11 戦乙女と金の騎士
グラファクトリア国の首都グラファダは千年前、ファダール王国という名の小国だった。
両脇を大国に挟まれながらも長きに渡り歴史を刻んできたが、国土の北側では大国同士の小競合いが激化し、本格的な交戦状態となっていた。
「姫、グラフ帝国が我が国を足掛かりにしてファクトリア王国内部へ攻め入ろうとしている。亡き王妃の祖国ファクトリアのためにも、軍を率いてくれまいか?」
「ええ、お父様。私が出ればグラフ帝国を牽制できるでしょう。ファクトリアの伯父様たちも、少しは安心できるはずです」
同盟国のファクトリア王国に加勢するだけでなく、自国の地を蹂躙されないためにも、ファダール王国は戦うしかなかった。
「頼んだぞ」
「はい」
ファダール王国の姫君として生まれたアリソンは腕力で男に勝てない事くらいわきまえていたが、姫としての立場の自分が戦場に出ることによって、上がる士気の重要性を理解していた。
甲冑に身を包み長い銀色の髪をたなびかせ何度も主戦場に立つ姿は、常勝の象徴『戦乙女』として他国にも知れ渡るようになる。ファダール王国軍は何度もグラフ帝国軍の侵入を阻んでいた。
「アリソン様」
「ヒューバート」
その隣にはアリソン専属の護衛騎士がいつも一緒にいた。ファダール王国の公爵家の次男で、王国で一番の武人と謳われたヒューバートである。
2人はアリソンが15歳で初陣を飾った時から常に行動を共にしていた。
アリソンより5つ歳上で、妹のお守りをしていると思っていたはずのヒューバートだったが、自分の恋心に気づくのにそれほど時間はかからなかった。
「どうしていつもそうご無理をなされるのです? 休める時には休んでいただきませんと、皆が嘆きますよ?」
「それを止めるために、貴方がいるのでしょう? 頼みましたよ、ヒューバート」
カラカラと屈託なく笑う姫君――美姫から無垢な笑顔を向けられ、ヒューバートが少し赤くなり目を泳がす。
そして、アリソンも、自分より強く盾となって自分を守ってくれる男に惹かれていった。輝く黄金の髪を振り乱して戦う勇ましい美丈夫に、少女の胸はときめいた。
お互いを求める気持ちはいつしか隠せなくなり、身分が上のアリソンからアプローチを重ねてゆく。
「ヒューバート、私、貴方の事を好きになってしまいました。どうしたらいいのでしょう?」
「……。ありがたくそのお気持ち、頂戴いたします」
「私は本気で言っているのですよ?」
一定の距離を取ろうとするヒューバート。想いのままを伝えるアリソン。そんなやり取りを何度も重ねた。
日々行動を共にする2人が恋仲になるのに、1年もかからなかった。
他国の王族の血筋を婿に入れようと目論んでいた王はその事を知り、はじめ2人の関係に反対した。
が、戦いの度に功績を上げ民からの支持も厚い金の騎士と銀の戦乙女を、王は引き裂く事ができなくなる。
戦続きの中で2人の存在は、ファダール王国の希望だったのだ。
「この戦いが終わったら、貴方を伴侶としたいのだけれど、受け入れてくれますか?」
「私に拒否権があるとでも? 戦場だけでなく、どこまでもアリソン様にお供いたします」
互いに微笑み抱き合う姿は、幸せの絶頂だった。
しかし、グラフ帝国が周辺の蛮族を味方に引き入れた時から戦況が悪化してゆく――
敗戦の色が濃くなる中、国境まで撤退させられた自国軍を援護するため、アリソンは勝てる見込みのない戦いへの出陣を決意した。
(攻め入られ滅ぶのを待つくらいなら、例え負け戦となろうとも自ら戦場に赴くわ)
とうとう明日、最後の戦いの場へと出立する。
2人は城から馬の早駆けで5分程の、ネモフィラの咲く丘にやって来た。明日からは『戦乙女』と『金の騎士』として振る舞わねばならない。
恋人として最後の会瀬だった――
「この景色を見るのも、これで最後ね……」
「最後にはさせません」
アリソンはヒューバートと出陣し、死するまで戦い抜く覚悟だ。
だがこの日、ヒューバートも決めていた。
アリソンは父である王と共に、同盟国のファクトリア王国に亡命させる。グラフ帝国に負けたとしても、自国ファダール王国が滅びようとも、アリソンが生き延びる可能性に賭けたのだ。
しかし、亡命の話を王にされたアリソンは頑なに拒み、変わらず出陣する気でいた。
「私はただ、貴女様にこれからも生きていてほしいだけなのです。どうしても出陣されると言うのですか?」
「もう決めた事です」
ヒューバートがゆっくりと瞳を閉じる。
「例え遠くの地で塵と化しても、その一塵は風に乗って、必ず愛する貴女の元へと還ります。例え何年かかろうとも」
アリソンはヒューバートを真っ直ぐ見据え答える。
「私は戦いの象徴として、最後まで生き延びます。戦いに負けても、貴方と共に最後を迎えられるなら本望。例え捕虜となっても、魂までは売りません。私の心は最愛の貴方だけのものですから」
お互いを想うからこそ、2人の想いは交わらない。
「許してください……」
ヒューバートがアリソンの首筋に手刀を入れる。
力なく崩れ落ちたアリソンの身体をヒューバートが抱き上げ、頬に涙をつたえながら紺碧の絨毯を歩いてゆく。
自分の腕の中で気を失っているアリソンに、ヒューバートは口づけた。
(2度と貴女の温もりも重みも感じる事はないのです。不埒者の私をどうかお許しください……)
そして――
王にアリソンを託し、ヒューバートだけが国境に向かった。国への侵入を防ぐ大事な戦いで、金の騎士は最大限時間を稼ごうとしていた。戦乙女が安全な地まで逃げおおせるために――