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18 夢見の占い師は運命の愛の当事者です

(同じ轍を二度とは踏まぬのだ!)


 ユベールは手にしていたエルシィに贈ったレイピアを、カランと床に落とした――

 二度と最愛の人を刺さぬ自戒を込めて――


 エルシィは、ユベールの姿を見て動き出した思考で考え出す。ユベールはけして自分を犠牲にするつもりでも、諦めたわけでもない。

 アレクサンダー(アレクサンドル)が持っているとしても、ダガー程度。


(刺されてもある程度躱せば、致命傷に至らないわね)


 エルシィはまっすぐユベールを見つめた。ユベールの瞳に見つめられると、勇敢な戦乙女が心に宿る。


(過去とは違う。今回は死なない。一緒に最期まで生きるのよ)


 ユベールなら、自分が相手から離れることさえ出来れば、この男を取り押さえるくらい容易いはず。


「頼みましたよ」


 エルシィは口の形だけでユベールに語る。過去、謝罪を口にした時とは違うのだ。ユベールが挑発し、標的を自身にだけ向けていてくれた。


 エルシィは宙に浮きそうになっていた足を振り上げ、思い切りアレクサンダーのひざ下を蹴った!


「なあ!」


 すねを押さえてひっくり返るアレクサンダーから、巨漢の親分がエルシィを完全に引き剥がし、ミランダが勢いよく剥がされたエルシィを抱き止める。


 ユベールがエルシィに贈ったレイピアをスラリと抜き、アレクサンダーの喉元に突きつけた――


「お前の気持ちは分からんでもないが、アリソン様もエルシィ様も、お前がとことんお嫌いらしい!」


 この男、てんで弱いのは愛する女にだけであるようだ。エルシィが大きな目をパチクリさせ、親分とミランダが白い目をユベールに向ける中、軍警がアレクサンダーを引き立てて行った――



 ***



 ――前代未聞の公爵が伯爵令嬢を監禁未遂した事件から時は流れ――



「ユベール!」

「エルシィ! そんなに走らないで」

「きゃあっ」


 女性にしては早い足取りで駆けてきて、勢い余って躓いたエルシィを、ユベールがその逞しい両腕で抱き止める。


「忙しくさせてごめんなさいね」

「侯爵領も伯爵領も、エルシィが内政に目を向けてくれますから、全く問題ありませんよ。それより、自身とお腹の中の子を第一にお考え下さい」

「はい」


 銀の髪を太陽の光にキラキラと輝かせ、可愛らしいお人形さんのような顔で見つめられたユベールは、未だ千年の時を埋められず、どぎまぎしていた。


「旦那様、もっとビシッとしてくださいな」

「こりゃあ、ずっとデレッデレで尻に敷かれっぱなしだな」


 エルシィの後ろから、巨漢の男と妖艶な美女がやれやれと肩をすくませながらやって来た。窮屈な使用人の三つ揃えと、清楚なお仕着せが大変似合っていない。


 エルシィのために使用人となった親分とミランダだ。

 ミランダはずっとエルシィの側に居られる仕事と、メイド服に生き生きしているし、親分はその親分気質と自然と集まる人望で、広くなったジェスタン侯爵領とロンディアーヌ伯爵領の切り盛りまで手伝っていた。


 二人から何と揶揄されようが、ユベールは幸せだ。あの千年が、この幸福を感じるためのスパイスのようなモノであったとしたなら、悪くはない――とはさすがに言えないが、12の人生の記憶がある内、今世が一番記憶は濃密記憶だ。




(あの時も、このお方は可愛らしかったな……)


 ユベールは12度目にしてやっと手に入れた、穏やかで愛しい日々を思い返していた。




 伯爵家の領地も一緒に守ってゆこうとプロポーズをした時――


 純白のドレスに身を包み、彼女が自分だけに愛を誓ってくれた日――


 初めて一つ屋根の下で暮らし、互いに戸惑った夜――


 親分とミランダが押し掛けて来て二人で驚いたが、同時に受け入れると返事をしていて笑った昼――


 帰宅すると、お腹の中に新しい命が宿ったと知らされた暮れ方――


 何気ないやり取りも、全てが愛しく尊い日々だった。




「貴方はこんな風に、何度も死を繰り返してくれたのね」

「次こそ貴女に会えるかもしれないのだから、旅立つ事は楽しみでしかなかったのですよ」


「ふふ。じゃあ今度は、銀の髪じゃない私を探してくださいな?」

「ほう? 出会ってすぐ、貴女に恋する自信しかありませんよ、姫君?」


 ユベールは、か細くなった手を握る。お互いこんなに節くれだってしまったが、目の前の女が愛おしくて仕方ない。


 老いては苦しい事が多い。容姿は衰え、身体も頭も言うことをきかず、痛くてもどかしいことばかり。鬱々と過去に想いを馳せ、物悲しい毎日を過ごす。

 そう捉えてしまう者も多いのかもしれない。



 だが、二人は違う。


 幼少期には互いを支えるため、スクスクとその身体に知恵と力を吸収し蓄え、出会えたのならその幸福を限りなく他に分け与えてゆく。往年には二人でゆっくり過ごし、また次の生での二人の出会いに想いを馳せる。



 もうすぐこの肉体から魂が離れるという時、エルシィは夢を見た。目覚めた彼女は夢現の中ユベールに語る。


「あらあら。もっと先の未来の私たちは、同じ髪の色みたい」

「それはまた素敵ですね。何色くらいかは教えてくれませんか?」

「うふふ。それは会えた時のお楽しみね。大丈夫……。私たちはまた……一緒にいるみた……い。これからも……ずっと……二人一緒よ……」


 愛する人に見守られ、エルシィは幸福に包まれたまま目を閉じた。

 夢見の占い師は運命の愛の当事者。次の生でもまた、彼女は最愛の人と結ばれる。



 ***



 ――とある島国のとある年の夏――


 各地では聖火を携えたランナーが駆け抜け、沿道では遠目から手を振るだけの無言の応援でランナーの背を押す。

 その世界は、平和の祭典の開催に、単純に浮かれていられる状況ではなかった。


 しかし、それでも開催されるとなれば、アスリートを応援したくなるのが人というもの。そして未来を担った者たちも、苦境に負けじと前を向いていた。


依里奈(えりな)!」

侑叶(ゆうと)!」


 黒い髪が汗でまとわりつくのをかき上げながら、二人は歩み寄る。


「私、やっぱりサーブルが一番好き! サーブルで次の代表になりたい!」

「俺もだ。この短めの刀身もガードの形も、なんか良いよな?」


 二人は銀の刀身を大切そうに携えている。


「そうだね……。なんかしっくりくる」

「だな……。よし、次は俺たちが代表になるぞ!」

「うん!」


 二人は誓い合うように、サーブル()の切っ先をクロスさせた。その瞳は同じ目標を見据え、キラキラと輝いている。


 運命の恋人たちは、互いに誠実な愛を持ち続ける限り、どの星でも、何度生まれ変わっても、最上級の愛に包まれる。


 今、現世の二人の恋は、芽吹いたばかり――

最後までお読みいただきありがとうございます。

感想をいただく回数からも、私の作品はコメディの方が好まれる事は分かりつつも、どうしても書きたい題材だったので走らせていただきました。


『今、貴女の隣に居る人は、運命の相手ではありませんか?』

『これから貴女が出会う人は、運命の相手かもしれませんね』


少しマンネリ化した時、これからパートナーと出会う時、この話を思い出していただけたら幸いです。


挫けそうになった時も、読んでくださりブクマと評価をくださった皆様のお陰で完結させる事ができました。

どうぞ今後とも、めもぐあいをよろしくお願い申し上げます。

皆様、本当にありがとうございました。

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