってくる。どれほど泣いたのか、目が赤くなっているのが分かった。

「お前も御主人が眠ったままで心配しているの? ああ、ご飯を食べないとね……姫様はいつも何をあげていたかしら?」

「イングリット、そろそろ」

「……はい」

 グレーテルに促されイングリットは寝室を出て行った。

(どうしたものかしら?)

 何とかして自分の体に戻らなければ。

 ふと、慌ただしい足音が聞こえたかと思うと閉められたばかりの扉が再び開かれる。息を切らし飛び込んできたのは、一人の青年だった。

離宮を出入り出来る男性は限られている。見間違いかと思ったが、青年は確かにオティーリエの夫だった。

 少し癖のある烏の濡れ羽色の髪、光の加減で黒に見えるほど濃い深緑の瞳、健康的に焼けた肌。身に纏うのは銀色の刺繍が施された黒の上衣、同じく黒の下衣に黒の外套。全身黒の異様な姿をしているが、彼の鋭利だが少年らしさを残した容貌に最も似合う色だとも思う。

 青年―ヴォルフラム・ウーヴェ・ドゥンスト。ドゥンスト王国王太子であり、オティーリエの夫である彼の顔をこんなにも早く見ることになろうとは思いもしなかった。南方から馬を飛ばしてきたとしても、ここまで来るのに早くて三日は掛る。

 結婚以来情愛薄いと言われてきた王太子の突然の出現に困惑する間もなく、彼は部屋を大股で横切ると寝台の傍らに立った。まるで死体と対面するかのような悲痛な表情で大きく深呼吸すると、紗幕を静かに開いた。

 そこで、初めてオティーリエも今の自分を確認することが出来た。

(私の寝顔、あんな風なのね)

 一番に思ったのはそれだった。色が白い肌はさらに青白くなり、浅く胸が上下していなければ生きているとは分かり辛い。つくづく、人形めいた容貌をしている。自分でもそう思うのだから、他人が見たら尚更だろう。

「………姫」

 彼がこんなに苦しげな声を出す人だとは思いもしなかった。いつも無表情で本当に血が通っているのかと疑いたくなるほど冷淡な印象しかない。

『本当に、王太子殿下?』

 そう、鳴いた瞬間だった勢いよく王太子は振り返ると、腰の剣に手を掛け辺りを見回す。

「誰だ?」

 まさか、そんなはずはない。王太子の反応にオティーリエは思わず首を横に振った。

『私の言葉が聞こえると言うのですか?』

 辺りを見回した王太子の目が小さな小鳥を捉える。

「……小鳥? まさか、お前が喋っているのか?」

『ああ、やはり、聞こえるのですね』

 自分の声が届いたことにオティーリエは思わず安堵の息を漏らした。こんなにも話が出来る相手がいると言うことに喜んだ事は無い。

「本当に、話せているんだな……まさか、魔性の類か?」

『いえ、私は……』

 疑いの目を向ける王太子に自分がオティーリエだと伝えても信じて貰えないかもしれない。

『ただのか弱い小鳥です。この部屋での立場で言えば、姫の友人、とでも言いましょうか』

「はっ、小鳥が友と騙るか」

 そう言って王太子は鼻を鳴らした。

「ますます怪しいな。その身体を引き裂いてやったら闇でも出てきそうだ」

オティーリエが知っている王太子とは随分と印象が違う。こんなに口は悪くは無く、寡黙な物静かな方だと思っていたのだが。

探るような眼を向けてくる王太子にオティーリエは心の中で肩を竦めた。


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