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9 二人の旅路

「ユベール様は剣術がお得意なのですね?」

「あくまでも自己流ですよ。今の時代、剣術よりも話術が得意の人間の方が重宝されますからね」


 2人きりの車内。以前より共通の話題も増えたからか、エルシィとユベールは砕けた雰囲気で旅程を進めていた。男性と2人なのだと意識はするが、話をしたい事の方が増えていた。


 伯爵家で伸びやかに育った時代の話も、夜の街に馴染む過程の話も、ユベールにならなんでも話せた。伯爵家の出自を知る人間には心配をかけまいと夜の街の事は話さなかったし、夜の街の人間に教えられてからは、貴族の娘という事を隠してきた。


 自分の全てを包み隠さず話せる相手に、エルシィの胸は自ずと踊っていた。


「こうして旅をするなんて、何年振りかしら」

「乗り心地はいかがですか? もしご気分が悪くなるような事があれば我慢せず、すぐにお話しください」


 腰に剣を携え、片時もエルシィの側を離れず彼女を気遣うユベールが過保護過ぎて、エルシィは思わず吹き出してしまう。


「ふふ。ユベール様はきっと昔に生まれていたら、騎士様だったのでしょうね」

「っ!!」


 まるでユベールは、幼い頃に読んだ絵本の中の騎士様みたいだとエルシィは思った。


「ユベール様が居てくれると、私がお姫様になって、騎士のユベール様に守られているみたいで、とても心強いです」


 幸せそうに笑うエルシィに、ユベールも嬉しそうに微笑み返すが、その顔はどこか憂いを帯びている。エルシィは自分の生い立ちも今の暮らしも把握したユベールに隠し事なく話せるが、ユベールの方は違っていた。


「でも、私もこうして旅をするのなら、護身用の剣術をおさらいした方がいいかもしれないわ」

「それは……、その通りですね」


 歯切れの悪いユベール。彼は誰にも話せないモノを、永く抱えてきたのだ――





 エルシィは旅先で眠ると、セピア色に染まった人物の夢を頻繁に見るようになっていた。


 戦場を駆け巡る長い髪の男であったり、独り部屋で無気力にたたずむ女であったりした。


 そんな夢を何度か見た後、ある日エルシィは、セピア色の女性と同化していた。

 不思議なもので、まるでそれが当然の事のようにエルシィは受け入れている。


 夢の中、あの毒々しく赤黒い色を纏った気持ち悪い男が、再び部屋へとやって来た。以前に見た夢の時と同じで、急に寒気を覚える。


「アリ――」


 男に名を呼ばれたが、返事をする気はない。寝具にくるまり、ひたすら寒気を堪える。


「まるで、脅える餓鬼だな」


 餓鬼と言われようが、挑発に乗る気はない。男に掴みかかりたいが、ひたすら怒りと寒気を堪える。そこへ、一人の兵がやって来た。


「――――様。金騎士が見つかりません。どうやら逃げ延びたようです」

「分かった、すぐに行く。いいか、お前はここで大人しくしているんだぞ?」


 そう言って男たちが部屋からでると、硬い重石で塞がれていたような感情が弾けて飛び出してきた。一気に胸に熱いモノが込み上げる。


(金騎士……。ヒューバートは生きている!?)


「ヒューバートに会いたい。なら、会いに行くのよ! ここに居ても、私の命が有効に使われる事はもうないのだから!」


 後者は、会いたいと思った事を正当化する言い訳だったが、ヒューバートが生きているのなら、なんとしても会いに行く。

 同化しているエルシィも、はっきりとその想いを自分のモノとして感じている。


 夢の中の女性の決意が流れ込むと同時に、エルシィの目が開いた。


「ヒューバート……。会いたい……」


 目覚めと同時に、エルシィも呟いていた。

 夢を引きずって覚醒が鈍いエルシィも、強くヒューバートという男を求めていた。



(初恋が夢の中の騎士様だなんて、拗らせすぎね……)


 普段なら数時間も経つと、夢見た時に受けた感情など綺麗サッパリなくなるのだが、その『ヒューバート』という男への焦がれる想いだけは、いつまでたっても消えなかった。その事に気づいたエルシィは酷く困惑し、現実にはいない騎士への淡い想いをもて余していた――




 一方、悶々としながら旅をする者がこちらにも居る。ユベールだ。エルシィに騎士の様だと言われた日から、抑えてきたはずの劣情が溢れてしまいそうだった。


 ユベールは過去をしっかりと覚えている。何度も繰り返される生を、ただ一人の女性を探して生きてきた。


 エルシィの顔を隠していたベールを上げた時、何度も繰り返した生で探しても見つからなかった人が目の前にいる事に、当然のように気がついた。直ぐにでも抱きしめたかったが、なんとか理性で抑えた。


 記憶の最愛の女性とエルシィは微妙に異なる。同じ紺碧の瞳でも記憶の方が目つきは鋭かった。唇は薄くエルシィやりも大きかったはずだ。


 しかし、輝きや 纏う空気は記憶と同じだった。どんなに瞳が穏やかだろうが、口がふっくりとして少し小さく感じようが、鼻筋もまろやかだろうが、彼女が生きていると思うと胸が痛い程締め付けられる。


 やっと見つかったと思った。が、つぶらな紺碧の瞳をさらに大きくし、自分をキョトンと見つめてくる彼女に言えただろうか?


 貴女は私の運命の女性です。と……。


 言えるはずなどない。


 愛し合っていた人と引き裂かれた時の記憶を。何度も生を繰り返したのにも関わらず、愛する人が見つからない空っぽの人生の記憶を。


 目の前の女性が忘れているのなら、その方が幸せだと思った。

 ただ、この御方の側で生きることがやっとできるのなら、それで充分だと己を納得させた。


 もちろん、幾度となくその温もりを確かめたくはなったが、その都度理性で抑えるしかない。


 そんなユベールの苦悩を知らぬエルシィだったが、二人旅の道中で否応なしに近づく距離に、ユベールは翻弄されていた――

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