第7話
二人の若そうなスタッフに鍵を渡され、剣都は三階の部屋へと向かった。
ノリで予約してしまったと約一週間前はため息をついていたが個室に露天風呂なんて剣都も初めての経験でありどこかワクワクもしていた
せっかく来たのだ、ならば堪能しよう
剣都『ここか…』
鍵に書いてある番号と部屋のドアの横の壁に付いているプレートに書いてある同じ番号の部屋の前で足を止めると、鍵を使い扉を開け部屋の中に入る
昔も家族と旅行に来たことがあったがいつもこの瞬間はドキドキする、例えホームページである程度写真で見れるとはいえ実際の空間に居るわけではない、この先にどのような空間が広がっているのかと考えるだけで楽しくなれる
そして鍵を閉め、靴を脱いで扉を開け部屋に上がる
和室に荷物を置くとそのまま部屋の奥へと行き更にある扉をガラッと開ける
剣都『わぁ……』
思わず子供のような歓声をあげたが仕方ないと剣都は思う、露天風呂を見に来れば何せ目の前には辺り一面に広がる大海原、何にも邪魔されず景色が良く見え、波の音も聞こえてくる
そして檜で作られた風呂、香りもよくもうこの香りだけで癒されてくる気がすると感じた
とりあえず荷物を整理しなければと扉を閉め客室の方へ戻って行くがこれが終わればすぐに入っても良いかとも考える、夕食の時間まではまだたっぷりと時間がある、それまでに一度浸かり疲れを取ろうかと考えながら剣都は荷物の整理を始めた
空珀『はい静夜に問題です、今からすることは?』
静夜『えっと、僕はゼリー作る事に専念すること!』
空珀『はい正解、瑛良は?』
瑛良『そうだねぇ、うーん、のんびりしようか』
空珀『は?』
瑛良『冗談、君と共にお客様の夕食作りだね』
空珀『ほんと馬鹿なこと言わないでよ』
呆れ半分に空珀はため息をつく
場所はフロントの後ろにある裏の部屋、最終確認でと少し話をしている最中だ
空珀『レシピはもちろんある、二日目の夕食もちゃんと考えてきた…!』
瑛良『ねぇ空珀、もちろんお客様に部屋でくつろいで食べてもらう事も大切だが、バイキング形式をとっても良いんじゃないのかい?昔一度検討した事はあったが、あまり客が来ないからと無しにはなったが…』
現月宮の建物の構造としては4階建てだ
1階はフロントや土産屋、大浴場等の設備がある
2階、3階は客室となっており、2階は42室の一般客室。
3階は23室は一般客室で更に15部屋は剣都が予約した様な特別室だ。
計75室となっている。
単純に1部屋4人泊まれば300人は月宮に居ることになる
そして4階は客が使える足湯がある、目の前は何にも景色が邪魔されない絶景の大海原が広がりこれは過去の月宮でも評判は良かったそうだ
そして話は戻りバイキング形式の話になるが、当初はそれを想定してここ月宮は建てられたが客が来ず、このままではそれを維持するだけの費用が売上と合わず直ぐに廃止となったという
現にそこは今も昔も物置として使われている
空珀『バイキング?』
瑛良『こればっかに関しては素人だけじゃレシピの案も直ぐに底を尽く、ならいっその事バイキングという方向で売った方が良い』
完全な旅館にするのではなく、ホテルという点も何点か取り入れた旅館にするという事だ
瑛良『この話はまた後々で良いとは思うが、その方が他の層の方にも親しみやすさは持ってもらえるとは思う、特に子供なんかそうだ、伝統的な和食と、好きなものを好きなだけ選べる夢の様な食事のバイキング、どちらが人気かなんて一目瞭然だろう?もちろん、月宮の客のターゲット層を成人から年配者に限定するというならこの案は無しで良いとは思うけどね』
大人に限定するならこのままで良い、だが家族層もターゲットにするなら当然向こうは子供も楽しめる様な場所を探す
きっちりとした大人向けの和食より、和洋中に果物ケーキアイスとしたバイキング、子供がいるならどちらを選ぶか
半分以上の人はバイキングの方を選ぶのではないかと考える
もちろんそこに料金やアクセスのしやすさの条件も入ってはいるがそこは今は置いておこう
そしてそこに今まで出てきた物もバイキングに出せば他の層の方も好きなものを取って食べられる
出すものは全て平等に、だが和食は少し多めにと
空珀『まぁ…、後々それを考えても良いかもね、限界があるのは確かだし』
瑛良の言葉に頷きながらもとりあえず今は目の前の事に集中しよう
空珀『はいそれぞれ持ち場に戻る、瑛良は先に行って、その後俺と交代ね』
流石にフロントに誰もいないなんて事は出来ない、その為空珀と瑛良は交代でやる事になる、静夜がゼリーを作り終われば交代はそこで終了だ
静夜『うん、分かった!』
瑛良『さて、行くとしようか』
と二人は厨房の方へと歩いて行く
空珀『…バイキングなぁ……』
空珀もフロントの方へと戻りこの先どうしていくかと悩む
今はまだ何とかなってもこの先今この現状が許されない、二度目の廃業となり得ない
その為には客が必要だ、だがその客をもてなす為のスタッフも必要だ
そして、知名度も必要だ
何しろ未だに「潰れた月宮がまた営業しているなんていう変な噂があるらしい」と言われているくらいだ
まずはその嘘を正しくしなければならない
空珀『…広告、かなぁ…』
うーん、と頭を悩ませながら空珀は交代までの間、悩み続けた