第338話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
アルトゥールやエヴァンゼリンと邂逅していると、近衛騎士団の幹部達がやってきました。キースの計画を初期段階から知っていたマテウスやボブは、上手くいった事を喜びます。そこに横に避けていたアルトゥールが声をかけました。
□ □ □
彼らはもちろんこの声の主を知っているし、憶えていた。何年も仕えた主の声だ、忘れる筈も無い。
だがそれは、もう二度と聞けないはずだった。それがなぜこのタイミングで聞こえてくるのか、全く理解できていなかった。
依代の魔導具で姿を変えたイングリットに気を取られていた事、室内には合計で30人近くいた事もあり、マテウスらはアルトゥールとエヴァンゼリンがいる事に気がついていなかったのだ。
マテウスがぎこちなく、まるで錆びた金属部品を無理矢理動かすかの様に、ゆっくりと声のした方を向く。ボブとミーティアもそれに続いた。
そして、そこで目にしたのは、笑顔で立っている彼らの国王だった男と、『魔女』とまで呼ばれた元国務長官の女だった。
「ア、アルトゥール様……?エヴァンゼリン様も……こ、こ、これは一体……」
「……ま、さか、依代の、魔導具を」
「…………」(ポカーン)
「これについては、僕から説明します」
キースが一歩前に出ると、事の経緯を説明し始めた。その内容は、先程、イングリットの尋問に対して答えた時のものと同じである。
「で、では、猫の姿で王族の皆様方や我らを見守ってくださっていたと……」
「なるほど……さすがはアルトゥール様!まさに深謀遠慮でございます!」
「う?うむ、そう……じゃな。そういう事だ」
腰に手を当て胸を張る。
(あらまあ、全く、調子の良いこと)
実際はそんな話では無いのだが、エヴァンゼリンはアルトゥールの後ろから呆れの視線を送っただけで、突っ込みはしなかった。この辺の事は大勢に影響は無いので、正直どちらでも良いのだ。
だが、マテウスやボブらがアルトゥールの先見の明 ( ? )を讃えるのも無理はない。国王としての成果という点ではイングリットの方が上となったかもしれないが、アルトゥールという人物は、彼らにとって憧れの存在なのだ。
自分達がもの心ついた時から国王を務め、特性の出なかった『持たざる者』であったにも関わらず、努力を重ね続けて知識や技術を身に付け、万能を誇った。
そして、無事後継に王座を譲れたと思ったところで、再びの即位。しかもそれを2回だ。その心の強さはまさに白銀の如しである。
「して、お二方は今後はいかがされるのでしょうか?」
マテウスの問いにボブやミーティアも頷く。彼らにしてみれば非常に気になるところだ。
「今後についてはまだ未定だ。城にいるにしても、この姿ではな……」
アルトゥールは右の口髭を触る。考える時の彼の癖だ。
「ええ、依代の魔導具については、城にいる全ての者が知っている訳でもありません。私達がこの姿でいては混乱させてしまうでしょう」
「うむ。この城の者達は、突拍子も無い出来事には慣れてはいるだろうが、流石にな……まあ、もう用事は済んだからの。姿をどうするか、どこで何をするか、それとももう終わりにするのか、ゆっくり考える事にする」
「まずは、上皇后様からお子様方のお話をうかがってからとなりますが」
「おう、そうじゃな。それだけは外せん」
エヴァンゼリンの補足に笑顔で頷く。
「左様でございますか……承知致しました。もし、今後についてお決めになられましたら、ぜひ我らにもご連絡を。ご挨拶に参りますので」
「……うむ、分かった。必ずする」
皆それなりの年齢である為、前置きも無く唐突に別れが訪れる可能性がある。それに備えて、一度きっちり挨拶しておくのは、区切りをつける意味でも大事な事だ。
「それでは、我らはこれにて失礼致します。エクリプス公のあの計画も無事に見届ける事ができましたし、アルトゥール様やエヴァンゼリン様にもお会いする事できた。何という素晴らしい日であった事か」
「儂らもお主らに会えて望外の僥倖であったよ。ありがとう」
ボブが退出の挨拶をし、3人は部屋を出て行った。
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「いや~、今日は一日盛りだくさんだったねぇ。さすがに疲れた」
「ええ、お疲れ様でした……」
不寝番の側仕えに寝支度を整えてもらっていたイングリットは、三面鏡ごしに、大きなベッドで大の字になっている夫をじっと見つめる。
今日は朝から本当に様々な事があった。
キースへの公爵位&冒険者としての新たな級の授与、『譲位の儀』、イングリットへの依代の魔導具のプレゼント、さらには両親やデヘント、エレジーア達も依代の魔導具で登場した。
そして極めつけは、死んだと思っていたアルトゥールとエヴァンゼリンの存在だ。
だが、『盛りだくさん』と言ってはいるが、譲位の儀以外には全てはキースが絡んでいる。というか、当事者である。
先程のイングリットの視線には、間違いなくキースへの労いも込められてはいたが、(自分で巻き起こしておいて『疲れた疲れた』と言うのはどうなの?)という気持ちが、多少込められてもいる。
整え終わった側仕えが下がると、イングリットはベッドに腰かけキースの左手をとった。年齢は重ねてきたが、指は綺麗で、掌も手荒れやタコなどとは無縁の為柔らかい。
基本的に、キースが武器を振るったり重い物を持つ事は無い。カトラリーや筆記用具、素材や本など日常的な物を除けば、精々、魔術師の杖や魔導具を合成する時にかき混ぜるヘラを持つぐらいだ。
そんな手を弄びながら、イングリットは横になったキースを無言で見つめる。
「……何か言いたそうですね、イングリットさん?なんですか?」
「…あの時、わざわざお守りを止めたのですね」
イングリットの言う『あの時』とは、アルトゥールらが登場し、怒って顔を真っ赤にしたイングリットが、キースを引っぱたいた時の事だ。
「ああ、うん、そうね。反撃出ちゃうから。危ないでしょ」
キースはイングリットから視線を逸らし、天井から下がった照明の魔導具を見る。魔導具はかなり大きいが決して下品では無く、部屋の調度品とも自然な一体感を見せている。
光の塊の様にも見えるが、決して眩しくは無く、目に負担がかからない。リクイガス商会渾身の一品だ。もちろん特注品である。
リクイガス商会は、照明の魔導具の再現を果たした事で成長したが、今やエストリア王国のみならず、『大連合』内でも市場を制圧しつつあり、その勢いは留まる事を知らない。
あの時のイングリットは、アルトゥール達が登場してすぐは呆然としていたが、状況の理解が進むにつれて(なぜこんな大事な事を私に内緒で!)という気持ちが急激に膨らんだ。
勝手な事をされて頭にくるやら、内緒にされて悲しいやら、もう様々な思考と感情がグルグルと渦巻き、頭の中はぐちゃぐちゃだったのだ。
「いつ私が手を出すと気が付いたのですか?」
「……うん、振り向いて歩いてきた君の顔を見た時にね、『あ、これはやっちまった』って思った。だから、何をされても黙って受けようと思って」
「もう……貴方という人は!予め一言言えばそれで済む事でしたのに!全く……」
イングリットはキースの手を離すと、隣にうつ伏せになった。右手を伸ばし、今度は叩いた左頬に触れる。
「痛かったですか?」
「うん、痛かった」
「……ごめんなさい」
そのままにじり寄り、頭を抱えて髪を撫でる。サラサラの金髪の間を指が通り抜ける感触は、お互いにとても心地よいのだ。
「いや、言わなかった僕が悪いのだから、君が謝る事では無いよ。それにしても……」
言葉を切るとニヤリと笑う。
「物理ダメージって生まれて初めて受けたけど、あれは中々良い一発だったのではないかな?僕の知らないところでマルシェやレーニアに手ほどきでも受けていたの?魔術師じゃなくて近接職で登録する?」
「まあっ!またそんな意地悪言って!もう許しませんから!」
そのままキースの上に馬乗りになる。イングリットの方が背は高いし、頭を抱えている状態だったのだ。上に乗るのは簡単である。
「そういう事ばかり言う人にはお仕置です!」
両手を前に出し指をワキワキと動かす。
「あ~れ~助けて~」
助けを求める声は棒読みで、完全に茶番だ。
しばらくの間、押さえつけたり、揉み合ったりしながらベッドの上で転げ回っていたが、再び馬乗りになられたキースが、下からイングリットを抱き締めると、片手で髪を撫でる。
イングリットは一瞬ゾクリと身をすくませたが、力を抜いてそのまま身を委ねた。
「イーリー、本当に、30年間お疲れ様でした。頑張ったね」
キースからの労いはもう何度も受けているし、この言葉もとてもシンプルなものであったが、それだけにイングリットの心の奥底まで染み入った。そして、じんわりと湧き起こってきた暖かな何かは、彼女の身も心も優しく包み込んだ。
「……はい、ありがとうございます……ありがとうございました」
キースは、涙を抑えきれず肩を震わす妻を抱き締めたまま、その髪をいつまでも撫で続けていた。
□ □ □
公式には、アンジェリカへの譲位が成された時点で、女王イングリットと王配キースの御世は閉じてはいたが、アルトゥールに礼を述べられた事、このキースの労いの言葉により、彼女の心の中でも完全に幕を下ろしたのであった。
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