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2 哀切なる夢

「……運命の人に出会えるのか、占ってほしい」


(ロマンチストな方なのかしら?)


 エルシィは職業柄、他人の悩みや欲望に必要以上の関心を示さないように心掛けているが、思わずそう思ってしまった。

 しかし、この手の依頼の時は少々困る。

 仮に、エルシィの夢に恋人たちが出てきたとしても、相手が運命の人かどうかまでは判断できない。


 だから、『運命になるかどうかはこれからの貴方次第ですが、幸せそうに恋人と笑い合える未来は訪れますよ』などという形で答えている。


「かしこまりました。運命となるかどうかは、私には分かりません。ですが、貴方の側に恋人がいるかどうかは分かります。それでもよろしければ、ここに必要事項を記入してください」


「ああ、分かった」


 迷わず黒ローブの男は、顧客カードに情報を書き出した。

 繊細で綺麗な文字を書く男だ。カードに書かれた字は、流れる様に美しい。


「終わった。これでいいか?」

「はい、ありがとうございます。それではまた、3日後にご来店ください」


 ここで料金を貰って、『眠ったら予知夢を見られるんで、もう今日は帰ってね』などと言ったら、ボッタクリだと思われる。

 お代はいただかず、客にはこれで一旦帰ってもらっていた。

 しかし、なかには拍子抜けしたように感じる客もいる。


「これだけなのか? 本当に大丈夫なのか?」

「はい。お代は3日後にいただきます。今日はお帰りいただいて大丈夫です」

「あ、ああ」


 それでも男は、あまりにもあっさりとしたやり取りに疑念を抱いたようだ。


 そもそも占いなんて、当たるか当たらないかは分からないけれど、なんとなく当たっている気がする。

 占い師と話しているうちに、気持ちが軽くなった。


 それくらいでいいのかもしれない。その感覚が得られず、黒ローブの男は困惑しているらしい。


「「……」」


 互いに視線は隠され交わらないが、無言の時が流れた。

 だが、少しだけ思案した後、黒ローブの男は大人しく帰って行った。



 ***



「今日も無事、一日を終えられたわ。ありがとうございました」


 その日も稼ぎがあり、平穏に過ごせたことに感謝し、エルシィは狭い独り暮らしの部屋へと帰る。

 朝市でその日食べる分だけの食料を買い帰路へと着く毎日は、その日暮らしと言っていいような生活だ。


 そんな毎日を苦にせず生きていられるのも、温かい伯爵領での日々が彼女の根底にあるからだろう。

 夜の世界に身を置いてどんなに落ちぶれた人間を目の当たりにしてきても、天真爛漫な少女の心は失われなかった。


 今、成長したエルシィは、闇に流されない清廉な強さも持ち合わせている。



 伯爵領の財産は、火災の被害に遭った人々のために全て使った。

 子どもながらに、領主は領民の生活を守るべき存在と考えていたエルシィは、国から派遣されて来た役人にその旨を伝えた。


 役人からは、幼いエルシィの先行きを案じられたが、領主の娘としての矜持から、自分の元に遺産を一切入れようとしなかった。

 そう決断した事に、彼女は後悔していない。


 むしろ、今も匿名で、旧伯爵領のために寄付をしていた。


「あ~あ、たまには暗い時間に眠りたいなぁ」


 でも、彼女もまだ10代の女の子。志を持ってストイックな毎日を送り続ける事も、時には揺らぐ。

 昼夜逆転の生活も、長く続けていてはよくないと思っていた。


 朝市で買ってきたパンに野菜とチーズ、ソーセージを挟み、明け方の夕食をとる。

 食後に一杯のお茶を飲んだ後は、テキパキと身を清め寝支度を整えてゆく。


 エルシィは、店で客が途切れた時間には図書館から借りて来た資料集を読んで、独学の時間に充てている。

 時間が許す日は、勉強の続きをしたりして自宅での時を過ごす。彼女の5年間は、このようにして過ぎてきた。



「おやすみなさい」


 枕の下に黒ローブの男が書いた顧客カードを挟み、小さなベッドへと潜り込む。

 色々試した結果、この方法が一番しっくりきたし、楽だった。

 今日学んだ本の事を考えているうちに、自然と瞼が重くなる――





(ああ、なんて綺麗な場所……)


 ――どこまでも一面紺碧の平原――


 ネモフィラの可憐な花が風に揺れ、ゆるやかに波打つ光景を、エルシィは夢の中で眺めていた。


 雲間から光が降り注ぎ、天使のはしごが現れる。

 天を仰ぎ見た後、再びネモフィラの花畑を見ると、いつの間にかそこに、1組の男女が佇んでいた。



 夢の中の見知らぬ2人の光景だが、どこまでも懐かしさが胸にこみ上げてくる。



「貴女様のことですから、戦況についてはよくご存知でしょう。なぜ、こんな無茶を言うのですか?」


「戦況を把握しているからこそ、私が行くのです。容易い戦の時ばかり戦地に赴き、『戦乙女』などと持て囃され、肝心な時に城に籠るなど、恥ずかしくてできません」


 夢の世界とは不思議なもので、ネモフィラの花たちは鮮やかな色彩でいろどられているのに、2人の人物はセピア色に染まっていた。

 それがより、儚い2人のように感じさせてくる……。


(ああ、なんとなく感覚で分かるわ。これがこの2人の、穏やかな逢瀬の最後の時なのだと……)


「私はただ、貴女様にこれからも生きていてほしいだけなのです。どうしてもついてくると言うのですか?」

「もう決めた事です」


 男がゆっくりと瞳を閉じる。


「例え遠くの地で塵と化しても、その一塵は風に乗って、必ず愛する貴女の元へと還ります。例え何年かかろうとも」


 女は男を真っ直ぐ見据え答える。


「私は戦いの象徴として、最後まで生き延びます。戦いに負けても、貴方と共に最後を迎えられるなら本望。例え捕虜となっても、魂までは売りません。私の心は最愛の貴方だけのものですから」


 男は女を置いて戦地に行くつもりだ。だが、女は自分も行くつもりでいる。


(お互いに想い合っているからこそ、噛み合うことがなかったのね……)




「許してください……」


 男が女の首筋に手刀を入れる。

 力なく崩れ落ちた女の身体を男が抱き上げ、頬に涙をつたえながら紺碧の絨毯を歩いてゆく。


 一際強く風が吹き、花びらが宙を舞う。

 セピア色に染まった2人の姿が、散ったネモフィラに包まれ見えなくなった……。


 どこまでも胸を締め付ける、儚い夢だった――

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