四章-4
突然のヴォルフラムの叫びに顔をしかめた。
血迷ったのかと思いせせら笑おうとしたエグモンドの横を風が吹き抜ける。
「!?」
振り返ったエグモンドの目に映ったのは足音を立てることなく、滑る様に壁を駆け抜けて行く侍女の姿。
目を疑った。
グレーテルは侍女服を翻しながら軽々とエドモントを通り過ぎ離宮の奥へと走る。
「なっ、何だよてめぇっ!?」
すかさずグレーテルへ向けて魔法を発動するが、壁に穴を開けるだけで彼女を止めることは出来なかった。
「余所見をしていていいのか?」
耳元で声がする。
まるで、静かな湖面を思わせるほど冷たい声だ。
振り返ろうとしたエグモンドはすかさず横へ身を躱した。
白刃が肩口を切り裂く。鮮血が宙を舞い、熱い刃の感触にエグモンドは顔をしかめた。
「ちっ」
舌打ちと共に放たれた魔法をヴォルフラムは躱し、エグモンドとの距離を詰める。
魔法使いに勝つ手段は一つ。相手の懐に飛び込むことだと教えてくれたのはヴァイザーだ。
『魔法とは、人々を傷つける術では無いと思わんかね?』
そう言って優しげに眼を細めたヴァイザーを思い出す。彼の言葉を、汚されたくはない。
ヴォルフラムは自然と手に力が入るのが分かった。
「おいおい、急いては事を仕損じるって言葉しらねぇのか?」
迫るヴォルフラムを躱し、エグモンドは笑った。
エグモンドが腕を広げる。
手の中で複雑な文様を描く魔方陣が妖しく輝いた。衝撃が床の上に蹲っていたイングリットへと放たれる。
「どっちがだ」
魔法が放たれる瞬間、エグモンドの視界がぶれた。
体の均衡が崩れ、床に叩きつけられる。魔法はイングリットを殺める事はなく、大理石の床を抉っただけだった。
一瞬、自分の身に何が起きたのか分からなかった。
見えたのは足を伸ばしていた姿勢から立ち上がり体制を整えるヴォルフラムの姿。自分が手にしていた剣を床に突き立て、それを軸にエグモンドの足を払ったのだ。
「急いていたのはお前の方だったな」
無様に床に倒れこんだエグモンドを見下ろし、ヴォルフラムはゆっくりと剣を床から引き抜いた。
「くそ餓鬼っ」
表情を怒りに歪めたエグモンドに切っ先が突きつけられる。
見上げれば、冷やかな色を浮かべた瞳が見下ろしていた。深い緑が光を背負い、黒く輝いている。すべてを飲み込みそうな深い色にエグモンドは恐怖を覚えた。
身体の震えを抑えるように、何とか自分を奮い立たせ鼻で笑った。
「話には聞いていたが、化物じみた強さだな。一人ぼっちの王子様」
嘲る様にそう言ったエグモンドに、ヴォルフラムは片眉をピクリと動かした。
「……話は後で聞かせてもらう」
「はっ。お優しいことで……がっ!?」
エグモンドを容赦なく蹴りつけ、ヴォルフラムはイングリットへ振り返った。
「警備兵を呼べ。俺はこのまま行く……瑠璃―小鳥の事は頼んだ」
「はい」
イングリットが頷くのを見るや否や、ヴォルフラムはオティーリエの部屋へと駆けだした。
目覚めは唐突だった。
眦から流れた涙が頬を伝う不快感に思わず眉間に皺を寄せる。
口の中が乾いていて、呼吸をするのも辛い。
自分の体を襲う倦怠感と不快感、身を動かす事が億劫でもう一度瞼を閉じそうになるが、今までの事を思い出し一瞬でその感覚は消え失せた。
慌てて身を起こそうとするけれど、上手く手足が動いてくれずなんだか赤子にでも戻ったような気分だ。逸る気持ちを落ち着け、ゆっくりと身を起こす。
「ヴォルフラム様……」
瑠璃はどうなったのだろう? 衝撃を受け、意識をなくしたと思ったのに見れば自分の身体に戻っている。
元の体だと言うのに違和感がある。小鳥の姿が楽だったかもしれないという考えが頭をよぎった。
(早く、早く行かないとっ)
ヴォルフラムやグレーテル達が危ない。
人を呼ばなければ、とオティーリエは寝台から這うように降りた。数日動いていないだけで自分の身体とは思えないほど重い。
毛足の長い絨毯の上を四つん這いで進み、壁に爪を立ててなんとか立ちあがる。扉に寄り掛かるように手を付き、体全体を使って押し開いた。
オティーリエの体を温かな光に包まれた室内が迎えてくれる。あまりの眩しさに思わず目の前に腕を翳した。
「……誰かいるの?」
擦れた声を振り絞る様に言葉を発するが、私室には侍女の姿はない。
恐らくこの騒ぎを聞きつけて廊下に出ているのだろう。
遠くから断続的に破壊音が響いている。何が起きているのか分からない恐怖に身が震えるのが分かった。
「ヴォルフラム様……」
早く行かなくては、と寄り掛っていた扉から身を離した瞬間、




