第336話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
譲位したイングリットを労う為に、ライアルやデヘント達が人型の『依代の魔導具』に意識を移し集まりました。更には、アルトゥールやエヴァンゼリンまで登場です。ですが、そもそもその事を知らされていなかったイングリットはブチ切れ、初の夫婦喧嘩となりました。
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キースから引き剥がされたイングリットと、私室に居た全員は、『白夜の間』に集まっていた。この部屋は小さめのバンケットルーム( パーティー用の部屋 )である為、30人弱で使用するのにはちょうど良い広さだ。
あの後すぐに、キースにはフランが<回復>を、イングリットにはマクリーンが<鎮静>の神聖魔法をかけて落ち着かせたが、心が落ち着いた事で、イングリットはキースとアルトゥールに事のあらましを求めた。
当然である。
とうの昔に亡くなったと思っていた2人が、実は、自分の知らぬ間に猫型の依代の魔導具に意識を移しており、猫の姿でずっと城にいたというのだから。
室内には大小2種類のテーブルセットが置かれており、小さい方にイングリットとキース、アルトゥール達、大きい方にはそれ以外の人々が座った。
イングリットの向かいにキースとアルトゥールが並び、その側面にはエヴァンゼリン、リーゼロッテ、ティモンド伯爵という位置取りは、どう見ても、イングリットに尋問される被疑者2名と参考人達、である。まあ、実際そうなのだが。
「唯一の血縁者である私に内緒にしてきた以上、それ相応の理由なのですよね、おじい様?キースさん?どんなご説明が聞けるのか、楽しみでございます」
外見は(目は笑っていないが)笑顔の銀髪ツインテール美少女で、思わず顔が綻ぶほどに可愛いのに、中身は、国内のみならず周辺国にも名を轟かす百戦錬磨の前女王である。正面の2人が受ける圧は大変なものだ。
質疑という名の尋問はしばらく続き、その結果以下が判明した。
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・アルトゥールからキースに、『体調が優れず身体を動かすのが不自由になってきた。本当に死んでしまう前に依代の魔導具(当時は猫型)に移りたい』という話があった。
・キースは『イングリットには内緒。後程ネタばらしする』と聞いた際に若干嫌な予感もしたが、まぁ良いかとあまり深く考えずに了承した。
・エヴァンゼリンは、アルトゥールに『一人ではつまらんからそなたも来てほしい』と熱心に誘われ話を受けた。リーゼロッテはもちろん、ティモンド伯爵にも念の為話を通し、承知済み。
・アルトゥールは当初、在位10年の区切りでイングリットに打ち明けようと考えていたが、何となく言い出しづらくなってしまった事、もっと年月が経った方が驚くのでは?と考えて、そのまま秘密にする事にした。
・エヴァンゼリンら3人は、まさかイングリットがこの事自体を知らないとは思っていなかった。リーゼロッテとティモンド伯爵の2人は、先程の騒動で知った程であった。
・エヴァンゼリンが『イングリットは知らない』という事を知ったのは、在位20年を迎えた時。アルトゥールに『まだ声をかけないのですか?』と尋ねた時だった。『今すぐ言った方が良い』と勧めたが、アルトゥールは『今更言えん。譲位の時にする』『年月が経てば経つ程驚くであろう』と返答した。
・そして、在位30年と譲位を機に、猫型から人型の依代の魔導具に移り、今日皆の前に現れた。
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これらの経緯に、特にアルトゥールの考えていた理由に、イングリットは一気に脱力し、机に突っ伏してしまった。気の毒過ぎて誰も声を掛けられない。
「ただ『驚かせたかったから』だったなんて……確かにこれ以上無いサプライズですが……あぁ、もう誰も信じられません」
何とか顔を上げ、身体の中から出てはいけないモノまで出てしまいそうな、大きく深い溜息を吐く。
「お2人とも、亡くなった時に受けた連絡は『朝起きてこなかった。見にいったら亡くなられていた』というものだったはずですが、では、夜の間に猫の依代の魔導具に意識を移したという事だったのですね?」
「う、うむ。そういう事じゃ」
アルトゥールの返事にエヴァンゼリンも頷く。
「それで、おじい様はキジトラの猫に26年間、エヴァおば様は白猫に25年間入って過ごされていたと……」
「確かに、よくよく思い返してみると、その2匹はいつも一緒におりましたね」
「はい姉様!中庭で丸くなって、一緒に日向ぼっこしている姿をよく見ました!」
「ええ、コーデリア、私も記憶にあります。私が執務室に出入りし始めた頃にはそうしておりました。普通の猫としては考えられない程に長生きですから、子供とか別の似た猫だと思っていたのです。それがまさか依代の魔導具だったなんて。全く考えませんでしたね……」
アンジェリカとコーデリアが顔を見合わせる。男兄弟達はその猫達の事は全く記憶に無い様で、しきりに首を捻っている。
「それにしても、よくも私に一言も無く……驚かせたかったにしても、そこまでしますか普通……」
「まあ、譲位前に試した時に思いの外快適だったというのもあるのだが、真面目な理由もあるのだ」
「そんな今更白々しい……まぁ、聞くだけならタダですからお好きに喋ってください」
かなり投げやりな態度で促す。完全に呆れているのだ。
「うむ、イーリーとキース、2人がどんな世の中を作るのか、とても興味があったのだよ」
先程までのふざけた理由とは正反対とも言える理由に、不意をつかれたイングリットは目を丸くした。
イングリットが小さい頃から受けてきた教育の内容は、『王の務めを果たせる様になる為』のものである。当然、王族、貴族としてのものの考え方、視点が基本になっている。
そこに、キースという別方向の考え方、視点を持った者が現れた。この2つが組み合わさった時に、果たしてどの様な結果が生まれるのか。60年以上国王を務めた身としては、非常に気になるところであったのだ。
右の口髭を触りながら答えるアルトゥールに、キースはチラリと視線を送る。
「もう一点はの、将来、無事に後進に引き継いだ時、お前さんに直接礼を言う為だ」
アルトゥールは真面目な顔になり居住まいを正すと、正面からイングリットを見据える。
「イングリット、王位を継いでからの30年間、見事な政 (まつりごと) であった。国の事、家の事、国内、国外、何においても、そなたはこれ以上無い程に成果を出してくれた。これからは、最低限の行事はあるが自由に使える時間がほとんどだ。キースと共に自分の興味の赴くままに生きてほしい。半世紀に渡る務め、誠に大義であった。ありがとう」
アルトゥールはお礼と労いの言葉を言い終わると、頭を下げた。
イングリットは大きく一つ溜息を吐く。それは同じ溜息でも、つい先程の、タネ明かしされた時のものとは全く違うものだった。
(まさに、ずっと背負い続けてきた荷物をようやく下ろせた、という感じだね)
キースは目を閉じているイングリットをチラリと見る。目尻が少し光っている様にも見えた。
「……やり方には今も納得いきませんが、頑張りを直接褒めていただけたのは素直に嬉しいですし、本当に役割を果たし終えたのだなという気が致します。ありがとうございました」
言い終えるとイングリットは閉じていた目を開けた。潤んだ水色の瞳には先程までの怒りは残っていない。
(よし、ここでもう一押し)
テーブルの下で、アルトゥールはキースの右足を自分の左足で軽く突いた。
「それと、イングリット、今回の件、お主に何も言わんかった事、改めて謝罪する。すまなかった」
「同じく謝罪します。安易、軽率でした。申し訳ありませんでした」
2人それぞれ謝り頭を下げる。
「……はぁ、もう良いですよ。キースさんに驚かされる事は今もたまにありますし。それに、おじい様に振り回されるのも久々でございますね。懐かしい感覚を思い出しました」
イングリットは、呆れといつもの笑顔半々といった顔で、2人の謝罪を受け入れた。
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