第335話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
早速『依代の魔導具』に意識を移し、新米魔術師に扮したイングリット。あまりの可愛さに皆悶絶です。寝室を出ると、そこには依代の魔導具に意識を移したライアルやマクリーン、デヘント達、更にはなぜか絵師の先生までがいました。色々タネ明かしが進んでいきますが、キースにはまだ取っときのネタがあるみたいで……
□ □ □
「そうだね。まあ、絵師という時点でもうねぇ、判るでしょう?」
「はい、毎年素敵な絵をありがとうございます、エレジーア先生、サンフォード先生」
2人は端に寄っていたが、名前を呼ばれた為前に出る。
「ふふん、遂にバレてしまったね。イーリー、30年間お疲れ様。お前さんは本当によくやったよ」
「うむ。まさにケチの付けようも無い、見事な治世だった。大したものだ」
古の魔術師達は揃って褒め讃えながら頷く。
「ありがとうございます。それもこれも、長年に渡りお2人が絵を書いてくださったからこそです。あれがあったから『また来年まで頑張ろう』と思えたのですから」
イングリットがエレジーアに希望して始まった、年一回の集合絵の事だ。
実際には、『人型の依代の魔導具が完成したら』という話であったが、よくよく考えてみると、絵を描いてもらう時にはアリステア達が元の身体に戻る為、彼女達の依代の魔導具が空く。
そこにエレジーアとサンフォードが入り、絵師とその弟子となれば、すぐにでも描けるという話になった。
イングリットには『人型の依代の魔導具はいつ完成するか分からない。それまで絵を残せないのはもったいない。とりあえず、別の絵師にお願いしてでも絵を残そう』と説明した。
エレジーアやサンフォードを交えて、新米魔術師としての心構えを聞いていると、またもや扉が叩かれる。マルシェが扉を少し開けやり取りし、キースに近づき何やら囁く。
「キースさん、まだどなたか来られるのですか?先程からそうやって、私のマルシェとレーニアを使ってコソコソとされていらっしゃいますが……怪しいにも程がございますよ?」
エレジーアらと話をしていた筈のイングリットが、眉間に皺を寄せ、への字口&ジト目で睨みつける。
(母様、不機嫌な顔をしていますけど、これはこれでとても可愛いですね)
(そりゃ気付くし怪しいよね。ごもっともです)
「う、うん。これで最後だね。準備も整ったそうなので、間もなくお着きになるよ」
斜め上に視線を逸らしながら答える。
(誰が、という点にはお答えにならないのですね……全くもう!)
イングリットは引き続きキースを睨んでいたが、マルシェとレーニアが扉を開けて押さえた為、そちらに視線を移す。
(まあ、文句は言いましたけど、これはこれで嬉しいのも間違いありません。キースさんの心遣いに乗って楽しんでおきましょう)
だが、入ってきた一団を目にし、それが誰なのかを理解した瞬間、そんな悠長な考えはどこかへ吹き飛んだ。
イングリット自身の、人生最大の怒りによって。
□ □ □
開け放った扉から入ってきたのは、男性女性2名づつ、計4名だった。
男、女、女、男の順番で入室し、先頭の男の半歩後ろに女性2人、更に後ろに男性が並ぶ。横一列に並ばないという事は、この4人の中には明確な身分差があるという事だ。
入ってきた人々と正面から顔を合わせているにも関わらず、イングリットは無言だった 。
だが、何の反応も示さなかった訳では無い。つい先程までは(半分はポーズだが)不機嫌な顔をしていたが、今は完全に無表情になっている。イングリットが無言&無表情の為、他の人々も黙ったままだ。
入ってきた4人も沈黙のままであった。
特に先頭の男性は満面の笑みで入室してきたが、イングリットの反応が予想外だったのか、その笑顔は徐々に薄れ、戸惑いの表情が浮かび始める。
室内はしばらく沈黙に支配されていたが、皆が『いつまでこの状況が続くのか』と思い始めた頃、状況に変化が訪れた。
イングリットの肩が上がり、細かく震え出したのだ。よく見ると、両拳も強く握られ、爪が手のひらにくい込んでいる。
そして、前にいる人々から視線を外すと、ゆっくりとキースの方へ向き直り、一歩一歩と踏みしめる様に近づきだした。
(……なるほど、そうきたか。これはマズいけど……仕方が無い)
イングリットの様子と表情からこの後の展開を察したキースは、身に付けているお守り類を全て停止させた。腹を括ったともいえる。
そのイングリットは頬どころか耳まで赤く染め、鼻息は深く荒く繰り返され、力を入れ過ぎて折れるのでは?という程に歯を食いしばり、こちらも赤くなった瞳からは、涙が溢れ流れるままにされている。
キースの正面、手の届く距離で立ち止まると、大きく一つ深呼吸をする。
そして次の瞬間、何かが破裂したかの様な、乾いた音が響き渡った。
イングリットがキースに平手打ちをかましたのだ。
よろけるキースの胸ぐらを両手で掴むと、その勢いのままキースを押し倒した。そこから馬乗りになりガクガクと前後に揺する。左頬に真っ赤な手のひらの跡をつけたキースの頭は、取れそうな勢いで前後に揺れた。
この部屋にいる者は誰もが、活躍が歴史に残る冒険者だったり、その立場や役職において、様々な修羅場を潜り抜けてきた者達であったが、イングリットがキースを引っぱたき馬乗りになるという、前代未聞、驚天動地の事態には誰も反応できなかった。
「なんで!!おじい様と!!エヴァおば様が!!ここにいるの!!説明しろキース!!」
『稀代の名君』、『クライスヴァイク家中興の祖』と歴史に紡がれる、イングリット・ロウ・クライスヴァイク上皇后48歳は、生まれて初めてブチ切れた。
そしてそれは、結婚30年にして初の夫婦喧嘩であった。
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