第80話
【更新について】
本日2話同時更新となります。
よろしくお願いします。
【前回まで】
諜報員の報告書を受け取っていた人物は、冒険者ギルド支部か衛兵の中にいると当たりをつけました。キースとアンリで王都へ行き仕込みをします。
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「いや、この馬車なんですかこれは・・・速すぎるでしょう・・・」
必死に手網を操りながらアンリが呟く。
「箱部分に貼ってある軽量化の魔法陣と、馬の前に透明な空気の壁を作って三角にしてあります。そうすることで空気抵抗が減り、馬が楽に速く走れる様になるのです」
キースがちょっと得意気に胸を張る。
「なるほど・・・これで急いで駆けつけてくれたのですね。あの時は本当に助かりました」
アンリが微笑む。
「王都に着きましたら、お館様と大奥様にここまでの経緯を説明しておきたいので、最初にお屋敷へ寄りたいと思います」
「この件を僕たちに話したことを咎められたり、知ってしまった僕に対して、何と言うか、その・・・色々大丈夫でしょうか?」
「きちんと説明すればご理解いただけるとは思いますが・・・さて」
アンリは首をかしげる。
(えぇ、本当に大丈夫なの・・・)
何といっても、相手は国内屈指の大貴族の現当主と、生ける伝説ともいえる元国務長官だ。自分程度の存在など、どうとでもなるのではないだろうか。
キースは自分で考えたことにちょっと怖くなり、ブルッと身震いをした。
前方に衛兵の詰所と例の食堂が見えてきた。
(アンリさんなら興味を持ちそうだな)
キースは、隣で馬車を操るアンリに、この食堂で経験した衝撃的な美味しさのお茶とケーキの話をする。
「ほぅ・・・それほどまでにですか・・・確かにいくら街道沿いとはいえ、こんな辺鄙な場所にある店の値付けではありませんね。王都なら、貴族街に近い高級住宅地にあるお店の価格帯です」
「ご本人を前に言いづらいのですが、正直、アンリさんとどちらが美味しいか、僕程度の舌では優劣がつけられません」
アンリの目がキラリと輝いた。
「それは・・・機会があればぜひ寄りたいですね・・・」
不敵な笑みを浮かべる。
(なんか変なスイッチ入れちゃったかも)
キースは知らないふりを決め込むことにした。
馬車は鐘2つにも満たない時間で王都に到着し、そのままヴァンガーデレン家の屋敷に向かう。貴族街は北門から近い事もありすぐに着いた。
キースはその大きな屋敷に相応しい、大きく重厚な門を見て気がついた。
(貴族の屋敷なのに衛兵が警備をしている・・・)
その家の私邸なのだから、警備をするのもその家で雇った兵がするのが普通である。
だが、そこは国家の重鎮ヴァンガーデレン家だ。国側の配慮なのだろう。
一旦馬車寄せに止め、門に併設された受付へ向かう。
衛兵たちはアンリの顔は当然見知っているだろうが、そのまま素通りはしない。アンリは胸元からプレートを出し提示した。鎖を付けて首から下げていた様だ。それにはヴァンガーデレン家の紋章が刻印されている。
家特有の身分証明証なのだろう。
仕えている人間だとはっきりわかっていても、きちんと身分証明証を確認する、使用人達も、それに対して文句をつけることもない。防犯意識の高さが表れている。
「お疲れ様です。こちらは、ベルナル様のお客様です。共に入館します」
「かしこまりました。それではこちらをどうぞ」
衛兵が何か渡してきた。
小さいプレートが着いた細いバングルだ。プレートはアンリが出した物と同じ形だが、それよりも小さく色も違う。来客用だろう。
「お帰りになるまで手首にお付けください」
受け取って左手首に付ける。プレートとバングルが触れ合いチンと小さな音がした。バングルからはほんのりと魔力を感じる。
(付けていなければ不審者、という事だな。それに、プレートに魔力が入っている・・・これなら位置の捕捉もできるな)
馬車は、寸分の隙もなく整えられた庭園の間にしつらえた道を屋敷に向けて進んでゆく。
(この広さでこの手入れの精度、どれだけの手間と費用が掛かるのだろう・・・)
庶民なので、どうしてもそういう事を考えてしまう。
カルージュの家の、ヒギンズ(クライブ)が整えた庭も、季節ごとに様々な花を咲かせ綺麗だが、ここの庭はそういうものとは種類が違う。
馬車寄せに乗り入れると担当者が出てきた。
「ウッズ、お客様の前ですよ」
笑顔の男性に向けてアンリの指摘が飛んだ。
「しっ、失礼いたしました!いらっしゃいませ!」
「こんにちは。お邪魔いたします」
笑顔で返事をする。
「お疲れ様ウッズ、久しぶりですね。出張はまだ途中なのですが、こちらで用事ができたので立ち寄ったのです。またすぐ戻ります」
「そうでしたか・・・お疲れ様です」
ちょっと残念そうにするウッズに馬車を預け、アンリに続き建物に入る。
(これが大貴族の屋敷か・・・)
高い天井、壁に飾られた大きな風景画、由来も解らないが立派で大きな壺、途中で休める椅子とテーブルまである。
廊下の壁には、今は点灯はしていないが、一定間隔で照明の魔導具が備え付けられている。
(各階の廊下、室内、すべてに照明の魔導具があるのだろうか・・・あるんだろうな)
もはやため息しか出ない。
魔術学院も立派だと思っていたが、ここはちょっと格が違った。
これが侯爵の屋敷であるなら、あちらはせいぜい男爵ぐらいではないだろうか。
(上には上がいる・・・世の中広いね)
そんな事を考えながらアンリの後ろを歩いてゆくと、曲がり角を曲がったところで魔力を感じた。
そのキースの様子にアンリが気がついたようだ。
「お気付きになられましたか。さすがですね。かなり薄いと思うのですが」
「< 探 査 >(サーチ)ですよね?常に張ってあるのですか?」
「はい、大奥様のお手製の魔導具になります。ここからは奥棟になりますので、その手前に受付があります。私たちが感知範囲に入りましたので、今頃内側にある受付では対応の準備をしているはずです」
(奥棟はプライベートスペースだものな・・・)
アンリがノックして中に入る。
部屋の中は待合室のようなデザインになっており、受付に女性が1人座っていた。女性は、入ってきた人物がアンリだと気がつくと、軽く目を見張った。
「お疲れ様ですエリー、お館様と大奥様にご面会の連絡をお願いします」
「アンリ、あなたはベルナル様とご一緒ではないのですか?なぜ1人でここにいるのです?ベルナル様の護衛はどうなっているのですか?ご安全なのですか?」
エリーと呼ばれた女性は、アンリの言葉には応えず尋ねてくる。
「ベルナル様が対応されている案件で、王都に来る用事ができたのです。それに合わせ途中経過のご報告にあがりました。ベルナル様には、腕利きの冒険者たちが付いてくれています。私よりお強い方達ですよ」
「あなたより・・・そうですか」
アンリの返答を受けてエリーは少し落ち着いた様だ。
(僕に対するおばあ様みたいな感じだな)
しかし、一瞬緩んだ空気は次のアンリの発言で無残にも壊れた。
「それに、今回の案件にも助力してもらっています」
アンリの返事を聞いたエリーは唖然とした。
「アンリ・・・あなたそれは・・・」
「ベルナル様が判断された事です」
「確かにそうかもしれませんが、なぜ止めなかったのです?それがあなたの仕事ではありませんか!」
「私も、話をしても大丈夫であると判断しました」
(この女性はこの案件の事を知っているんだな。奥棟の入口を任される程だし、かなり信頼されている方みたいだ。それにしても、この空気・・・居ずらい・・・)
エリーは、アンリを呆れた表示で見ていたが、溜息を吐いて頭を振った。
「・・・とりあえず、お伺いをたてますからお待ちになって。ご一緒の方のお名前などを教えていただいてもよいかしら?」
エリーはまだ呆れ気味だったが、とりあえず仕事を進める事にした様だ。
「彼は、王都冒険者ギルド所属の魔術師、カルージュの村出身のキースさんです。昨年度の魔術学院首席卒業者で、私とベルナル様の恩人です」
「カルージュのキース様ですね。少々お待ちを」
エリーがメモに書きつける。
(こんなに小さくて可愛いのに学院首席の魔術師・・・凄いわね)
アンリがエリーに近づき、顔を寄せて一言二言声を掛けた。
エリーは驚いた顔をしつつ、さらにメモに記入し物質転移の魔法陣で送った。
約束の無い、しかも貴族でも無い人間と面会する以上、いくら使用人が案内してきたとはいえ、会う前に身元と要件をはっきりさせる必要がある。
ほとんど間を置かずに返事が帰ってきた。
「どうやらご一緒にいらっしゃった様で、一枚のメモにお二方から返事が書いてあります。楓の間でお会いするそうです。後アンリ、あなたにお茶を淹れて欲しいそうです」
「承知しました。ありがとうエリー、助かりました。ではキースさん、行きましょうか」
アンリはキースを促した。
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