5 共通の敵
エルシィの肌が粟立った。父の死の真相とは一体なんの事だろうか――
子どもだった自分が知らされていなかっただけで、父は何か事件に巻き込まれていたのだろうか?
ユベールに連れられ、エルシィは再びジェスタン侯爵家のサロンへとやって来た。
深夜の来訪者に対しても、丁寧に給仕してくれた使用人が部屋を出ると、ユベールが口火を切った。
「私は、ロンディアーヌ伯爵領の大火災の原因は、放火だと考えています」
「まさか……」
「今から、エルシィ様にとってショッキングな事をお伝えしなければなりません……」
今日は下ろしているユベールの長めの金髪と紫の瞳が、戸惑い気味にゆらりと揺れる。伝える側も苦しんでいるようだ。
「分かりました。どうぞお話ください」
少し身体に力を入れ、真っ直ぐ見つめ返してくるエルシィとユベールの視線が合う。エルシィの覚悟を受け取ったユベールが語りはじめた――
***
「ロンディアーヌ領の大火災から1年も経たないうちに、我がジェスタン家の当主だった父が死にました」
領地の視察からの帰りで、馬車の滑落事故だったが、ユベールが現場を確認すると、馬の脚には矢の刺さった痕が残っていた。
車内に荒らされた形跡はなく、盗み目的ではなかった。
「明らかに、父は暗殺されたのです。しかし、犯人は捕まりませんでした……」
そして、ユベールは侯爵家の当主となり、首都グラファダと領地を行き来しながらも、一向に犯人を特定できず、臍を噛む想いをしていた。
「今から3年前、父の死から2年。領地の父の書斎から通じる隠し部屋が見つかり、その部屋にあった引き出しの中から、父の残していた書類や日記が出てきました」
そこにあったのは、当時財務大臣だったブレイク侯爵が、人身売買を行っていた証拠だった。
ユベールの父の日記には、その犯罪の証拠を集めている最中の事柄が記されていた。
「法務大臣だったロンディアーヌ伯爵と、軍務大臣だった父が協力し、ブレイク侯爵の罪を暴こうとしていたのです」
グラファクトリア国の財政を司る立場を利用して私腹を肥やすブレイク侯爵を、2人の父は何度も諭したが、改められる気配は全くなかったらしい。
「しばらくは、順調な証拠集めの経過が書かれていました。ところが、5年前のロンディアーヌの大火災が発生した後の日付から、書かれた内容は一変します」
火災対応のために領地に戻った伯爵夫妻が揃って亡くなった事を不可解に思ったユベールの父は、ロンディアーヌ領で何が起こったのか調査をはじめた。
分かった事は、火災時にならず者と領主ではない貴族の男が、同じ馬車に乗り込むところを目撃した者がいて、貴族の男の特徴はブレイク侯爵と一致していた。
「ですが、混乱の最中での出来事であり、伯爵夫妻の御遺体も判別できないような状況で、父の調査は思うように進みませんでした。次第に、その悔しさが吐露されるようになっていったのです」
『ロンディアーヌ伯爵は、自分と同じ銀の髪を持つ娘を溺愛していたのに、我が子を一人残して死んでしまうなんて……。さぞや無念だろう。必ず、友の死の真相を明るみにせねば……』
「しかし、盟友夫妻の領地の火災と死に疑念を抱いたまま、今度は父が暗殺されました……」
あまりにも出来過ぎた流れに、もう一度自分がブレイク侯爵を中心に、ロンディアーヌ領や父の暗殺について調べてみるべきだとユベールは考えた。
***
「ブレイク侯爵の新たな罪の証拠を集めつつ、同じ敵を持つもの同士と思い、貴女の事も調べておりましたが、一向に貴女の行方は掴めませんでした」
「そうだったのですか。少しだけお話しましたが、全てのロンディアーヌ家の財産を今後の領地のために使っていただくため、街の家も手離したのです」
今度はユベールが、黙ってエルシィの言葉に耳を傾けている。
「それからは、毎週通っていた教会にしばらくの間お世話になりながら路上占いをはじめ、数年前に間借りした部屋で商売ができるくらいにまでなりました」
辛い話を聞いたばかりなのに、エルシィの瞳には力が籠っていた。彼女の中で、少しずつ少しずつ湧き上がる感情があった。
「あの日、ユベール様がお店に来てくれてよかった……。ロンディアーヌで起きたことを、必ず突き止めなくては」
「本当にお会いできてよかった……。いつかロンディアーヌ家のご令嬢に会って、父の日記の事を話せる機会があればと思っていました。あの日、勇気を出して占いに行ってよかった」
「まあ!」
思わず互いに微笑み合うと、重い空気が和らいだ。
「ここで初めて話した日から、夜の街で占い師をしているエルシィ様が心配になって、貴女の様子を見に行きました。が、手ぶらもおかしいと思ったのです」
「そのような事をお考えだったのですか!」
よく知らない人間からの突然の贈り物は裏がありそうで怖いが、理由が分かれば単純に嬉しい。
「いざ手土産を買ってみたものの、冷静になると、貴女に会いに行く理由も贈り物をする理由も、その時はお伝えする覚悟ができず、閉店間近の入り口に置いて来るのが精一杯でした」
エルシィがユベールを捕まえなかったら、優しいこの男はブレイク侯爵の事を話す切っ掛けを得られなかったのだ。
「ユベール様はお優しいのですね」
緩んだ顔を咄嗟に引き締め、ユベールがエルシィに尋ねる。
「貴女の占いは本当に当たります。評判の占い師とはいえブレイク侯爵の話を突然するわけにも行かず、私事で試してしまいました。エルシィ様のそのお力で、ブレイク侯爵について、何か分からないでしょうか?」
エルシィはブレイク侯爵の事を何一つ知らない。それで夢を見ることは難しく、また過去の夢を見ることはあっても、事実なのかどうかは疑問が残る。
「私の占いでは、残念ですが過去を占うことができないのです」
「そうでしたか」
そう答えるしかなかったが、真実を突き止めたい気持ちはエルシィも同じだ。
「ですが、私でお役に立てることがあるのなら、なんでもいたします。ユベール様のお父様と、両親や領地に起きた真実を知りたいです」
「実はですね、父の死から5年が過ぎて油断してきたのか、最近、街の酒場を貸し切って羽振りよくしているブレイク侯爵の一行が度々目撃されています」
「父が残した書類もあり、奴の人身売買と麻薬密輸の証拠を押さえています。後はエルシィ様と私の家に対して働いた悪事の証拠を掴める事が出来れば……」
「夜の世界や酒場なら、伝手があります。私の方でも調べてみます!」
「い、いけません! そんな危険なことを伯爵家のご令嬢にさせるわけにはまいりません!!」
ものすごい圧でユベールに詰め寄られエルシィはたじろいだが、5年間、夜の街で商売をしてきたという自負がある。
「夜の世界を取り仕切る親分さんとも懇意にしておりますし、知り合いの踊り子さんがいる酒場に情報があるかもしれません」
「夜を仕切る親分に酒場の踊り子……」
純粋そうなエルシィからは想像できない言葉が出てきて、ユベールの目が泳ぐ。彼の中では、よろしくない妄想が膨らんでいるようだ。
なんとなく察したエルシィは、わざと少しだけムスッとしてユベールに言い放った。
「親分さんも、ミランダも、義理人情に厚い人たちです! 勝手な偏見で決めつけないでください!」
思わぬエルシィからの攻撃に、今度は瞳を瞬かせて驚いたが、ユベールは言い切った。
「エルシィ様が動かれる時には、私が必ずお供いたします!」
「ええっ!?」
その後協議を重ねたが、明日のエルシィの仕事前に親分とミランダの所へ、2人で顔を出すことになってしまった。