7 夜の街の少女
エルシィがいる時よりハスッパな物言いのミランダが、ユベールが本題に入る前に突っかかった――
「それはまだハッキリ言えない。だが、私はあの方に、もっと美味しい物を食べてほしいし、もっと服を着飾ったり、化粧をしたり、女性らしく楽しんで生きてほしい」
「ふうん。あたしと一緒じゃないか? 同志だね」
ミランダは大きな瞳を細め、煽るように身体をしならせ艶っぽく笑う。それに対し、ユベールは眉一つ動かさない。
「へぇ、感情が動くのはエルにだけかい? たいしたもんだ。男が女に入れ込む理由なんて、単純なことだろうしね」
「……」
「いいよ、私が知っている事を話してやる。エルには内緒だよ? あの娘が拗ねると大変だからね」
――5年前――
ある日の夜の街に、ドレスを着たご令嬢が客引きをしていると噂が走った。
あたしも冷やかし半分で、様子を見に行ったよ。
「私は占いができます。いかがでしょうか?」
「お嬢ちゃん。僕、人に占いの内容を聞かれたくないんだなぁ。僕とお嬢ちゃんが2人だけになれる所へ行きたいなぁ」
どんな高慢な女が落ちぶれて客引きをしているのかと思えば、あたしより年下の何も知らなそうな幼気な少女じゃないか。
周りには、その様子をニヤニヤと眺めている男もいれば、自分が少女をいただこうと参戦する男もいればで、異様な熱気に包まれていたさ。
「そいつより、俺の方が金払いはいいよ? なんたって、優しいし!」
幼女好きな変態共の格好の餌食だ。いいとこのお嬢さんなんていけ好かないはずなのに、思わず助けに入っていたよ。
「お兄さんたち悪いね。この娘、うちの上客の娘さんでね。ちょいと腕試しがしたかっただけなんだ。面倒事んなるとあたしが怒られちまうから勘弁してよ」
「なんだ、店の姉ちゃんがお迎えかよ」
男共も、この街で商売をしている人間を敵に回したくはないんだ。店の商品と揉め事を起こしても得しないからね。
「騒がせてごめんねぇ」
「しゃーねーなぁ」
相手が引きやすいように笑って頼むと、あっさり奴等は引いてくれたよ。
あたしはとりあえず少女に説教をした。
「ちょっと、あんた。そんなに占いがしたいのなら、まず、占いができるような恰好をしな。それと、あんたの顔、しばらくはベールでもすっぽり被って隠しておいた方がいいよ」
「そうなのですか? 私はエルシィと申します。服やベールと言われましても、お金を持っていないのです」
あたしより年下のお人形さんのクセに、ハッキリと意思を宿した強い目で答えてきやがった。
「昼間は教会でお手伝いをして、そこでお世話になっていますが、私が面倒を見てもらう分、困った方が教会に入れないと考えたら、少しでもお金を稼ぎ、自立しようと思ったのです」
貴族なのに問題事でも起こして没落した家のお嬢様なのかね。巻き込まれるなんてまっぴらだけれど、よくよく考えたら、夜の街にいるヤツなんてみんな問題事を抱えた奴ばかりだ。
さっきみたいに男に絡まれて、最悪死なれたりしても寝覚めが悪い。
「そのドレスを売ればいいじゃないか? 占いで稼ぎたいんだろ?」
「ドレスはどこで売ればいいのでしょう? 占い師の方とお会いした事がないので、服装も分からないのです」
もう、本当に放っておけない娘だね。
「あ~、面倒だね。明日休みだから、付き合ってやるよ。明日はもう少し明るいうちに街に来な」
柄にもなく少女と待ち合わせして、せっかくの休みを潰すことにしていた。
まあ、次の日も大変だったよ。
金を稼ぎたいって言うわりに、金の種類も分からないし、金銭感覚もまったくない。
どうやって買い物をすればいいのかさえ分からない。それで自立しようだなんて、呆れたくもなったよ。
でもさ、素直に質問されニッコリ笑われると、店員もあたしもいつの間にか甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
教会から街まで歩いて来てるらしく、華奢な靴を履いていた足には豆が出来てつぶれていたし、明るいところで見ると、ドレスも着まわしていたみたいでボロボロだった。
飾りの宝石がついてたからお金にはなったけど、本人も身につけているものも目も当てられない程ボロボロだったんだ。
「あんたさ、その……、辛くはないのかい?」
「辛い? ですか? そうは思いません。こうして生きていること自体幸せな事ですよ?」
一体いくつの娘が、死ぬ直前の婆さんのような事を言うんだろうね。
自分だって駆け出しの踊り子でカツカツなのに、その日もまだパンしか食べてないって言うからさ。行きつけの屋台でご馳走までしていたよ。
その日で一応の体裁は整えたけれど、でも、やっぱり夜の街で生きていくなら、親分と面通ししておいた方が一番安心だ。
深入りするつもりは全くなかったのに、完全にほだされたあたしは少女をエルと呼び、親分の所にエルを紹介するため連れて行った。
あんたも会って来たんだろう? あんな、鬼みたいな人相の強面大男に、14のお嬢ちゃんが臆することなく、踊り子のあたしでも綺麗だと思う立ち振舞いで挨拶したんだ。
「はじめまして。エルシィと申します」
って、すました顔で、お貴族様がするような礼をしたんだよ?
ゴロツキ共が狼狽える中で、親分が大笑いさ。
「お嬢ちゃん、その礼はこの街に入ったら止めるんだな。ここでは頭を下げるか手を振るかにしな。その約束は守れるか?」
「はい。守ります」
親分が笑ったって周りがどよめく中、無垢な少女と悪鬼がさらに談笑しはじめたんだ。エルが占いで生計を立てたいと言うと、占いなんて一番縁のなさそうな親分が関心を示したりしてさ。
親分がデレデレしてエルと話をし始めたもんだから、子分たちは居たたまれなくなっちゃってねぇ。
鼻の下を伸ばす親分と目を泳がせる子分共、そして、楽しそうに喋るお人形の様なエル……。あの絵面だけは強烈過ぎて忘れられないよ。
エルには人を惹き付け、ついて行きたくなるような何かがあるんだ。あたしもあんたもそうだろう?
「よし、今日からお嬢さんちゃんは、この街の仲間だ。困ったことがあればいつでも来な」
「ありがとうございます」
しばらくすると、親分は新入りの占い師がお気に入りだって噂が広まって、エルは誰もが認める夜の街の住人となった。
「エル。昼間は教会の手伝いをして、夜はここに来て商売しているって言ってたけれど、いつ寝てるのよ?」
「うーん。確かにあまり寝る時間はないかもしれないわね。でも、なぜか3時間も眠るとスッキリ起きられるのよね」
たちまちエルの占いは当たると評判になり、教会の世話にならなくても自立出来るくらいの稼ぎはあるはずだ。
そんな生活を続けていればその内身体を壊すと思って、お客さんの伝手で安く借りられそうな家と店を探した。
それが今のエルの住処と店さ。
あの娘、信じられない程の節約をして、稼ぎはどこかに寄付しているらしい。あの娘は自分を甘やかさない。
あたしや親分みたいに仮初めの仲間じゃなく、本来エルが生きる場所であの娘を甘やかしてくれる人が居ればいいのに……。
「ずっとそう思っていたのさ……。あたしの話はこんなところだよ。満足したかい?」
「ああ、ミランダ殿。ありがとう」
「礼はいらないよ。エルに幸せになってほしい同志だからねぇ」
「そうだな。私もエルシィ様を見つけたからには、全力でお守りする」
意気込んだユベールに艶っぽい笑みを浮かべ、ミランダは雇われ先の酒場へと入って行った。