第325話
【お知らせ】
活動報告にも書きましたが、社内異動に伴い、更新に時間を掛けにくい部署に配属となりました。
途中で投げ出す事は有りませんが、更新が不定期になる可能性があります。
1話を少し短くし、できるだけ頻度を落とさない様にしてみようと考えておりますが、現時点ではまだ何とも言えない状況です。
どうぞ気長にお付き合いいただければと思いますので、よろしくお願いします。
【前回まで】
作戦は各方面で順調に進行中ですが、一番肝心なところがどうもスッキリしません。モヤモヤしているジェラールに対し、ミューズが事態解決を試みます。
□ □ □
「お隣失礼致しますね」
「あっ、ちょっと待ってください…<疾風>」
ジェラールは腰を下ろしかけたミューズを押し留めると、隣の床に向かって腕を一振した。その腕の動きに合わせ一瞬だけ風が巻き起こり、床の埃を吹き飛ばした。
施設の床は目立った汚れや埃は無かったが、ジェラールは女性を床にそのまま座らせる事を良しとしなかった。もし上着などを着ていたら、脱いで床に敷くぐらいしただろう。
こういった、立場などを超えた紳士的な振る舞いは、いかにもキースの息子である。
その辺りも理解しているミューズは、礼を言うと改めて横に腰を下ろした。
「殿下、本来は、私如きが口を挟む様な事では無いのですが、状況も状況だけに失礼させていただきます」
「……はい、ミューズさん、どうぞ」
「殿下は『父上に似ている』と言われることをとても嫌がると伺っております」
「そう、ですね。言って欲しくありません」
「私共にしてみるとこれ以上無い程の褒め言葉なのですが……『似ていると言ってもそれは見た目だけで自分などまだまだだ。そんな自分と同列に扱われては父上の名に傷がつく』とお考えなのですね?」
「はい。その通りです」
「はっきり言わせていただくと、殿下、それは考え違いです」
「考え、違い……ですか」
「そうです。確かに殿下は父上と比べればまだまだでしょう。あの古の御二方ですら『あんな魔術師はキース以外知らない』と仰るほどですから」
『古の御二方』とは、言うまでもないがエレジーアとサンフォードの事である。
魔法自体は勿論だが、学生の頃から50歳を過ぎるまで、様々な魔法陣と魔導具を作り出してきた。これに匹敵するとしたら、『石力機構』を生み出したサイード王ぐらいである。
「ですが殿下、それは、あくまでもキースさんと比較した場合です。あの人を除いた世間一般の基準からしてみれば、殿下もこれ以上無い程に傑出した魔術師であるのですよ?」
ミューズの言葉にジェラールは瞬きを繰り返す。そんな事自分では全く考えた事が無かった、といった様子である。
ジェラールは魔術学院を首席で卒業しているが、この事は彼の中では全く自己評価に繋がっていない。
確かに、卒業生の中でたった1人だけの、最優秀者である証なのだが、彼の目指すところはキースである。学生しかいない中での結果などなんの足しにもならない。
「先程、講堂で『<地形変化>については国で3本の指に入る使い手。その腕は僕が保証する』という言葉をいただきました。聞いた時はとても嬉しくて。学生の頃の様に胸が熱くなりました。ですが」
ミューズは一度言葉を切ると右手を胸に当て目を閉じる。
「この『3本の指に入る』という言葉は、一見褒めている様ですが、この国の魔術師の現状からするとそうでもないのです。お気づきになりますか?」
少し考えたジェラールは何か思いついた様に口を開いたが、何も言わずにそのまま閉じた。だがミューズをじっと見つめると意を決した様に、再度口を開いた。
「…………あなたは3番目です、という意味ですね」
「そうです 。1番なら『この国最高の使い手』、2番なら『私に次ぐ使い手』と言えば良いのですから。ですが、イゼルビット副団長や、魔術学院のニバリ講師もいらっしゃる中での3番目ですから、間違いなく誇れる順位ではあるのですが」
ミーティア・イゼルビットは、現在も近衛騎士団副団長兼魔術師部隊の責任者を務めている。直接戦闘を行う騎士にとって、肉体的な衰えは深刻な問題だが、直接殴り合う事の無い(その様な状況にしないのが魔術師である)魔術師には影響は少ない為、騎士より平均年齢が高い。
さらに、ミーティアは管理職でもある事から、訓練等でも走り回ったりはしない。さすがに年齢的に勇退も見えてきてはいるが、史上最年少で副団長になった程の才媛であり、組織の管理能力を備え更に経験も積み上げてきた。
生来の負けず嫌いの性格から、魔法の腕も衰え知らずで、まだまだ現役バリバリだ。
ニバリは、キースと共に『呪文』の講義等も行っていたが、ライアルのパーティが解散した際、正式に魔術学院の講師になった。
王国最高峰の実力者であり、その傑出した実績と様々な経験に裏付けられた講義は、説得力に富み非常に解りやすく、生徒達からも大人気だった。その為、学院内では講師に対しての指導も行う様になり、現在は筆頭講師として活躍している。
「あと、キースさんは『君は僕にそっくり』とも仰っていましたよね?これはただ単に容姿が似ているという事ではありません。言葉の通り『魔術師として自分に近い存在である』という意味です」
「いや、ですが」
「信じられませんか?ではキースさんが嘘をついている、または自分の息子だから贔屓している、という事になりますが……」
「い、いえ、父上はそういう事はしない方です」
「そうです。魔法、魔法陣、魔導具に関係する事で、あの人が忖度するなんて有り得ません。それぐらい、魔法に関しては真摯で一切の妥協を許しません。言葉は悪いですが、まさに真性の魔法バカと言えるでしょう」
(本人がいない事もあって言いたい放題だが、何一つ間違っていない。子供の頃からの付き合いは伊達ではないな)
ミューズのキース評を聞きながら、アリステアは内心大いに納得していた。
「各大臣や官僚も揃った中であそこまではっきりと仰った。女王陛下、アンジェリカ様、国務長官はそもそもご承知だったでしょうが、あの場にいた人々は皆『やはり、王配殿下の後継はジェラール殿下なのだな』と考えた事でしょう」
「……」
「もう一つ、キースさんが殿下を後継に考えている証拠があります。先程の3本の指のお話の中で、1番はキースさん、3番は私、では2番は誰でしょう?」
「……僕、ですか?」
「そうです。もちろん<地形変化>だけではありませんよ?他の魔法も含めて、現時点、または少し先の未来において、殿下こそが自分に続く魔術師であると考えていらっしゃるのです」
「父上が……僕の事をそこまで……」
(……もう一押しかしら。よし)
「それに、キースさんは殿下のお気持ち、考え方をとても嬉しく思っていると思います」
「と、言いますと?」
「キースさんは、間違いなくこの国の魔術師全員の憧れであり目標です。ですが、『キースさんに追いつくのが目標』と口に出す者は意外と少ない。追いつきたいという気持ちを持ちつつも、頭のどこかでは『追いつくなんて無理』と考えてしまっているのです」
千数百年間で唯一無二、『魔術師1万人に1人の万人の才』と謳われた存在だ。大抵の人はそう考えてしまうだろう。少しでも近づければ御の字である。
「ですが、殿下は『目標は父上に追いつく事』と公言し、既に国で2番目の魔術師であるのに、低い自己評価もあって、ひたすらに努力を重ねられている。息子が自分を目標として追い掛けてきてくれている。父親として、こんなに嬉しく思う事はそうありません」
(話が長くなってきたせいか、ミューズも遠慮が無くなってきたな。まあ、ジェラールはそれどころでは無いみたいだし、外野が言う事でも無いが)
「はっきりご本人から聞いた訳ではありませんが、状況、態度、かける言葉からして、そうとしか考えられません。間違いなく、キースさんは殿下のその魔術師としての姿勢に喜んでいらっしゃいますし、お認めになれています。でないと、『近衛騎士団からは人を出さない』というお言葉と矛盾してしまいますから」
確かに、キースは講堂で『近衛騎士団には別の役割がある。ナインティズこそが向いている』と言った。にも関わらずこの役割にジェラールを指名した。
「私は、本当はご自身でここに来たかったのではないかと考えています。ですが、他の人々に指示を出したり最終確認をするのなら、より自由に動ける役割の方が良いでしょう。解りますか殿下?自分の代わりに絶対に失敗できない場面を任せるに足る魔術師、それが殿下、あなたです」
「父上……」
やっと自分の中で納得がいったのか、ジェラールの瞳は輝きを増し、頬はほんのり赤く染っている。
(よし、ここでトドメ)
ミューズはジェラールの手を取ると立ち上がり、向かい合って立った。少し不思議そうな顔をするジェラールを前に大きく息を吸い込んだ。
「エストリア王国第二王子、ジェラール・ロウ・クライスヴァイク!!」
ミューズの張りと勢いのある声に、ジェラールは無意識に気を付けの姿勢をとった。
「あなたは父である魔術師キースの後継として、王国の魔術師の先頭に立ち、彼らを導き歩んで行く覚悟はあるか?」
「はい!ございます!」
「後継となった以降のあなたは、常に父と比較され劣るところがあれば陰口や誹りを受ける。何かを成し遂げても『あの人の息子、後継者なのだからこれぐらい当然』と言われ続ける。その道は決して平坦では無い。それでもその覚悟は揺るぎませんか?」
「もちろんです!」
「……分かりました。さすがはあの人の認めた魔術師です。では、それを内外に知らしめる為にも、きっちりと役割を果たし父上にご報告致しましょう。よろしくお願いいたします」
ミューズは溢れんばかりの笑顔で礼をし、ジェラールの決意に敬意を表した。
□ □ □
(……いかにも魔術師らしいというべきか。ジェラールの悩みを理詰めで解消してしまった。いつもどこか不安げで、自信無さげな顔をしていたあの子が、笑顔で堂々と顔を上げている。彼女の為人もあるのだろうが、流石は『ナインティズ』といったところか)
笑顔で礼をする後ろ姿を見つめながら、アリステアは曾孫の悩みを解決してくれたミューズに感謝した。
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