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17 よみがえる記憶~同じ轍は踏まない

 公爵のタウンハウスは豪奢な造りだと分かったが、鬱蒼と蔦に絡まれ、どことなく陰鬱とした雰囲気を醸し出していた。


「ご案内いたします。どうぞこちらへ」


 馬車を操ってくれたユベールと別れ、エルシィは屋敷の中に案内された。


(やっぱり気味が悪いわ)


 気遣われているのか分からないが、案内人以外の使用人の姿は見えない。しんと静まり返った大理石の廊下を歩くと、案内人とエルシィの足音だけが異様に響く。


「こちらでお待ち下さい」

「ありがとうございます」


 案内された先はサロンではなく、当主の執務室のようだ。


「エルシィ・ロンディアーヌだな?」

「はい」


 しばらくして入ってきた男に頭を下げる。一礼をして上げたエルシィの顔に男の視線が刺さる。


「っ!」


 皮膚の表面が逆立つ。赤黒い髪、歪めた唇。鋭いつり上がった目に絡めとられると――なぜだかこれ以上考える事を止めたくなった。


 エルシィは思い当たる。ミランダの酒場で会った男! そして――


(夢の中の気味悪い男と同じ人だわ)


 顔面を蒼白にするエルシィに、男の方は満足している。


「長かった。ブレイクを使ってお前を孤独にし、せっかく俺が引き取ってやろうと思ったのに……。普通、貴族令嬢が占いなぞするか?」


 まるで自分がブレイク侯爵に命じて、エルシィの両親を殺したかのような口振りだ。


「公爵家の妻にしてやると言ってやったのに、お前の親ときたら『娘が成人したら、好いた男を婿に取り跡を継がせます』と言いやがった」


「公爵様が私を妻に? 父と母が死んだのは……、まさか」


「ああ、俺がブレイクに命じて殺した。あいつにもお前の親を殺したい理由があったらしいからな。しかし、教会からいなくなったのには呆れたぞ? せっかく迎えにまで行ってやったのに」


 会ったこともない公爵が、わざわざ自分を探して迎えに来るくらい執着する理由など――いや、でも……、何かがエルシィの中で引っ掛かる――


「だがな、丁度良いから使わせて貰った。俺は伯爵家のお前だから欲したんじゃない。行方不明のままにしておけば、お前は一生外には出ない俺だけの籠の鳥になるはず。――だった……」


 公爵の目つきが、さらに常軌を逸しだす。


「なぜ、あいつと一緒にいた? なぜ、また表の世界に出てきた? なあ? 俺が分かるか? 以前の名は、アレクサンドル・ラ・ファクトリアだ……。分かるよなぁ?」


 頭がグラグラする。動悸がおかしい。呼吸が乱れる。浅く短くしか出来ない息でどんどん苦しくなる。


「分かるよなぁー? アリソン?」

「あああっ」


 知っている。祖国ファダールを裏切った従兄弟アレクサンドル。自分がアリソンだった時の最期に共に貫かれた男。


 貫かれた? 誰に?

 過去の夢の中ではセピア色に染まっていた人物たちが、鮮やかに色を取り戻す――


「……ヒューバート!」

「まだその名を言うかあー!」


 アレクサンドルの右手がエルシィの喉を掴み、気道を潰す。


「かはっ」


 自然と舌が唇から漏れ出る。少しでも空気を入れようとしているのだろうか? このまま死ぬのかな?

 遠退く意識の中、エルシィはそんな事を考えた。だが、なぜか心は温かい。


「おっとぉ、お前を殺す気は無い。今の俺の名は、アレクサンダー・ファクトリアだよ、エルシィ?」


 打って変わって、甘い声をだすアレクサンダー。しかし、エルシィの心に入り込む隙はない。


(夢の中のヒューバートは、私の愛した人だったんだ。意外と私、一途なのね……)


 それを知れただけでも、エルシィの胸は幸福な気持ちで満たされた。



 ***



 ユベールは公爵家にエルシィを送り届け、素知らぬ顔で『またお迎えに上がります』と公爵邸を出た。


 とにかく嫌な空気の館だった。当主の髪は、アレクサンドルを思い起こす髪色。

 自分の生がずっと黄金色の髪なら、相手もそうであっておかしくない。

 この時期に、エルシィを誘い出した事もおかしい。


 嫌な予感だけで公爵家に楯突いて、侯爵としての立場がどうなろうと関係ない。もう騙されない。先手を打つのだ。


 ユベールは軍警の元に向かった。


「いや、先日もお話しましたが、今日伺って本日中に誘拐されたとは言い難いですし、侯爵様の話でも相手はさらに上の公爵様となっては、こちらも証拠のないままでは動けませんよ」


 そんなことだろうと思った。エルシィから公爵邸に行く話を聞いて軍警に協力を仰いだが、その時も事件が起きてから来てくださいと帰された。


「現行犯の場合は取り押さえてくれるな?」

「それは勿論ですが……」

「なら、それまで手を出さないで見ているだけで良い。一人二人でかまわない。取り押さえるのはこちらでやる。公的な証人になりさえすればいいんだ。とにかく公爵邸まで来てくれ」

「はあ、まあそれなら……」




 無理矢理軍警から人員を引っ張り、再度向かった公爵邸の手前には、二人の人影があった。


「来てくれたか」

「当たり前だ。エルのためだ」

「早く行くわよ」


 エルシィを大切に思う人間。親分とミランダが、暗器を携え駆けつけていたのだ。


「今度こそ必ず助ける」

「ああ」

「そうね」


「「「!?」」」


 言った方も答えた方も不思議そうな顔になる。

 今度とは? 前にもあっただろうか?



 見えない力に引き寄せられ、三人は大切な姫君を今度こそ助け出すために行く。


「軍警はクソの役にもたたないね!」


 呆れ顔で、ミランダは突っ立っただけの男どもを眺める。


「エルさえ無事に助けられたらいいさ」


 ミランダの剣幕と口の悪さに、夜の街の親分さえも舌を巻く。


「子分どもには絶対云うなよ!」


 親分を足蹴にし、窓枠から窓を外したミランダが片目を閉じながら言う。


「美女に踏まれるなんて、役得だねぇ~」


 軽口を叩きながらもエルシィを救おうとする二人の姿に、ユベールは妙な懐かしさがこみ上げる。

 ミランダは踊り子の身体能力を活かし、スルスルと公爵邸の内部に侵入していった。

 親分はその巨体と怪力を活かし、軍警を室内へ放り込んでいる。


(同じ轍は踏まない)


 公爵邸の中へと入った三人は、どんどん先へと屋敷の中を突き進む。使用人は少なかったが、運悪く遭遇した者は少し休んでもらった。


「お休みしてもらっただけよ~?」

「「はい!」」


 ミランダに色気を振り撒かれ、軍警は荒事を見なかった事に決めたようだ。なぜか、ユベールと親分だけは鼻白む。この二人にミランダの色気は効かない。


「エルシィ様はどこだ?」

「ひいっ、あっ、あちらの部屋でございます」


 エルシィを案内した男を見つけて脅し、目的の部屋へたどり着いた。

 いかにもというように、部屋には鍵がかけられている。


「任せろ」


 親分がその巨漢全体で扉に体当たりをする。ものの見事に扉はぶっ飛んだ。


「エルシィ様!」


 突然の侵入者に怯んだアレクサンドルの手を、エルシィが抜けようとする。エルシィの首に赤く残った手の痕に、三人の怒りが頂点に達した。


 が、咄嗟にアレクサンドルはエルシィを後ろから羽交い締めにし、不敵に笑う。


「こいつに触るな! 動くなよ? 金騎士ぃ?」

「ヒューバート!」


「アリソン様! 記憶が戻られたのですか!?」

「こいつと喋るなあぁー!」


 ギリギリとエルシィの腕をアレクサンドルが締め上げる。あの時、アリソンとヒューバートの間には距離があった。アレクサンドルの後ろにはさらにファクトリアの兵が控えていた。


 今はどうだ? エルシィの口の中に毒はない。自分たちには部屋一つ分以下の距離しかないし、奴の後ろに兵はいない。


 そして、より近くにバークレー(親分)ミルドレッド(ミランダ)がいる。


(ああ、二人も生まれ変わりだったんだな……。その忠義、感謝する)


 ユベールはおおきく息を吐き出した。



「アレクサンダー公爵、いや、アレクサンドル・ラ・ファクトリア。貴方はアリソン様の生まれ代わりのエルシィ様を殺したいわけではないはず。貴方が殺したいのは私ユベール、いや、騎士ヒューバートだな?」


「やはり、お前も記憶持ちか。忌々しい事に、アリソン――エルシィも思い出してしまったかぁ」


 アレクサンダーの血走った目が、ユベールをねめつける。が、ユベールは動じない。


(同じ轍を二度とは踏まぬのだ!)


 ユベールは手にしていたエルシィに贈ったレイピアを、カランと床に落とした――

 二度と最愛の人を刺さぬ自戒を込めて――

本日は2話投稿し、今夜完結予定です。

最期までどうぞよろしくお願いいたします。

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