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10 久しぶりの領地

「昨日話した剣術の事なのですが、やはり私、もう一度嗜みたいのです。ユベール様、ご教示願えませんか?」


 そもそもエルシィはストイックな質である。馬車に酔うのであっては、欠かさなかった読書もできない。以前は往復3時間もかけて毎日教会から街へと徒歩で路上占いに赴いていたし、今も繁華街から図書館がある公的な施設が建ち並ぶ区域まで徒歩で通っている。

 馬車の旅で身体を鈍らせたくはなかった。


「それは……。困りましたね……」


 唐突なエルシィの申し出にユベールは困惑気味だが、亡き父からは、自分の身を守るために必要だと、剣の稽古をつけてもらっていた。財産を手放してからは剣に触れていないが、せっかく目の前に剣をさしたユベールがいるのである。


「ユベール様、お願いです。せめて休憩時間の有効活用に、その時だけでも剣の稽古をつけてほしいのです」

「なぜ急にそのようなことを?」


「急ではないのです。剣を手放してからは触れていませんが、生前父からはよく稽古をつけてもらいました。馬車の移動で体力が衰えてしまうのも心配なのです」

「そうですか……」


 ユベールに迷いが生じる。確かに剣を使えれば、エルシィの護身のためにはなる。しかし、もし、自分と稽古をつけ、彼女が辛い過去を想い出したら……。

 しかし、思い出して欲しいような打算も混じる。


 とどのつまり、ユベールも、愛しい人の願いを叶えたいただの男だ。


「分かりました。エルシィ様に私から剣を贈らせてください。貴女が一番大変な時期に見つけることができなかったのは、我が父と私の心に生涯の悔恨を残していました。我が家がお贈りする剣で稽古をつける。これが条件です」

「えっ? 贈り物はたくさんいただいておりますよ?」


 ユベールは、黙ってかぶりを振った。


「父は亡き今も、自分を許す事ができていないでしょう。ですが、貴女の身をお守りする物を我がジェスタン家からお贈りできれば、少しは父も安心できるはずです」


 こうして説得され、次の街でエルシィはユベールと共に鍛冶屋入った。華美過ぎない美しい曲線を描く柄と鍔のついたレイピアが目に留まる。


「これがよろしいのですか? 私もこちらがエルシィさまに相応しいと思っていました」


 恭しく差し出されたレイピアを手に取ると、久しぶりの程好い重量に身体中喜びが溢れる。


「刀身も短めで、想像よりも軽いです。これならブランクがあっても扱えそうです」


 グリップを握ると、すんなりと手に馴染んだ。鍔の形も花をモチーフにしているのか、近くで見ても本当に美しくて気に入った。



 休憩の度、縮んだ身体を伸ばすようにエルシィはユベールに稽古をつけてもらった。ミランダに言ったら『なんでドレスとか買ってもらわないで、剣なのよ!?』と呆れられそうだが、稽古の時間が楽しくて仕方がない。


 夢の中の存在しない騎士への憧れを別にすれば、ロンディアーヌ領までの旅は、エルシィが久しぶりに伸び伸びとした少女時代に戻れた時間だった――





 そして、エルシィは久しぶりの領地に降り立った。誰しもが忘れた旧領主の娘だと思っていたのに、彼女の姿を見つけた途端、領民たちが駆け寄って来る。


「お嬢様! エルシィお嬢様ですね!」

「ああ、本当にエルシィ様だ!」

「伯爵様と同じ、銀の髪のお嬢様だ……」

「はい。エルシィ・ロンディアーヌです。皆さんお元気そうで良かった……」


 旅装のエルシィは、父譲りの銀の髪と紺碧の瞳をベールに収めていない。稽古もしやすいように、高い位置で一つにまとめ無造作に流していた。隣を歩くユベールも、金の髪を同じようにまとめている。


 皆がエルシィに、口々に感謝の言葉を述べはじめる。


「お嬢様のお陰で、農地も元通りになりましたよ」

「ありがとうございました!」

「そんな、私はただの子どもで、領地のために何もできませんでした……」


 エルシィは自分が領地のために役に立てなかった事を悔やんでいる。でも、領民たちの認識は違っていた。


「この領地の者たちは皆知っています。お嬢様が領地のために、全て財産を置いて行方不明になってしまった事を」

「幼いお嬢様の全てを、俺たちが奪ってしまった」


 ウンウンと、周りの者たちも涙を浮かべはじめた。


 やはりここでもエルシィは行方不明者扱いだ。貴族のユベールがエルシィを夜の街で見つけるのに時間がかかったのは理解ができるが、首都の教会に行くことは国の役人に伝えていたはずだ。


「首都の外れの教会に身を寄せると話していたはずですが、心配をかけましたね」


「ええ。確かに最初はそう話されました。でも、後から旅の商人たちが来た時、ここの領主のお嬢様が行方不明になったって言っていましたよ」


 なぜ、そんな事になってしまったのだろう? 不思議だか、噂話なぞそんなモノかもしれない。


「あの火事の時、伯爵様と奥様がゴロツキどもに連れて行かれたのを見ました。だからてっきりお嬢様も、何か事件に巻き込まれたとばかり……」

「火事の時、両親を見たのですか?」


 思いがけないところで目撃者と会えた。


「すみません。火を消すのに必死で、領主様と奥様をお助けできませんでした」

「まさかお二人とも戻らぬ人になるなんて……」


 さらに涙を浮かべ謝る領民たちに、エルシィは優しく言った。


「父も母も、皆さんの命と領地を守るため生きていたのです。謝らないでください。本当に無事でよかった」


 ユベールが懐から、一枚の紙を取り出す。


「どんな男だったか覚えていますか? こんな男はいませんでしたか?」

「あっ! こいつですよ! 間違いない。こんなインパクトのあるお貴族様は、そうそういるもんじゃない」


 ブレイク侯爵のツルツル頭といやらしい顔に生やしたチョビヒゲは、目に焼き付いて忘れられない程特徴的だ。


「だが数年前、私と同じように火事の時の事を、皆に尋ね歩いた者はいなかったか?」

「身なりの良い、貴族っぽい人がロンディアーヌに来て嗅ぎ回っていましたよ。でも、領主様やお嬢様を他のお貴族様に殺されたと俺たちは思っていましたから、誰も協力しませんでしたよ」


 ユベールは悔しそうだ。しかし、領民が悪いのではない。


「今度こそエルシィ様の無念を晴らすため、証言してくれないか?」

「領主様一家のご無念を晴らすためなら、俺たちは喜んで証言しますよ!」

「ありがとうございます。その時にはよろしくお願いいたしますね」


 ああ、これで真実が明るみにするきっかけを掴めた……。

 エルシィとユベールは、差しこんだ光りに安堵していた――





(見つけたぞ、戦乙女)


 家を引き払い、教会に身を寄せ、運良く見つかる前に夜の街の住人となり親分の庇護下で難を逃れたエルシィだったが、男の執念は変わらなかった。


 首都の夜を仕切る親分が余所者の侵入を防いで来たが、ロンディアーヌに戻ったエルシィの話は、領地で瞬く間に広がり、とうとうその男の知る所となった。


(まさかあの侯爵。金騎士か?)


 エルシィの傍から片時も離れず付き従う男は、過去世の憎い相手そのものだった。


「俺の記憶があるように、アイツにあってもおかしくはないってことか……」


 ユベールの存在を忌々しく思いながらも、今世でこそエルシィを自分のモノに出来ると思い、男はほくそ笑んていた――

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