第333話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
無事に『譲位の儀』も終わりほっと一息。キースがイングリットに「ずっと頑張ってきた君に」と用意していたご褒美を渡しました。それはなんと人型の『依代の魔導具』で……
□ □ □
「あなた達、この事知っていたの?」
イングリットは、泣き腫らして赤くなったジト目で、横一列に並んでいる子供達を見据えた。
自分はの余りの衝撃に大泣きして、まだ夫に抱きついたままであるのに、子供達は驚いた素振りも見せずにニコニコしているのだ。おかしく思うのは当然だろう。
「私達は今日の朝、姉上に教えていただきました」
母の問いに間髪入れずに答えたのは、長男のゲオルグである。正直、この質問がくるのは予想済みだ。弟達と末娘のコーデリアも頷く。
彼らとしては、母の追求を躱す(かわ)為にも、『自分達は直前まで知らなかった』という事をはっきりさせておきたい。
イングリットは、ジト目&への字口で自分の立場を引き継いだ長女を見る。アンジェリカも笑顔でその視線を受けた。
「私は14の時ですね。コーデリアが産まれて、母様がお休みしている時ですから」
アンジェリカのあっさりした答えと、10数年前から知っていたという事実に、キースを除く人々は言葉を失った。弟達も、まさかそんなに前からとは思ってもいなかったのだ。
「アンジェリカはね、自分から尋ねてきたんだよ。『石力機構を再現する為に必要とはいえ、使用者が限られている魔導具にそこまで拘るのはなぜか?』って」
キースは、より力を込めて抱きつき始めたイングリットの背中を撫でる。自分には教えず娘にだけ教えた事が気に入らないのだ。
「教えなかったら、君に訊いた可能性もあるでしょう?アンジェリカが君に尋ねる、君が不思議に思う、僕に確認する。そうなったら僕ではとても隠し切れないからね。だから、正直に話してこちら側に引っ張りこんだんだ」
イングリットの抱き着く力は少し緩んだが、まだ離れてはいない。
「敢えて君に言わなかったのはね、びっくりさせたかったのもあるのだけど、ぬか喜びさせたくなかったからなんだ」
「……再現できるか分からなかったから、ですね?」
「そう。がっかりさせたく無かったんだ」
サンフォードの研究室を見つけた直後に、猫型の依代の魔導具の作成手順を知り、見事に再現する事ができたが、そこから10数年進展が無かったのだ。
『上手くいかなかったら』『ある程度見込みが立ったら伝えよう』そう考えるのはごく当たり前であろう。
何ものにも縛られない自由な人生が送れると思っていたのに、やっぱり無理でしたとなったら、大抵の人は多少なりとも凹む。
「ですが、猫型までは辿り着いていたではありませんか」
「確かにそうだけど、やはり猫と人は違うもの」
たとえ猫型でも、自分の魔力を消費しつつ作業自体は助手が行うとすれば、幾らでも合成や実験を行う事はできる。
だが、助手にだって休む時間は必要だし、限界はある。魔術師であれば、寝る前に新たな手順を思い付き、今すぐ試したいなんて事も有り得る。そんな時に他人を起こし作業させるのは、人として色々まずい。
「……キースさん、念の為言っておきますが」
「はい」
「確かに、人型の方が何をするにもより良いのは間違い無いでしょう。ですが、私にとって一番重要なのはそこではありません」
イングリットはキースの両肩に手を添え身体を離すと、じっと見つめる。世の中にほとんどいないという緑の瞳に、自分の姿が映っている。見返すキースも同じ様に、青い瞳に映る自分の姿を見ているはずだ。
「最も大事なのは、貴方が一緒にいるかどうかです。貴方が隣にいれば、猫でも人でも、それこそ最初期型のぬいぐるみでも良いのですから」
一気に言うと頬を染めながら再び強く抱きつく。流石に恥ずかしくキースの顔が見れないのだ。
(わ、私達は何を見させられているのかしら……)
(僕達はお邪魔虫なのでは?)
(……はぁ)
(これが永遠の新婚夫婦。まさにだな)
(と、父様も母様も凄い!お芝居みたい!)
子供達も顔を赤くしながら、目のやり場に困っている。
「あ、あ~、そ、そう、そうだね。確かに……その通り」
キースも視線を彷徨わせる。返事もしどろもどろだ。
しばらく微妙な空気が漂っていたが、落ち着いたのかイングリットが身体を離す。
「それに、私は王家に生まれた事を嫌だと思った事は無いのですよ?」
イングリットの言葉に、キースは不意を突かれた様に瞬きを繰り返した。
「確かに、小さい頃から自由な時間はほとんどありませんでしたし、楽だったとは言いません。どんな事にも、皆で力を合わせて取り組むキースさんとおばあ様やおば様達、お義父様やお義母様の事を羨ましく思う事もありました。ですが、王族というのは、多少の違いはあれど、ほとんどの国で似た様なものでございましょう」
そう言って立ち上がると、依代の魔導具の脇に腰を下ろす。キースも並んで座った。
「それに、様々な事を学んで練習し、できる様になるのは本当に楽しかったですし、張り合いもありました。何かできる様になる度に、おじい様、ティモンド伯爵、補佐官達、マルシェやレーニア、他にもたくさんの人が褒めてくれて。とても充実した時間でした」
「そっか、そうだね……そうだよね」
「ですので、今回こうしてまた新たな機会をもらい、未知の場所や新たな知識、経験を積めるのが楽しみでなりません」
「うん、まだざっくりとだけど、色々とね、計画だけは立ててはいるんだ。基本的には、できるだけ転移を使わない方向で考えてる」
「あ、それは確かに大事ですね。時間はたくさんあるのですから、転移で移動してしまったらもったいないです」
『反発の魔法陣』による揺れの解消以外にも、軽量化や空気抵抗の削減により、馬車は快適な乗り物に生まれ変わっている。急ぐ必要が無い旅にはもってこいだ。
「うん。馬車で移動して、野営する事でしか体験できない事もあるから。灯りが一切無い中で見る星空とかね」
「あ、以前聞いたお話でしょうか?北西国境のダンジョンに最初に向かった時の……」
「そう。お風呂沸かして浴槽に入りながら見上げる星空。あれは凄かった」
「ふふ、ぜひ見てみたいですね……そういえば、人型の依代の魔導具の制作手順は、いつ、どうやってお知りになったのですか?」
「昔おばあ様が遺跡で見つけた本にね。ほら、前に話した事あると思うのだけど、憶えてるかな?遺跡についても書かれていた……」
「確か、おばあ様が共にお仕事をした魔術師の方に報酬として渡して、その魔術師の息子さんが譲ってくれた本、でしたでしょうか?」
遺跡の走破景品として、ミエスクにより書かれたあの本の事だ。
「サンフォードさんの弟子の弟子の弟子にあたる人が書いた本ね。あ、今思い出したけど、その本を受け取りにギルドに行って、戻ってきた時にアンジェリカに尋ねられて教えたんだ。そうだよね?」
「はい、そうです。あの時は、ギルドのおじい様にご連絡をいただいてから、父様が全然お仕事しなくなってしまって」
「そうそう。『仕事はいいから早く行ってこい』と14歳のアンジェさんにどやしつけられたんだ」
「あらまあ……」
「父様、誤解を招きそうな言い方はおやめ下さいませ。連絡を受けてから鐘半分の間、案件を1件も処理せずに、ずっとブツブツ独り言を言っていたではありませんか。周りはいい迷惑でございました。だから早く受け取ってきてはいかがですか?と言ったのです」
「それは……姉上がお怒りになるのも仕方が無いですね」
ジェラールが溜息を吐き、兄弟達も頷いた。
「そ、それでね、結局、魔導具を完成させたのは3年ぐらい前だったかな?本を手に入れてから10年近く掛かったんだ」
劣勢から敗走直前まで追い込まれたキースは、露骨に話を逸らした。
「それは……素材の都合ですか?」
イングリットもそれは分かってはいたが、それ以上は突っ込まなかった。一々突っ込んでいては話が進まないし、そこが話のポイントでは無いからである。
「うん。今はもう生えていない植物が素材に含まれていてね。それの代替品を探すのに時間が掛かったんだ」
本には素材の詳細や採取場所も書かれていたが、その地域を散々探しても見つけられ無かったのだ。
仕方なく似た様な成分を含む植物を、あらゆる伝手を使って集め、片っ端から試した。10年弱で終わったのは、むしろ運が良かったと言えるだろう。
「まあ、それは駄目な事ばかりでは無かったのだけどね……よし、ではイーリー、せっかくだから試してみようか」
「そうですね!ぜひ!」
衣装は何種類か、それこそ筋骨隆々とした男戦士用の鎧一式まで用意してあったが、話し合った結果『魔術学院を卒業し、冒険者登録を済ませたばかりの魔術師の少女』という、無難な設定に落ち着いた。
ベッドの脇に衝立を立てて目隠しを作り、着替えを手伝う為、マルシェが衝立の向こうに回り込んだ。
ブックマークやご評価、いいねいただけると嬉しいですね!
お手数おかけしますがよろしくお願いします(*´∀`*)




