霧島 摩利香は学園最凶である? ~学園最凶美少女とのすっごく危険な青春ラブコメ はじまりの物語~
僕の希望に満ち溢れた高校生活ってのは、のっけから本当にロクでもなく退屈なものになり下がってしまった。とにかくクラスに全く馴染めない。知らない奴ばかりの環境がこんなに苦痛だってことを、初めて思い知ったよ。
考えてみれば、小学校の時とかは一体どうしていたんだろう? きっと、何も考えてなかったんだろうね。
とりあえず、僕は輝かしい高校生活の第一歩とやらを思いっきり踏み外し、カースト最下位、ぼっちの陰キャラとしてレッテル張りされていたんだ。本当に失礼しちゃうよ。
まあ、百歩譲ってそれだけならまだ良かった。問題なのは、中学生の妹まで僕のことを陰キャラ呼ばわりして軽蔑し、母親まで僕の高校生活を心配してくるってことだ。
一体何故かって? 答えは簡単さ……。
「吾妻、また一人で帰ってるの? ちゃんと友達作れた? 部活入りなよ!」
夏の足音も近づく雨上がりの午後だった。学校からの帰り道、朗らかな日に照らされてキラキラと光る水溜りを避けながら歩いていると、鬱陶しくて耳の痛い声がひっきりなしに後ろから飛んで来る。
振返ると、程よく日に焼けた健康的な肌が印象的で、ポニーテールのやたら快活な女子高生がついてきていた。
「なんだよ、お前だって部活サボってんじゃないか。なんでついてくんだよ?」
「今日は部活休みなの! それに、家がすぐ近くなんだから、吾妻と帰り道が一緒で当然でしょ!」
その通りだ。この鬱陶しくて迷惑なくらい快活な女の子こそ、僕のフ〇ッキン幼馴染、天城 毘奈その人だった。
大変腹の立つことに、こいつは勉強も運動もできて、身内から見てもかなり美人、おまけにコミュ力モンスターと、嫌味なくらいハイスペックな女子高生なんだ。
え、何? そんなハイスペックな幼馴染がいて羨ましいだって? 考えてみてくれ、こちとら物心つく前からこんなチート幼馴染と比べられて育ったんだ。僕の小中学校時代は今よりは充実していたものの、とにかく劣等感との戦いであったよ。
でもでも、なんだかんだ言って、こんなに構ってもらえるんだから、内心は喜んでいるんじゃないかって? まあ、そう思う君らの気持ちも分かる。もしかしたら関係が進展して……なんてことも、あるかもしれないからね。
だがね、世の中そんなに甘いもんじゃない。この僕のハイスペックな幼馴染には、それに相応しいハイスペックなイケメン彼氏が既にいやがるんだ。
「那木ママにも、吾妻の面倒見てって頼まれてるんだからね! しゃっきりしなよ!」
「何なんだよ……うるさいな」
中学校の時までは、誰もが羨むハイスペック幼馴染も、今や彼氏持ちで鬱陶しいだけの死ぬほどお節介な、僕の家族が放った秘密警察となり果てていた。
その後も毘奈は僕の後ろで、「なんだーかんだー!」と、耳の痛いことばかり言い続けるもんだから、さすがに僕も困り果てて無視をすることにしたんだ。
僕が露骨に無視をしているのに腹を立てたのか、毘奈は不意に浅い水溜りの上をバシャバシャと走りながら、僕の前に回り込む。僕がたじろぐと、毘奈は僕の顔を下から覗き込むように見上げた。
「もう、無視すんなよ。……吾妻、学校行ってて楽しい?」
「……別に、楽しかねーし。お前には関係ないだろ」
僕は堪らず目を逸らした。もういい、本当に構わないで欲しかった。こいつの言うことは、僕をよく知っているだけあってよく刺さるんだよ。
お互い売り言葉に買い言葉だったのかもしれない。だけど、毘奈のその言葉に僕はついにカチンときてしまったんだ。
「吾妻……一体何しに高校行ってるの?」
僕は拳を震わせながら目の前の毘奈を見下ろすと、わざとせせら笑うような表情を浮かべてぶちまけてやった。
「そりゃ、お前は楽しいだろうよ!」
「吾妻……?」
「そんな短いスカート履いて、似合わない薄化粧で先輩を誘惑してんだからな! 全く関心するよ、最近の女子高生のビッチぶりにはさ!」
もう完全に言い過ぎだった。でも、僕がそれに気付いた頃には、毘奈は顔を真っ赤にして掌を大きく振り上げていたんだ。
「あーずーまぁぁぁぁっ!!!」
ああ、人って肝心なことは何一つ言えないのに、何でこう余計なことばかり言ってしまうんだろうね。流石にこれは自分が悪いと思って、僕は目を閉じて歯を食いしばった。
ところがどうだ? 毘奈の怒りのビンタはいつまで経っても、僕が捧げた右頬を打ち払うことはなかった。
いくらなんでも遅すぎると思い、僕は恐る恐る目を開いた。すると、さっきまで顔を真っ赤にして怒っていた毘奈が、血の気の引いて青ざめた顔をしているじゃないか。
「ひ……毘奈?」
「ううう、後ろ!」
僕はてっきり後ろから車でも来たのかと思ったけど、毘奈のその反応はそんな取るに足らないようなことじゃなかった。
要は、振り返ってみないと何も分からない。僕は何のことやらと疑念を抱きながら、ゆっくりと後ろを振り返った。
「え……女の子?」
そこに立っていたのは、小柄でショートボブの一人の少女だった。どうやら、水溜りとの絡みで僕らが道を塞いでしまい通れないみたいだ。
この少女、黒いパーカーを羽織っていてメッセンジャーバッグを背負ってはいるが、スカートの柄からしてうちの高校の生徒だ。
いや、問題はそこではない。この透き通るような白い肌、水晶のように美しくてそれでいて研ぎ澄まされた刃物のような眼差しに、僕は一瞬で心を奪われてしまった。
「女の子……だとは思うけど、男の子にでも見えた?」
「いや、ごめん、何でもない」
「そう……だったら、そろそろどいてくれないかしら? 痴話喧嘩ならよそでやって……」
その少女は表情一つ変えず、淡々と言い放った。今まで毘奈はそれなりに美人だとは思っていたけど、このミステリアスな少女はそれと同格……いや、身内贔屓をしたとしてもそれ以上だ。
「ご、ごめんね、邪魔だったよね! 私たちすぐどくから!」
僕がボーっとその美少女に見惚れていたものだから、毘奈が血相を変えて僕を道の端に引っ張った。すると、その少女は何もなかったかのように、すたすたと黄昏の先に消えて行ったんだ。
「吾妻、何ボーっとしてんの! あれ、霧島 摩利香だよ! 知らないの!?」
「え? あの子そんなに有名なの?」
「バカ! 学園中みんな言ってんだよ! 霧島 摩利香はマジでヤバいって!」
「あの子が? とてもそんな風には見えないけどな……」
「本っ当になにも知らないんだね。この前まであの子、暴力事件で停学になってたんだよ!」
確かにあの刃物みたいに鋭い眼光はただならないけど、小柄で如何にも非力そうな少女が暴力事件を起こすなんて想像もできない。不良って感じでもないしな。
それでも、毘奈の狼狽の仕方は半端ではなかった。彼女のお陰で僕への怒りなんて、どこかへ吹っ飛んで行ってしまったみたいだからね。ある意味、霧島 摩利香様様だよ。
「いい、もう絡むこともないかもだけど、霧島 摩利香なんかに絶対関わっちゃダメだからね!」
「ああ……うん」
そう言って、毘奈は僕の前を進み始めた。毘奈にはああ言われたものの、僕は俄然霧島 摩利香への興味が湧いてきていた。美少女っていう要素を差し引いたとしてもね。
そして高校入学以来、まるっきりつきから見放されていた僕に僥倖が訪れたんだ。僕はうっすら黄昏の滲む空の下、水溜りの淵に落ちていた一冊の生徒手帳を拾った。
★ ★ ★ ★
さて、ここからどうするかだぞ。霧島 摩利香については、「学園最凶」だの「人間凶器」だの「未来からの最終兵器」だの、信じるに足らない噂話が数多くあるみたいだけど、僕はそんな陰謀論には騙されない。学校の噂話なんてものは、マスメディアの偏向報道並みに信用できないんだからな。
僕は次の日の昼休み、あくまでも道端で偶然拾った霧島 摩利香の生徒手帳を届けるという大義名分のもと、彼女との接触を試みることにした。
「えーと、クラスは……一年A組か、ちょっと遠いな」
たまたま拾ったのが、生徒手帳で良かった。クラスの誰に聞かずとも霧島 摩利香の生息地が分かったのだから。
好奇心半分、不安半分、僕は胸をどぎまぎさせながら、廊下の遥か彼方にある一年A組へと進んで行く。こんな感じ、高校に入って以来初めてだった。
廊下で馬鹿騒ぎしながらふざけ合っている男子に三回くらいぶつかられながら、僕はやっとこさ一年A組へと辿り着いた。
目的があるとは言え、知らない奴ばかりの別のクラスに入るのって、凄く抵抗あるよね。でもさ、考えてみれば、自分のクラスだってその点大して変わらないんだから、別に臆する必要なんてないんだ。
「えーと、ちょっといいかな?」
「ん……なんか用か?」
僕はとりあえずクラスの入口付近にいた、二~三人の男子のグループに声を掛けてみた。
「あのさ、霧島 摩利香ってどこにいるの?」
「え……!?」
僕が間抜けそうに霧島 摩利香の席を聞こうとしたら、そのグループの男子たちは一斉に目を逸らし、示し合わせたかのように黙りこくってしまった。
なんだよ、僕がクラスで最底辺の陰キャラだからって、何も無視することはないだろ? しかも僕が周囲を見回すと、クラス中の奴らみんな不自然に目を逸らすんだ。
なんだこれ? 新手のいじめなのかな? いいさいいさ、もう自分で探すから。小柄な子だし、結構苦労するかと思いきや、僕はすぐにこのクラスの異常を発見した。
「んん……?」
教室の遥か真後ろ、窓際の席に彼女はひっそりと鎮座していた。明らかにあそこだけ空気がおかしい。まるで結界でも張ってあるみたいに、あの周りだけ誰も立ち入ってない。キープアウトって標識が見えるようだ。
僕はその光景を見て、思わず生唾を呑みこんだ。何か決して近寄ってはならないものに触れてしまいそうな気がしたからだ。
「マジかよ……。ずいぶんと信憑性のある陰謀論だな……」
一瞬躊躇しそうになったものの、せっかくここまで来たので、とりあえず生徒手帳だけは届けておかないと。きっと周りの誰に頼んでも、無視されるだけだろうしね。
僕は机と机の間を通りながら、ゆっくりと彼女の元へと向かった。皆視線を逸らしているくせして、後ろからは異様に視線を感じる。
「あの……霧島……さんだよね?」
「……」
霧島はバッグを机に置き、音楽プレーヤーを眺めながらイヤホンで音楽を聴いていた。僕の声は聞こえてないかもしれないけど、少なくとも僕がすぐ前に立っていることくらいは気付いているはずだ。
「あのー、霧島さん?」
「……」
彼女は微動だにせず、表情一つ変えない。これは無視されているな。なんだよ、一体このクラスはどうなってんだよ?
いくら美人だからって、人を小馬鹿にするのも大概にして欲しい。僕は流石にイライラしてきて、生徒手帳を彼女の机にでも放り投げて帰ることにした。
「霧島ぁぁー! ……もういいよ、じゃあ、これ置いとくからな」
「……!?」
と、僕がポケットから生徒手帳を取り出した瞬間、彼女の表情が一変して、酷く慌てた様子で僕の手から生徒手帳を奪い取ったんだ。
彼女はイヤホンを外すと、僕の顔に刃物でも突きつけるような凄い表情で睨みつけてくる。おいおい、だから何なんだよ? これじゃ、まるで僕が彼女の下着でもポケットから取り出したみたいじゃないか。
大体、こちとら親切で(多少の下心はあったにせよ)落とし物を届けに来ただけなんだぞ。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはない。
僕が霧島 摩利香の反応に酷く困惑していると、彼女もやっと落ち着いたみたいで、ゆっくりと静かに口を開いた。
「こ……これ、どうしたの? 何であなたが持っているの?」
「ああ……昨日帰り道で会っただろ? あの後道に落ちてるのを拾ったんだ」
「そ……そう」
「で……君の名前とクラスが書いてあったから、届けに来ただけなんだけど……」
「そう……なのね、悪かったわ……」
霧島 摩利香の挙動が何故かたどたどしい。昨日は怖いくらい毅然としていたのにね。今は目を泳がせている。
「で……見たの?」
「え……?」
「な……中身を見たかと聞いているの」
霧島 摩利香は恥ずかしそうに上目づかいで聞いてくる。ヤバい、可愛い……じゃなくて、あ、そうか、こいつは生徒手帳の中身を見られていないか気にしていたのか。
まさか、この僕が見ず知らずの女の子の生徒手帳の中身を吟味するなんて、そんな趣味の悪いことするわけ……。
「ああ! あのポエムみたいなやつ?」
「だ、黙りなさい!!」
「えぇ……!?」
僕がアホみたいに素直に答えてしまったものだから、彼女は声を張り上げて拳を机に叩きつけた。教室の空気が一瞬で凍りついて、クラスメイトたちは震えあがった。僕は思わず腰を抜かす。
そして再び物凄い険しい表情で、唐突にノートを取り出して何かを殴り書きし始めると、霧島は教室中に響きわたらんばかりの凄い音でそのページを破いて、僕に突き付けたんだ。
「な……何これ、手紙?」
わけも分らず、僕はその突きつけられたノートの切れ端を受け取り、流石にこの教室の空気に耐えられなくなって、引き上げることにした。
で、肝心の霧島 摩利香からのメッセージはというと、
“放課後、屋上で待つ。必ず来ること!”
とだけ書いてあった。まあ、この呼び出しの意味が、間違っても愛の告白の類ではないということくらい、さすがの僕でも分っていた。むしろ果たし状に近いな、これは。
「あのバカ、霧島さんを本気で怒らせやがった……」
「あ……あいつ、確実に殺されるぞ!」
「わ、私は何も知らない! 見てない!」
僕は何やら周囲から聞こえてくる物騒なヒソヒソ話を尻目に、「何故こうなった?」と、頭を抱えながらその教室を出た。
★ ★ ★ ★
昼休みまでのテンションはどこへやら、僕は放課後に近づくにつれてどんどん気分が悪くなってきていた。
そりゃ、僕だって霧島 摩利香の陰謀論めいた噂なんて信じちゃいない。ただこの段階で言えることは、霧島 摩利香は美人で無口で、おそらくかなり面倒臭い奴だってことだ。
あれだけの美人がモテてなくて友達もいなくて、(おそらく)ぼっち飯食ってるなんておかしいと思ったよ。やっぱり何か地雷を抱えていたんだ。
とにかく約束をすっぽかして、後で仕返しでもされたら嫌なので、僕は重い腰を上げて霧島 摩利香の待つ屋上に行くことにした。
幸か不幸か、この日は掃除当番だった。しかも一緒に当番だったウェーイ系の男子たちは、ふざけているばかりでロクに掃除をしない。そのせいで、予定よりかなり時間を押してしまっていた。
その上、ただでさえ時間が押しているのに、挙句の果てはその男子たちが、
「ごめーん、那木君、俺たち部活あっからさ、後やっといて!」
とか言って、僕に掃除を押し付けて帰ろうとする始末だ。まあいい、どうせいても大して役に立たないし、うるさいから逆にいない方が気が楽だ。そう、今日でさえなければね。
「ああ、悪いけど俺もこの後用事があるというか、約束があるというか……」
「え? 約束って、もしかして女子とか!?」
「バカ、お前、那木君が女子と約束なんてあるわけねーじゃん! 少しは那木君の気持ち考えろって! 可哀想だろ!」
「ひゃっひゃっひゃっ! お前全然可哀想だと思ってねーだろ、マジ受けるんだけど!」
ああ、残念だけど、今日ばかりは本当にそうであって欲しいと思うよ。授業終わってからかなり経つし、あいつ怒ってないといいけどな……。そうそう、例えばあんな風に……って、ん?
「でさ、那木君、実際どうなわけ? マックスないと思うけど、もしかして本当に女子なわけ?」
「あ……うん、女子っていうか、あ……あの人」
「……え?」
教室の入口には、メラメラと何かをたぎらせた霧島 摩利香が、物凄い形相をして立っていた。どうやら、待ちぼうけを喰らって相当怒りマックスのようだ。
「ききき、霧島!? どど、どうしてここに!?」
「なな、なんか滅茶苦茶キレてるし!?」
「やや、やべーってマジ! 殺されるって!!」
ウェーイ系の男子たちは一瞬で腰を抜かし、へたり込んだ。そんな彼らのことなんか気にも留めず、彼女は急ぎ足で僕の元へと向かって来る。僕はたじろぎ、息を呑んだ。
「遅い! 遅すぎるわ! あなたが来ないから、全クラス捜し回ってしまったじゃない!」
「ごごご、ごめん! 仕方ないんだ、掃除当番でさ……」
「一体何時間掃除をやっているの? もういい加減終わるんでしょうね?」
「いや……それがさ……」
僕は横でへたり込んでいた、ウェーイ系の男子三人に目をやる。それに合わせて、霧島もその三人をキッと睨み付けた。
「あはははは……那木君、後は俺たちがやっておくよ!」
「え? ……でも」
「そうだよ、那木君、女の子をあんまり待たせるなんてよくないぜ!」
「な、俺たち友達じゃないか!」
と、彼らの心にもないご好意によって、ようやく僕は怒りマックスの霧島と共に屋上へと向かうことができたわけだ。確かに結構怖かったけど、本当に皆んな陰謀論が大好きだよね。
屋上へ続く階段室の扉を開くと、空は僕の気持ちを反映してか、どんよりと曇っていた。遠くから運動部の奴らの大きな声と、吹奏楽部の演奏の音が響いてくる。
一体僕はどうなってしまうのやら。僕と霧島は言葉を交わすでもなく、屋上の中央へと歩いて行き、向かい合った。
「で……あなた、一体どこまで見たの?」
「え……? どこまでって……」
霧島は相変わらず怒っている……というか、僕のことをめちゃめちゃ警戒しているようだった。そうか、確か彼女は生徒手帳に書いてあったことで……。
「ま、まあ、拾ってしまったんだから、少しくらい見てしまうのは仕方ないわ……そう、少しくらいなら……」
「ああ……言いにくいけど、一通り……全部見ちゃった」
「ぜぜぜ、全部!!?」
僕も馬鹿だから適当に誤魔化せば良かったのに、正直に答えてしまったんだよね。霧島は余程ショックだったらしく、両手をコンクリートの地面につけてへたり込んでしまった。
どうしよう、僕への怒りはどうやら収まったみたいだけど、これはこれで何だか気まずいぞ。そりゃそうか、こっそり書いてたポエムを知らない奴に見られたら、目も当てられないわな。とにかく、何かフォローしないと……。
「えーと……あの、確か……“ひとつ言っておくが、人は何でも変えられる。世界中の何でもだ”だっけ? すっきりするくらいポジティブ……ていうか、勇気出るっていうか、なんか心に刺さったよ! あれは君が考え……」
「……ジョー・ストラマーよ」
「……へ?」
さっきまで絶望の淵を漂っていた霧島は、突然息を吹き返してゆっくりと立ち上がった。とりあえず、フォローできた……のか?
「クラッシュのジョー・ストラマーよ! もしかして知らないの!?」
「ああ、ごめん、聞いたこともない……」
「そ……そんな馬鹿な、信じられない!」
僕の返答が悪かったのか、霧島は酷く驚いてまたまたショックを受けていた。ヤバいぞ、本当に分からない。ここはまた上手く誤魔化すしか……。
「えーと、俺はその、最近の流行というか、色々疎くてさ……よく他の奴にも驚かれるんだ」
「そ……そうなのね、なら仕方ないわ。ジョー・ストラマーを知らない高校生なんて潜りだもの」
「ああ、そうなんだ! 初耳だな、良かったら、俺にもそのジョー何とかさんがどんな人なのか教えてくれよ」
その場を繕おうと、僕はついつい余計なことを口走ってしまう。そう、それが間違いだった。霧島は急に上機嫌になったかと思ったら、やたら得意気な顔をして語り出したんだ。
「一九七〇年代後半のパンク・ムーブメントで、ロンドン・パンクを代表するバンドはいくつかあるけど、クラッシュはピストルズと並んでシーンの顔だったわ。その二大バンドも、元はアメリカのラモーンズに影響を受けたと言われ、ロンドンツアーの際には――」
さっきまでクールで無口だった少女が、クラッシュのジョー・ストラマーがどんな人なのか、時が経つのも忘れて話し続けている。
勿論、僕は霧島の言ってることなんてさっぱり分からなかった。唯一分かったのは、彼女の言ういわゆる「高校生」ってのは、おそらく世間の感覚からは相当ずれているってことだけだ。
それでも僕は彼女の人間離れした可愛さに、話半分、ボーっとしながら彼女の顔に見惚れていた。
「早くに空中分解してしまったピストルズと違って、クラッシュはパンク・ムーブメント終焉後も活動を続けたわ。その中でレゲェなどの要素も取り入れたり、実験的な楽曲も多かったの……ちょっと、聞いているの?」
「……ああ! 本当に……えーと、す、凄い人なんだね! うんうん、是非僕も機会があれば……その……楽曲を聴いて……みたいな!」
これが本当に良くなかった。霧島には本音と建前ってやつが全く通じなかったんだ。彼女は僕のその社交辞令に反応し、表情こそ変わらなかったものの、滅茶苦茶嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。
「ま……まあ仕方ないわね、あ、あなたがそこまで聴きたいと言うのであれば、聴かせてあげないのは……そう、意地悪というものだわ」
「あ……あの、霧島さーん?」
「あなた、このあと勿論空いてるわよね?」
「……へ?」
★ ★ ★ ★
一体全体、何がどうしてこうなったんだ? 気が付くと、僕は霧島に連れられてとある高層マンションの入口の前に立っていた。
「すげー大きいマンションだな、ここが霧島の家なのか?」
「まあ、そんなところ。さあ、付いてきて」
そうなんだ。僕はどこで何を間違えたか分からないが、あろうことか霧島 摩利香の家にお呼ばれされてしまっていた。
僕は全くこの状況が理解できてなかったわけだけど、仕方ないじゃないか。だいぶ変わった奴だけど、仮にも可愛い女の子から家に来いと誘われて、断れるわけなんてない。男の子だもの。
霧島はエントランスで暗証番号を入力し、オートロックを解除する。まあ、素人目から見ても結構な高級マンションだ。お金持ちなのかな、こいつの家?
「霧島の家は何階にあるの?」
「二十三階よ……」
エレベーターの中で霧島はそう答えた。彼女はオンとオフの差が激しい。喋るときはもう止まらないが、喋らないときは本当に無口だ。まあ、喋るときは基本一方通行なんだけど。
そしてここに来て、僕はある重大な事実に気付く。勿論僕らは彼氏彼女でも何でもなかったが、出会って間もない女の子の両親に会うとか、僕にしてみれば相当ハードルが高かった。
「ちょっと、何を立ち止まっているの?」
「い、いや、だって、親いるんだろ? ちょっとばかし心の準備が……」
「いないわ……そんなの」
「そ……そうか、なら良かった」
いや、全然良くはなかった。親がいないってことは、一つ屋根の下にこんな美少女と二人っきりになってしまうのか? それはそれでかなり嬉……まずいはずだ。
妄想しながら右往左往している僕を尻目に、霧島は鍵を開けて玄関扉を開く。中は薄暗く、人の気配はなかった。
「さあ、入って、大したおもてなしはできないけど」
「ああ……うん、お構いなく」
霧島の後を追いかけて、僕は恐る恐る家に上がった。廊下を抜けてリビングに入ると、上半身裸で髭面のおっさんとか、ロン毛でパツパツのタイツみたいなスーツを着た外人、そういう類のポスターが沢山貼ってあった。
間取りは4DKくらいあるのだろうか? 一見生活感があるように見えるが、部屋は寂しいくらい小ざっぱりしていて、家具なんかもホテルみたいに最低限しかおいてなかった。
「霧島、親はいつも遅いの?」
「だからいないと言ったでしょ。ここには私しか住んでないの」
「ええ! もしかして一人暮らし!?」
「もしかしなくてもそう、何か問題でもある?」
まあ、色々と問題ばかりなわけなんだけど、今は僕の男の子としての事情は一旦置いておこう。一番は、ただの女子高生が、こんな凄いマンションに一人暮らしをしているってことだ。
「霧島んちって、もしかしてお金持ち? こんな広い部屋に一人暮らしとか、何だか海外セレブみたいだな」
「そうね、否定はしないわ。でもね、どんなに広くて高価な部屋でも、ここは犬小屋みたいなものに過ぎないのよ……」
なるほど、こんな凄い部屋が犬小屋とか、霧島の家はよっぽどのお金持ちなんだな。霧島が儚げに呟いた言葉の真意になど、僕は全く考えが及ばず、ただアホみたいに感心していた。
それでだ、僕が霧島の家にお呼ばれしたのは、何も僕とおうちデートするとかでも何でもなく、学校では消化不良であった二〇世紀におけるロックンロールの歩みを、実際の楽曲鑑賞を交えてより深くレクチャーする為だった。
念の為言っておくが、僕はこの時点で彼女の説明してくれた内容の1パーセント程も理解している自信はなかったし、もうそれを白状できる雰囲気でもなかった。僕は本気にしてないが、仮にも霧島は学園最凶の問題児だ。壮大な糠の釘打ちをさせられているなんて気付いた日には、流石に烈火の如く怒り狂うだろう。
「持ってきたわ、まずは基本の六〇年代、ブリティッシュ・インベージョンを代表するビートルズ、ストーンズ、ザ・フーあたりから始めるわ」
奥の部屋から抱えきれないほどのレコードを持って来た霧島は、ジョン・レノンみたいな丸メガネをかけていた。
彼女は小さな手で、慎重にジャケットからレコードを取り出すと、最低でも数十万円はするだろう高級そうなオーディオシステムにセットする。
「えーと、霧島って目悪かったの?」
「わ……悪くはないけど、この方が先生っぽいでしょ? へ……変かしら?」
「……エロい」
「え? 何か言った?」
「いやいやいや……その……そうそう、とてもエ……え、偉くて知性的な先生に見えるって言いたかったんだ!」
霧島はキョドる僕を見て、首を傾げた。ふう、危なかったぜ。もしかしたら、些細な事で逆鱗に触れてしまうこともあるかもしれないからな。
「ところで、何でレコードなの? 普通にCDで、いや……今はストリーミングとか便利なものが色々あるんじゃ?」
「その頃の媒体で聴いた方が、当時の雰囲気が伝わってくるでしょ? それに、レコードの音ってどこか優しくて、懐かしい感じがして好きなの」
そう言いながら、霧島はレコードに針を落とした。確かにCDやMP3と違って、その古めかしいインテリア調の大きなスピーカーから流れてくる音は、どこか柔らかくて温かな人間味を感じるものだった。
霧島は僕がいることも忘れ、懐かし気で耳馴染の良いそのメロディーに聴き入っていた。チラッと彼女の顔を覗き見ると、大きな窓から差し込む夕暮れに照らされながら、いつになく穏やかに微笑している。
ふーん、霧島ってこんな顔もするのか。これがまた、うっとりしてしまうくらい綺麗なんだ。願わくば、この瞬間がいつまででも続いて欲しいと思ったよ。彼女のこの微笑みだけで、ご飯何杯でもいけそうだった。
「ちょ、ちょっと、なに人の顔をジロジロ見ているの? やっぱり眼鏡……そんなに変かしら?」
あんまり僕が間抜け面して見惚れていたものだから、霧島は少し顔を赤らめて、握っていたレコードのジャケットで恥ずかしそうに顔を隠した。なにこの胸キュンな光景、反則じゃないの?
「いやー! えーと、霧島があまりにも幸せそうな顔するからさ、ほんとに音楽……ロックが好きなんだなー……なんて」
「そうね……ロックを聴いてるときは、凄く気分が落ち着く……自分が自分でいられる気がするの。私……ロックがなかったら、きっとおかしくなってた……」
霧島はその場に座込むと、レコードのジャケットをとても愛おしそうに胸に抱えた。
僕はこの時確信した。だいぶ普通とはずれてはいるけど、こんなに純粋で不器用で儚げに笑う女の子が、悪い奴なはずがない。陰謀論は陰謀論なんだ。
「皆んなはさ、霧島のことヤバい奴みたいに言うけどさ……何て言うかさ、人って実際会って話してみないと、やっぱり分からないものだよな」
「……そうね」
「俺はさ、お前の嘘みたいな噂話なんて信じないよ。だからさ、お前の好きなロックのことはまだあんまりよく分からないけど、また学校で一緒に――」
「……嘘ではないの」
レコードから針が外れて静まり返った部屋、さっきまでの温かなムードは霧島の呟いた一言で一変する。何だろう? 急に背中がゾクッとしてきたぞ。
「……え?」
「私が事件を起こしたのも、停学になっていたのも全て事実よ。私はあなたが思うような女ではないの……」
「で、でもさ! そうだとしてもさ、なんか理由があるんだろ!?」
「今日は私の話を聞いてくれてありがとう……楽しかったわ。でも、もう終わりなの。私には近づかない方がいい……でないと私……」
既に日は水平線の彼方へ沈み、霧島の体は夜の青い闇に染まっていた。闇を帯びた彼女のその姿は、まるで野生動物のように精悍で、そしてため息が出るほど美しかった。
僕はその光景に唖然とし、息を呑んだ。陰謀論に騙されるな……っていう陰謀論には気を付けた方がいい。だってさ、本当に美しいものっていうのは、恐怖を覚えてしまうくらい鮮烈で、危険を孕んでいるんだから。
「いつかあなたを……食い殺してしまうから」
★ ★ ★ ★
「あれはあれだよな……やっぱりフラれたってことだよな……」
霧島の家から帰る途中、僕はロック史のレクチャーにあれ程やる気満々だった霧島の態度が、急に変わってしまったことに思索を巡らせていた。
きっとそうだ、最後にちょっと下心を出して、また学校で会おうみたいなことを言ったから警戒されたんだ。
それにしても、だいぶ変わった奴だとは思っていたけど、あれは斬新なフリ方だよな。
でも、今日の僕は諦めが悪かった。霧島に拒否られていることを分かった上で、このまま関係を終わらせないように、彼女からCDを数枚借りることに成功したんだ。最後は彼女も呆れていたよ。
すっかり辺りが真っ暗になった中、僕は霧島から借りた聞いたこともない音楽CDを眺めながら、軽くガッツポーズをした。
家に帰ると、玄関に家族のものではない女もののローファーが置いてあった。僕が首を傾げる間もなく、ダイニングから母親の声が飛んで来る。
「吾妻、遅かったじゃないの! 毘奈ちゃんが来たから、あんたの部屋で待ってもらってるわよ!」
「ええ!? 毘奈が? なんで勝手に部屋に入れちゃうんだよ!」
「いいじゃない、別に毘奈ちゃんなんだから!」
「いや、むしろ毘奈だからダメなんだよ!」
僕は何だか胸騒ぎがして階段を駆け登った。
幼馴染ってのもあるが、うちの母親は毘奈のことをだいぶ気に入っていて、生意気盛りの妹も本当の姉のように慕っていた。だから、基本毘奈が来れば家族皆大喜びで、僕の糸クズみたいな人権など簡単に吹き飛ばされてしまうんだ。
「毘奈!! ……ハア……ハア……」
「どうしたの、吾妻? そんなに慌てちゃって」
ドアを壊さんばかりの勢いで部屋に飛び込むと、制服姿の毘奈は予想に反し、部屋の椅子にお行儀よく座っていた。
良かった、僕の早とちりだった。僕は思わず胸を撫で下ろしていた。だって仕方ないんだ。毎度毎度、毘奈を部屋に入れるとロクなことがないんだから。
「おやおやお兄さん、もしかしてお探しなのは、このエチィ本ですかな?」
「って、おまっ! やっぱり!」
そうそう、こんな風にね。毘奈は背中から僕の秘蔵のエチィ本を数冊取り出すと、嬉しそうに僕の前へ掲げて見せた。
「あーずまー、もう少し隠し場所工夫しないと、すぐに誰かに見つかっちゃうよー♪」
「お前以外、誰もそんなもん見つけやしねーよ!」
揶揄ってくる毘奈から、僕はふんだくるようにエチィ本を取り上げた。全く、油断も隙もあったもんじゃない。
でも考えてみれば、こういうやりとりも久しぶりな気がする。高校に入学して毘奈に彼氏ができて以来、彼女が僕の部屋にまで来たことはなかった。
「もう、そんなに怒らなくたっていいじゃん! せっかく久しぶりに可愛くて優しい幼馴染が、部屋に来たって言うのに!」
「本当に可愛くて優しい幼馴染は、男子の部屋でエチィ本を漁ったりしません!」
「ああ、確かに!」
「確かにって、お前な……まさか、それだけの為に僕の部屋に来たんじゃないだろうな?」
僕がそう訝しむと、それまでふざけていた毘奈は急に真剣な眼差しで僕を見つめる。
「吾妻……霧島 摩利香と一緒にいたでしょ?」
「(ギクッ!)いや、……あれはだな、あいつの生徒手帳をたまたま拾ったからさ……親切で届けようと」
「届けるだけだったら、一緒に帰る必要ないよね?」
「そ、それはだな……あいつがどうしてもお礼をしたいって……ハハ」
だいぶ苦しかった。毘奈は僕の言い訳など全く信じてはいないだろう。
そりゃ、ある意味学園一の有名人の霧島と一緒に帰ったりなんかすれば、誰かに目撃されて当然だ。僕は自分の脇の甘さを悔い、打開策を模索する。
だが最早、この執拗な秘密警察の追求から逃げ切るのは、不可能というものだ。
「あんなに念を押したのに! どうせ霧島 摩利香がちょっとばかし美人だったからって、鼻を伸ばして話を合わせてたら、成り行きで一緒に帰ることにでもなったんでしょ?」
「ぐぬぬ……」
大体当たっている。さすが秘密警察……いや、幼馴染は伊達じゃないな。こうなってしまったら、もう毘奈の独壇場だ。
「で……でもさ、あいつの家に行って、ただレコード聴かせてもらっただけだしさ、何もなかったし……」
「はあー!!? ほとんど面識もなかった女の子の、家にまで行ったの!?」
「ほんとにただ行っただけだよ! それに最後はなんか……気まずくなっちゃってさ、えーと……いつか殺す……みたいなこと言われて」
「何それ、コワッ!! それって、完全に目をつけられたんだよ! だから言ったじゃん!」
もう何を喋っても墓穴を掘ってしまい、収拾がつかなかった。毘奈の僕と霧島へ対する疑念は、天井知らずに増すばかりだ。
ここはもう、変に隠し事をしても仕方がない(既に大体喋ってしまったが)。今は皆がここまで恐れる、霧島 摩利香のことを深く知ることの方が重要なんだ。
「わかった、わかったよ! 確かに霧島のことが気になって、こっちから接触したのは事実だよ。でもさ、実際話してみて、ちょっと人とは変わってるけど、とてもそんな悪い奴とは思えないんだ」
「ほーんとに、吾妻は何も知らないんだから! まあいいよ、誰も聞ける人いないだろうから、私が知ってること全部教えてあげる」
周囲から孤立していたこともあり、僕は本当にこういう話には疎かった。果たして、学園最凶と恐れられる謎の美少女、霧島 摩利香とは一体何者なのか? 彼女はどこからきて、何と戦い、何故あんなにも恐れられるのか?
毘奈は人差し指を立てると、まるで怪談話でもするようにおどろおどろしい口調で、通称『霧島事件』と呼ばれる一連の出来事を語り始めた。
「……あの人って、元々この辺の子じゃなかったの。だからさ、入学した当時は、いきなりミステリアスな謎の美少女が入学してきたってことで、結構話題になってたんだ」
「へー、全く知らんかった」
「それでね、A組の男子からも一躍アイドル的存在になっちゃってね、何回か男子に告白されたみたいなんだけど、皆んなバッサリ断ってたらしいんだ。多分それが原因だと思うんだけど、A組を仕切ってた女子グループの強い反感を買ったみたいなの……」
「女子って怖いね」
「その女子グループがね、数人で霧島 摩利香を囲んだって話みたいなんだけど、全く動じないどころか、逆に凄んでその子たちを泣かせちゃったらしいの……」
緊張感をもって語る毘奈を尻目に、僕はそのエピソードに妙に納得してしまった。分かるわー、確かにあいつの鋭利な刃物みたいな眼光で凄まれたら、男の僕でもちびりそうになるもんな。
この程度であれば、僕でなくてもそこまで霧島を危険視するような問題ではない。毘奈は前のめりになって更に話を続けた。
「それで終わればまだ良かったんだけどさ、その女子の一人がね、ヤンキー校で有名な五竜高ってあるでしょ? そこの男子と繋がってて、学校近くの鉄橋の下でね、十人くらいで霧島 摩利香を囲んだんだって……」
「そこまでするかね……相手は一応女の子だぜ?」
「吾妻、覚えておいた方がいいよ、女の嫉妬や恨みはね、怖いんだよ。で、問題はここからなの……」
普通であれば、そんなこと話す前から分かっていた。女の子一人を囲んで、数人の男女で集団暴行という語るに悍ましい凄惨な事件となるはずだったんだ。そう、相手が霧島 摩利香でなければね。
「その後のことは、何が起こったか誰も話したがらないらしいよ。ただ分かっているのは、他の生徒が発見した時には、皆んなボロボロになって倒れてて、霧島 摩利香だけが無傷で、まるで抜け殻になったみたいにその場に立ち尽くしてたんだって……」
「でもそれってさ、霧島が一人でやったていう証拠もないんじゃない? いくらなんでも荒唐無稽すぎるよ」
「そうなの、最初は誰もあの人が一人でやったなんて信じなかった。事件のことを知った先生たちも、事件に関わった生徒は怖がって何も言わないし、問題をあまり大きくしたくなかったのもあって、厳重注意くらいでうやむやにするつもりだったらしいの。でもね、霧島 摩利香本人だけが自分がやったと言い続けるものだから、学校側も仕方なく停学処分にしたって話みたい……」
とにかく不可解な話であった。暴力事件も停学処分も、確かに事実であると本人からも聞いている。それでも尚腑に落ちない。僕らは重要な何かに気付いていないのではないかと思うんだ。
毘奈の言いたいことは分からんでもない。だが、これだけの情報だけで、僕は霧島 摩利香という一人の少女を判断したくはなかった。
「ね、だからあの子はヤバいの! 吾妻も気を付けないと、いつか怖い目に合うんだよ!」
「でもさ、やっぱり霧島が根っからの悪い奴なんて思えない。まあ、あいつ次第だけど、こっちから避けるようなことはしたくないな」
「もう、なんで分かってくれないの? 吾妻のことを思って言ってるんだよ!!」
また始まちゃったよ。こうなると毘奈はもう一歩も譲らないんだ。だけど僕も言われっ放しじゃない。霧島のことを悪く言われると何か腹が立つし、今日は僕も引き下がれなかった。
「大体さ、俺が誰と付き合おうと、お前には関係ないだろ? 何でお前に一々指図されないといけないんだよ?」
「そんなの当たり前でしょ? だって吾妻は、幼馴染なんだから……」
「理由になってないし、それにお前も幼馴染だからって、彼氏がいる身で他の男の部屋にほいほい行っちゃうとか、そういうの良くないと思うぞ」
「そんなこと先輩は気にしないもん! 行くのは、那木家だけだし……吾妻、感じ悪いよ!」
「相手が気にしなければいいとか、不誠実すぎるだろ! 付き合ってるんだったら、少しは相手の気持ちとか考えた方がいいんじゃないのか? 本当に相手のこと好きなの、お前?」
「だって……先輩は頼れるお兄ちゃんみたいな感じだったし、私のこと好きだって言ってくれて、周りも勧めるし……私も別に嫌いじゃなかったから、何となくいいかな……って」
毘奈は珍しく、目を逸らして言葉を詰まらせていた。良くも悪くも、幼馴染だけにお互い言うことに遠慮がない。僕もついつい、こいつには言い過ぎてしまうんだ。今回は最たるものであった。
「お前、自分がそんなんで、人のこととやかく言う資格があるわけ?」
「もう、私のことはどうでもいいでしょ? 吾妻は黙って私の言うこと聞いてればいいの!! だって吾妻は……私の幼馴染なんだから!!!」
「何それ? 一体どこの独裁者だよ? 幼馴染なんて家族でも、親友でも、ましてや彼氏彼女でもないのに、単なる他人が余計な口出しすんなよ!!」
この言葉が決定的だった。毘奈はいよいよ顔を真っ赤にさせ、目を血走らせながら僕を睨むと、物凄い勢いで跳びかかって来たんだ。
「もう頭きた! 吾妻の大馬鹿! わからず屋! むっつりスケベ!!!」
「ちょっ! おまッ!! 危な……!?」
勢いに任せて毘奈が僕を突き飛ばしたもんだから、二人は仲良く凄い音を立てて床へと引っくり返ってしまう。気が付けば、僕の上には毘奈が抱き合うかのような形で倒れ込んでいた。
「痛たた、何すんだ……よ!?」
毘奈がゆっくり顔を上げると、僕らはまるでキスでもしちゃうんじゃないかってくらいの至近距離で、不意に目が合ってしまった。
毘奈は確かに美人だと思う。だが、これまでの関係が深すぎて、単なる鬱陶しい女兄妹くらいにしか思ってなかったんだ。ただこの時は、小さな頃にはなかった発育中の胸の感触、少しはだけたブラウスから覗かせる運動部女子にありがちな白と小麦色の肌のコントラストが、いつも見ていた幼馴染をやたら妖艶に見せていた。
そうして、僕らはほんのひと時、時間を忘れてしまっていたんだと思う。それは、僕にとってとても鮮烈な出来事であり、そして致命的なほど愚かな行為だった……。
「吾妻! どうしたの凄い音立てて! 毘奈ちゃんと言い争ってたみたいだけど、何かあった……の!?」
「え? 毘奈姉来てるの!? 私も会いたい! って……え!?」
まるでプロレスでもしてるかのような凄い物音に驚き、母親が僕の部屋の扉を開いた。運の悪いことに、調度塾から帰って来たばかりの妹の伊吹も連れてね。
扉を開ければ、まるで深く愛しあうかのように床の上で絡み合う年頃の息子と美人の幼馴染、そしてその周囲には、無残にまき散らされた僕のエチィ本の数々が、これ見よがしにおっぴろげとなっていた。
「あらあら、本当に仲がいいのね。毘奈ちゃん、吾妻で良ければいつでもお嫁に来てくれていいのよ! ……吾妻、後で大事なお話があるから、お母さんのとこいらっしゃい」
「うっわー、毘奈姉大胆! で、お兄ちゃんはサイッテー! キモ……」
目の前に広がるこの地獄絵図を目の当りにし、二人は呆れた様子で下に降りて行った。
もういい、殺してくれ。呆然としながら起き上がった僕たちは、さっきの胸のときめきなどすっかり吹っ飛んでしまい、毘奈は照れ笑いし、僕は絶望に打ちひしがれていた。
「あははは……なんか勘違いされちゃったね、吾妻……ドンマイ!」
「で、出て行けーーーー!!!!」
★ ★ ★ ★
――那木君」
――起きて、那木君」
ん? 何だろう。聞き覚えのある声だな。このクールで人を見定めるような声は……。
「那木君、起きて」
「き……霧島? 一体何でこんなところに!?」
目覚めたら、そこはこの間行ったばかりの霧島 摩利香のマンションであった。霧島はこの前みたいに、制服姿でジョン・レノンみたいな丸メガネをして、あろうことか四つん這いになって僕の寝顔を眺めていた。
「寝ちゃうなんて仕方ない人だわ、人がせっかく、六〇年代に社会現象にまでなったサマー・オブ・ラブについてレクチャーしていたというのに……これはちょっと、お仕置きが必要みたいね」
「は……え!? 霧島さん? よくわからないけど、とにかく……ごめん!」
僕が慌てて起き上がると、霧島はいつになく妖艶な様子で四つん這いのまま僕に顔を近づけてくる。なんなの? なんなのこのシュチュエーション?
「ダーメ、もう許さない。不真面目な那木君には、もっと手取り足取り、ジミ・ヘンドリクスのギタープレイみたいに刺激的で官能的な指導が必要よ……」
「ききき……霧島さん、そ、そのししし……刺激的で、官能的な指導というのは……?」
慌てふためく僕を嘲けるかのように、霧島は妖艶な微笑みを浮かべ、パーカーのジップをゆっくりと開く。そして彼女は、甘い吐息で僕の脳ミソをとろかしながら、僕の無防備な胸板を人差し指でぐりぐりと弄び始めた。
「霧島さん……じゃなくて、先生でしょ? 本当にしょうがない子ね、那木君は……それに、分かってるんでしょ? あなたもとても大好きな事……大丈夫よ、私が優しく教えてあ・げ・る」
「え……ええぇ!!? き、霧島……いや先生、まずいですって!!」
「那木君、今日は寝かせないわ……だって今夜は、あなたと私のロックンロール・オールナイトですもの……」
「そ、そんな!? 僕らはまだ……ああーー!!」
……。
念の為言っておくが、
これは夢である。
ただし、不幸にも僕が呑気にこんなエチィ夢を見ていた場所は、学校の教室であった。
「……先生! どうして今日は、そんなにエチエチなんですか!!?」
僕がそう叫びながら立ち上がると、数秒の沈黙の後、クラス中からドッと笑い声が上がった。その時になって、僕はようやく自分の仕出かしたことの重大さに気付いたんだ。
そして、悪いことは重なるものだ。何しろ、この時間の授業を受け持っていた教師は、我が私立皇海学園のセックスシンボルにして、全男子生徒永遠の憧れの的、空木 恵那先生であったのだから……。
もう全ては手遅れであった。この笑い声が溢れる教室の中、豊満な胸を揺らしながら僕の元へと歩み寄ってくる学園一の美人教師。引きつった彼女の笑顔からは、只ならぬ殺意が感じられた。
「那木君、私の授業で居眠りしていただけではいざ知らず、ずいぶんとご機嫌なこと言ってくれるじゃない? ねえ、教えてくれない? 一体私のどの辺がエチエチなのかな〜?」
「あはは……いや、先生の魅力を……こう、先鋭的括、叙情的に表現したというか……」
「そう、ありがとう……那木君は詩人なんだね。……で、何か他に言い残すことは?」
「ありません……」
「うん、わかった、那木 吾妻君、後で職員室来よっか!」
全く、酷い目に合った。僕は放課後職員室へ呼ばれ、学園一のセクシー教師にこっ酷く絞られてしまったよ。当然と言えば、当然だが。
なに? そんな美人教師にお説教とかご褒美じゃないかって? そう思う君は、ちょっと妄想癖があるんじゃないかな? もう少し、現実をよく見た方がいい。
なにしろあの色ボケ教師、あんな優しそうな顔して、実際は腹黒で超ドSなんだぜ? あの笑顔のまま、理詰めで追い込まれる恐怖ったらないよ。あの教師、笑ったまま人を殺すタイプだな、きっと。
未曽有の災難に、僕はその日に霧島から借りていたCDを返す為、屋上で待ち合わせをしていたのを完全に忘れていたことに気付いた。
待ち合わせの度にこんなに大遅刻してたら、今回は怒りを通り越して嫌われちゃうかもな。でも、元はと言えば霧島が悪いんだ。僕の夢であんなエチエチなことをしてくるんだからな。
僕がそんなどうしようもない自己弁護をしながら、昇降口付近を通りかかると、何やら校門の方でちょっとした人だかりができていた。
霧島を待たせているし、普通であれば気にしないで通り過ぎるところだったけど、周囲から只ならぬ声が聞こえ、僕はハッとして足を止めた。
「五竜高の女子が校門に来てるらしいよ」
「なんか、霧島 摩利香を呼んで来いって言ってるみたい」
「あれかな? もしかして霧島事件のお礼参り?」
「怖いよね、絶対に関わりたくないよ」
まずいな、このまま霧島を校門に近づけたら、大きなトラブルになる。霧島の携帯の番号なんか知らないし、とりあえず一旦校門で何が起こっているか様子を見に行こう。
僕は急ぎ靴を履き替え、人だかりのできている校門へと走った。人だかりを掻き分けて校門へ近づくと、胸焼けがしちゃいそうな程ケバいDQN系の女子三人組がとぐろを巻いていた。
「だから、早く霧島 摩利香連れて来いって言ってんだろ?」
「い……いや、僕はその人良く知らなくて……」
「あーん? 皇海に通ってて、霧島 摩利香を知らねーわけねーだろ!」
「姉さん、こいつら皆んな霧島 摩利香にビビっちまってて、口割らないスよ」
「ちっ! たく、ずいぶんとちゃんと教育されてんじゃねーか」
DQN系の女子たちは、校門でうちの生徒たちに絡んでいる。あの見た目からしても、言葉遣いからしても、きっとロクでもないことを企んでいるに違いない。
僕はそいつらに絡まれないよう、そっとその場を後にしようとするが、絡まれている生徒から思わぬ声が上がった。
「あ、あいつです、霧島 摩利香とよく一緒にいる奴!!」
「……は?」
僕は不意に指をさされ、DQN系の女子たちはそれに合わせて僕を睨んだ。仮にも自分の学校の生徒をあんな簡単に売るなんて、ずいぶんとクソ素晴らしい判断じゃないか。
DQN系の女子たちが僕に向かって、どんどん距離を詰めてくるもんだから、僕は思わずたじろいだ。
「あーん? てめーが霧島 摩利香の舎弟か?」
「は……はい?」
「姉さん、こんなシャバ僧が本当に霧島 摩利香の舎弟なんスかね?」
「あいつ、自分が逃げたいからって、うちら騙したんじゃないスか」
一体どうしたらいいものか。それにしても、このDQN系女子のリーダー格の人、脱色で髪は傷んでて、肌も変なメイクのせいでくすんで見えるけど、目鼻だちは整ってて素は割と美人だな。なんだか、凄く勿体ない。
ああ、やばいやばい、こんなとこで道草食ってたら、痺れを切らした霧島がこいつらに遭遇しちゃうかもしれない。
だけど、僕のそんな憂慮は既に現実のものになろうとしていたのだ。
「ね、姉さん、なんか皇海高の奴らの様子がおかしいッスよ!」
「どうしたんだよ、こいつら!?」
周囲の生徒が急に騒めき始めた。人だかりとなっていた校舎から校門へ続く道は、まるで旧約聖書でモーゼが海を割ったかのように開かれ、一人の少女の到来を告げた。
黒いパーカーにメッセンジャーバッグ、透き通るように白い肌に水晶のように美しく、研ぎ澄まされた刃物みたいな瞳をした少女は、ひっそりとミステリアスに、周囲を嘲笑うかのようにこちらへ向かって来る。
「……いつもいつもいつも、あなたと言う人は一体どうなっているの!?」
そう……滅茶苦茶キレながら。DQN系の女子たちに接触する前から、幸か不幸か霧島は臨戦態勢万全であった。
「霧島 摩利香の奴、やる気満々じゃねーか!」
「やべーよ、あの三人組、絶対殺されるって!」
「おい、誰か先生呼んで来いよ!」
周囲から聞こえてくる霧島への恐怖の声、僕は何の対策も(色々な意味で)できないまま、校門の前で彼女と向かい合ってしまった。
「那木君……どういうことなの? 私との約束を一時間もすっぽかしておいて、他校の女子と楽しく女子会かしら?」
「いや、違うよ! えーと……そうそう、この人たちお前を探しててさ、僕が知り合いだとバレて絡まれてたんだ!」
まさか、授業中に霧島のエチエチな夢を見てたせいで、職員室に呼ばれていたなんて言えないよね。とりあえず、もう鉢合わせちゃったんだから仕方ない。全部この人たちのせいにしておこう。
僕がテンパりながらこの三人組のことを説明すると、霧島はDQN系女子たちを一瞥して言った。
「あなたたち、私からアルバム一枚分もの時間を奪っておいて、どう落とし前つけてくれるのかしら?」
「ぐっ……これが霧島 摩利香か!? 小さいが、この眼光、ただ者じゃねー……」
「姉さん、ヤバくないッスか? 滅茶苦茶キレてますよ!」
「そうっスよ! ここは一旦出直した方が……」
僕に対する怒りマックスだった霧島に睨まれ、DQN系女子たちは蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。
とりあえず、武力衝突は避けられそうだと胸を撫で下ろすが、腐ってもDQN系だ。彼女たちは無駄に気合を見せた。
「く……せっかくここまで来たんだ! ここで逃げちゃ、女が廃るってもんだよ! おめーら、行くよ!!」
「はい、わかりました! 姉さん!」
「手筈通りッスね!」
DQN系女子たちは三人でタイミングを合わせて、一気に前に飛び出してきたんだ。僕はたじろぎ、霧島が舌を鳴らしたのが聞こえた。
そう、このDQN系女子たちは僕らの想像を遥かに超えていた。彼女たちの取ったその行動に、僕はおろか霧島までもが思わず息を呑んだのだから。
「……な、何を!?」
「どどど……げ!?」
僕と霧島が目撃したのは、箸にも棒にもかからないようなDQN系女子三人による土下座……額を地面に擦り付けんばかりの圧倒的土下座だった。
「いきなり学校へ押しかけたことは謝るよ! だけど……あんたを女と見込んでお願いだ! どうかあたしらをあんたの傘下に加えてくれ!」
「あたしらからもどうか、頼んまス!」
「もう、あんたしか頼れる人がいねーんス!」
この全く予想だにしなかった光景に、流石の霧島も鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。それもそうなんだが、問題なのは周囲からの冷ややかな視線だ。
「何あれ? ちょっとヤバくない?」
「すげー、流石霧島 摩利香だ。戦いもせずに五竜のヤンキーを土下座させちまった!」
「俺、女子高生の土下座って初めて見たよ……」
「何もあそこまでさせなくても……」
「学園最凶の女はやることが違うな、逆らう者には容赦ねー。ああやって、屈服させて服従を強いるのか……」
周りの生徒たちからは、案の定あることないこと勝手な推論が飛び交っている。霧島は珍しく赤面してオロオロしていた。これはこれで、可愛くてありだな……。
「な……那木君、これは一体どういうことなの!? この人たち、こうやって私に恥をかかせる新手の嫌がらせのつもり!?」
「あ……いや、違うと思うよ、多分……。とりあえず、ここだと目立つし、お互い募る話もあると思うから、場所変えようか……」
★ ★ ★ ★
あのままあそこにいたら、教師でも呼ばれて大騒ぎになってただろう。DQN系女子三人組にとってもそうだが、霧島も一応停学明けの身分だ。今あまり問題を起こすのは得策ではない。
僕は気を利かせたつもりで、校門付近から学校近くの自然公園へと皆を移動させた。まあ、DQN系女子三人も喧嘩が目的じゃないようだから、話くらいは聞いて帰ってもらおうじゃないか。
僕と霧島は自然公園にある比較的目立ちにくい東屋の中で、再度DQN系女子三人組と向かい合っていた。場所は移動したものの、霧島は恥をかかされた分怒り心頭である。
「あなたたち、一体何を考えているの!? あんなところで徒党を組んで土下座とか、もう、何なの? 馬鹿なの!?」
霧島の言いたいことも分かるが、それをこの三人に言うのは些か酷というものだ。DQN系の人に常識的で知性的な行動を期待するなんて、学年一位の優等生に万引きのコツを聞こうとするくらい愚かな行為だからな。
「まあまあ、霧島……とりあえず、話だけ聞こうよ。……それで、君らは一体誰なの?」
全く、自分の名前を名乗る前に土下座するなんて、失礼なのか、むしろ礼儀正しいのか分からなくなってくるよ。
一応仲介に立った僕の話を聞いて、DQN系女子のリーダー格の女子が申し訳なさそうに名乗り出す。
「わ……悪かったよ。あたしは高水 惣子……五竜高の二年だ」
「う、うちは五竜高の一年、岩茸 七子ッス」
「お、同じく一年の石山 多摩美ッス」
因みに五竜高校というのは、全校生徒の八割以上がヤンキーという県内屈指のロクでもない高校だ。喧嘩に恐喝、万引きにドラッグと、起こす問題も多様性に事を欠かない。
不幸にして、僕が通う皇海学園高校とは割と距離が近く、うちの学園の生徒がカツアゲに合ったなんて話もそう珍しいものじゃないらしい。
まあ要するに、こんなことさえなければ、絶対に関わりは持ちたくない連中だということだ。
「……で、あなたたちが土下座してまで私に頼みたいことって何? また来られても迷惑だから、話だけは聞いておくわ」
霧島は溜息を吐き、半ば呆れながらリーダー格の高水って女子に問い質す。高水さんは待ってましたとばかりに声を上げる。
「すまない、恩に着るよ! 実はさ、あたしら五竜のあるグループに狙われてんだよ……」
五竜高のヤンキー女子、高水 惣子の話はこうだ。何でも、元々異なる派閥の不良グループが割拠していた戦国乱世の五竜高校を、ある男のグループが全て一つに掌握しようとしているらしいんだ。
男の名前は二年生の三島 鷹雄。比類なき強さと支配力によって、総勢百人以上の不良グループ『三頭会』を立ち上げ、現在では全校生徒の不良のうち九割を影響下においてるって話だ。
それだけでもかなり物騒な話なのに、噂では裏で暴力団と繋がりがあって、薬の密売なんかにも関わっているらしい。
「あたしら、こんなだけど、あんな薄汚ねー連中とつるむなんて絶対嫌なんだ……」
「でも、三頭会の奴ら、従わないうちらを数の力で追い詰めて、無理矢理服従させようとしてるんス!」
「しかも、うちの姉さん可愛いから、三島の奴、自分の女にしようとして……」
要するに、五竜高校内部での権力抗争ってことだ。そんなの僕らには知ったこっちゃない。しかも、絶対に関わっちゃいけないやつだ。当然霧島だってそう思っている。
「それで? なんで他校の生徒である私が、あなたたちを助けなければいけないの?」
「誰とも群れず、誰にも従わず、立ちはだかるものは容赦なく叩きのめす……あんたは、あたしらみたいな不良女子の憧れなんだよ! あたしら三島なんかに従う気はねーが、あんたの下だったら!!」
「今、五竜じゃ霧島さんは、伝説の不良として反三頭会派の生徒たちのカリスマッス! 流石の三島も、霧島さんが相手となれば、そう簡単には手出しできねーッス!!」
「そうッス! 霧島事件の話を聞いた時は、うちらも痺れたッス!! マジかっけーッス!! どうかうちらを霧島さんの傘下に入れて欲しいッス!!」
霧島も色々と大変なんだね。この時ばかりは、ちょっと同情しちゃったよ。でも、霧島は当然断るわけで……。
「……帰って」
「そこを何とか、この通りだ!」
「うちらからも、どうか頼んまス!」
「あなたについて行きたいッス!」
三人はテンションがうなぎ上りとなり、また土下座でもしだすんじゃないかって冷や冷やしたよ。
でも、DQN系女子三人が異様に盛り上がる変な空気は、声色を変えた霧島の一言で、一瞬にして静まり返るのだ。
「帰ってと言ったの!」
たった一言喋っただけだった。別に何が起こったってわけじゃない。ただ、僕の背中に突然ゾゾっと不吉なものが走って、おそらくDQN系女子たちも同じものを感じ取ったに違いない。
ふと霧島を見ても、いつもの小柄でミステリアスな少女が立っているだけだ。なのになんだ? 隣にいるだけで、今すぐ逃げ出したくなるような禍々しいオーラを感じたんだ。
猛獣に睨まれた哀れな子羊……いや、僕ら全員がまるで喉元に刃物でも突きつけられているようだった。
その光景を見てハッとしたのか、霧島は一呼吸おいて場の空気を沈めてから、再度喋り出した。
「……悪いけど、帰って、やはり迷惑よ」
「そ……そんな! そこを何とか頼むよ! あんたが力になってくれないと、あたしらは……」
「あなたたち……真っ当に生きようと思えば、生きられたでしょ? そんな周囲を威圧するようなパンクな格好して、エイティーズ・メタルみたいな馬鹿な頭して、不良ごっこの成れの果てが今の状況じゃない。普段はつっぱって周りに迷惑かけといて、危なくなったら誰かに頼るとか……虫が良すぎるんじゃないの?」
普通とは結構ズレている霧島らしからぬ、ぐうの音も出ないようなド正論だった。こんなにきっぱり拒否られたんじゃ、さしものDQN系女子たちも打つ手なしだな。
「那木君、待たせたわね……早く帰りましょ」
「ああ……うん」
案の定、DQN系女子三人組は地面に突っ伏し、絶望に打ちひしがれていた。最初は関わるのも御免被りたいほど迷惑な人たちだと思っていたけど、三人で寄添いながらすすり泣きまで始めちゃうもんだから、何だか気の毒に思えてきたよ。
「だって、あたしら……親にも教師にもクズだって言われて……もうこんな生き方しかできねーんだよ!」
既に彼女たちから背を向けて歩き出していた霧島は、高水さんのその叫びを聞いて立ち止まった。
ああ、確かに霧島の言う通りかもしれない。でもさ、お前だって真っ当に生きようと思えば、もっと普通の女子高生として楽しく過ごせたんじゃないのか?
僕は霧島のさっきの発言と、実際の彼女の振舞いに大きな矛盾を感じていた。そんな僕の心情をよそに、霧島は振返り言った。
「自由は与えられるものではなく、戦って勝ち取るものなの……でも……」
さっきまでとは打って変わって、霧島は少し照れくさそうだった。DQN系女子三人組も、不思議そうに彼女を見上げる。
「どうしても無理なのであれば……私の名前……好きに使いなさい」
「おい、いいのか霧島?」
「最近は、事実を誇張した根も葉もない私の噂まで広まっているの。それが一つ増えるだけよ……」
それを聞いたDQN系女子三人組は、霧島の姿を女神のように見上げ、涙を流して歓喜した。
まだまだ色々と分からないことだらけで、僕としては少し不安の残る解決方法だったけど、とりあえずこれだけは言える。
無口で無愛想で、口もあまり良くないが、霧島 摩利香は優しかった。それが分かっただけでも、今日こんなDQN系女子に絡まれた甲斐もあったってもんだ。
霧島の素顔を、学校の中で僕だけが知っている。僕はそんな優越感に浸りながら、学園最凶と呼ばれた少女と、DQN系女子たちの間に生まれた微笑ましい光景に舌鼓していた。
「ありがとうございます! これからは姉さんと呼ばせて下さい!!」
「うちもお願いするッス! 摩利香姉さん!」
「摩利香姉さん! 一生ついて行くッス!!」
「絶対にやめて!!」
★ ★ ★ ★
やっとこさあのDQN系女子たちから解放された僕と霧島は、暮れかかりそうな空の下、帰りの途についていた。
そう、ここからが勝負だ。この前みたいに下心を覗かせないよう注意して、何か霧島の食いつきそうな話題を……。
「そう言えば、霧島! 貸してもらったオススメの曲……えーと、プライマル・スクリームの『カム・トゥゲザー』だっけ? あれ、すげー良かったよ! 流石は霧島のオススメだなー!」
僕のちょっとわざとらしいネタフリを聞いて、霧島は徐に立ち止まると、僕の顔を訝し気な顔で見上げた。
し、しまった。やはり少しインチキ臭かったかな? でもまあ、確かに結構気に入ったし、携帯にダウンロードしちゃったのも事実だ。
「ふん……あの曲をいいと思うなんて、あなたも少しはUKロックの何たるかが分かってきたようね」
「……ふう(助かった!)」
霧島は疑念を抱くどころか、表情こそさして変わらないものの、だいぶ機嫌が良さそうだった。よし、ここはもう一押し。
「いやー、メロディーも優しいしさ、最初は歌詞からして普通のラブソングなのかと思ったけど、単純に男女の色恋とか……そう言うのよりもっと深いメッセージ性を感じたよ!」
「そうね、プライマルファンの中にも、あの曲をベストに選ぶ人が多いの。私も大好き……」
「できれば、また何かいい曲教えてくれよ! 最初は言葉が分からなくて抵抗あったけど、何だかハマりそうな気がするよ!」
「そ……そう、そこまで言うのであれば、し、仕方ないわ……また何か、貸して……あげないことも」
僕もだいぶ大袈裟に言ったけど、霧島はロックを語りたい衝動に抗えず、僕を遠ざけるようなことはしない。
まあ、今日は色々あったが、空の彼方には薄っすらと黄昏色が滲んできて、僕は少し霧島と打ち解けられてる気がしていた。そう、あいつに出くわすまではね……。
僕らがぎこちなくも楽し気な会話をしていると、少し赤みがかった逆光の眩しい道の先に、一人の女生徒がずいぶんと思い詰めた感じで立ち塞がっていた。
「那木君……あの子、確か……」
「げッ! ひ、毘奈!?」
ああ、今日は色々あったが、まだこれでは終わらせてくれないようだ。とにかく、もうかなり面倒なことが起こるってことは確定なんだから。
毘奈のただならぬ雰囲気に呆気にとられる僕と霧島。毘奈は生唾を呑み込み、緊張した面持ちで言葉を発した。
「吾妻、あんなに言ったのに! 言うこと聞かないんだから!!」
「だ……だから、こないだも言っただろ? 俺は……って、そもそもお前、部活じゃないの?」
「早退したの!!」
「早退って、え? ……ええ!?」
「もういいもん! 吾妻がそこまで言うなら、私がこの人が本当はどんな人なんだか直接確かめるんだから!」
よく分からんが、毘奈はあんなに怖がっていた霧島と、直接腹を割って話す覚悟を決めて来たらしい。
毘奈は少し怯えながら探り探り霧島に歩み寄り、真剣な面持ちで霧島の顔を、キスでもしちゃうような距離でまじまじと見つめた。
「ちょっ……何なの、この子?」
「うーん……悔しいけど、改めて見ると、女の私でも気を抜くと好きになっちゃいそうな程に可愛い……小柄なのも、ポイント高いし……」
毘奈は顎に手を当て、難しそうな顔をして論評を始めた。とりあえず、毘奈の中で第一ラウンドは完全に霧島に軍配が上がったようだ。霧島は首を傾げ、怪訝な顔をしている。
すると、毘奈はふと目線を下げて霧島の胸の辺りを見た。かと思うと、自分のと交互に見返しだし、最後には踏ん反り返って鼻で笑った。
「ふん……どうやら、こっちはまだまだのようね!」
「だから、なんなの……?」
「ああ……なんか勝ち誇ってる」
霧島は更に混乱するも、悪意を感じたのか反射的に手で胸を隠した。まあ、毘奈だってその辺は空木先生なんかと比べれば、決して威張れるような代物じゃないんだけどね。
とにもかくにも、これで勝負は一対一の対に持ち込まれたってわけだ。一体何の勝負だかは謎だけど……。
「那木君……さっきからこの子、何をしたいのかさっぱり分からないのだけど……?」
「霧島……うちの幼馴染が、本当に申し訳ない。だけど、僕にもさっぱり分からん」
一人で勝ち誇る毘奈を、僕と霧島は唖然としながら眺めていた。
いい加減、僕と霧島が呆れているのに気付いたのか、毘奈は少し焦った様子で畳み掛けようとする。
「ちょっとばかし人より可愛いからってね、むっつりの吾妻を垂らしこんだみたいだけど、私はそうはいかないんだから!」
「ちょっと、毘奈……もういい加減に」
「吾妻は黙ってて! 私はね、吾妻が道を踏み外さないよう、那木ママから面倒見るように頼まれてるんだからね! だから、幼馴染として……えーと……」
最早、毘奈は自分でも何を言ってるか分からなくなってきていた。もう勘弁してくれ、こっちは恥ずかしくてしょうがないんだから。
「よく分からないけれど……那木君も色々と大変なのね」
「ああ、そう言ってもらえるだけで涙が出るよ……」
毘奈についてはもう収拾がつかないので、このまま本人が満足するまで喋らせておこう。そんなことより、僕は霧島が何か別のことを気にしていることに気付いた。
霧島は暴走する毘奈を尻目に、振り返って道端に立つ電柱の影を伺った。薄暗くなってきて見えにくいが、確かに人の気配を感じる。
「そこのあなた、さっきからコソコソこっちを伺っているようだけど、私たちに何か用かしら?」
すると、だいぶ焦った様子でもぞもぞと、うちの高校の女生徒が電柱の陰から顔を出した。
おさげをした小さくて大人しそうな女子だった。その子は酷く怯えた様子であったが、霧島に何かを伝えた気な感じだ。
「ちょっと! 私の話まだ終わってないんだけど!」
「うん、とりあえず、あっちのが深刻そうだから、お前は黙ってようか……」
露骨に無視された毘奈がブーたれるが、霧島の気はめっきりおさげの女子にいっていたので、僕はいいチャンスだと思って毘奈を黙らせる。
だが、電柱の陰から出てきたおさげの女子は、酷くキョドって何も言うことができない。霧島の威圧感もあるだろうが、相当コミュ症みたいだ。
「あなた……うちのクラスの赤石 光さんでしょ? 学校にも来ないで、こんなところで何をやっているの?」
「わ……わわ私は……その……えーと……ききき……霧島……さん……に……」
痺れを切らした霧島が問い質す。どうやら、霧島のクラスメイトであるらしい。色々と突っ込み所は満載だが、とりあえずは霧島がクラスメイトの名前をちゃんと憶えていたことに驚きだ。
で、おさげの子……赤石 光は何か喋り始めたようだけど、これがまた酷いブツ切れで、通訳が必要なんじゃないかとすら思った。
「そう……私に言いたいことがあるのね」
「わ、わかるんかい!」
霧島がそう答えると、赤石 光はコクコクコクと何回も肯いて見せた。そして赤石は恐る恐る霧島に近づいていき、唐突に頭を深々と下げたんだ。
「何の真似かしら?」
「ご……ごめん……なさい! わ……たし……のせいで……霧島さん……あんな……ことになって……」
相変わらず、赤石が何を言ってるのかは理解に苦しんだ。だが、どうやら霧島に対して必死に謝っているのだということは伝わってくる。
霧島は変わらず無表情のままであったが、赤石の思いを全て察したようで、淡々と返答をした。
「別にあなたのせいではないの……。全ては私が選んだ結果よ……何も後悔はしていないわ」
おさげでコミュ症で、おまけに不登校の赤石 光は、彼女なりに必死に霧島 摩利香へ思いを告げに来た。
そして、まさに彼女の存在こそ、謎に包まれていた霧島事件を読み解く為の大きな鍵であったのだ。
――ねえねえ、あの子なんかトロくない? 天然なの?
――私たちがせっかく誘ってあげたのに、うんともすんとも言わないしね。
――違うでしょ、あれわざとやってんだよ。
――何それ? ドジっ子アピール? マジウケるんだけど。
――うわぁ、あざと! あんな地味なクセして男子の気引こうとしてんだ。
――とりあえずさ、なんかムカつくよね……。
霧島事件の発端となった最初のいじめの矛先、それはミステリアスな孤高の美少女ではなく、気が弱く、地味でコミュ症なただの幼気な少女だった。
最初は小さな疑念から生まれた赤石 光への誤解は、日を追うごとにクラス全体へと渦巻き、大きな不協和音を生んでいく。
――あいつ、またお昼どっか行くよ。
――どうせトイレでしょ? 最近お昼にトイレが弁当臭いって有名だよ。
――嘘? 便所飯なんてほんとにあるんだ! 絶対無理なんだけど!
――面白そうだからさ、見に行ってみようよ! リアル便所飯!
――うっわー! ごめーん、冷たかった? トイレがあまりにも臭くて汚いからさ、私たち掃除しようと思ったんだ。まさか、入ってるなんて思わなくてさ。
――もう、何も泣くことないじゃーん! わざとじゃないんだからさ。……でも、トイレでお弁当なんか食べておいしいの?
――ねえ、赤石さんに対してのあれ、流石に酷くない……?
――よしなよ、下手に同情なんかしたら、今度は私たちがやられるんだよ!
クラスを取り仕切る女子多数が赤石 光へのいじめに関与し、そうでない者たちは、或る者は自らが次のターゲットになるのを恐れ、或る者は面倒がってこの理不尽を黙殺した。
そしてその余波は、クラスの生徒とは一線を引いていた事件前の霧島 摩利香へも飛び火して行く。
――あいつ、あんまり学校来なくなったね。
――あ、今日は来てるみたいだよ。
――ウッザー、死ねばいいのに……。
――勿論、霧島さんもそう思うよね?
――だって仕方ないじゃん、元はと言えばあいつが悪いんだからさ。ブスのクセに私らの誘い断るから……。
――だからさ、霧島さんも一緒にやっちゃおうよ! スカッとするよ!
霧島の生徒手帳を拾った時、その中の一ページにこう書いてあった。
“学校よりも、三分間のレコードから多くのことを学んだ”
――ブルース・スプリングスティーン
あそこに書いてあった言葉の一つ一つは、ただの怪し気なポエムなどではなく、彼女が一人でずっと聴いてきた憧れのロックスターが残した言葉、言わば人生の教科書だった。
少なくともそこには、弱者を集団で痛めつけ、傷つけるような教えは書いてはいなかった。いや、むしろ最も忌むべきものだ。
悪魔からの囁き……差出されたその薄汚れた手を、霧島は周囲の目など全く気にも留めずに平然と打ち払った。
霧島は目の前に渦巻く、吐き気を催すような卑劣、悪意に満ちた同調圧力、巻き込まれたくないが故の黙殺……全ての忌むべきものに唾を吐きかけ、ノーを突きつけたのだ。
そんなこと、男だってそう簡単にできることじゃない。霧島、お前かっこいいよ……。
赤石 光は僕らに教えてくれたんだ(だいぶ聞き取り辛かったが)。誰よりも強く、美しくて気高い、そして優しい本当の霧島 摩利香って少女のことを。
「でも……ごめんなさい、私……霧島さんが……あそこまで……してくれたのに、結局……怖くて……学校行けなく……なって」
「いいの……学校に行くも行かないも、あなたの自由だもの。本当に嫌なら、辞めればいいのよ」
「ごめんなさい……でも……私」
あーあ、何も霧島もそんな言い方……。悪意がないのは分かっているが、どうもコミュニケーション能力に大きな問題のある二人の会話は、上手くかみ合わない。
こういうとき、二人の間に何か良い潤滑剤でも欲しいところだ。例えばこう……。
「もう見てらんない! 二人ともヘタクソ! そうじゃないよ!」
「げっ! 毘奈?」
しばらく黙りこくっていた毘奈が、急に息を吹き返したように二人の間に割って入りに行く。頼むから、これ以上面倒だけは起こさないでくれ。
「赤石さん! 違うんだよ!!」
「……はい……え?」
「こういう時はね、ごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言うんだよ!」
「……あ……はい……き、霧島さん! わ、私を……助けて……くれて、あああ、ありがとう!!」
「うん、そうそう、よくできたね!」
毘奈に促されるがまま、赤石は大声で霧島にお礼を告げる。一方突然の毘奈乱入に、霧島は呆気にとられたままポカンと立ち尽くしていた。
「霧島さんもそう、ダメだよ、せっかく勇気を出して会いに来てくれたのに、そんな突き放すようなこと言っちゃ!」
「え……私は別に、どうしようとこの子の自由だと言っただけで……」
「もう! 本当に何も分かってないんだから! 赤石さん……光ちゃんはね、霧島さんと友達になりたいんだよ!!」
あのクールな霧島が、目を真ん丸に見開いて驚いていた。予断を許さない冷や冷やものの展開ではあったし、論理の飛躍とも受け取れたが、そこは一応コミュ力モンスターだ。
「む……無理よ、私といたら、これまで以上にこの子に危険が及ぶわ……それに」
「そんなこと、光ちゃんは分かってるよ!! それでも霧島さんと友達になりたいんだよ!!」
「う……まあ、そこまで覚悟が……できているのであれば……ううう」
仮にも学園最凶と謳われた霧島が、僕のフ〇ッキン幼馴染にはたじたじであった。毘奈って、もしかしたら僕が思っているよりも、ずっと凄い奴なのかもしれないね。
「よし、これでもう今日から二人は友達だよ! 良かったね、光ちゃ……え?」
毘奈が振り返ると、赤石 光は前を向いたままボロボロと涙を流していた。
「なって……くれるんですか?」
ああ、毘奈って言う特殊効果があったにせよ、まさか霧島に普通の女友達ができるなんてね。
涙が溢れて止まらない赤石の前に、霧島はゆっくりと歩み寄って言う。
「自由は与えられるものではなくて、戦って勝ち取るものなの……世界は優しくないわ、それでもまだあなたに戦う覚悟があると言うのであれば……手を結びましょう」
「私……グスッ……戦います! 私の為……霧島さんの……グスッ……為にも……強くなりたい……グスッ……力になりたい!」
学園最凶の少女といじめられっ子の少女、鮮やかな夕暮れ色に染まった彼女たちは、こうして手を取り合ったのだ。お互いが本当の自由を勝ち取る為に……。
全く、このお節介な幼馴染もたまには役に立つこともあるもんだ。手を握り合う二人の少女を横から抱きしめ、毘奈はまるで我が事のように満面の笑みを浮かべた。
「うんうん……光ちゃんも霧島さんも、本当に良かったね! 私たち三人はずっと友達だよ!!」
「はい……ありがとう……ございます! あの……ところで……あなたは……一体どなたなのでしょうか?」
★ ★ ★ ★
あれから数日が経とうとしていた。赤石 光は少しずつではあったが、再び学校に来るようになったようだ。まあ、バックに霧島が控えていたら、誰も手は出せないよね。
この日は、すっかり霧島ラブとなった毘奈が、どうしても霧島の家に行きたいと駄々をこねた為、僕と霧島は毘奈の部活が終わるまで校内で時間を潰していた。
基本霧島と一緒にいると凄く目立つので、僕らは相変わらず屋上で放課後を過ごし、そろそろ頃合いってところで、校舎を降り始める。
「霧島、どうしたんだ? そんなところで立ち止まって?」
その部屋からは、ゾクッとするような煌びやかなメロディー、そして野獣がうなり声を上げるような暴力的なサウンドが漏れてきていた。軽音部の部室だった。
霧島はその前で立ち止まると、まるで風邪を惹いた子供が外で楽しそうに遊ぶ子供たちでも眺めるように、じっと中の様子を伺っていたんだ。
「もしかして入りたいの? 軽音部?」
「いいの……どうせ私が行っても、皆を怖がらせるだけだから……」
そう言い残すと霧島は、何事もなかったかのように踵を返した。僕にはその光景が悲しく見えてしょうがなかった。
もし霧島がこんなにも強くて優しくなければ、もしあの時赤石 光を助けていなければ、霧島にもこの中で楽し気にギターを弾く普通の女子高生みたいな日常があったのかもしれない。
あのDQN系女子たちに言ってたように、霧島だって本当はまっとうに生きたかったんだ。いつか誤解が解けて、霧島がこの中の人たちと一緒に笑いあえる日が来ればいいのに……。
僕が一人でセンチな気持ちになっていると、校舎を出たところで不意に毘奈が霧島に抱き着いてきた。
「マーリリン! 待っててくれてありがと! うーん、今日もいつもに増して可愛いですな~!」
「ちょっ!? あ、天城さん、そういうのやめてもらえないかしら? それに……その呼び方!」
「えー! 可愛いじゃん! 摩利香だからマリリンだよ!」
「わ、私はどこかのヘヴィーロッカーではないのよ!」
もうすっかり霧島ラブとなっていた毘奈とは裏腹に、霧島自身は少し毘奈のことが苦手そうだ。霧島に苦手意識を持たせるなんて、実は学園最凶……いや最強なのはこの幼馴染なのかもしれないね。
その破天荒な幼馴染のせいで、さっきまでのセンチな気持ちなんてどこかに吹っ飛んでしまったよ。
それから僕たち三人は、この前みたいに黄昏色に染まった道を、ビルの合間に沈んで行く夕陽を目指して喋りながら進んだ。喋っていたのは、ほぼ毘奈一人だったけどね。
そして久しぶりに来た霧島の住んでいる高級マンション、夢で行ったのを合せると、来るのは三回目になるかな。
「すっご!! こんな大きいマンションに一人で住んでるの!? マリリンって何者なの? セレブなの?」
毘奈もほとんど僕と同じ反応であった。そりゃ、皆んなそう思うわな。
派手なリアクションをする毘奈を適当にいなしつつ、僕らはエレベーターに乗って霧島の部屋へと向かう。
玄関扉を開いて中に入ってみると、そこは何だか悲しいくらい前に来た時と変わっていなかった。
ホテルのように最低限置いてあるテーブルや椅子、ほとんど使っていないのか綺麗に整い過ぎたキッチン、やたら高価なオーディオセット、大昔のロックスターのポスター、まるで時がここだけ止まっているように見えた。
「ひっろーい!! いいなー! 私もこんな部屋で一人暮らししてみたいな!!」
「おい毘奈、あんまり勝手にうろうろするなって……」
テンションが上がり、子供のようにはしゃぐ毘奈を僕は諌める。もう遅くなってしまったが、明日は学校も部活も休みだということもあってハイになっているんだ。
そして部活後でお腹を空かした毘奈は、三人で夕飯を食べることを提案する。霧島は少し困った様子で、申し訳なさそうに言う。
「そ……そうね、それじゃ、ピザでも……とろうかしら?」
「いいよいいよ! せっかくだからさ、私があり合わせのもので何か作るよ! ちょっと、冷蔵庫を拝見!」
「ちょっ! 天城さん!」
「……ありゃ?」
少し想像はしていたけど、冷蔵庫の中は部屋と同じようにだいぶ小ざっぱりとしてて、飲み物が数本入っているだけだった。
霧島は慌てて冷蔵庫の扉を閉めるが、毘奈は酷く心配した様子で霧島に詰め寄る。
「ねえ、マリリン、普段一体何食べてるの?」
「……カップメンとか、パンとか……あとはデリバリーかしら」
それを聞いた毘奈は、かなりショックを受けたみたいで、大袈裟に頭を抱えた。
「ダメダメダメ、ダメだよマリリン!! 成長期なんだから、もっとちゃんと栄養のあるもの食べなきゃ!」
「で……でも、あまり料理とか得意じゃないの……」
「分かったよ、マリリン! この毘奈ちゃんに任せて! すぐそこにスーパーあったよね? ちょっと買い出しに行って来る!」
と言って毘奈は、呆然とする僕らを尻目に外へ飛び出していった。善意からなんだろうが、本当にまあ、お節介と言おうか節操がないと言おうか……。
「那木君……まるで嵐のような人ね、あなたの幼馴染」
「うん、よく分かってきたみたいだね……」
ものの数分で毘奈は買い物から戻ってきて、何やら忙しそうに料理の準備を始めた。
「待たせたね、マリリン! ちょいとキッチン借りるよ!」
「あの……ちょっと、天城さん?」
「大丈夫大丈夫! 心配しないで、私料理は得意なんだ! 期待しときなよ、美味いもの食わせてやるぜ!」
もう何も言えず、棒立ちの霧島。まあ、毘奈はハイスペック女子高生と言われるだけあって、料理もかなり上手かった。だから、その点僕は少し安心していたんだ。
「大きめの鍋にお湯を沸かして、フライパンにオリーブオイルを垂らして刻んだニンニクを弱火に……唐辛子は焦げやすいから後で、オクラは細かく刻んで、インゲンは一口大、ミニトマトは半分に、ニンジンは薄く短冊切で、ズッキーニは輪切りに……」
毘奈は一人でぶつくさ言いながら、物凄い集中力で調理を進めていく。炎の料理人と化した彼女に、最早誰も声をかけることはできなかった。
「ごめんマリリン、塩どこ!?」
「あ……その……戸棚に」
「グラッツェ! パスタを茹でる塩加減は、少ししょっぱ過ぎるくらいで……捩じって花を咲かせるように投入! 唐辛子を入れて、ニンニクが色づいてきたら、細かく切った生ベーコンをさっと炒めて、野菜を加えて白ワインでフランベ!」
認めたくはないが、あまりの手際の良さにクッキングショーでも見てるみたいだった。最初はポカンとしていた霧島も、今は羨望の眼差しを向けているようにすら見える。
「炒めた具材にパスタの茹で汁を加えて、軽く煮詰める……パスタが茹で上がったら、フライパンに移して手早く合わせて、仕上げにオリーブオイルを垂らして軽く混ぜれば……」
絶対に気のせいだと思うのだが、僕と霧島は毘奈の作った料理が眩く輝いているように見えた気がした。目を擦りながらその光景を見つめる僕らを尻目に、毘奈は大きな声で料理の完成を告げる。
「よし、できた! 毘奈ちゃん特製、たっぷり夏野菜の女子力53万スパゲッティーだ!! さあ、二人ともおあがりよ!!」
自信満々で皿に盛られたスパゲッティーを差出す毘奈。色々と突っ込み所は満載であったが、その勢いに押されて僕と霧島は食卓についた。
「い……いただきます」
「どう? マリリン、おいしい? おいしい?」
緊張した面持ちで、フォークに巻いたスパゲッティーを口に運ぶ霧島。毘奈がすぐ横で食べるのをガン見しているせいで、かなり食べ辛そうだ。
でもまあ、心配はしていなかった。毘奈はだいぶお節介で、ときにはウザったいけど、基本は善良で利他的な奴なんだ。だから、こいつの周りの人たちは皆幸せになる。
「……おいしい……優しくて、温かい味」
スパゲッティーを一口食べた霧島は、それまでの緊張が嘘だったように、目を細めて柔らかに微笑した。
霧島のありのままの反応に、横でじっと見守っていた毘奈は、感激して両手で何度もガッツポーズを繰り返し、霧島に抱き着いたんだ。
「ちょっ! 天城さん! これではせっかくのパスタが食べられ……」
「うんうん、また美味しいもの作ってあげるからね! ちゃんと食べないと、胸も大きくならないよ! なにしろ、吾妻のエチィ趣味はね……巨乳好きの傾向が……」
「コラコラコラコラ!!!」
全く、本当に油断も隙も無い。こいつの周りの人たちは皆幸せになる……ただし僕を除いてね。
感情が高ぶり、悪乗りする毘奈をやっとの思いで窘めると、ようやく僕もスパゲッティーにありつくことができた。
「ねえねえねえねえ、吾妻もおいしいでしょ? おいしいでしょ?」
「あーもう! 美味いよ、美味い! ネーミングセンスはどうかと思うけどね……」
「なにそれ! 反応が可愛くない!」
僕の軽口に毘奈がブーたれて、僕らは一頻りどうでもいい言い争いを繰り返した。霧島はそんな僕らを、微笑まし気に見つめ呟く。
「あなたたち、最初見た時から喧嘩していたのに、なんだかんだで一緒にいて仲良しなのね……」
「そうだね、それは喧嘩もしたりするけど、私たちは姉弟みたいなもんだからさ、時間が経てば、自然と仲直りするんだよ」
「幼馴染ね……何だか懐かしい」
それまで微笑んでいた霧島が、儚げな顔で言った。それは今まで謎に閉ざされていた霧島 摩利香の過去への扉だった。
しかし、それを詮索するには、こちら側にも大きな覚悟が求められそうだ。
そんな僕の心配など無意味であるかのように、毘奈はずけずけと霧島に問い掛けるのだが……。
「マリリンの地元にも、小さな頃から仲のいい友達がいたの?」
「そうね……小さな頃、よく遊んでいた女の子がいたわ」
「へー! その子、今はどうしてるの?」
「分からないわ……もう、会うこともできないし……」
この後に及んでも、僕らは霧島のことについて知らないことばかりであった。何故彼女はこの街に来て、こんな寂しすぎるくらい広いマンションで一人暮らしをしているのか?
それは僕たちと霧島が出会う遥か昔、この街にやって来る前の霧島 摩利香の物語だ。
――あなた可愛い、お名前何て言うの? 私、スズカ、一緒に遊びましょ。
――摩利香……マリちゃんだね。私のことはスズって呼んで!
――マリちゃん、今日も公園で遊ぼうよ! 私がブランコ教えてあげるから! きっと楽しいよ!
――私、マリちゃんと一緒で凄く楽しい、小学校に行っても、中学校に行っても、ずっと友達でいよーね!
少女と少女の遠い日の約束。彼女たちにとって未来は遥か先で、とても計り知れないものだった。だが、彼女たちの終わりは、無情にもすぐそこに待っていたんだ。
――おいお前、大口の子供だろ? 父ちゃん言ってたぜ、あそこの子供は呪われてるってな! 気味悪いから、帰れよお前!
――マリちゃんは呪われてなんかないもん! マリちゃんに謝って!!
――なんだよ! そいつの味方すんなら、お前も出て行けよ!!
――痛い、やめてよ! 何でこんな酷いことするの!?
目の前で理不尽に、しかも自分のせいで傷付けられる親友を見て、彼女の中で何かが起こった。美しく精悍で、獰猛な何かが彼女の奥底で殻を破ったのだ。
――マリちゃん、もうやめて!! 私なら大丈夫だから! お願い!!
――一体どうなってんですか!? うちの子にこんな大怪我させて!!
――あんたんちの子おかしいよ! 大口様だかなんだか知らないけど、こんな危ない子、外に出さないでよ!!
――申し訳ございません。もう二度とこのようなことは……。
彼女は何も覚えていなかった。気が付けば、親友は近くで泣き崩れており、親友を傷付けたいじめっ子たちは、ボロボロになって地面に横たわっていた。
そして、家に押し寄せるいじめっ子たちの両親、頭を抱える父と母。彼女は何も分からないまま、両親の許可なく外へ出ることを禁じられた。
――ああ、普通の子だと思って忘れていたが、やっぱりもうダメか……。
――でも、この子のせいじゃないわ、大口様の怒りだもの。どうすることもできないわ……。
――ある程度理性が育つまで、勉強はうちで教えましょう。大丈夫よ、小学校なんか行かなくても、いい家庭教師がいるんだから!
――摩利香、レコードでも何でも、好きな物は何でも買ってあげるよ。だから、お外で遊ぶのはもうやめよう。
日常はある日突然奪われ、彼女は籠の中の鳥となった。そして、失意の彼女の元へ、親友だった少女が訪ねてきたのだ。
――マリちゃん、パパとママがもうここにはいられないって……だから、遠くに引っ越すことになっちゃった。
――ごめんね、マリちゃん、ずっと友達でいられなくて……。
こうして霧島は、本来小学生であった時期を孤独のうちに過ごし、中学校には行かせてもらえたものの、彼女の存在を知る地元では最早居場所などなかった。
だから彼女は選んだのだ。一枚の切符を握りしめ、その列車に乗り込むことを。縛られた土地から抜け出し、本当の自由を手に入れる為に……。
「両親は私に凄く優しかったけど、ずっと腫物を扱うようだったの……。だから、私が家を出たいと言った時、お父さんもお母さんも応援してくれたわ。きっと、凄く疲れていたのだと思う……」
霧島の両親が、彼女にこんな立派な部屋を与えているのは、娘の気遣いに甘えて遠くに放り出したことへの贖罪なのかもしれない。
だから霧島は言っていたんだ。どんなに広くて豪華な家だったとしても、ここは彼女を閉じ込めておく為の犬小屋に過ぎないのだと。
まあ、予想はしていたつもりだが、結構ずしんとくるような重たい話だった。所々、よく分からないことはあるんだけどね。
さすがの毘奈も、こんな重たい話を聞かされちゃったら、さっきみたいにずけずけと軽口は叩けないだろう。
「……って、毘奈? ええ!?」
黙り込んでいた毘奈の顔をチラッと伺うと、彼女は顔面から出るだろう全ての液体を流さんがばかりに号泣していた。
「う……うわぁーん!! マリリン可哀想だよぉぉーー!!!」
「ちょ……ちょっと天城さん!? そんなに泣かなくても……って、苦しい! 抱き着くのはやめ……」
「大丈夫だよ!! ヒグッ! これからはね……ヒグッ! 私も吾妻も……光ちゃんも……ヒグッ……ずっと一緒に……うわぁーん!!」
「分かったわ、天城さん……ありがとう。でも……私のパーカーは、もうグチョグチョよ」
だいぶ大袈裟だけど、この反応は毘奈の本心なんだ。だいぶお節介ではあるが、前述した通り基本はいい奴だからね。
毘奈は一頻り泣いた後、今度はやけに真面目な顔をして語り出した。
「ごめんね……私、マリリンのこと全然ちゃんと見れてなかったよ。吾妻の言う通りだった……」
「いいの、元はと言えば私の素行が原因だもの。どう見られても文句は言えないわ」
「吾妻ってね……偏見がないんだよ。だから、必ず自分の目で見てからものを判断するの。まあ、周りの空気読まなかったりするから、孤立しちゃったりもするんだけどね」
「ああ、もう、悪かったよ」
泣き止んだ毘奈が急に僕のことを持ち出すもんだから、僕はどう反応すればいいのか戸惑う。毘奈は僕を窘めるように続けた。
「吾妻のこと褒めてるんだから、最後まで聞く! ……私もね、小学校の頃、ある女子のグループと対立しちゃってね、学校のウサギを逃がした犯人にされちゃってさ……」
確かにそんなことがあった。あの時は僕も毘奈と同じクラスで、その女子グループとの対立の原因は、単純に毘奈に対する妬みだったと思う。
今まで自分たちがカースト上位だと勝手に思い込み、他のクラスメイトを見下していた女子たちの前に、このハイスペック幼馴染が現れたってわけだ。
しかも毘奈は、自分がいくら優れていようとも、誰にでも分け隔てがなく、彼女たちの大好きな階級主義みたいなものには、一切興味がなかったんだ。
出る杭は打たれる。彼女たちは最初毘奈を仲間に加えようとしたが、毘奈が拒否した為関係は一気に拗れた。
そこで彼女たちが目をつけたのが、当時飼育委員をしていた毘奈が可愛がっていたウサギだった。彼女たちはウサギ小屋の扉をこっそり開き、ウサギを逃がして責任を毘奈に擦り付けたんだ。
「ただでさえウサギがいなくなって悲しいのにさ、その子たちは私が扉を閉め忘れたって言うし、状況的に先生も信じてくれなかったの。私さ……もう悔しくて、悲しくて、泣くことしかできなかった……」
ああ、よく覚えている。普段完璧すぎるくらいの幼馴染が、理不尽な目に合って泣き崩れる光景を。
別に僕は、根拠もなく毘奈を庇い立てする気なんてなかった。ただ僕は知っていただけだ。このムカつくくらい優秀な幼馴染が、ウサギ小屋の扉を閉め忘れる可能性など、万に一つだってないということを。
「そしたらね……吾妻が先生に、『先生は、真実が何なのかを多数決で決めるんですか?』……って言ってくれたの。そしたら先生もバツが悪くなったみたいでさ、色々調べてみたら、ちゃんと目撃した子が見つかったんだ!」
毘奈は少し目を潤ませ、嬉しそうに微笑んでいた。僕としては、普段何をやっても勝てないチート幼馴染に、一泡吹かせてやったくらいにしか思ってなかったんだけどね。実はこんなに感謝されていたとは……。
そして、それを横で聞いていた霧島は、毘奈に寄り添うようにして、優しい口調で言った。
「そうね……私も那木君のそういうところ、最高にロックだと思う……」
僕には分かった。霧島のこの何気ない一言は、彼女にとって最大の賛辞の言葉だったんだ。僕はそれを確かめるように彼女を見つめ、霧島は穏やかな微笑でそれに応えてくれた。
僕と霧島の間に異様な空気が生まれた。まるで時が止まったみたいだった。その空気を読み取ったのか、毘奈は急に空元気な声を上げる。
「おーおー、お熱いお熱い! じゃ、後はお若い二人に任せて、お姉さんは帰りますか!」
「あー、もう遅いし、そろそろ俺も……」
「ダメダメ! ちょっと吾妻、こっち来なさい!」
「え……ええ!?」
僕が毘奈の帰りに便乗しようとすると、毘奈は都合の悪そうな顔をして僕をキッチンへと引っ張る。霧島は首を傾げた。
「あんた馬鹿? せっかくマリリンといい雰囲気なのに、ここで帰ってどうすんの! 空気読みなって!」
「いや……でも、なんか逆に二人だと緊張すると言うか……」
「吾妻がそんなんでどうするの! 男なんだから、やるときはガツンと決めてきなさい! いーい?」
「あ……ああ、頑張るよ(よく分からんが……)」
そんなこんなで、毘奈は本当に帰ることとなり、僕と霧島は玄関で毘奈を見送る。全く、こういうとこ、本当にお節介なんだよな。
「マリリン、今度また遊びに来てもいいかな? 次は光ちゃんも一緒にね!」
「ええ、歓迎するわ」
「吾妻、私が帰ったからって、マリリンに変なことしちゃダメだからね!」
「す、するかボケ! (殺されるわ)」
毘奈は相変わらず軽口を叩いて僕を揶揄うし、天真爛漫に振舞っている。傍から見る限り、彼女の笑顔には何の淀みもなかった。
天城 毘奈は誰にでも分け隔てがなくて、こいつといれば周りは皆幸せになる。霧島や赤石だって例外じゃない。だけど、何でだろう。どうして当のお前自身が、そんなに寂しそうな顔をするんだよ……。
別れを告げて歩いて行く毘奈の背中を、僕は複雑な心境で見つめていた。幼馴染の勘ってやつだ、毘奈は心の奥に何か気持ちを隠している。
「……吾妻!」
「毘奈……?」
そんな僕の気持ちに呼応するように、毘奈はいつも見せないような切ない顔をして振返り、僕の元へと必死に走って来たんだ。
そう……今まで決して告げることのできなかった、彼女の本当の気持ちを僕へ伝える為に……。
「吾妻……さっきはああ言ったけど、チューまでだったら許してあげるからね!」
「早く帰れ!」
★ ★ ★ ★
あれから一時間近くは経っただろうか? 霧島は再びジョン・レノンみたいな丸メガネをかけ、僕らは何をするでもなくレコードに聴き入っていた。
全く、毘奈があんなこと言ったせいで、必要以上に霧島のことを意識しちゃうじゃないか。霧島はレコードを変えるごとに何か言っていた気がしたが、全く耳に入ってこなかった。
いや、待てよ。今流れているのはジャニス・ジョプリンで、このシュチュエーションはいつかどこかで……。もしや、これはあの夢の!
「ジミ・ヘンドリクスと並んで、ジャニス・ジョプリンはサマー・オブ・ラブを代表するアーティストだったわ。だけど、二人ともその終焉は早くて……ちょっと、聞いているの?」
「つまり……今夜はロックンロール・オールナイト!?」
「え? いきなり何? キッス(の楽曲)のこと?」
「ききき……キッス!!?」
「分かった……ちょっと待ってて、(レコードを)用意してくるわ」
(わ、分かったのか!?)
霧島はそう言うと、静々と奥の部屋へと入って行った。ていうか、一体何の用意? もしかしてベッドの……とか、エチィ下着に……とかか!? いやいやいやいや……とにかく、それはまだ展開が早すぎだ。
キッスから始まる(?)二人のロックンロール・オールナイトへは、まだものの順序ってやつがあるだろう。そうだ、霧島は世間知らずなとこあるから、それが分からないだけなんだよ。うんうん。
しばらくして、霧島は一枚のレコードを抱えて帰って来た。よし、まだ間に合う。ここは僕が、霧島に高校生同士の健全な男女交際というやつをレクチャーしなくては! 決してビビったわけじゃないぞ、僕は。
「霧島、大事な話があるんだ!」
「ど……どうしたの? 那木君、急に改まって?」
「いいかい、なんだかんだで、僕たちはまだ出会ったばかりだ。そうだね?」
「そ……そうね」
「だからさ、こう……もっとだね、お互いのことを深く知り合ってからの方がいいと思うんだ。……そういうことは!」
「……」
全ては僕の単なる妄想による勘違いであった。しかし、この噛み合わない会話によって、僕は偶然にも霧島 摩利香という謎多き少女の最深部に触れてしまうことになったんだ。
「そうね……もういい加減、那木君には話しておかなければならないかしら……」
霧島は水晶のように透き通った瞳で僕を見上げ、何か覚悟を決めたような顔をしていた。その物々しい雰囲気に、僕は違和感を覚える。
もしかしたら、僕はわざと気にしない振りをしていたのかもしれない。霧島 摩利香最大の謎を……彼女の幼少期、そして霧島事件に隠された最大のミステリーを。
「私の生まれた地方では、昔からある言い伝えと言うか、信仰があったの……」
「例の大口様……ってやつ?」
「そう……大口様は、人々から災いを退け、恵みをもたらす守り神として古来から信仰の対象とされてきたわ」
正直僕は、何で霧島がこんな地元の昔話をしているのかよく分からなかった。もっと地元を含めて、彼女自身のルーツを知って欲しいってことなのかな。
「私がいた集落では数十年に一度、大口様を宿した子供が生まれるっていう言い伝えがあって、実際大昔は大口様の子供が生まれると神の子として崇拝されていたって話……」
「それで、霧島がその大口様の子供ってわけ?」
「そうよ、彼の子は満月の夜、戌の刻に必ず生まれるという言い伝えがあるの。私の生まれた日も恐ろしいくらい綺麗な満月の夜だったと聞いているわ」
「でも、さっきは神様なのに呪いだなんだって……?」
「そうね……戦後開発が進んで、私の地元も様変わりしたの。世代を重ねていくごとに大口様への信仰も薄れていって……」
新しく集落に入って来た人たちは、大口信仰を閉鎖的で原始的な因習と揶揄して、その象徴である大口様の子供を気味悪がった。
やがて、時代の流れと共に本来の大口信仰は人々から忘れ去られ、数十年に一度生まれてくる特別な子供への恐れだけが一人歩きしていったんだ。そして、いつしか彼の子は呪われた子供という偏見が生まれた。
「だから、私は地元では忌み嫌われる存在なの。父さんにも母さんにも、私のことで凄く苦労を掛けてしまったわ……」
「おいおい、霧島の地元の昔話は良く分かったけど、そんな迷信みたいな話で村八分だなんて……冗談だろ?」
何なんだろう、この感覚? 霧島と話していると、まるで別の世界の住人か何かと話しているような感じだ。
霧島は瞳を閉じて一呼吸おき、自らを落ち着かせて話を続けた。
「冗談……ではないの。那木君は優しいから気付かない振りをしてくれているけど、私は人の皮を被った化物よ……大口様の子供とはそういうことなの」
「ははは……ちょっと何言ってるか分からないな……実はポエムじゃなくて、小説でも書いてたとか?」
あまりの重苦しい空気に耐えられず、お道化て見せようとするが、霧島はその美しい瞳を一ミリも逸らさなかった。
そうだ、その仮定さえ成立てば、霧島の幼少期の話も霧島事件も、全ての点は一つに結ばれ、心の奥につかえていた謎が綺麗に解決されるんだ。そんなことは最初から分かってる。だけどさ……。
「今はそれでいいわ、私も成長して小さな頃のような癇癪は起こさなくなった……でも、この前みたいに私に大きな危険が及べば、いつか取り返しのつかないことになる……」
「取り返しのつかないって……前に言ってた、く……食い殺すとか何とかってやつ?」
「私が人であることの一線を越えてしまったとき、きっとあなたやあなたの愛する人の右手を食い千切る。もう人には戻れなくなるの……」
ダメだ……。やはり話が荒唐無稽で飛躍し過ぎてて、もう何を言ったらいいか分からない。その気はあったかもしれないが、もしかして重症の中二病なのか? だが、今はとても茶化せるような雰囲気ではなかった。
僕が反応に困惑していると、霧島はもぞもぞとパーカーのポケットから愛用の音楽プレーヤーを取出し、繋いでいたイヤホンを引き抜いて僕に差し出した。
「だから、那木君にお願いしたいの。私がもし自我をなくすようなことがあれば、これを使って私を止めて!」
「と……止めるって、これただのイヤホンじゃないか?」
「そうよ、だけどこれは私が自分で選んだ枷……私が思いを込めた魔法の紐、グレイプニールよ……あなたに持っていて欲しいの!」
僕は霧島に差し出されるがまま、そのイヤホンを受け取った。だけど、そもそも前提の時点で理解できてないものを、僕はどう消化したらいいものか大混乱だった。
調度そんな時だった。僕と霧島のこの不思議な時間を終わらせるように、僕の携帯が鳴って、僕は半ば救いとばかりに電話を取ったんだ。
「ちょっと、ごめん! ……ん? 毘奈か、何なんだあいつ?」
きっと霧島と二人きりで緊張しているだろう僕を、冷やかす為にでも架けてきたのだと思った。まあ、それでもいい、ここは一旦心を落ち着かせたいからな。
「もしもし? 今更何の用……」
――霧島 摩利香は一緒だな?」
「……え?」
ドスの利いた男の声だった。僕はこの時何が起こっているのかを理解できず、ただ背中に悪寒だけが走っていた。
――三十分以内に、町はずれにある廃倉庫に来いと伝えろ。もし来なければ、この女……分かってんな?」
――吾妻、マリリン! 来ちゃダメ! ここには……!」
「ひ、毘奈!? 大丈夫なの……か!?」
毘奈の声が聴こえた途端、その電話は切れてしまった。僕はあまりの唐突さに、頭が真っ白になってしまっていたんだと思う。そんな僕を心配するように、霧島が声を掛ける。
「天城さん、何かあったの?」
「あ……ああ、何かさ、あいつ帰りに道迷っちゃったみたいでさ……あははは」
「そ……そうなの?」
あまりの不自然さに、霧島は怪訝そうな顔をして首を傾げた。本当は誰かに相談したいところではあったが、もう時間がない。町はずれの倉庫って、おそらく一ヶ所しかないけど、今から走って行ってギリギリの距離だ。
それにいくら何でも、そんなところに霧島を連れて行くわけにはいかない。さっきはああ言ってたから、見かけの割に喧嘩は強いのかもしれないけど、所詮は女の子だ。
「仕方ないから迎えに行ってくるよ! ……じゃあな、霧島!」
「え……ええ、またね那木君」
無理な芝居であったから、霧島には感付かれたかもしれない。だけど、もう考えている余裕なんてない。
「毘奈が危ない」、ただそれだけが頭の中をぐるぐると回る。僕は街灯が点在する夜道を、ただひたすら闇の深い方へと走っていた。
★ ★ ★ ★
霧島の家から十分も走ったところだろうか、普段運動しないもんだから予想より遥かに走れなかった。こんなことなら、毘奈みたいに陸上でもやっていればよかったよ。
「ハア……ハア……チキショウ!」
そんな時だった。前方の暗闇がピカピカと光ったと思ったら、ブンブンと煩い三台の原付が現れたんだ。
またこんな時に迷惑そうな奴らに出くわしたと思ったが、意外にこれが渡りに船であった。先頭の一台に乗っていた金髪の女が、僕に気が付き、原付を停めてヘルメットを取る。
「あんた、確か姉さんの舎弟だな? どうしたんだ、そんなに息切らして?」
なんとこの品性の欠片もないような原付に乗っていたのは、いつか校門の前で出くわしたDQN系女子三人組だったのだ。
もう手段は選んでいられない。僕は今の状況を説明し、指定の場所まで乗っけて行ってくれるようお願いした。
「町はずれにある廃倉庫って確か……三頭会の溜まり場だぞ!? あんた一人で行くって正気かよ?」
「お願いします! 絶対に助けなきゃいけない奴がいるんです!」
「このこと、姉さんは知ってるのか?」
「いいえ……もうこういうことに、霧島を巻込みたくないんです」
DQN系女子リーダー格の高水さんは、舌打ちをして髪の毛をクシャクシャと搔きむしると、再度ヘルメットを被って僕に合図した。
「あんた、馬鹿だね……でも、気に入ったよ、乗んな!」
「姉さん! マジであいつらのアジト行くんスか!?」
「やべーッスよ! ボコされるだけじゃ済まねーッス!」
「姉さんにただで名前借りてんだ、ここで行かなきゃ、女が廃るってもんだよ! 覚悟のある奴だけ付いて来な!」
僕が高水さんお原付の後ろに跨ると、よもやウィリーでもしそうな勢いで原付は荒れたアスファルトの上を走り出した。
「もっとしっかり私に掴まんな! 振り落とされるよ!」
「は、はい!」
最初は遠慮がちだったが、本当に命の危険を感じた為、僕は高水さんの背中にギュッとしがみ付いた。これがまた、意外に柔らかくていい匂いなんだ。
そうこうしているうちに、後ろから残りの二人も追いかけて来た。流石DQN系だけあって、根性は座ってるんだな。
「姉さん! うちらをおいて行かないでくれッス!」
「うちらの覚悟を、摩利香姉さんに見せるときなんスね!」
夜の帳を疾走する三大の煩い原付バイク、僕はノーヘルで二ケツと思いっきり道交法違反なわけなので、途中からけたたましくサイレンを鳴らすパトカーも追走して来た。
――そこの原付! 止まりなさい!!」
「姉さん、ここはうちらに任せてくれッス!」
「行って下さい! 姉さん!」
パトカーの進路を塞ぐように停車する二人の原付バイク、赤い光がピカピカと夜空を照らし、サイレンと警察官の怒号がこだまする。
夜道を疾走する興奮と、計り知れない恐怖と不安を胸に抱え、僕はその時を待っていた。
★ ★ ★ ★
街の灯りの届かない深い闇の支配する地、指定された廃倉庫はそこにあった。高水さんの協力で時間にはどうにか間に合ったものの、問題はこれからなんだ。
「乗せて来てくれて感謝します。危ないので、あなたは早く帰って下さい……」
「いいや、あたしも行くよ。今回の件、三頭会が絡んでいるとなると、あたしらも無関係じゃないからね」
「だけど、あなたは三頭会に……!」
僕がそう心配そうに言うと、高水さんはしゃらくせぇとばかりに僕の胸へ軽くグーパンをした。
「捕まってる子、姉さんにとってはどんな存在なんだ?」
「一応、数少ない友達の一人だと……思います」
「あたしらが名前借りたせいで、姉さんの大事なダチを傷付けられたとあっちゃ、もう姉さんに顔向けできねぇ……あたし一人でも行く覚悟さ、あんま甘く見んな三下!」
「は……はあ」
もう断れそうもないし、断っている時間もなかった。あまり気乗りはしないが、僕は高水さんと共に廃倉庫の中へ入ることにした。
倉庫の入口には、いかにもな感じのドレッドと赤髪のヤンキーが二人立っていて、近づく僕らにガンをつけてくる。
「あん? 何だてめーら、うちの女子と皇海のシャバ憎か? ここがどこだか分かってんのかよ?」
「とっとと帰らねーと、ぶち殺すぞ!!」
「霧島姉さんの手の者だよ、あんたら女人質に取ったんだってな? さっさと三島のとこへ案内しな!」
霧島の名前を出して高水さんが凄むと、二人のヤンキーは怯んで道を開け、廃倉庫内部には数メートル先に階段が見えた。
「ちっ! 三島さんは上だ。霧島当人はどうした?」
「ふん、三島なんぞに姉さんの手を煩わせるわけにはいかないのさ」
「馬鹿が……」
僕らは鉄の階段を音を立てながら一段一段上がっていく。階段の先には古びたドアがあり、隙間からは灯かりが見えていた。
高水さんは僕に合図をすると、勢いよくその扉を開ける。小さな道場くらいの広さのフロアの奥には、三十人くらいのヤンキー……と言うか、半ばチンピラのような男たちが屯していた。
「ひ……毘奈!?」
「吾妻……!?」
男たちが周囲を囲む古びたソファの上に毘奈は縛られ、寝かされていた。酷く怯えている。僕は今にも飛び出して行ってしまいそうな気持ちを抑え、動向を見守った。
「あー? こりゃ珍しい客じゃねーか、高水、やっと俺の下につく決心でもついたか?」
集団の中心、赤いソファにのけ反る様に座るアーミーカットの大男が、不気味な笑いを浮かべながら言った。雰囲気からしてこいつが三島 鷹雄だろう。
あの高水さんが震えているのが分かった。彼女は恐怖を押し殺すように言う。
「その子を放してやんな、代わりにあたしがあんたの配下にでも、女にでもなってやるよ!」
「た……高水さん!?」
「あんたは黙ってな!」
高水さんが啖呵を切ると、三島は数秒間をおいて馬鹿にするような高笑いを始め、それに呼応するように周囲の男たちも笑い声を上げた。
「霧島の使いっパってとこか? 俺はよ、霧島本人が来るようにって、伝えるよう言ったはずだぜ? 舐めてんのか?」
「おめーら、三頭会舐めてっと、ぶち殺すぞ!」
「霧島連れて来いって、言ってんだよ!!」
ダメだ、これでは全く収拾がつかない。毘奈を助けるにしても、僕が一人で立ち向かったところで、万に一つも勝ち目はないだろう。
だったらもう、僕に取り得る手段は一つしかなかった。彼女たちから学んだ究極の最終手段だ。僕は徐に数歩前へ進んだ。
「あ……あんた何を!?」
「吾妻!?」
「どうか勘弁してください、僕ができることであれば何でもします! だから、その子を……毘奈を帰してやって下さい!」
そう、僕にはもう土下座くらいしかできることはなかったんだ。案の定、周囲のヤンキー共は嘲笑し出すが、三島当人の反応は意外なものだった。
「馬鹿か? てめーが頭下げたところで、何も意味ねーんだよ。……なあ、それより霧島 摩利香ってのは一体何者なんだ?」
僕が顔を上げると、三島は顔を左に向けて壁の隅にいる男を見るように合図をした。長髪で眉毛のないヤンキーが、蹲って何かに怯えるようにブツブツと呟いている。
「こいつはよー、例の霧島事件の当時者なんだが、あれから廃人同様になっちまったんだよ。霧島って名前聞いただけで、あの有り様だ」
「……ききき、霧島!? くくくく来るな!!! 殺さないで!!! ……あー!! あぁぁー!!!」
「おかげでよー、うちの馬鹿どもはすっかり霧島にビビっちまうし、高水みてーな奴らは、霧島の傘下に入りたがる始末さ」
壁の隅で怯えるヤンキーは、頭を抱えて奇声を上げた。その光景に、僕はさっき霧島から聞いた話の意味を、本当の意味で理解したような気がした。
「要は目障りなんだよ。だがよ、事件にいた奴らはこの有り様だし、おめーらの高校の奴を締め上げても、誰も口を割らねー。霧島がどんな奴かもわからねーんだ」
「それで、毘奈を?」
「……やっと見つけた手掛かりがよー、てめーとこの女なんだよ。どうやら、霧島 摩利香のダチらしいってな」
そうか、赤石 光はまだ学校にあまり来ていないし、毘奈は無駄にスキンシップが激しいから目立って当然だ。迂闊だった。僕らは不用心過ぎたんだ。
「だから、俺はこんな女に興味はねー、今すぐ霧島 摩利香をここに呼び出せ!」
「それはできません。あいつは……携帯、持ってないんです!」
嘘くさいが本当のことだった。両親とはたまに手紙でやり取りしてるらしいが、交友関係があまりないので必要ないと思っているらしい。金持ちの考えることはよく分からん。
まあ、そんなこと当然信じてくれるわけないので、三島は激昂して声を荒げた。
「クソが!! てめーのその態度、後悔させてやんよ! おめーら、その女、ちょっと遊んでやれ!」
「へへへ……待ってましたー! ちょいとシャバクセーが、結構いい女だもんな!」
「待てよ、順番だ。こんな上物、中々できる機会はねーからよー」
縛られ、横たわる毘奈に男たちの魔の手が迫る。今まで気丈に耐えていた毘奈も、経験したことのない恐怖についに取り乱した。
「い、いやぁぁー!!! やめて!! 吾妻! 助けて!!!」
「ひ、毘奈!!」
泣き叫び、必死に助けを求める毘奈を前に、僕は理性のタガも何もかも皆吹っ飛んでしまっていた。僕が飛び出して行ったところで、ただやられるだけなのは分かってる。でも、ここで行かないで……傍観しかできなくて、何が男なんだ。
「き……汚い手で、毘奈にさわるなぁぁぁぁーーー!!!!!」
「あ、あんた、無茶だ! やめろ!!」
高水さんが必死に制止させようとするが、僕はもう我慢できなかった。僕はヤンキー共を掻い潜って、一直線に毘奈の元へ向かって行く。
その場にいる全員が息を呑んだが、僕には何の勝算もなかった。間もなく僕は顔面や腹に蹴りやパンチの嵐をくらい、勢いよく吹っ飛ばされたんだ。
「吾妻……!? いやぁぁー!!! ……」
気が付いたら、僕は薄汚いコンクリートの上に寝そべっていて、揺らぐ視界からは毘奈が気を失うのが目に映る。体中が痛いし、鼻や口からは血が流れているのが分かった。
「あんた……弱いくせに無茶しやがって!」
「ち……畜生……」
高水さんが駆け寄ってきて、ボロボロの僕を抱き起した。毘奈を助けたいという気力で何とか意識を保っていたが、もう反撃する余力なんて残っているはずがない。
「ちっ! 根性は認めてやるが、弱い奴が出しゃばるんじゃねーよ。……しかし、益々気に入らねーな、お前にそこまでさせられる霧島 摩利香って女がな!」
「手間かけさせやがって、まあ、この方が抵抗されなくてやりやすいがよー」
「俺は少しは抵抗してくれた方が、楽しみが増えるってもんだがな」
「てめーは、安心してそこでお寝んねしてな、いーもん見せてやるからよ!」
僕の暴走のせいで、一旦膠着していた魔の手が、気を失った毘奈に再び襲い掛かろうとしていた。
圧倒的な暴力の前に、僕らの力無き正義やキラキラとした綺麗事など、何の意味も成さなかった。僕がどんなに本気になったところで、目の前の女の子一人救うことができないのだから。
「ク……クソォ!! 僕が……もっと僕が強ければ!!」
――いいえ、あなたのせいではないわ」
「……え!?」
静かな怒りに満ちた声とともに、地べたに腰をつく僕らの後ろから、コツコツと足音が聴こえてくる。
僕にはその姿は見えていなかったが、一瞬でそのフロア全体の空気が変わったのが分かった。
「ああああ……く、来るなー!! 来ないで!!! しし、死にたくない!! あああぁぁぁぁぁーーー!!!!」
壁の隅で怯えていた男がいよいよ表情をを歪め、恐怖のあまりかん高い奇声を上げて失禁をした。
それは、ヒーローや救世主と呼ぶにはあまりに禍々しく、化物と呼ぶには拍子抜けしてしまう程小さくて美しかった。
「イギ―・ポップが言っていたわ……“弱いってことは決して悪いことじゃない”って……。那木君、あなたの勇気は称えられて当然のものよ」
「き……霧島? なんでここに!?」
「ね……姉さん!」
突然現れた霧島 摩利香の得体の知れない威圧感に、さっきまで余裕の表情であった三島は眉をひそめる。周囲のヤンキーはそれ以上に動揺を隠せない。
「てめーが、霧島か? 一体どんなゴリラ女が来るのかと思ってたが、ずいぶんと可愛くてちーせーじゃねーか……の割に、何だ? この不快感……」
「み……見た目はちーせーのに、バケモンにでも睨まれてるみてーだ!!」
「こえーはずねーのに、足が竦む……」
「気味わりーよ! 吐き気すらする……逃げてー」
そんな三島たちの反応など意に介さず、霧島は高水さんに抱き支えられている僕の元へ歩み寄った。そして、傷ついた僕の頬を優しく撫でながら囁く。
「様子がおかしいと思って、那木君の匂いを辿って来たけど、まさかこんなことになっていたとはね……」
「す、すまねー、姉さん! あたしらが姉さんの名前を借りたばかりに!!」
「違うわ……全ては私のせい、私が自分の立場を弁えず、那木君や天城さんの好意に甘えてしまったからよ。だからいいの……責任は私がとるわ」
霧島は穏やかな表情ではあったが、儚げで遠い目をしていた。そうだ、まるで全てが終わったら、僕らの前から消えてなくなってしまうような。
「霧島……お前は一体?」
「那木君、あなたに私の正体を明かすのが怖かった……だけど、もういいの、例え全てが終わってしまったとしても……あなたと天城さんを救えるのなら!」
立ち上がって、ヤンキーたちの中心にいる三島 鷹雄を見据えた霧島は、体中からドス黒い……いや、不気味な程濃い紫の瘴気を放ち始める。
さっきまでとは比べものにならない程のプレッシャーが、五感全てを呑み込み、僕は得体の知れない強大な恐怖に捕らわれていた。
僕を抱かかえる高水さんも同じだ。手がガタガタと震え、必死に何かを言おうとしていたが、声が出せないのが分かった。
こんな巨大な威圧感を放つ霧島の姿は、相変わらず小柄な少女のままだったが、彼女のその気配は、最早人外の野獣か何かだ。
そして、息を呑む程精悍で、恐怖すら覚えてしまう程美しい、少女の姿をした最凶の獣が、僕の目の前で初めて目覚めたんだ。
「……お前ら、女を人質に取ったんだ……そんな卑劣な輩、もう何されても文句は言えないよな?」
背中に堪えようのない悪寒が走った。言葉を発したのは、確かに霧島だ。だけどもう、その人格は残酷で猟奇的な何かに変わってしまったようだった。
その禍々しさに金縛り状態であったヤンキーたちは、いよいよ悲鳴を上げて、そのほとんどが蜘蛛の子を散らすように出入口に殺到しようとした。
流石の三島も、その異様さに目に見えるくらい表情を歪ませていたが、何とかその場に留まり、必死に面子を保とうとしている。
「うわぁぁぁぁーー!! 来るなぁぁぁぁ!!!」
「もういい!! 帰るから!! 帰るから!!」
「違うんだ!!! 俺は、俺は俺は俺は、命令されただけだ!!」
「俺も、さささ、最初から反対だったんだよ!!! だから!!!」
「おめーら! いい加減にしろ! 相手は女一人だ!!」
フロア全体がカオスとなっていた。一旦出入口に向かったヤンキーたちは、向かう方向に立つ霧島の前で立ち止まり、恐怖のあまり高さも顧みずに二階の窓を割って飛び降り始めたんだ。
その姿をしばらく見つめていた霧島は、ヤンキーたちの姿をせせら笑うように声を上げ、地を蹴った。
「あんまり逃げてくれるなよ! これは女を人質に取るようなクズ野郎どもへの天誅なんだからさ!!」
霧島は逃げ惑うヤンキーたちの集団の中へと、目にも止まらぬ速さで、そして人間離れした跳躍力で突っ込んで行く。
「キャハハハハハ……さっさとくたばれよ! フ〇ッキン〇〇コ野郎ども!!!」
霧島が跳び込んだヤンキーの集団の中からは、屈強な男たちの恐怖の悲鳴、耳を塞ぎたくなるような鈍い殴打の音、そして目を逸らしたくなる程の鮮血が舞った。
喧嘩? 暴力? 最早これはそんな生易しいものではない。まるでスズメバチがミツバチの巣でも襲うような、一方的で無慈悲な圧倒的蹂躙だったのだ。
すっかり人が変わってしまった霧島は、その猟奇的な行為を楽しんでいるようですらあった。
「霧島……嘘だろ?」
ああ、今ならよく分かるよ。霧島のこの姿を見てしまった奴が、或る者は口をつぐみ、或る者は廃人のようになってしまうってことにね。霧島 摩利香という少女の片鱗くらいは知ったと思っていた僕でさえ、こんなにも恐怖を感じたのだから。
僕と高水さんは、その場から動くことすらもできず、その凄惨な光景を呆然と見つめていた。そう、目の前でその凶行が起こる前までは……。
「ふ、ふざけやがってバケモンが!!! 舐めてんじゃねーぞ!!!!」
追い込まれた三島が及んだ最悪の凶行だった。逃げ惑うヤンキーたちに嬉々として制裁を加える霧島の背後へ、三島はポケットから取り出したナイフを突き刺したんだ。
あれだけ縦横無尽に動き回っていた霧島の動きが止まり、突き刺された下腹部から血しぶきが吹いた。僕と高水さんはカナギリ声を上げる。
「き、霧島ぁぁぁーー!!!」
「姉さぁぁぁーん!!! 三島ぁぁ!! てめー何てことを!!!?」
「は……ははは、て……てめーが悪いんだ!! この俺を……散々コケにしたんだからな!!!」
正気に戻ったのか、自分の仕出かした凶行に震える三島は、恐れ慄くように後ずさりして床へへたり込んだ。
僕らは重傷を負ったはずの霧島を危ぶんだが、どうも様子がおかしい。刃物で刺されて多量の出血をしている霧島は、暫くその場に立ち尽くし、溜息を吐きながら振返り言ったんだ。
「馬鹿な男だ……大人しくやられていれば、命までは取らなかったものを……もうどうなっても知らないからな」
霧島がそう呟くと、彼女の体から再びあの濃い紫の瘴気が溢れ出し、彼女の姿すら覆い隠していく。紫の瘴気はやがて形を変え、手や足、耳や鼻、それを包む毛皮となって生き物の姿をなした。
僕はこの時ようやく全てを理解したような気がした。霧島の生まれた地方で伝承されていた大口様とは、おそらく正式には『大口真神』……日本各地で古来より信仰され、その姿は馬みたいに巨大な……。
「お……狼!?」
そうだ、霧島の本当の正体とは、精悍な毛並み、そして牙と爪、澄んだ美しい瞳を持つ、古の日本で食物連鎖の頂点にあり、熊をも狩る最強の肉食獣……日本狼の化身だったんだ。
突如僕らの前に姿を現したその巨大な狼は、その場の全ての者を威嚇するように、耳を劈くような大きな咆哮を上げた。
「がっ……くく、来るなぁぁぁーーー!!!」
興奮した三島は、床に座込んだままガムシャラにナイフを振り回すが、そんなものは最早何の意味も成さなかった。
巨大な狼と化した霧島の毛並みは、三島のナイフをおもちゃみたいに弾き、次の瞬間には三島の腹に噛みついて、あの大男を容易く宙へ持ち上げたんだ。
「い……痛ぇぇー!!! はは、放せ、放せぇぇーー!!!」
巨大な狼は、三島の巨体を弄ぶように首を上下左右に振り回し、最後には壁に向かって勢いよく放り投げた。
三島の血が僕の顔にまで飛んできた。当の三島本人は、思いっきり壁に叩きつけられて微動だにしない。少なくとも、複数個所の骨折は免れないはずだ。
そして、尚も狼と化した霧島は、ピクリとも動かない三島の元へゆっくりと向かおうとしていた。
「き……霧島!! もういい! それ以上やったら、そいつを殺してしまう!!」
霧島の耳には全く届いていない様子だった。もしかして、これが霧島から聞いた、人であることの一線を越えてしまった状態なのか?
であるのであれば、あの時霧島は言っていた。もし自我をなくすようなことがあれば、僕に止めて欲しいって。
僕は霧島から受取ったイヤホンをポケットから取り出し、まじまじと見つめた。どこからどう見ても、何の変哲もないただのイヤホンだった。
正直、全く理解の及ばない話だったが、もう考えている暇はない。少なくとも、世界中のどんな陰謀論なんかよりも荒唐無稽な出来事が、今僕の目の前で起きているんだから。
「あ……あんた、一体それで何する気!?」
「分かりません、だけど、僕は霧島の言葉を信じるだけです!!」
僕はそのイヤホンを両手に構えると、もう何も考えず、ただ無心のまま狼と化した霧島へ向かって走り出していた。
その気配を感じとったのか、霧島は巨大な前足で僕に鋭い爪を突き立てようとする。こんなの普通に喰らったら、一撃で瀕死の重傷もいいところだった。
だけど、この霧島が魔法の紐グレイプニールだと言ったただのイヤホンは、狼の体に触れた瞬間、その形を変えて応えてくれたんだ。
「の、伸びた? 拘束するのか?」
太い縄へと形を変えたイヤホンは、巨大な狼の体に巻き付き、その動きを封じようとする。狼は必死に抵抗して嗚咽を上げる。
「これで……行けるのか?」
僕はこのグレイプニールに一定の効果を確認する。しかし、狼は拘束から逃れようとグレイプニールを握ったままの僕を引っ張りながら、窓の方へと突進して行った。
せっかく突破口が開けたっていうのに。僕は諦めるものかと必死に狼の背中にしがみ付く。
そして狼は、窓を枠ごと破壊して二階から飛び降り、地面に降り立って尚、僕を振り落としてグレイプニールから逃れようと、デタラメに走り回ったんだ。
巨大な狼の最後の抵抗に、僕は必死に耐えながら、彼女が人間であった時の姿を脳裏に浮かべていた。
霧島は幼い頃からいつだって自らの運命に縛られ、自由を求め続けていた。
だからもう、本当は縛られたくなんてないんだ。例え彼女がこんな姿になってしまったとしても……ましてや、彼女にとって希望を奏でるはずのイヤホンなんかに。
「霧島! こんな物なくたって、お前は自由になれるはずだ!! ロックはお前を縛るものじゃなくて、自由にするものだろ!!?」
僕はそう叫ぶと、ふと閃いてズボンのポケットに手を突っ込んだ。だが、こんなときに僕のこの行為は致命的であった。
あれ狂う霧島に、いよいよ振り落とされた僕は、思いっきり背中からアスファルトに叩きつけられる。激痛で気が遠くなりそうだったよ。
一瞬、もうダメかと思った。本当に霧島に食い殺されるのかってね。でも、ぶっ倒れた僕の霞んだ目に映ったのは、穏やかに光る月明りで、そして聴こえてくるのは優しくて温かなメロディーだった。
「ああ……何とか成功……なのかな?」
体中の痛みに耐えながら僕が状態を起こすと、狼と化している霧島は先程までとは打って変わって、しおらしく座り、僕のスマホから流れる曲に聴き入っていた。
前に霧島に教えてもらい、落としておいたプライマル・スクリームの『カム・トゥゲザー』だった。
かつて、蓄音機から流れる亡くなった主人の声に耳を傾け、聴き入っていた犬がいたなんて話を聞いたことがある。彼女はそんな犬を彷彿とさせるように、この懐かしくて美しいメロディーに浸っていたんだ。
霧島 摩利香は強く気高く、美しくて優しかった。彼女は自らに課せられた運命に抗いながら、ただ一人で本当の自由を求めて戦い続けていた。
だけど、本当は待っていたのかもしれない。鎖された部屋で四角い空を眺めながら、いつか自らを救い上げ、あるはずのない楽園へと連れ去ってくれる誰かを。
僕はやっとの思いで立ち上がると、座って音楽に聴き入る狼の霧島に歩み寄り、その顔を優しく包み込むように抱きしめた。
何だか獣臭くて、堅い毛並みがチクチクと頬に刺さって痛かったけど、ただそれ以上に愛おしかったんだ。
「霧島……今はまだ障害も多いけど、一緒に自由を探そう……そうだな、試しに軽音部にでも行ってみよう、最初は怖がられるかもしれないけどさ、きっと皆んな分かってくれるって……大丈夫、僕も毘奈も、赤石だってついてる」
彼女はクンクンと優しい声で、僕に答えてくれている気がした。そしてその精悍な毛並みは、いつの間にか透き通るような白い肌へと変わっていき、僕の三倍以上はありそうな巨体は、強く抱きしめたら壊れてしまいそうな程小さな少女のものになっていくのが分かった。
「那木君……ありがとう、あなたを信じていたわ……でも、このままだと少し恥ずかしい……」
「え……霧島? 元に戻った……って、何故裸!?」
いつの間にか霧島は、小柄で美しい少女の姿に戻っていた。だけど、あんな大きな狼になってしまったせいで、服やなんかは全部破れてしまっていたんだ。
それは出るとこ出てるってわけでないけど、しなやかで無駄なのない、まるでアートのような……じゃなくて、僕は慌てて自分が来ていた血のついて擦り切れたワイシャツを脱ぎ、全裸の霧島に差し出した。
恥ずかしがりながら僕のワイシャツに袖を通した霧島は、これがまたサイズがあってなくて、むしろ着てた方がエチィのではないかとすら思った。
「那木君、私はもう大丈夫よ……天城さんに凄く怖い思いをさせてしまったわ、早く行ってあげて!」
僕の邪念などどこ吹く風、霧島は未だ倉庫の中で気を失っているだろう毘奈の安全を気遣った。調度そんなところに、高水さんも下りてきたようだ。
「そうだよ、あの子なら無事だ、姉さんのことは私に任せて、早く行ってやんな!」
「た……高水さん!? えーと、これは……その……」
「心配すんな、よく分からねーが、姉さんのことは誰にも言ーやしないよ!」
「は……はい、分かりました」
そう言って、僕は霧島を高水さんに預けると、最後の力を振り絞って再び廃工場の二階へと向かおうとする。
いや、待て。何か忘れているような気がする。そうだ、絶対にこれだけは霧島に伝えておかないと。僕は立ち止まって、霧島の方を振り返り言った。
「霧島! 責任感じて勝手にいなくなったりすんなよ!! もしそんなことしたら、毘奈と一緒にお前の田舎に乗り込みに行くからな!!!」
それを聞いた霧島は、ハッとしていたようだったが、すぐに穏やかな微笑みを返してくれた。
★ ★ ★ ★
何だかんだ必死に立ち回っていたけれど、僕の体はもう限界を超えていたんだと思う。
霧島と高水さんに言われ、僕は廃倉庫の階段を登っていた。もう、ふらついて手摺に寄りかからないと真面に進むことすらできなかった。
再び辿り着いた廃倉庫の二階には、霧島にやられて気を失っているヤンキーたちが無造作に転がり、寂しさを感じる程閑散としている。
「ひ……毘奈」
毘奈は先程と同じように、古びたソファーの上で気を失い、横たわっていた。呑気なもんだ……と言いたいところだが、今回はこいつを大変な目に合わせちゃったよな。
僕は毘奈を縛っていた紐を解き、肩を優しく擦る様にして呼び掛けた。
「毘奈、もう大丈夫だ、起きろ、毘奈」
「……吾妻……なの?」
毘奈は僕の呼び掛けに慌てて飛び起きるも、キョロキョロと周囲を見回して状況を理解できていない様子であった。
「吾妻……私は……? 凄い怪我! 本当に大丈夫なの!?」
「ああ、細かくは言えないけど、もうみんな終わったんだ。何も心配はいらない、一緒に家に帰ろう」
僕は毘奈を安心させようと、優し気な声で宥めるように言い聞かせた。そうすると、毘奈は緊張の糸が切れたのか、僕にしがみつき、子供のように声を上げて泣きじゃくったんだ。
「あずまぁぁ!! 私……怖かった、怖かったよぉぉーーー!!!」
「ああ、そうだな、よく頑張ったよ……」
しっかり者の毘奈が、こんな子供みたいになるなんていつ以来だろうな。僕は自分の体の痛みに耐えながら、僕の胸に顔を埋める毘奈の背中を優しく撫で続けた。
一頻り泣きじゃくった毘奈は、少し落ち着いたようで、顔を上げて涙で滲んだ瞳を僕に向けた。
「私ね……吾妻に嫌われてるんだと思ってた。昔と違って、一緒にいても素っ気ないし、先輩と付き合い出してからは、特に避けられてるような気がして……」
「べ……別にそんなこと」
「だからね、吾妻じゃ絶対敵わないのに、必死になって私を助けようとしてくれて……嬉しかったよ」
幸か不幸か、この幼馴染の突然の本音の告白に、僕は少し呆気に取られてしまった。普段、僕を揶揄ってるくせして、こいつはこんなことを考えていたのかよ。
僕は痛みと疲労で気を失いそうだったが、毘奈の態度に絆されたのか、最大限の気持ちで、このお節介で嫌味なくらいハイスペックな愛すべき幼馴染の思いに応えたんだ。
「お前はさ……家族みたいなもんだから、一緒にいると何だか照れ臭かったんだよ。……それに、やっぱり彼氏ができたんなら、そいつと仲良くやって欲しい……って言うか、どうせならお前に幸せになって欲しかった……からさ」
それを聞いた毘奈は、僕にも増してとても驚いた様子だった。だけど、毘奈も霧島と同じように、すぐに穏やかな微笑みを僕に返してくれた。
「吾妻のくせに気なんか遣っちゃって……馬鹿みたい」
「悪かったな、馬鹿で」
「ううん、やっぱり馬鹿は私だよ……大事なこと、何にも分かってなかった」
そして、僕の体力はもういい加減限界だった。僕はこのお節介で鬱陶しく、少し苦手な幼馴染とやっと分かり合えた気がして、毘奈の体にもたれ掛かる様に深い眠りに落ちたんだ。
――吾妻……来てくれてありがとう、大好きだよ」
★ ★ ★ ★
結局、僕は体中の打撲、擦り傷、出血やらで数日間学校を休むことを余儀なくされた。
あの後、霧島から毘奈に事の顛末が全て告げられたらしい。あれだけの目に合った毘奈には、事実を知る権利があるってことみたいだ。
勿論、こんな荒唐無稽な話、あいつが素直に信じたかどうかは確証がない。だが、少なくとも人の秘密を誰かに触れ回ったりするような奴ではないから、そこは安心していた。
当然、霧島のこともあったので、僕の怪我の理由を馬鹿正直に言うわけにはいかなかった。その為、通りすがりの暴漢にやられたということで、毘奈と口裏を合わせたんだ。そして着ていたワイシャツをパクられたってね。我ながら苦しかった。
そして僕は、怪我の痛みも完全に癒えぬまま、再び学校へ行く日を迎えた。昨晩の大雨もすっかり上がって、朗らかな日の光が道端の水溜りをキラキラと照らしている。
まあ、悪くない朝だ。今日は病み上がりだし、このまま穏やかに一日を過ごしたい。僕のそんな淡い期待は、朝から胸焼けしそうな程快活なあいつの鬱陶しい声で、脆くも崩れ去るのだが。
「あーずま! おっはよー! 相変わらず、朝弱そーだね!」
「イッタ!! お前な、背中まだ痛いんだから叩いたりすんなよな!」
毘奈は出会って早々、挨拶代わりに僕の背中を勢いよくパンッと叩いた。やめてくれ、ただでさえ朝から毘奈とか、朝食に卵の乗った濃厚カルボナーラを出されるくらい胃もたれしちゃうんだからさ。
「もう、そんなに怒らなくたっていいじゃん! せっかく久しぶりに可愛くて優しい幼馴染が、朝から一緒に登校してあげようって言うのに!」
「本当に可愛くて優しい幼馴染は、怪我人の背中を無神経に叩いたりしません!」
「ああ、確かに!」
「確かにって、お前な……もうわざとだろ」
いつものしょうもないやり取りを交わした僕は、ついこの間までの何気ない日常が再び戻って来たような気がした。
でも僕らは、ずっと同じ場所にはいられない。或る時は誰も気付かない程ゆっくりと、或る時は全てが様変わりしてしまう程急激に、日々世界は変化しているんだ。
「ふふん、少年よ、痛みに耐えて、可愛い幼馴染との細やかな朝の時間を楽しみたまえよ!」
「だー! またお前はそういうこと! ふざけるのもいい加減にな!」
不意に毘奈はニヤリと笑みを浮かべ、僕の右手にすがり付くように腕を組んできた。振り解こうとしても、中々離れない。もう、何なんだよ、完全におっぱいあたってるじゃないか。
「お前な! この前も言ったけど、彼氏がいるんだったら、こういう誤解を招くような軽率な行動はだな……」
「……もう別れたもん」
「そうだな、もう別れたんだったら……って、はぁー!? 別れた!!?」
僕が度肝を抜かしていると、毘奈は僕の右手を離し、水溜りの上でダンスでもするように水をバシャバシャと撥ねさせながら、円を描いてクルッと回って見せた。
「そうそう、私もマリリンみたいに何にも縛られず、自由な生き方を目指すことにしたのです!」
「いやいや、だからって別れたとか、そんな簡単に……ええ?」
おいおい、勘弁してくれ。これ以上毘奈が自由になってしまったら、ただでさえ吹けば飛んでしまうような僕の細やかな人権や穏やかな日常は、一体どうなってしまうって言うんだ?
そんな僕の危機意識など露知らず、毘奈は前方に人影を見つけて物凄い勢いで駆け出した。あれは完全に体力が有り余っているな、誰だよ、陸上部の朝練を休みにしやがったのは?
そして、朝からフルスロットルの毘奈は、前方を歩いていた二人の小柄な女生徒の後ろから、思いっきり抱き着いた。
「マーリリン! ヒーカリン! おっはよー!!」
前を歩いていたのは、霧島と最近少しずつ学校に行き始めている赤石 光であった。案の定、二人は心臓が口から飛び出しそうな勢いで驚いていた。
「あ、天城さん! こ、こういうのはやめてと言ってるでしょ?」
「あああああ……天城さん……おおお、おはよう……ございます!」
「別にいいじゃん! 減るもんじゃあるまいしー、これは二人への愛情表現なのです♪」
僕はこの光景を見て、少し勇気が出てきたよ。だって、朝からこんな胸焼けするような元気の押売りをされて、困ってるのは僕だけじゃないんだなって。
僕が後ろからトボトボと歩いて行くと、霧島は僕に気付いて少しハッとした様子で声を掛けてきた。
「な……那木君、お、おはよう、その……怪我はもう大丈夫かしら?」
「ああ、まだ少し痛むけど、おかげさまでね。霧島も元気そうだね」
霧島の微妙な態度に赤石は首を傾げる。流石にこの子は何も知らないからね。そして、少し硬くなった雰囲気をぶち壊すように、毘奈が僕の背中を再び引っ叩いたんだ。
「大丈夫だよ、マリリン! 吾妻なんて、丈夫なことくらいしか取柄がないんだからさ!」
「イッタ!! お前、さっきも言った傍から!」
「ふふん、少年よ、痛みに耐えて、美少女三人との細やかな朝の時間を楽しみたまえよ!」
毘奈のこのしょうもない発言に、赤石が過敏に反応し、顔を真っ赤にして否定をする。
「わ……私は……マリちゃんと……ヒナちゃんみたいに……可愛くないです!」
「そんなことないよ、私の見立てではね、ヒカリンは磨けば光輝くダイヤの原石なんだから!」
「そそそ……そんな……私なんて……」
励まされて半信半疑の赤石、続けざまに毘奈は油断していた霧島にしがみ付いて絡みだす。
「そうなんだよ! 私もヒカリンも、目標は高く持たなきゃ! 目指すはマリリンみたいな国宝級の超絶チート美少女だよ!!」
「ちょっと、天城さん、人に勝手な冠言葉を付けないでもらいたいのだけど……」
困惑する霧島に対し、毘奈は急に霧島と向かい合って顔をまじまじと見つめながら、何やら不可解なことを口走る。
「でも私……負けないからね、マリリン」
霧島は一瞬戸惑いを見せるが、毘奈の言葉の真意を悟ったようで、
「ええ、望むところよ、私も負けない」
と、小さな声で囁き、二人は示し合わせたかのように微笑み合っていた。
一体あの後、僕が怪我で休んでいる間に、この二人の間でどんなやり取りがあったのだろうか? 僕にはそんな高度なこと、詮索できるはずもなかった。
「何なんだよ、あの二人? 意味がわからん……なあ、赤石?」
当然僕と同じ立場だと思っていた赤石に、僕は苦笑いしながら問い掛ける。彼女なら素直に肯いてくれはするのだと思ったからね。
でも、僕が一番過小評価していたのは、この小さくて地味なおさげの少女だったのかもしれない。
赤石は僕の問い掛けに、溜息を吐いて僕の顔を真顔で見上げた。
「何なんだよ……じゃないです。あなたが態度をはっきりさせないから、こうなったんですよ!」
「え……あ……赤石?」
「まあ、気付いてないなら別にいいですけど……」
いつもと違い、僕に対してだけやたら饒舌な赤石、これは何だ? 二重人格ってやつか? それとも、彼女の中で僕を同類だと認識しているんだろうか?
そんな僕の想像なんてお構いなく、赤石は僕に釘を刺すように言った。
「もしマリちゃんを泣かせるようなことがあったら、私……あなたを許しませんから」
「は……はい? ええ!?」
そうすると、赤石は何もなかったかのように先を歩く霧島と毘奈の後を追って行った。何なのこの子? いじめられっ子じゃなかったの? 怖いんですけど!
やはり世界は、僕の理解の及ばぬ速さで、日々刻々と変化をしているようだ。
だからきっと、今は学園最凶と恐れられる霧島も、誤解が解けて皆んなと笑顔で過ごせる日が来るのかもしれない……。
「あ……霧島だ! 霧島軍団の登校だ!」
「お前ら、早く道開けねーと、やべーぞ!!」
「相変わらず、すんげー威圧感だな!」
校門を潜って校庭に入ると、やはり旧約聖書のモーゼの如く、人波は真っ二つに割れて昇降口へと続く一本道が僕らの前に示される。
ああ、こんなに毎日聖書に出てくるような奇跡を起こされたんじゃ、神様のありがた味もあったもんじゃないよね。
そうして僕らは、何だか複雑な気持ちでこの開かれた道を進んで行く。周囲からは、あることないこと、尾ヒレの付いたしょうもないヒソヒソ話がひっきりなしに聞こえてくるんだ。
「ついに三頭会の三島をやっちまったって話だぜ!」
「ああ、三頭会の溜まり場にカチコンで、皆殺しにしたってやつだろ?」
「うちみたいなパンピー校が、五竜を潰しちまったのかよ!?」
「あの冴えない男子、弱そうに見えるけど、霧島 摩利香の忠実な右腕らしいよ」
「五竜と喧嘩した時も、相手の数をものともしないで、一番最初に斬り込んで行ったんだって」
「へー、人は見た目によらないね……」
おい、ちょっと待て、霧島だけならまだしも、この善良な男子高校生を絵に描いたような僕に対してまで、有らぬ噂が広がってしまっているじゃないか。
どうやら、人類が本当の意味で分かり合えるようになるまでには、まだまだ途方もない時間を要するようだ。
僕の細やかな願いも虚しく、今日も霧島 摩利香は学園最凶であった。そんな彼女がふと何かを思い出したようで、振り返りざまに僕に問い掛ける。
「そう言えば、那木君、あの件なのだけど……行くのは今日でいいかしら?」
「え……あ? あの件って何?」
色々なことがあり過ぎて、僕はつい余計なことを口走ってしまっていたことを、忘れていた。
霧島は僕がわざと惚けているのだと思ったようで、やれやれ仕方ないなって感じで僕を窘める。
「何って、言ってくれたじゃない……一緒に軽音部に入ってくれるって」
「な……軽音? ……入る?」
そうだ、霧島が狼になってしまった時、僕は確かにそんなことを言った。誤算だった、あんな毛むくじゃらなケダモノだったくせに、しっかり覚えていたか。しかも若干都合よく解釈してるし……。
どうやら、僕のロクでもなく退屈な高校生活は、刺激的で予測不能な気の休まらない日々へと変貌してしまったようだ。
冷や汗ダラダラで苦笑いする僕を見つめ、霧島は穏やかに微笑した。
最後までお読み頂きありがとうございます。
短編と言いつつ、何だかクソ長いお話となってしまいましたね。
初めての短編作品ということで、投稿を始めて以来新しい試みとなりました。
未完結の連載作品に行き詰っていた為、良い息抜きとなったと思います。
以下に今回短編作品を書くことになった経緯を書いておきます。
■執筆の経緯
未完の連載作品に行き詰っていたところ、息抜きで友人と同じ縛りで短編を書いてみようという話になりました。
因みにキーワードは、『ラブコメ』『男主人公』『三角関係』です。
考えてみれば、現実世界が主な舞台のラブコメ作品は書いたことがなかったので、面白い試みだと思いました。
そんな時、この縛りのワードを煮詰めたところ、過去に書いた異世界もののキャラが頭に浮かんできたんです。
完結した作品でしたが、まだまだ書きたかったエピソードがあったり、やってみたかったことがあったので、どうせなら過去作品のキャラを使って完全新作を作ってしまおうと思ったんです。
そんなこんなで、まさかまさかの主人公吾妻君の再登板でした。
■話の内容について
話のコンセプトは縛りのワード通りラブコメ作品です。
いじめだとか、日本の古い信仰だとか、ヤンキー漫画的要素だとか、取り留めががないくらい色々なものをぶち込んだ実験劇場的作品ですが、基本はただのラブコメだと思うと、結構書いてて気楽でした。
案外自分には、異世界ものだとかVRMMOだとかより、こういうものの方が向いてるのかもしれませんね。
■楽曲について
個人的にかなり好きだったので、プライマル・スクリームの『カム・トゥゲザー』をフューチャーしました。
曲調も歌詞の内容も場面にマッチしてて、結構良かったかなと思います。
因みに、『カム・トゥゲザー』はシングルバージョンですので、聴かれる場合はご注意を。
アルバムバージョンは大幅にリミックスされているので、ほぼ別物です。(こちらは上級者向けかな)
興味を持たれた方は、UKロックの隠れた(?)名曲ですので、是非一度聴いてみて下さい。オススメです。
youtubeなどでPVも見られるので、90年代初頭のレイヴカルチャーの雰囲気が伝わってくると思います。→ youtube → Primal Scream - Come Together で検索!
■キャラクターについて
主要キャラクターは、一部を除いて過去作品の使い回しです。
キャラクターがある程度完成されていたので、その点は凄く楽ちんでした。
話の設定が違うので、キャラの細かい背景だとか性格は若干異なります。
ついでなので、主要キャラの紹介、名前の由来をどうぞ。
名前の由来は、基本日本各地の山岳などからとっていますが、主要キャラ三人は仏教の神様とかからも貰っています。
◇那木 吾妻
本作品の主人公です。
理屈屋でひねくれ者と、基本的な性格は原作と一緒ですが、幼馴染に対して歪んだコンプレックスがなかったり、霧島 摩利香に最初からある程度好意的だったりと、少し前向きで大人な感じになったと思います。
因みに吾妻君の名前の由来は、那木……盧遮那仏から、吾妻……山形の吾妻山から。
◇霧島 摩利香
本作品のメインヒロインです。
原作と同じで、ロックをこよなく愛するミステリアスでクールな美少女です。作風上、原作よりも感情の起伏があってコミカルな雰囲気になったと思います。あと、嫌味はあまり言いませんね。
名前の由来は、霧島……九州の霧島山から、摩利香……仏教の神様、摩利支天から。
◇天城 毘奈
本作品もう一人のヒロインです。
キーワードに三角関係とあるので、この作品は霧島 摩利香と天城 毘奈のダブルヒロインなのです。
原作よりも更に主人公に対してアグレッシブとなり、天真爛漫さもウザさもパワーアップしています。原作では完全に吾妻君のお姉さん的な立ち位置でしたが、本作では吾妻君が若干大人な分、少し妹っぽい感じになりました。
名前の由来は、天城……伊豆の天城山から、毘奈……毘沙門天から。
◇赤石 光 ◇空木 恵那
一応まだ連載中のVRMMO作品からのゲスト出演です。
年齢も生い立ちも、性格以外完全に別ものです。
名前の由来は、赤石 光……南アルプスの赤石岳、光岳から。空木 恵那……中央アルプスの空木岳、恵那山から。
■■本作品のスピンオフ短編 2021/9/6投稿■■
『クラスのマドンナ的美少女にいきなり告白されたと思ったら、幼馴染にエチィ本を買ってるところを見つかってゆすられる青春ラブコメ』
★なんと、あの吾妻君にクラス一の美少女が告白!? しかし、幼馴染の毘奈ちゃんにとある弱味を握られてしまい……。吾妻君の栄光と挫折、幸福と悲劇を描いた十四歳の青春ラブコメ。
この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n6603he/
■■本作品の一年前を描いた短編 2021/9/22投稿予定■■
『腹黒くてドライな妹が、僕と幼馴染をくっつけたがる理由』
★吾妻君を毛嫌いする妹の伊吹ちゃんは、何故吾妻君と毘奈ちゃんをくっつけようとするのか?
■原作の異世界ファンタジー作品について
上に書いた通り、元は異世界転移が主題のファンタジー作品でした。
幼馴染との関係に思い悩む痛々しい勇者 吾妻君、クールで毒舌な魔法使い霧島さん、吾妻君を悩ませる天然ビッチな毘奈ちゃんが見られます。
元々、異世界ファンタジーと謳いながら、ラブコメ要素がかなり多い作品だったと思います。この短編よりもドロドロしちゃってますが。
完結した今でもタイトルがしっくりこなくて、コロコロ変えています。
ちゃんと完結してるので、この主要キャラ三人の出てくる話を、もう少し読んでみようと思える方は是非どうぞ。
『失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~』
★失恋から始まる二つの世界を股にかけた剣と魔法の異世界ラプソディ
この小説のURL: https://ncode.syosetu.com/n4934el/
■その他、評価やご感想はお気軽にどうぞ
ご感想は、話の内容でも音楽についてでも、何でもご遠慮なく。一言とかでも滅茶苦茶嬉しいです。
また、質問等あれば、誠心誠意お答え致します。
■友人の作品について
『ラブコメ』『男主人公』『三角関係』という同じコンセプトで、オリジナル短編を友人も投稿予定です。
いつになるか分かりませんが、作品を投稿したらここでも紹介予定……。本当にできるのかな?