第6話
そして時は経ち一週間後、ついに夏川様が来る日にちとなった
それまでに新たな客が来なかったのは残念だが過ぎたことを嘆いても仕方がない、夏川様を精一杯もてなす為にと気持ちを入れ替える事にした三人
静夜『どうしよどうしよ……なんか緊張してきた……』
空珀『緊張してどうするの、ほらちゃんとシャキッとして!!』
静夜『ひぇっ!?』
しっかりしろと喝を入れられ、それにビックリしている静夜
瑛良『あははっ、元気な事は良い事だ、その緊張もいずれは成長の糧となる』
はっはっはっ、とロビーの椅子に座りながら穏やかに笑っている瑛良
瑛良『まずはもてなすというその気持ちが大切だ、もちろん我々はプロして働く、そんな素人ですなんてお客様からしたら知りもしないし関係ない、だから技術力も必要だ、だがまずその気持ち、心が大切だ、その気持ちは技術関係なくお客様には伝わるからね』
静夜『気持ち……』
瑛良『嗚呼そうだ、緊張してまだまだ拙いかもしれないが精一杯もてなそうとしてくれるその気持ちが何よりも大切だ、その気持ちは絶対にお客様の心に響く、もちろんこれは俺も同じだ』
空珀『って言ってる割には随分と余裕じゃん?そんな呑気に座ってさ、お客様がいないからって緩みすぎじゃない?』
腰に手を当てて呑気に休憩している瑛良を見て軽く睨みつけている、根はキッチリとした性格の為客はいなかろうと今は業務時間だ、業務時間にそんな呑気に座って休憩している瑛良を空珀が見逃すはずがないのだ
瑛良『あっははは、そんな事ないない』
空珀『いやそんな事あるある、だよね』
なんて賑やかに話しながら時は進んでいく
そろそろチェックインの時間、新たなお客様がやってくる時間だ
そこから数十分後、長い黒髪をポニーテールにまとめた男性がやってきた
名前は聞かずとも分かる、今日のお客様はたった一人だ
きっとこの人こそ、夏川剣都だ
剣都『……ここが、月宮…?』
ロビーに入ってくるなり辺りをキョロキョロと見回しながらそう呟く剣都
空珀『はい、あっていますよ。夏川 剣都様ですね、ようこそお越しくださいました』
空珀のその言葉と同時に三人は頭を下げ、歓迎をした。
さぁ、ここから始まりだ、接客の時間だ
瑛良『長旅お疲れ様でした、手続きもあるのでまずはそこの椅子にお座りください』
にこやかに微笑みを浮かべながら剣都を席へと案内し、座らせる
静夜『暑かったですよね、こちら冷えてますのでどうぞ』
いつの間にか静夜は裏に行き冷たいお茶を客に出す
剣都『…ありがとう、ございます……』
ボソッとお礼をいうと剣都はお茶を一気に飲む、はぁ……と一息つくと瑛良と手続きの為の話し合いを続けた
その間に部屋の鍵を空珀と静夜は裏に取りに行く
静夜『…ねぇ、ねぇ空珀』
空珀『何…?』
静夜『夏川様、疲れてるのかな…?』
空珀『……さぁね、夏川様だって見ず知らずの人に深入りなんてされたくないでしょ。でもまぁ…あれは単純な疲れってより…』
静夜『…生きる気力が、無さそうに見える』
空珀『…自殺なんてされたら困るんだけど、色々と』
静夜『ぶ、物騒な事言わないでよ空珀…!!』
鍵を探しながら淡々と“自殺”と言い、そのキーワードに静夜が酷く動揺している
空珀『…単なる空珀では無く、経営してる空珀としてなら、普通考えて困るに決まってるでしょ、月宮の風評にも繋がる事、俺達だって生きていかなきゃならない、だからこうして必死になって働いている、いつまでも親のスネかじって生きていけるわけじゃない、親だっていつまでも生きている訳じゃない、ただえさえここ月宮は…』
静夜『…空珀、言い過ぎ』
パン…ッ!と乾いた音が部屋に響いた、静夜が空珀の頬を叩いたのだ
静夜『僕はそんな正論が聞きたい訳じゃない…!空珀はそれを分かっててそれなの!?ちゃんと、ちゃんと心配してるの…!?』
空珀『…最後まで聞けよ馬鹿静夜、そうだよこれは世間一般的に思われるであろう言葉だよ、だから言ったじゃん、経営してる空珀としてなら、って』
思いっきり静夜の事を睨みつけながら空珀も負けじと言い返す
静夜『……ぁ、…ご、ごめ……』
空珀『…良いよ、別に。静夜は人一倍、優しいだけって俺知ってるから、生死に関わる事になるとこうやってなるのも、事故が原因なのも知ってるから』
静夜『………』
静夜は片目を包帯で隠している、理由は空珀が言った通り、事故が原因だ
静夜がまだ小さい頃、不運な事故に巻き込まれた、そこで静夜は左目を失う結果となった
幸いにも死には至らなかったが
空珀『単なる空珀としてなら、そりゃ心配に決まってるでしょ?俺だってそこまで冷たい人間じゃない、けど相手はお客様、下手に何かを聞くのは失礼になるかもしれない、もしかしたら聞かれたくないことを聞くかもしれない、何が出来るって…』
瑛良『裏で呑気にお喋りとは、君達は随分と偉くなったんだねぇ』
扉を開け、瑛良が入ってきた
静夜『あ、瑛良…その、これは…』
瑛良『まぁ夏川様の事だろう?心配、してるんだろう?』
全てお見通しなのか、今話していた事を的確に当てにくる
静夜『だ、だって夏川様、凄く……凄く、辛そう…』
瑛良『…大丈夫だよ静夜、君が思ってる様な事にはならない、流石にそれはドラマの見すぎかなぁ、夏川様は多分あれは……、むしろその疲れを癒しに来た様に見えるよ』
静夜『……本当…?』
瑛良『見えるというか、そう夏川様本人が言ってたからねぇ、仕事で疲れてその疲れを癒しに来たって』
静夜『よ、良かったぁ……』
安堵の表情をパァッと浮かべる
瑛良『空珀も、口ではそう言ってるけど内心は心配で心配でたまらなかったんだろう?目が泳いでたよ』
空珀『な……ッ』
バレてたのか、と空珀は少し悔しそうにしてる
瑛良『夏川様は癒しを求めに来た、それが確実となった今、何をすれば良いかなんて明白だろう?』
静夜『もちろん…!』
空珀『当たり前』
いますべきこと、それはしっかりと夏川様をおもてなしする事
だがそれはどの客に対しても同じ、常に最高級のもてなしを客に届ける
静夜『早く、早く夏川様にお部屋の鍵を届けよう空珀…!』
空珀『分かってるよ静夜、今行く』
そう言い二人は扉を飛び出して剣都の元へと駆けて行く
瑛良『若いねぇ……』
部屋に取り残された瑛良は腰に手を当て小さく笑いながらそう言った