第332話
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週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
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【前回まで】
『譲位の儀』当日の朝。予定より早く集められた出席者達の前で、イングリットはこの30年の感謝を込め、キースに公爵位と冒険者として新たな級を授与しました。
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開始前に色々あったが、『譲位の儀』自体はすんなりと終わった。
その中でも変わった事といえば、立会人が海の神の神殿の司教であるリエットだった事と、イングリットが、アンジェリカの頭に女王のティアラを載せるのを躊躇った事、ぐらいだ。
立会人は、王都にある各会派の神殿の司教が務めるが、その中から進行役を1人決める。
それを前回同様クジ引きで決めたのだが、その結果、その役を引き当てたのがリエットだったのだ。
これにより、リエットは司教として数々の『エストリアの歴史上初めて』を達成する事になった。
・譲位の儀に2回立ち会った司教
・譲位の儀で2回進行役を務めた司教
・女王から王女への譲位に立ち会った司教(そもそも女王→王女と王位が継がれたのが史上初)
『譲位の儀』は国王が生きている間に引き継ぎをする行為である為、過去に行われた事自体が少ないというのもあるのだが、今後は増えてゆくだろう。
イングリットが50手前で引き継いだ事、アルトゥールが後継者不在で目一杯まで苦労した事で、イングリットや子供達の中では『元気なうちに見切りをつけ交代する』という考えに切り替わったからだ。
『大連合』や今回の件など、余程タイミングが悪くない限り、今後もそうやって引き継がれてゆくはずだ。
イングリットがティアラを載せるのに躊躇ったのは、『こんな割に合わない仕事を娘に継がせてしまって良いのだろうか?』と考えたからだ。
前回の『譲位の儀』で、アルトゥールがイングリットに対して抱いた気持ちと一緒である。
しかし、アンジェリカもその話は聞かされていた為、きっとそうなるだろうと予測済みではあった。
「母様、どうぞお任せくださいませ。母様と父様ほどでは無いかもしれませんが、ヴィクトールとそれなりに上手く務めてみせますので」
アンジェリカは、両手に女王のティアラを持ったまま固まった母に対して、軽く膝を曲げた姿勢のまま囁いた。イングリットはティアラから視線を外しアンジェリカを見つめる。
(母様、初めて1人でのお遣いに娘を送り出すみたいなお顔)
アンジェリカは、自分より少し濃い水色の瞳にこもる気持ちをちゃんと理解していた。
「ヴィクトール以外にも国務長官やアニー、補佐官達もおります。何かあればご相談もいたしますから。どうぞご安心ください」
「……ええ、そうね。貴方ならきっと私などとは比べものにならない程の女王になります。どうか頑張って」
イングリットは大きく一つ息を吐くと、父親譲りの金髪が輝く頭に、女王のティアラを載せた。
□ □ □
一歳にして両親を失った、まだ乳呑み子のような小さな王女は、周囲により次代の王と定められ育てられた。
彼女は物心つく頃から利発さを発揮し、いつしか、『エストリア最後の、しかし最高の希望』と謳われる存在となった。
12歳を迎えると同時に政務に取り組み始めると、すぐに彼女は本領を発揮し始める。それは、国務長官や補佐官を始めとする、周囲の大人が顔色を失う程であった。
それは、執務以外にも、外交、交渉、社交などあらゆる面で存分に発揮される。経験を重ねる事で彼女の能力はさらに磨かれ、輝きを増していった。
そして18歳の成人を迎え、曾祖父から王位を継ぎ女王となった彼女は、数え切れぬほどの実績の中でも『女王イングリット最大にして最高』と末代まで称えられる成果を残す。
そう、『歴史上唯一無二の存在』と名高い魔術師を夫とした事だ。
当初は結婚を渋っていたという相手を、見事に口説き落とし、その圧倒的な成果を国中に発表する事で、『王女が一般市民の冒険者を夫とするなんて』という反論を封じ込めた。
とんでも魔術師である夫の奇天烈な発想から作られる、転移の魔法陣を初めとする様々な魔法陣や魔導具を上手く活用すると共に、彼の一般市民的視点から生み出される、貴族では思い付かない斬新な提案を柔軟に取り入れ、エストリア王国は猛烈な勢いで発展を遂げた。
王家としても彼女の存在は特別だ。
クライスヴァイク家は、子供ができにくくなり先細り状態に陥っていたが、夫という外部の血の取り入れに成功し、見事に5人もの子供を産んだ。後の世には『中興の祖』と讃えられる。
そして、遂には周辺国と『大連合』と呼ばれる同盟関係を結び、その盟主となった。参加国それぞれの思惑と利害をまとめ、承諾させた外交、交渉手腕は尋常ではない。
先代である彼女の曾祖父、アルトゥールもダンジョンを2箇所増やすなど有能な国王であったが、彼女(その夫含む)とは比較にならない。
その存在は、国を興した初代王とはまた違った意味で、エストリア王国史上最高の王と言えるだろう。
そんなイングリットの御世は今日で終わり、これからは、その娘、アンジェリカの治める世へと移ってゆく。
□ □ □
「お疲れ様でした、イーリー」
「はい、キースさんも。お疲れ様でした……」
家族での昼食を終え、お茶菓子の入った籠とマルシェの淹れたお茶を前に、2人は揃って大きく息を吐きながら、肩の力を抜いた。
「さて、早速ですが、長年頑張ってきた君にご褒美を用意してあります」
「ええっ!?本当ですか?ありがとうございます!」
「では、寝室へどうぞ」
マルシェを先頭に、イングリット、キース、アンジェリカを始め子供達が続く。
キースは歩きながら振り返ると、1人部屋に残ったレーニアに向かって頷く。頷き返したレーニアは身を翻し部屋を出て行った。
普段使っている大きなダブルベッドの隣には、いつの間にかシングルサイズのベッドが置かれていた。薄い掛け布団が掛かっており、僅かに盛り上がっている。
「ええと、こちら……ですか?」
イングリットは困惑していた。どういうご褒美であるのか、いまいちピンときていないのだ。
(今日からシングルベッドでくっ付いて寝る、というご褒美なのかしら……?そ、それはそれで良いけど、子供達の前でする話じゃないわよね。それに普段とあまり変わらないし)
「そうです。この状況、何か思い浮かばない?」
「え?と言われますと?」
「同じ様な光景を昔見た事があるんだけど。憶えて無いかな?」
イングリットの眉間に皺が寄り目が細められる。必死に考えている時の表情だ。
(もうこの顔もあまり見る事は無いのかも)
キースは妻の真剣な横顔をじっと見つめる。
「よし、ではヒントを出しましょう」
「はい!お願いします!」
イングリットはキースの言葉に臆面も無く飛びつく。だが、それも仕方がないと言えるだろう。
女王として30年、毎日忙しい日々を送ってきたし、50手前というのは、記憶力の衰えを感じるお年頃である。それに、今更何を遠慮する間柄でも無いのだから。
「君が見たのはまだ女王になる前、2週間の休みを取った時です」
「……では皆さんの報奨の授与式は終わっていますね」
「うん。近衛騎士団や魔術学院で呪文の講義をしたり、エレジーアさんの部屋に初めて行った頃だね。場所は……これ言ったら分かっちゃいそうだけど、カルージュの屋敷です」
「え、カルージュですか!?カルージュのお屋敷で、ベッドに……」
イングリットはしばらくそのまま考えていたが、何か思いついたのか動きを止めた。
ゆっくりと顔を上げキースを見る。青石色の瞳はこれ以上無い程に見開かれ、今にもこぼれ落ちそうだ。
「ま、まさか、キースさん、これって」
振り絞る様に口にしたが、それ以上言葉が続かなかった。答えを思い付きはしたが、自分でもまさかと思った為、口から出なかったのだ。
「……では早速確認してみましょう」
そんなイングリットを尻目に、キースは掛け布団をゆっくりと捲る。
寝かせられていたのは、全長150cm程の人形だ。口や鼻、目の窪みはあるが、表情は無い。下着に近い長袖のシャツとズボンを身に付けている。
そう、そこに寝かせられていたのは、紛れも無く『依代の魔導具』だった。目を見開き口も開いたままパクパクするだけのイングリットに、横に回ってきたキースが静かに告げる。
「イングリット・ロウ・クライスヴァイク殿、貴方はエストリア王国王家に産まれ、約50年間、王族としての義務と責任を背負い生きてきました。そして、王として比類なき成果と多くの子孫を遺す事で、その義務と責任を見事に果たし、無事に次代へ引き継ぎました」
イングリットは呆然とした表情のまま、その場に両膝を着いた。
「そんな、国と国民と王家に全てを捧げてきた貴方に、この依代の魔導具を送ります。世界中の誰よりも貴方に相応しいこの魔導具で、全く新しい、自由な人生を送ってください」
キースの言葉にイングリットが両手で顔を覆った。その指の間から嗚咽が漏れる。キースが背中を撫でようと隣にしゃがみ込むと、イングリットはキースに抱き着き、首筋に顔を埋めた。
そして、大きな声をあげて泣き始めた。キースは優しく背中に手を添える。
イングリットが泣き止むまで、誰も動く者はいなかった。
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