第5話
剣都『……はぁ……』
思わず高い部屋をノリで予約してしまった
何とも自分らしくない、が、剣都は癒しが欲しかった
自分が原因とは言え、疲れた
大人にもなってこんな幼稚な事をしてくるとはと嘲笑ってやっても良いが逆に悪化する未来は目に見えてる
……ああ、もう休憩時間はおしまいだ
仕事に戻らないと。
重い足取りで剣都は仕事場に戻って行った
静夜『夜月様美味しいって言ってくれて良かったね!』
空珀『本当だよ、あーー……何か俺達の分も作らないと…』
瑛良が食べ終えた皿を洗いながらそう呟く
しっかりと消毒をし何か食べたいものはあるかと静夜に聞く
静夜『うーん……うーーん……なんでも良いなぁ…… 』
空珀『じゃあ余ったものね』
と、味噌汁を温め直し味醂や醤油、だし等をいれてタレを作ると白米の上に天ぷらを乗せてタレをかける
静夜『天丼だ……!!』
空珀『そーだよ、刺身とかも余ったし食べよ』
と、空珀は余ったもので次々と簡単なものを作っていく
温かくなった味噌汁をよそい、机の上に並べると椅子を持ってくる
空珀『今だけだからね、二人だけだからここで食べられるんだからね』
静夜『うん、知ってるよ、二人だけだからね』
と少し笑い合いながら言って、二人はご飯を食べ始める
静夜『空珀、美味しいよ』
空珀『そう?ありがとね』
静夜『そういえばゼリーも残してあるんだ、後で食べよ!』
美味しく作れたんだ、と少しドヤ顔をしながら空珀に話す
空珀『はいはい、楽しみだよ』
と、空珀も笑いながらそう言い、夕飯を食べ進めていった
そして時は進み約束の二十二時となった
静夜と空珀は二人でフロントに立って待っていると瑛良が歩いて来た
瑛良『ごめんね、呼び出しちゃって』
空珀『いえ大丈夫ですよ、それより向こうのお席にお座り下さい、立って話すのもあれですからね、静夜、夜月様にお茶のご用意を』
静夜『はい』
瑛良をチェックインした場所と同じ所に案内をし座らせ、しばらくすると静夜がお茶を持ってくる
瑛良『美味しいお茶だね、ありがとう』
お茶を一口飲み静夜にそう微笑みながら伝える
静夜『あ、ありがとうございます…!』
褒められた、と嬉しそうに表情を明るくさせ空珀を見れば「良かったね」と言わんばかりの表情を空珀も見せた
瑛良『さてと……、君達も座ってくれないかな?むしろ今座るべき人間は君達で、俺はお願いする立場なんだから立つべきだ』
そう言う瑛良は席から立ち上がり、二人に向かって頭を下げる
瑛良『お願いだ、俺を雇ってくれ』
そう言われるなり静夜と空珀は顔を見合わせ驚いた表情を浮かべたが客に頭を下げさせてる今この状況を思い出すと慌て始めた
空珀『や、夜月様頭を上げてください…!』
静夜『お話をちゃんとお聞かせください夜月様!ですから、頭を、頭を上げてください……!』
その言葉に瑛良はとりあえず、と頭を上げる
静夜『ま、まずはちゃんと話を整理しながら聞こう、ね、ね!空珀…!』
空珀『う、うん…!あの夜月様、失礼ですが、俺達も座ってもよろしいでしょうか?』
瑛良『もちろんだ、座ってくれ』
その言葉にとりあえず二人も席へと腰を下ろす
空珀『ええと…、まず夜月様、雇ってくれとは…その、何故でしょうか…?』
疑問を問いかける、何故いきなり「雇ってくれ」なのか
空珀は静夜から聞いた、瑛良がこの旅館に入ってくるなり「噂で聞いたけど本当に綺麗になっている」と言ったのを
ならば知っているはずだ、この月宮は以前まで廃旅館となっていたのを
そんなおんぼろお化け屋敷状態と言えるほど酷くはなってはいなかったし調査の結果建物の安全性もバッチリだった、年月もそこまで経ってはいない、が、人がいなく管理されていなかったのも事実だ
そして今日初めてオープンしたのも、知っているはずだ
儲かっていないのも分かっているはずだ、素人が経営しているのも分かっているはずだ、既に料理の時に失敗していてそれを瑛良も見ている
なのに何故、働きたいという選択肢が出てくるのか
瑛良『…そうだね…、君達もここ月宮は廃旅館と、誰かの手で管理されていなかったのは知っているだろ?』
その言葉に二人は頷く
瑛良『それじゃあ、ここが元は誰が持っていたのか、元の持ち主は誰か、知っているかな?それか、最初の頃の月宮を、知っているかな?』
静夜『いいえ…すみません、それは知りません…』
流石に元の持ち主までは聞きはしないし知らない、静夜達が知っているのはここは既に手放された旅館という事だけだった
瑛良『…そうか…、なら単刀直入に言おう、元の月宮の持ち主はこの俺、夜月瑛良だ』
証拠も勿論ある、と付け足しながら二人を真っ直ぐに見つめる
空珀『………夜月様それは、返せって事を言いたいのでしょうか?』
元の持ち主は自分だ、と言ったのを聞いた瞬間に空珀の目付きが変わった
自分達からここを奪い取る気なのか、と
静夜『ちょ、こ、空珀…!』
空珀は物事をハッキリと言う性格だ、静夜自身も気になっていた事をズバッと本人に言っている
だが瑛良は違うと首を横に振った
瑛良『俺は一度ここを手放した、それをまた返せと子供みたいに奪い取る事はしない、ここはもう俺のものではない、君達のものだ』
静夜『…なら、何故…何故ですか…?何故働きたいと…?』
瑛良『月宮が、ここが、やっぱり好きだったから』
ふんわりと微笑みながら二人に向けてそう言う
瑛良『噂で聞いたんだよ、ここを誰かが買い取ったって、そして気になって様子を見に来たらたまたまちょうど今日オープンしていた、気になって泊まってみたよ、……そしてやっぱり感じたよ、ここが大好きだと』
辺りを少し見回しながらも瑛良は語る
瑛良『ここは他の旅館やホテルのある場所から離れているだろ?だからあまり客足がね…、それで手放したけど……それでも、再びここを訪れて、昔を思い出して、またここで働きたいと、お客様を精一杯もてなして、笑顔にさせたいと、心休まる場所にさせたいとね』
空珀『…志望動機は充分だけど、悪いけど、ここはもう昔の月宮は残っていないよ、もう昔の月宮は無い』
瑛良『知っているよ、一度手放した身だ、その時に棄てたもんだ、昔の月宮は無いのは俺自身も同じ考えだ』
空珀『なら何故そこまで…?』
その言葉に瑛良はにっこりと笑みを浮かべた
瑛良『君達と同じだよ、人を喜ばせたいんだ、笑顔にさせたいんだ、そして新しく生まれ変わったこの場所で、俺自身また新しくここでお客様をもてなしたい』
空珀『………』
その言葉に空珀はどうしたもんかと頭を悩ませる
空珀『…夜月様も知っている通り、ここはまだまだ知名度は低い、新しくオープンした事でさえ冗談だろうと流されているくらいにね、儲かってもいないし、正直給料だって今すぐ出せるか分からない様な場所、……それでも、働きたい?』
瑛良『もちろんだ、それくらい俺だって知っているし一度体験した身だ、むしろこれは俺のわがままだ、改めてお願いする、俺をここで働かせてくれ』
深々と頭を二人に下げそうお願いをする
空珀『……静夜、どうする?』
静夜『え、ぼ、僕は良い、とは思うけど……ここを良く知っている人なら頼りがいあるし…失敗をしているなら、何を改善したら良くて、何をしたらそれはまた同じ失敗へとなるのか、分かるだろうし…』
それに相手は経験者だ、月宮の事もよく知っている
空珀『はぁ………、分かった、夜月瑛良、面接は合格、良いよ、一緒にここを盛り上げよう』
静夜『空珀……!』
瑛良『………!』
二人の表情が一気に明るくなる
空珀『ちょっと静夜、なんでお前まで顔明るくさせてるの?』
静夜『だ、だって新しい仲間だよ…!一緒にここを盛り上げてくれる仲間だよ…!よろしくお願いしますね、夜月様…!』
瑛良の手を握って目をキラキラさせながら見ている
瑛良『あはは、もう様を付けなくても良いのに、うん、よろしくね二人とも』
空珀『それは駄目、まだ貴方はここのお客様だ、しっかりと俺達に出来る最大限のもてなしを貴方に届けるよ』
瑛良『ふふっ、ありがとうね』
こうして瑛良は最初の月宮の客であり、最初に雇った従業員となった
その後の話し合いの結果、帰った後直ぐに引越しの手続きをしこちらに来る事となった、ちょうどギリギリ、一週間後夏川様が来るとなった一日前には来れるそうだ
新たな客が来る前に瑛良が入れるのは有難いな、と素直に空珀は感じた