第90話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
ヴァンガーデレン家の当主とエヴァンゼリンから、「漏洩事件解決のお礼にもてなしたい」と連絡を受けたアリステア一行。ちょっと引っかかる点もありますが、断りきれず招待に応じる事にしました。
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翌日朝から待ち合わせ時間までは、各自思い思いに過ごす。
キースは、エレジーアの部屋から持ち帰ってきた本を読み進めた。
魔法陣の研究書では無く、エレジーアの晩年に弟子が書いた、エレジーア個人についての本だ。
中身は、弟子が色々と質問をし、それに対してエレジーアが答えるという、インタビュー形式になっている。
前書きに「亡くなる前に自伝を書いて欲しいとお願いしたら、そんな暇があるなら魔法陣の一つでも作ると返された」旨が書いてある。
いかにも魔術師が言いそうな事である。
(まぁそうだよね。そんな暇無いよね)
そして、この本の内容は「稀代の魔法陣開発者 エレジーア」を知る上で、これ以上無い物だった。今まで知られていなかった、この人物の半生が書かれていた。
・女性。
・子爵家の生まれ。
・魔法の発動まで時間が掛かるタイプで、魔術師になりたての頃は落ちこぼれ寸前だった。
・しかし魔力量は多く、頭も良かった。それを惜しんだ師匠から魔法陣の研究を勧められた。
・机の上で落ち着いて取り組める事が良かったのか、魔法陣の研究は向いていた。既存の物を改良し、高効率で効果が高い魔法陣を生み出した。そのうち全く新しい魔法陣を作り出す様になった。
・貴族の女性という事で結婚もした。夫は伯爵家の次男。本人は、できれば研究だけして生きていきたかったが、流石にそれは許されなかった。
・夫は、騎士団員として活動する中で、エレジーアの魔法陣の恩恵にあずかっていた為、結婚して研究をやめてしまっては勿体ないと考えていた。夫の理解と協力もあり研究を続ける事ができた。
・伯爵家の分家の嫁として、跡継ぎを産む義務を果たしながら彼女は研究を続けた。
・40代後半、夫があの城塞の司令官に就任。貴族同士の社交が苦手だった事もあり、一緒に着いてきた。静かな環境で研究に集中した彼女は、晩年には遂に「物質転送の魔法陣」を生み出すに至った。
・今は「生き物を転移させる魔法陣」の開発に勤しんでいる。
(女性だったんだ・・・しかもコミュ障っぽい。これも研究者にありがちだな)
エレジーアについては、研究書が多少現存しているだけで、生い立ちや人となりが書かれた記録は見つかっていない。性別すら不明だったぐらいだ。
(まぁ、余程の実績や悪名を残した国王とかでもない限り、個人でそこまで残っている人の方が少ないけど)
キースは読み終えて本を閉じた。感嘆の気持ちがこもった大きな溜息をつく。
「はぁ~これは何とも・・・凄い物を読んでしまった・・・」
思わず独り言が出た。それ程に濃い内容の本だった。
そして、書かれた事実を知った事で、これまでは魔法陣を通じて「昔の凄い魔術師」という認識しか持ってなかったエレジーアという人物に対し、強い親近感を抱く様になった。
(転移の魔法陣、僕の魔力限定ですけどできました、と言ったらどういう反応をするのだろう)
「会って話をしてみたかったな」
キースはそんな事を呟きながら本をしまい、準備を整えて宿の待合室に降りていった。
キースは大人3人組と合流し、自分達の馬車を管理事務所前に停まっている、ヴァンガーデレン家の馬車の後ろに付ける。
馬車を降り管理事務所に入ると、そこにはこちらも準備が整ったベルナルとアンリの姿があった。
「皆さんお疲れ様です。今日はよろしくお願いします」
「いえいえこちらこそ。とりあえず、例の食堂まで止まらずに行くという事でよろしいでしょうか?」
「はい。それでお願いします」
「承知しました。一応こちらをお渡ししておきますので、何かあれば鳴らしてください」
キースは魔導具の呼び出しベルを渡す。
「ありがとうございます、お預かりします。それでは出発しましょう」
各々馬車に乗り込み走り出す。
キースは今日も御者台のクライブの隣に座り、御者の勉強である。
ここのところ晴天が続いており、初夏の陽射しを受けた木々の緑が眩しい。街道を吹き抜ける風も、程よい強さで爽やかだ。
のんびり走る事鐘一つ、詰所と食堂、雑貨屋が見えてきた。
食堂の前では、あのオーナーシェフの男性が掃き掃除をしているのが見える。
(あの様子ではお客さんはいなそうだな。お店には悪いけどその方が都合が良い)
街道から外れ店の脇に馬車を停め降りる。
その様子を見ていた男性が「おっ」という顔をした。2台のうち片方の馬車から降りてきた一行が、先日立ち寄った冒険者達だと気が付いた様だ。箒を持ったまま笑顔で近づいてくる。
「いらっしゃいませ。こんな妙な店にまた立ち寄っていただきありがとうございます」
「あの衝撃が忘れられなくて、また来てしまいました」
「それは光栄ですね。ぜひまた楽しんでいってください。お連れ様は・・・冒険者の方でしょうか?」
「いえ、あちらのお二人はダンジョンの管理事務所の職員の方達です。先日の件の絡みで、一緒に王都に出向く途中でして」
「そうなのですね。そういえば、衛兵の方達から、皆さんが溢れた魔物をあっという間に倒したと聞きました。戦士のお二人も凄かったが、魔術師の少年がまた桁違いだったと。神官様も、けが人を同時に何人も癒されたそうで」
「いえいえ、私達はお手伝い程度で・・・衛兵の皆さんが頑張られた結果です」
(実際にはたいして役にも立っていないのに、自分の手柄だと吹聴する輩も多いが・・・まだまだ実績が欲しいだろう歳だろうに、随分と謙虚だ)
「いつまでも店の外で立ち話もなんです。中へどうぞ」
「はい、それでは」
皆で店内に入り席に着く。
「申し遅れましたが、私はログリッチと申します。ご注文は、皆さん『午後のお茶セット』になさいますか?先日同様、上・中・下とございますが」
アリステアだけは「中や下のお菓子も気になる」と迷っていたが、やはり最初の衝撃が大きかったのか、最終的には『上』を頼んだ。
「それでは用意してまいりますので、少々お待ちください」
ログリッチは厨房へと入っていった。
その後ろ姿を、アンリがじっと、何かを思い出そうとするかの様に見つめていた。
数分後、ワゴンを押して戻ってきたログリッチが、お菓子の載った皿を皆の前に並べ始める。
載っているのは、先日と同じ「酒に漬けたドライフルーツを混ぜて焼いたスポンジケーキ」だ。
(前回と同じ物?)
と4人は思ったが、皿を並べているログリッチが説明する。
「お菓子は、先日皆さんにお出しした物と同じ、『酒に漬けたドライフルーツを混ぜて焼いたスポンジケーキ』なのですが、若干違いがあります。どう違うのか、探りながらお楽しみください。茶葉も、これもウェイティス産であるのは同じですが、お菓子の違いに合わせて少しブレンドを変えてあります」
ログリッチはスポンジケーキを並べ終え、お茶を淹れ始める。ふくよかな、それでいて初夏を感じさせるフレッシュなお茶の香りが広がり始めた。
淹れ始めてすぐに、キースはアンリの様子に違和感を覚えた。
フランは、ログリッチの一挙手一投足を一瞬たりとも見逃さんと、食い入るように見つめている。
しかしアンリは、淹れる様子を見ていたのは最初だけで、今は不自然にならない程度にログリッチの顔を見ている。
(あれだけ興味を持っている様子だったのに、手元より顔を見ているのはどういうことなんだろう)
お茶が入り、皆の前に置かれる。
「お待たせしました。どうぞお召し上がりください」
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