第326話
【更新について】
書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
対応の為、ダンジョン内で待機しているアリステア達。思い悩む第二王子ジェラールは、ミューズの説得と激を受けました。アリステアはその手腕に感心しきりです。
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「王配殿下、縦穴の掘削、完了致しました」
「承知しました。それでは掘削を担当した『ナインティズ』は王都へ戻ってください。私は底に物質転送の魔法陣を設置してきます」
マシューズの報告を受けたキースは、いつもの鞄をシリルに渡すと、製図局に作ってもらった『物質転送の魔法陣』へ歩み寄った。
今は巻いてある状態だが、広げると縦横15mという巨大な魔法陣である。そのままではとても持ち運べない為<念動力>の魔法で保持し、<浮遊>の魔法で縦穴を降りてゆくのだ。
転送する物に合わせて魔法陣を大きくする必要は無いのだが、魔法陣が小さく対象物が大きいと転送に時間が掛かる。しかも、今回のモノは特に大きく、誰も転送した事の無いサイズだ。可能な範囲で大きい魔法陣を用意する必要があった。
「底に広げたらダンジョン組に合図を出して、石力炉の転送を確認して戻ってきます。シリルとマシューズはここで待っていてください」
「わかった」
「承知しました」
キースは2人に向けて笑顔で一つ頷くと、傍らに筒状の魔法陣を浮かせながら、大きく深い縦穴に飛び込んだ。
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(よし、手順をもう一度確認しよう)
巨大な外殻の前で待機しているジェラールは、目を閉じ頭の中で流れを確認し始める。もう何度目かも分からない。
ミューズの手腕により不相応な『自分下げ』は無くなったが、さすがに気軽にお喋りしながら待てる程図太くは無い。そこはまだまだ経験の足りない若者だ。
(僕が石力炉の外殻ごと<念動力>の魔法で保持する)
(ひいおばあ様と男性冒険者が、外殻の左右に繋がっている配管を切断する)
(それと同時に、ミューズさんが<地形変化>の魔法で外殻の周囲とその下の床を削る。これにより、外殻は浮いた状態になる)
(保持した外殻を、待機状態の物質転送の魔法陣の上に載せ転送する)
(よし、なんの問題も無い。シンプルで簡単な話だ。大丈夫大丈夫)
目を閉じたまま深呼吸を一つ行い、目の前にそびえ立つ未知の建造物を見据える。
(父上はああ言っていたけど、調べる前に壊さざるを得ないなんて、残念だろうな。せめてこの外殻が無くて直接石力炉を目にする事ができれば)
正面には、明らかに中に続いているであろう扉も付いている。だが、開ける方法が分からないという。それに、もし分かったとしても、今から調べられる程時間の余裕は無い。
ジェラールはもう一度大きく息を吐いたが、先程の深呼吸とは違う。こちらはいわゆる溜息だ。
その時、左手首に付けた通信用の魔導具の魔石が点滅した。右手で魔石に触れ魔力を流すとキースの声が辺りに響く。
「ジェラール、私です。こちらの準備は完了しました。始めてください」
「承知しました!開始します!では皆さん、お願いします!」
キースの声に力強く応えると、ジェラールはアリステア達とミューズに向けて頷いた。
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「<念動力>!」
「土塊の盾を鍛え持ち 其と我らに仇なす者から
万事の悪意を防がん事を! <アース・クリエイト>!」
ジェラールの魔力が、巨大な外殻全体を包み込んだ数瞬後、ミューズが呪文からの<アース・クリエイト(地形変化)>の魔法を発動させる。
外殻の周囲とその直下の床は大きく抉れ、宙に浮いた状態となった。
□ □ □
「はあっ!!」
「せいっ!!」
外殻の左右それぞれに位置を取ったアリステアと男性冒険者は、ミューズが呪文の最後の一節を唱えるのを合図に、裂帛の気合と共にその剣を振り下ろした。
2人とも刃身が長い剣を用意してきているが、配管は2m程もあるのだ。さすがにそこまでの刃渡りは無い。
だが、刃は向こう側まで届いていない筈なのに、配管は見事に切断され、その切断面を晒していた。届いていない分は、振り下ろした時に発生した衝撃波で切ったのだ。
「さすがですね」
「いや、私は振り下ろしただけだからな。剣が凄いんだよ」
ニヤリと笑う男性冒険者に、アリステアは首を横に振りながら応える。
(さて、あの子はどうかな)
アリステアは後ろにいるジェラールを振り返った。
その瞬間、地響きの様な音と地面を震わす振動が、目の前の景色を大きく揺らした。
□ □ □
突然の揺れではあったが、ジェラールは慌てる事無く、見事に巨大な外殻の保持を続けている。
外殻は『石力機構』の施設から切り離され、後は『物質転送の魔法陣』の上に移動させ、そっと下ろすだけという状況だ。
勢いよく下ろしたらその衝撃で最悪の事態も考えられる事から、今慌てて下ろす事はせずに、揺れが収まるのを待ってから下ろすつもりであった。
だが、状況はそれを許さなかった。
「きゃっ!?」
「ミューズさん!!」
揺れに足を取られバランスを崩したのか、悲鳴と共にミューズの身体が宙に浮いた。ジェラールは左手を伸ばしミューズの腕を掴むと、更に<念動力>の魔法を発動し、ミューズの身体を支えた。
(右手だけであんな大きな外殻を支えているのに、同時発動で私まで……とんでもないセンスだわ。さすがはキースさんが後継に指名するだけの事はある)
こんな状況ではあるが、ミューズは思わず、ジェラールの卓越した技術の分析をしてしまった。魔術師の性というやつだ。
だが、ミューズの対応に気を取られた分、この試みは完全には成功しなかった。
ジェラール本人も気が付いていなかったが、当初真っ直ぐに保っていた外殻が、少し左に傾いてしまっていた。
そこに加えて床の大きな揺れだ。
斜めになって下がっていた外殻の左下の底が、待機状態の『物質転送の魔法陣』に触れる。
(あっ!?)
巨大な外殻は斜めに傾いたまま薄青色の魔力光に包まれる。皆が何が起きているかを理解した時には、その大きな建造物はこの場から消失した。
(連絡無しに転送してしまった……)
もし、キースが『物質転送の魔法陣』の上に立っていたら、いきなり頭上に外殻が現れる事になる。間違いなく大惨事だ。
ジェラールは呆然と立ち尽くした。
□ □ □
「よし、そろそろくるかな」
キースは深く巨大な穴の底で屈伸運動をしながら、まだ何も無い空中を見上げ独りごちた。
作戦は予定通りに進んでいる。後は、転送を確認してから地上に戻り、シリルの指示を受けたクラーケンが水圧で外殻ごと壊すだけだ。
外殻と中身の石力炉は大きいが、クラーケンは神に近しい上位精霊である。その力をもってすれば、人の作った建造物を壊す事など造作も無い。
(それにしても、皆歳を取ったね)
縦穴の壁に向き合い手を触れながら、王城の大講堂に集まった『ナインティズ』達の顔を思い浮かべる。皆、雰囲気に臆する事無く、背筋を伸ばし真っ直ぐに前を見据え、堂々と席に着いていた。
卒業後、ハリーやミューズ、マシューズの様に、顔を合わす機会の多かった者もいるが、地方出身者で地元に戻った者も多い。
そういった者達とは、20年前に通信用の魔導具と『転移の魔法陣』を渡した時以来だ。
だが、彼らは『緊急招集に備え魔術師としての訓練を怠らない事』という指示を、皆きっちり守ってくれていた。確かに、毎月その分の給料は渡しているが、サボっていても、実際に招集されない限りばれる事は無いし、訓練をしなかった理由など後からいくらでもつけられる。
しかし、そんなズルをする者は1人もいなかった。皆、それぞれの仕事や生活で忙しかったであろうに、見事なまでに練習の成果を見せてくれた。
指導を担当した身として、キースはそれが何よりも嬉しかった。
(ん?来たかな?連絡はまだだけど……)
『物質転送の魔法陣』の起動を感じ後ろを振り返った瞬間、キースの視界は斜めに傾いた外殻の外壁で埋め尽くされた。
□ □ □
「無事に転送はされたみたいですが……」
「……なんで戻ってこないんだろ」
縦穴の地上部分ではシリルとマシューズが、心配そうに下を覗き込んでいた。
キースが穴の底から戻ってくれないと、クラーケンに指示が出せない。
もし爆発したとしても無人の荒野であるし、水が入っておらずとも縦穴は広く深い。自分達も死ぬ事は無いかもしれないが、キースが何らかの理由により穴の底から離れられずにいるとしたら、それが石力炉の爆発でも注水でも助からない。
「……シリルさん、縦穴内には『人間』の反応はありません」
<探査>を終えたマシューズが閉じていた目を開く。
「死体も?」
シリルはマシューズが濁した部分をはっきりと口に出した。
「……はい、外殻以外は何もありません。どう致しましょう」
「……」
シリルはマシューズには応えず、預けられたキースの鞄に手を入れると、愛用の書類筒を取り出した。筒を両手でしっかりと持ち蓋を思い切り引っ張る。
数秒に渡り力を入れ続けていたが、蓋は開かなかった。一つ息を吐くと、傍らに浮かんでいるクラーケンの方を見る。
「クラーケン、水入れて」
思わぬ言葉にマシューズは慌てた。自分の師とも仰ぐ王配が、まだ底に残っているかもしれないのだ。いかに相手がシリルといえども黙ってはいられなかった。
「これ、キースが魔法で鍵掛けてるの知ってるよね?開けてご覧」
マシューズが口を開く寸前に、シリルは書類筒を突き出した。思わぬ言葉にマシューズは半ば思考が止まったまま筒を受け取る。先程のシリルと同じ様に思い切り引くが、やはり蓋は外れなかった。
「<施錠>の魔法が効果を失ってないという事は生きているという事。でも、穴にはいない。なら水を入れても問題ないでしょ」
「そ、それは確かにその通りですが」
「それとも、自分の<探査>に自信が無いの?あなただっていつも練習してるんでしょ?」
「……いえ、自信はあります。間違い無く、穴の中にはいらっしゃいません」
「なら大丈夫。クラーケン、やって」
「分かった」
クラーケンが手のひらを広げ、両腕を身体の前へ突き出す。
両腕の延長線上、縦穴の中心に水の球が形作られ始めた、と思った次の瞬間、その球は爆発的な勢いで巨大化し、穴の中へと落ちてゆく。そして、あっという間に縁までを水で満たした。
クラーケンが両手を握ると、マシューズは遠くから地響きの様な音と僅かな振動を感じた。
クラーケンの手足である水により、石力炉が外殻ごと、文字通り握り潰されたのだ。
セクレタリアス王国の叡智の結晶である『石力機構』の、その根幹となる施設にしては、あまりにも呆気ない最期だった。
「終わったぞ」
「ありがとう。よくできたね」
「……ま、ま、また何かあればすぐに呼べ力を貸してやろうではな」
クラーケンはシリルから顔を背けながら棒読みでモゴモゴ言うと、空気に溶け込む様に姿を消した。褒められニヤける顔を見られたくなったのだ。
(あの大きな建造物が、たったあれだけで……これが上位精霊の力か。神に例えられるのもあながち間違ってはおらんな)
「とりあえず私達も帰ろう。みんなに説明しないと」
「はい……」
マシューズは頷いたが、少し先の未来の自分を想像しただけで、逃げ出したくなった。
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