三章-6
「王太子殿下と近づきたいと企んで離宮へと側仕えとして来る人も多いでしょうけどぉ、本当にそれだけですかね?」
ツィーオンの言葉にオティーリエは視線を逸らした。
それだけではないことは、確かだ。異性を嫌い、離宮へと逃げてくる者は少なくはない。そう言った視線を向けてくる者はオティーリエも薄々は感じてはいたがグレーテルがそれとなく庇ってくれていたため、自分に被害が来ないのであれば、と何も言わないでいた。
けれど、その感情が高まり、こんなことを引き起こしたのであれば。
「しかし、本当にこの事件を引き起こした犯人だと決まったわけではないだろう?」
「そうですねぇ。もしかしたら、王太子殿下を良く思わない一派の犯行かもしれませんし。可能性はたくさんあります」
「お前は、不審な相手は見ていないと言うことか」
「そうとも言えますし、そうとも言えませんよぉ?」
「何?」
ツィーオンは一歩踏み出すと、ヴォルフラムの顔を覗き込むように身を屈めた。長い前髪から覗く銀灰色の瞳がヴォルフラムを射抜く。
「貴方が動きだした影響か、星の巡りが変わりました」
「星の、巡り?」
ふと、ツィーオンと初めて会ったときに言われた言葉を思い出す。
災難の相が出ている、と彼はヴォルフラムに言った。その時と同じように、ツィーオンは彼にしか見えない事をなぞる様に告げていく。
「不穏な雲が星を隠したせいで、これからの動きが見えなくなってしまいましてねぇ。恐らくは誰かの星が流れますよぉ」
「星? それは、どういう?」
「まぁ、殿下が動かなくても恐らく流れる星でしょうから、気にしなくてもいいです。つーまーりー妃殿下を助けられるのか、それは貴方次第ってことですよぉ」
そう言ってツィーオンは笑った。まるで下弦の月のように歪む口元に、ヴォルフラムは思わず一歩後退りした。
「お前は、ヴァイザーのような事を言うんだな」
「いやぁ、これは僕の趣味でしてねぇ、星が好きなんです。それ以外は本にしか興味がないただの司書ですよぉ。ま、美味しいお菓子も貰いましたし、貴方に幸が訪れる事を祈っていますよぉ」
そう言ってツィーオンはもう語る事はないと言わんばかりに袖を振った。
ヴォルフラムは暫し逡巡すると、ゆっくりと口を開く。
「最後に一つ聞きたいが、お前は妃の事をどう思っているんだ?」
「ふへぇ?」
まさかそんな問いを掛けられると思いもしてなかったツィーオンは素っ頓狂な声を上げる。
「僕がぁ、妃殿下に恋しているとでもぉ?」
「ああ。どうなんだ?」
「ご安心くださいぃ、妃殿下は僕の好みじゃないですからぁ。お人形さんみたいに綺麗ですけどぉ、壊しそうじゃないですかぁ? 僕、もっと大人っぽい色気のある強そうな女性が好みです」
「そ、そうか」
「後、胸が大きい女性が好きです」
『男って……』
オティーリエは小さく罵りの言葉を吐いた。
「……お前に気がないのは分かった。時間を取らせてすまなかったな」
「いーえー。中々楽しかったですよぉ、ぜひまたいらしてくださいなぁ。殿下も本を読まれると伺っております、ぜひお菓子を持ってきてくださると僕は喜んで貴方の前に跪きますよぉ」
「……考えておく」
まるで役者のように恭しく一礼して見せるツィーオンにヴォルフラムは苦笑を浮かべる。
「失礼する」
「はーい、ご機嫌よぉ」
ツィーオンに見送られ、ヴォルフラムは書庫を後にした。
「あ、そーだぁ」
「?」
「殿下ぁ、貴方裏切られますよ?」
ツィーオンの言葉にヴォルフラムは目を見開いた。問いを投げかける前に、まるでそれを阻むように扉が閉まった。
「話してみると変わった男だってことが分かるな」
「あ、ああ。そうだな」
どうやら最後の言葉はヴォルフラムにしか聞こえなかったらしい。
「本当、変わっているな」
「有力な情報も得られなかったみたいだし、骨折り損だな」
肩を落としたユリウスにヴォルフは小さく首を横に振る。
「いや、そうでもない」
『ヴォルフラム様?』
「ヴォルフラム様!」
ふと、ラルスが駆けてくるのが見えた。その表情は輝いており、後ろでユリウスが小さく笑ったのが分かった。どうやら彼も子犬がじゃれているようにしか見えないらしい。ラルスには悪いが。
「ラルス、どうだった?」
「警備兵がここを巡回するのは半刻に一度みたいです。後、姫様を見つけた警備兵に会いました!」
「見つけた時、どんな様子だった?」
「はい。えっと、倒れられている王妃殿下に侍女が呼びかけていたらしく。それを見て、すぐに人を呼んだと」
「……侍女が、呼びかけていた?」
「はい」
ラルスの言葉にヴォルフラムは顎に手を当てると、一つ頷いた。
「何か分かったのか?」
「少し、鎌を掛けてみようかと思う」
「どういうことだ?」
「行くぞ」
「ヴォルフラム様、どこへ?」
「ヴァイザーのところだ」
ヴォルフラムはそう言って不敵な笑みを浮かべた。




