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6 夜の街の住人

「エル、久しぶりだな。元気そうじゃねぇか」

「親分さん、ご無沙汰しておりました」


 筋骨隆々のイカツイ漢がドカリと椅子に座り、エルシィとユベールを待っていた。

 この街の夜を仕切る『親分』である。

 名前は誰も知らない。知っている者も居るのかもしれないが、誰も口にはしないのだ。


 親分はユベールの方へ視線を向けると、眼光鋭く睨み付けた。


「で、あんたはお貴族様か? エルの何なんだ? 何しに来た?」

「私はジェスタン侯爵家の当主、ユベールだ。エルとは目的を同じくする同志で、今日は貴方にお願いがあって来た」


 矢継ぎ早に放たれた親分の質問に対し、ユベールは簡潔だが的確に誠実に答えた。

 エルシィの立ち位置を気にして『エル』と呼んでくれる配慮もくすぐったい。


「ほう。まあいい。とりあえず、そのお願いとやらを聞こう」


 元から顔見知りの自分がお願いをした方がスムーズだろうと、エルシィはユベールに合図をし、自身の口から説明をした。


「親分さん。実は私、伯爵家の娘なのです。5年前、領地の火災で両親を亡くし、ここの街でお世話になることにしたのです」

「なんとなく知っていたさ」


 腕を組み、少しだけ寂しそうに親分は言った。

 エルシィが高貴な身分の生まれであるとは察していたが、親分としては、この街に来てしまった穢れなき少女を守ると決め、実行してきただけだった。

 だが、とうとうエルシィから本当の出自を伝えられ、少しだけ彼女の存在を遠くに感じたのだ。


「そうでしたか……。こちらのユベール様から聞いた話によると、私の両親が火災で亡くなったのも、ユベール様のお父様が亡くなったのも、ある男の犯罪の調査をしていたからかもしれないそうです」


「なんだと? そいつはなんて奴だ?」


 踊り子のミランダに連れられてやって来た時のエルシィは、まだまだ幼い世間知らずの少女だった。

 その少女から両親を奪った男がいると思うと、義理人情に厚い親分の頭に血が上る。


「ブレイク侯爵という方です」

「あの野郎か。だいぶ前から、俺たちでもしねぇような汚い商売をしている奴だ。ブレイクソ侯爵のせいで、俺たちの島に外から入ってくる輩も増えた」


 ブレイク侯爵の人身売買や麻薬密輸のせいで、この辺りの縄張りが荒らされているらしい。


「だが、お貴族様はどんなに圧をかけようが、金に物を言わせて次から次と揉み消してしようがねぇ。ゴロツキは駒としか思ってねぇんだ」


「そちらのルールで対応出来ない部分は、こちら側のルールでキッチリ対応させる。すでに奴のあこぎな商売の証拠を押さえてあるし、重い処罰がくだるだろう」


「そこまで来ていて、俺たちは何を協力すればいいんだ?」


 『ならとっととやれよ』と挑発するように、親分はユベールに尋ねる。


「エルの故郷の火災の原因と両親の死因が分かっていないし、私の父を暗殺した者が捕まえられない」


「そうか、そういうことか。いいだろう。互いの利害も一致するようだし、他ならぬエルの頼みだ。聞こうじゃないか」

「親分さん、ありがとうございます」


 ベールを取って微笑み、頭を下げるエルシィに、親分の相好が崩れる。

 周囲にいる手下たちも、また親分のデレが始まったのかと呆れ顔だ。


「エル、ちゃんと大船に乗せてやるからな! 安心しろ! この後、ミランダの所にも行くんだろう? 俺が動くことを言えば、アイツも安心して協力するだろう」

「はい。行ってきますね、親分さん! 本当にありがとうございます」


 デレデレとしながらゴツイ手を振る親分に、エルシィとユベールは礼をし、アジトを出た。




「事を成せば、エルもこの世界を卒業だな……」


 2人が出ていった部屋で、やはり寂しそうに親分は独りごちた。


 この夜の世界でも全くすれないエルシィの存在は、闇夜に舞い降りた天使の様に、夜の街の住人の心を照らしてきた。


「おめえら、ニヤニヤしてねぇで、サッサと動け! 5年前に羽振りよくなった奴を片っ端から押さえろ!」


「「はい!」」


 夜の街のゴロツキ、もとい、ちょっとだけ血の気は多いが気心優しいおじさんたちが動き出した――



 ***



「なによ~。エルから誘ってくれたかと思ったら、男連れじゃないの~」


 酒場の踊り子ミランダとは彼女の出勤1時間前にエルシィの店で待ち合わせた。


(美男美女が狭い所に揃うと、迫力があるわよね)


 そんなことをエルシィが考えているうちに、2人が自己紹介を済ませていた。

 先ほど親分に説明をした事と同じ内容を話すと、ミランダは怒ったり、涙をこらえたり、表情をコロコロと変えながら聞いていた。


「エルたちの親が殺されたってんなら、許せる話じゃあないわね。ユベール様さぁ。この子がこの街に現れた時、どんなだったか知ってる?」


「ミランダ、恥ずかしいから止めて」

「あたしはそのブレイクって奴だけでなく、あの時エルを助けなかった、他の貴族たちにも腹を立てているのよ」


 エルシィが夜の街に現れた時からを知っているミランダは、ユベールを責めるように言う。


「ミランダ、私が選んだ事だったのよ? お願いだから止めて?」


「エルとだって、本当ならこうして気安く喋れる身分じゃないのに……。どこまでお人好しなのよ……。んもう、あたしにできる事はなんだって協力するよ。例え貴族だって告げられたって、エルはあたしの妹分なんだから! じゃあ、もう仕事行くからね!」


 そう言ってミランダは、やり場のない怒りと寂しさを抱えながら店を出た。

 ミランダも、とうとうエルシィの口から出自を告げられ、彼女が遠くなったように感じていた。寂しくて仕方がないから感情的になり、妹分だと釘まで刺してしまったのだ。


「またね、ミランダ!」


 貴族だと明かしたからといって、何も変わる気がないエルシィの想いを親分もミランダも分かってはいるが、厳しい現実を知っている夜の街の住人だからこそ、エルシィの想いを素直に受け止め、前向きには考えられないのだろう。


 ユベールも、『お店にお客さんが来るとまずいでしょうから』と言い、帰って行った。




「ミランダ殿――」

「エルの過去を聞いてどうするんだい? 夜の街の住人を詮索するなんて、タブーだよ?」


 エルシィがいる時よりハスッパな物言いのミランダが、ユベールが本題に入る前に突っかかった――

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