4 不相応な贈り物
「わざわざ追いかけて来たのか。律儀なことだ」
屋敷のサロンに通されたエルシィの前に、背の高い美丈夫がやって来た。
長い黄金の髪をフードから見えないようにしていたのか、きつく1つにまとめていた。
声はやはり、黒ローブの男と同一。ユベールという名の男は、この屋敷を所有する貴族の身内であることは間違いなさそうだ。
思わずエルシィは立ち上がり、貴族の令嬢として非の打ち所ない美しい礼をとる。
幼い頃に身につけた所作は、そう簡単に抜けるものではない。
「ご自宅まで追いかけて来てしまい、申し訳ございませんでした。ですが、報酬をこんなに受け取ることはできません。お返しいたします」
銀貨を手のひらに乗せ、ズズイとユベールに差し出す。が、彼が受け取る気配は一向にない。
「あの……、お受け取り下さい……」
恐る恐る顔を上げたエルシィの方を、ユベールが凝視していた。
「つかぬことをお尋ねします。なぜ、ご令嬢が占い師などをしているのですか?」
「え?」
突然自身の事を尋ねられ、エルシィは咄嗟に回答できなかった。
「失礼――」
ユベールに素早く間合いを詰められ、エルシィのベールが上げられる。
「あっ!」
「なっ!」
互いに見つめ合うこと数秒。だが2人には、長い時間に思われた。
「まさか……。貴女は、ロンディアーヌ伯爵の忘れ形見ではないのですか?」
この男が貴族の家の者なら、父と会っていてもおかしくはない。父譲りの銀の髪は、珍しい物だ。同じ紺碧の瞳も、父の知り合いからすれば懐かしいものかもしれない。
貴族とばれると街の暗がりで生きるのに多少面倒なだけで、貴族相手に隠そうとは思っていなかった。
エルシィはユベールに、素直に素性を話した。
「はい。一人娘のエルシィ・ロンディアーヌと申します。ユベール様は、父の知り合いなのですね」
「やはりそうでしたか……。私はユベール・ジェスタン。5年前、このジェスタン侯爵家を継ぎました。少しお話を伺いたいのですが、お時間はよろしいですか?」
先ほど店を閉めてから来た。父の知り合いという安心感もあり、エルシィはジェスタン家のサロンで少し話をしていくことにした。
「まさか、ロンディアーヌ伯爵家の方と、こうしてお会いできるとは思ってもみませんでした。火事の後、タウンハウスにいて助かったというお嬢さんも、行方不明と聞いておりましたので」
ロンディアーヌ伯爵領の大火災の際、タウンハウスに残ったエルシィは助かったこと。
しかし、災害対応の指揮をとるため、領地に戻った父と母は亡くなったこと。
伯爵家の財産は国に任せて処分し、全て領地のために使ってもらったこと。
その後は、心得のあった占いで生計を立てていることを、エルシィは手短に説明した。
「そうでしたか。私にできることがあれば、できる限りお力になります。いつでもこちらにいらしてください」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
ユベールに再び礼をし、エルシィはジェスタン侯爵邸を立ち去ろうとした。
「まだ夜明け前です。女性一人で帰らせるなんてマネはできません。馬車で送らせます」
丁重にお断りをしたが、ユベールに押し切られ、エルシィは侯爵家の馬車に揺られ帰路へと着いた。
「エルシィ様に何かあっては伯爵に顔向けできません。私が送ります」
と、ユベール自らついてきたが、狭い空間の中、仕事以外で異性と向かい合うとなると気恥ずかしくて仕方ない。
「「……」」
車内には、無言の時が流れていた。わざわざ送ると言った当のユベールも、どこか上の空らしく話題を振ってくる様子はなかった。
(まあ、先程の占いの結果もありましたし、ゆっくりお考えになりたいのかもしれないわね)
何とも言い難い空気だったが、相手の事をおもんばかって、エルシィは黙って馬車に揺られた。
***
ユベールと話をした日から、閉店後の占いの館の扉前に贈り物が置かれるようになった。
今日は、カードを添えられた花が置いてある。
“お疲れ様でした”
差出人の名前は書いてないが、筆跡で目星がついていた。
「ユベール様……」
けして、憐れみやほどこしを欲して過去を打ち明けたわけではないのに、ユベールからの贈り物は連日続いた。
明くる日もまた次の日も、店から出ると贈り物が置かれている。
ある日は流行りの店の菓子。
別の日には豪華過ぎでも華美でもない、シンプルだが質のよさそうな髪飾り。
エルシィも贈り物は嬉しいのだが、戸惑いの方が勝っていた。
「どうしましょう。毎日贈り物をいただく理由などないのに……」
ユベールがなぜここまでしてくれるのか、見当がつかない。
それに、いくら夜の人通りが少ない時間帯とはいえ、盗まれることなくエルシィの手元に必ず届くことも不可解だった。
エルシィは意を決し、事の真相を確かめることにした。
その日、わざとカーテンに隙間をつくり、閉店近くの店の前で、立ち止まる人物が現れるのを待った。
人影が見えたらすぐに店を閉め、出られるように準備をしている。
(来たわ!)
閉店5分前。店の前で立ち止まる人影があった。
静かに近づき、そっと扉を開く。
「やっぱり、ユベール様でしたか」
できる限り穏やかに声をかけたつもりだったのに、ユベールの身体がビクリと跳ねた。
「いつもお心遣いをありがとうございます。ですが、ほどこしを受けるほど、落ちぶれてはおりませんよ?」
「違うのです。ほどこしなどではないのです」
ならば、なんだというのだろう。火事で家族も故郷も失くしたエルシィに対し、ユベールが毎日贈り物を届けてくれる理由が分からない。
「ここで話せる内容ではありません。ロンディアーヌ伯爵の死の真相にも関することなのです」
エルシィの肌が粟立った。父の死の真相とは一体なんの事だろうか――