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3 不相応な対価

 どこまでも胸を締め付ける、儚い夢だった――


 慣れた狭い無機質な部屋で、エルシィの目が覚める。


「私……、泣いていたのね……。お客さんの夢、見られなかったわ……」


 自分の頬を伝うものに驚いたが、客の夢を見られず申し訳ない気分になった。


 だが、こんな時のために設けている予備日だ。

 きっと明日は、黒ローブの男に訪れる未来を見ることができるだろうと、気持ちを切り換える。


 顔を洗い、湯を沸かして身支度をする。沸いた湯でお茶を淹れ、溶いた卵と牛の乳に砂糖を混ぜて浸したパンをバターで焼き、気分を晴らすように齧り付く。

 ほんのりとした甘さが、沈んだ気分を上げてくれた。


 そしてエルシィは鞄一つを抱え、また日暮れの街へと出かけて行く。

 繰り返す毎日は、幸でも不幸でもないと思っている。ただ他人から見ると、ストイック過ぎて心配になる生き方だった。



 ***



 その翌日、やっと黒ローブの男の夢を見ることができた。


「――――様、千年の時を越えた今も、貴女を探しています。貴女は今、何処にいるのですか……」


 一人の女性を探し、黒ローブの男が暗闇を彷徨っている。

 天も地も、右も左も分からない。もしかすると、黒い球体の中を堂々巡りしているだけかもしれないとさえ思えた。

 そんな不愉快ささえある夢だ。


 どこまでも、どこまでも走っても、愛しい人は見つからない。


「また人として生まれることができたのだから、必ず貴女を見つけ出します」


 エルシィの視点も思考も、黒ローブの男に同化していた。

 つまり、夢の中でエルシィは、男の感情をそのまま受け止めている。


 だが、求める女性の姿はどこにもないのだ……。

 夢の中の男の胸が、ぎゅっと締め付けられる……。眠っているはずのエルシィの胸も、同じ痛みを感じていた。


「私は貴女しか愛せないというのに……」


 そこにあるのは、深い愛情と哀しみだった。


 ついに男が足を止めた時、黒い球体にヒビが入ったように見えたが、そこで夢はプツリと途切れた――





「また、泣いていたわ……」


 他人を占うための夢で泣くなんて、16歳の時以来だ。

 よほど、深い業を背負った男なのかもしれないと思った。


「なんて悲しい目覚めなの……」


 夢見の占いの問題点は、客観視していると思っていても、時々、相手の感情が流れ込んでくることかもしれない。

 しかし、2日連続で泣き濡れて目覚めるなど、今まで経験したことがなかった。


「早く、その人が見つかればいいのに……」


 その想い人と出逢いさえすれば、黒ローブの男の業は解けるのだろう。

 悪く言えば、その人以外愛せないのだから、相手の女性に出逢えるまで、あの男の運命は動かないのだ。


 例え、何度生まれ変わろうとも……。



 ***



「大丈夫です。貴女の望みどおり、旦那さんは必ず家に戻りますよ。その時には小言を言わず、優しく迎え入れてください。そうすればずっと、家族仲良く暮らせます」


「はい、ありがとうございました」


(ふぅ。あとは店仕舞いでいいかな)




「まだよろしいか?」

「どうぞ」


 3日経っても来なかったから、信用されずもう来ることはないと思っていたが、あの黒ローブの男がやって来た。


「遅くなってすまない。結果を聞きに来た」

「はい。大丈夫です。どうぞお掛けください」


 ただ、彷徨っているばかりの男の苦しい心情を思い出し、エルシィの胸がまたもや締め付けられた。

 少しだけきつく結んだ口元で、エルシィの心を読んだのだろうか。男は穏やかな声音で言った。


「大丈夫だ。ハッキリ伝えてほしい」


「分かりました。貴方は、前世からの運命で結ばれた女性を、今も探しています。そのため、他の女性に興味を持てないようです」


 特に驚いた様子もなく、男は続ける。


「そうか。その女性はどこにいるのだろうか?」

「その女性と出逢えるかどうか、どこにいるのかは、分かりませんでした」


「……そうか。分かった」


(えっ? それでもいいの? あんなに焦がれているのに……)


 運命の女性を探しているのに、見つからないかもしれないなんて悲愴な事を告げられたのにも関わらず、妙に納得している様子の男に、エルシィは戸惑いを隠せなかった。


「謝礼はいかほとだ?」

「いえ、出会えるか出会えないかを占ったはずなのに、答えが出なかったのですから、お代をいただくわけにはまいりません」


「いや、納得できる答えだった。少しばかりだか気持ちだ。受け取ってくれ」

「いけません! お待ちください!」


 机に銀貨数枚を無造作に置き、店を出ようとする男を引き留めたが、そのまま男は出て行った。


 慌てて銀貨を拾い集め追いかけたが、男は早い足取りで夜の闇へと消えてゆく。


「せめて、1枚だけにしてほしいわ……。残りはお返ししないといけないわね……」


 銀貨1枚でも破格の報酬だ。それ以上は受け取れない。

 店の鍵を閉め、報酬を返しにエルシィは未だ暗い街へと出た。



 夜の街を大股で歩く男に追いつこうと必死に走り、男が消えた角を曲がると、男の背を捉えることができた。


「待って……ください」


 エルシィも運動神経はいいのだが、さすがに男の早足には追いつけない。

 息を切らしながら呼び止めるも、男の耳には届かなかった。


 角を曲がる度に見失う男の背を追っていると、いつの間にか、貴族の屋敷が建ち並ぶ区画に来ていた。


 エルシィは、かろうじて男が入った屋敷を特定できた。


 瞬きを何度もし、目を見張る。やはり、貴族の屋敷だ。

 大きな門構えの前に立って見張りをしている門番に、息を整え用件を伝える。


「こちらに、ユベール様はいらっしゃいますよね? 今し方いただいたお金を、返しに参りました」


 相手が顧客カードに記入する際、偽名を使った可能性もある。だが、一か八かそのままを話した。


「確認して参ります。お待ち下さい」


 日が昇らぬ夜更けにやって来た胡散臭い占い師だが、金をむしり取ろうとするのではなく、逆に返そうとしている。

 門番も追い返すわけにはいかなかったらしい。

 そのまま屋敷の中へと入って行った。


 顧客カードに書かれた名前は、偽名ではなかったようだ。


(偽名でなくてよかったわ。これならちゃんとお金をお返しできそうね)

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