二章-8
「どうされました?」
「いや、何でもない。ラルス、ひどい顔になっているぞ?」
「す、すみません」
慌てて顔を袖口で拭うラルスをヴォルフラムは慌てて止めた。すぐに侍女頭を呼ぶ。控えていたらしい侍女頭は部屋に入り驚きの表情を浮かべたが、何かを理解したようにラルスを連れて部屋を出て行く。
「………これで、良かったんだろうか?」
『考えなしに言ったんですか? これで、ラルスを従者にしないなどと言ったら、さすがの私でも怒りますよ?』
オティーリエの言葉に、ヴォルフラムは苦笑を浮かべると首を横に振った。
「そうじゃない。確かに、少し迷いがあるのは確かだ。けれど、ラルスが望む限りは俺の従者でいてもらおうと思っている」
『……この事で、彼の家に何かがあったらとお思いですか?』
「ああ」
『そう思うならば、それを防げばよろしいでしょう』
「……出来ると思うか?」
『自分の手の届く場所にいる大切な人を、救える男なのでしょう?』
オティーリエはわざとからかうように言った。しかし、ヴォルフラムは怒るどころかどこか決意を決めた表情で小さく頷いた。
「そうだな。俺が、出来なくてどうするんだ」
そう言って自分の手元に視線を落とす。そこに握られているのは、オティーリエの手紙だ。
「俺は、彼女と向き合えるだろうか?」
『何故、向き合えないと思いますか?』
「今まで一度も会った事がない男の妻となれと言われて、故郷から無理やり離された彼女が、俺を恨んでないなどと言えるのか?」
この手紙に罵りの言葉が書かれていたら。手紙など、受け取らなければ良かったかもしれない。そう思いそうになる自分を心の中でヴォルフラムは叱咤した。
『一つ、お教えしましょう』
その葛藤をオティーリエも察していた。自分も同じことを考えてばかりだったからだ。
『姫様は、自分で婿を選ぶ女でありたいと思っていた方です。故郷のため、自分の誇りのために、自分に相応しいと思う方を選ぼうと思っていたんです』
じゃじゃ馬、と呆れられるほど誇り高い可愛げのない女だとつくづく思う。蝶よ花よと育てられていれば、もっと引く手数多だっただろうに。
『そんな姫様は、ある日父君に言われたのです』
「お前だけの家族が欲しくないか?」いつもの不遜な笑みを浮かべて、ただそれだけ聞いて来た。父が薦める男は、もしかしたらオティーリエを受け入れてくれる人なのかもしれない。
少しだけ抱いた期待を確かめるためにオティーリエはここに嫁いできた。
『相手が誰などと言われませんでした。ただ、父君にそう言われ姫様は欲しいとだけ応えました』
そして決まったのが王太子との結婚だ。驚かなかったと言えば嘘になる。
『姫様は、貴方と家族になるために嫁いできたのです』
「俺と、家族に?」
『はい。貴方と話をしないまま、向き合わないまま故郷に帰るなどありえません。姫様は、見た目以上に気が強いんですよ?』
手の中の封筒を見下ろし、ヴォルフラムはゆっくりと椅子に腰かけた。
時間はある。まずは、手紙の中の彼女と向き合おう。
ヴォルフラムは、封を切った。




