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12 裏切り

 ヒューバートが出陣して四日――


 報告よりずいぶん数の少ない敵と交戦状態に入った日、表情の抜け落ちた伝令が陣にやって来た。


「申し上げます。王城が……落とされました。グラフ帝国軍ではなく、ファクトリア王国軍に……です」


 ヒューバートは、伝令の言葉の意味が一瞬分からなかった。大声を上げたくなる心を落ち着け、冷静さを装って伝令に尋ねる。


「ファクトリア王国が同盟を破り、裏切ったのか?」

「はい。ファクトリアは帝国に降伏し、条件としてファダール王国を売ったようです……」


 ファクトリア王国は自国の名前を残し、帝国内で一定の地位を得る事を条件に、同盟国だったファダール王国を差し出した。


「王と姫はどうしている?」

「ファクトリアの兵が王城を占拠しています。中の様子は……分かっていません。ただ、王の処刑命令が公布されています」


 最早、国境を守る意味はなくなった。ほとんどの軍勢が、まんまと国境まで誘き出されたのである。戦力を国境に集中させた隙に、自国はファクトリアに裏切られ、間接的だがグラフ帝国に支配されたのだ。


 今、ヒューバートの戦う意味は一つしか残されていない。皮肉にも、率いた軍はほぼ戦死者を出していなかった。


「国境の戦いは敵の陽動で、時間稼ぎをしていただけだ。これからは命を優先し、敵が停戦を提示した場合は応じてほしい」

「ヒューバート様……」


 指示を出した副将は、無念そうに拳を震わせている。皆、祖国を守るため命を捨てる覚悟でここにいた……。


「時期をみてこちらから降伏してもいい。そなたたちは生き残ってくれ。私は王都に向かう」

「はっ。残った兵たちの事はお任せください」


 ヒューバートが単騎王都に戻るため準備をし、馬を引いて来ると、二人の男が同じように馬を引いてやって来た。

 気性は多少荒っぽいが巨漢で力持ち、男気溢れるバークレーと、女っぽい名前で優男だが、知略に長け舞うような剣捌きをするミルドレッドだった。


「姫さんを必ず救うぞ、金獅子」


 ヒューバートに圧を掛けるようにズンと詰め寄ったのはバークレー。

 バークレーはアリソンとヒューバートの間に割り込む隙はないと諦めつつも、未だ少しだけ、アリソンへの恋慕を拗らせていた。荒くれ者の野獣にとって銀の戦乙女アリソンは、戦場唯一の癒しだった。


「ついて行きますよ」


 流れるような動きで前に出てきたのはミルドレッド。

 戦場を男勝りに駆け巡るアリソンに心酔している。とは言っても、心が女性のミルドレッドに邪な気持ちはない。ストイック過ぎるアリソンに、ただただ女としての幸せを手にして欲しいと思っていた。


 王都への道をヒューバートたちアリソン救出軍は、たったの三騎で駆けて行く――





 まだ敵兵に侵略されていない途中の町で、商人風の服を手に入れた。ここらで情報収集もしておきたい。


「あたしが行ってくるよ」


 ミルドレッドの女口調に一瞬面食らうが、貴族然としたヒューバートや強面のバークレーが行くよりマシだ。

 軽い足取りで町人に紛れ込んだミルドレッドを待っていると、わずかな時間で彼は戻ってきた。



「王はグラフ帝国の命で殺され、首が晒されているって……。姫は城に監禁されているみたい。なんでもファクトリアの王子が御執心みたいよ」


 ヒューバートのこめかみに青筋が浮き上がる。


「抑えるんだ、金獅子。命があるということが分かっただけ御の字だ。姫さんを救える可能性がまだある」

「ああ、そうだな」


 馬を二頭売り、馬車に乗りかえた。適当な商品をごたごたと荷台に積んで、一刻も早く王都へ向かう。



「ファクトリアの皆さんお疲れ様です。今なら商品をたくさん買ってもらえるかと思って、町から出て来ちゃいました」

「商人三人か?」


 検問でも前面に出るのはミルドレッドだ。


「強面のおじさんは護衛で、愛想がないのは銭勘定しか出来ない兄貴です」


 特に怪しまれもせず、整った顔立ちの商人兄弟とその護衛とみなされたようだ。荷物の検査も適当で、荷台の板を二重にして隠していた剣は見つからなかった。己が勝ちを確信した敵国の奴等に、緊張感はないらしい。


 辿り着いた王都は多少混乱していたが、民も暴徒化したりもせず、予想より落ち着いていた。


「こんなにファクトリア兵が我が物顔で闊歩してりゃあ、誰も反抗する気なんて起きねぇな」


 バークレーの呟きももっともだ。それに、先行きへの不安はあるようだが、戦火に飲まれなかった王都の民の生活は平和なものだった。


「王様の首一つで戦が終わったのなら、まあ俺たちは受け入れるしかないさ。新しい王様がいい政治をしてくれるのを願うしかないね」

「姫さんはどうしているんだ?」


 ヒューバートは長かった黄金の髪を短く切ってしまっていた。長く伸ばした髪は周囲への無言の牽制と姫を護る騎士の象徴だった。『アリソン様の隣にいるのは銀の戦乙女の対となる私だ』と。

 だが、バッサリと短くなった髪に、民も金の騎士本人が目の前にいるとは思いもしない。


「なんか、ファクトリアの王子様のお気に入りらしいからな。自室に監禁されて生きているってさ。ああ、あんたの髪色を見ると思い出すな。国境へ向かった金騎士様の軍が捕虜になったんだってさ。けど、御本人は捕まってないらしい」

「さすが金獅子さんだな」


 どうも、あえて騎士ではなく獅子と呼ぶバークレーは、ヒューバートを騎士と称したくないらしい。獅子も悪くはないのだが、なぜか言葉の響きに敵意を感じる。


「だな。でも、ファクトリアの王子様が血眼になって探しているってさ」

「ファクトリアの王子がうちの姫さんにご執心なら、その想い人が生きてたら邪魔だろうし、真っ先に消すよね」


 話し込んだ民もうんうんと同意している。ミルドレッドの言葉にも、棘があるような気がヒューバートはしていた。


「でも、姫さんにそんな粘着王子は似合わないよ。あ~あ、姫さんにはただ付き従う騎士も良いけれど、もっと手のひらで転がしてくれる男が相応しいのに~」

「だな。金獅子は戦では強いが、完全に姫さんの尻に敷かれてたって噂だったしな」


 なんだか耳が痛い言葉だった。ヒューバートはどうしても主従という立場を意識し、アリソンに接していた。


(お前らに、私たちの関係をとやかく言われたくない)



 人混みから離れてもムスっとした顔のままのヒューバートが、アリソン救出の件に話題を替えた。


「隠し通路はまだ見つかっていないようだ。城内へはそこから入れる」

「おう」

「ええ」


 こうして三人はアリソン救出に向け、城内へ侵入する準備を開始した――

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