第316話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
『北国境のダンジョン』に構成されたセクレタリアス王国の王都に対し、安全が確認できるまでは大規模災害と同様の対応を取る事を決めたイングリット達。忙しくなる午後に備え昼食を摂りました。王都を直接調査できるという余りの好機に、逆にキースが弱気になる場面もありましたが、皆の声掛けで元気を取り戻し、まずは屋敷へと向かいます。
□ □ □
貴族街と一般市民側の高級住宅街との境い目辺りにある、一軒の屋敷。
周囲の建物とは少々毛色の違うその屋敷に、目を留める人は多い。というのも、この屋敷だけ他と明らかに様式が違うのだ。区画の中でも完全に浮いている。
それもそのはず、この屋敷はエストリア王国が成立し、ここを王都と定める前から建っているのだ。
セクレタリアス王国期に建っていた『大聖堂』、その管理を担っていた魔術師(兼魔導具技師)の、管理事務所を兼ねていた住処。これがこの屋敷の来歴だ。
屋敷自体は『保護の魔法陣』の上に建てられている為、外観も内部も新築同様の状態を保っている。
貴族街とは通り一本を挟んでいるだけという立地からして、本来であれば王都の借家としては最高レベルの家賃となるはずだが、すったもんだの挙句、管理している商会に値引きさせた為そこまで高くはない。よって、最初の契約以来30年以上、ずっと据え置き価格で住み続けている。
□ □ □
「お待たせしました!準備はいかがでしょう?良ければ早速行こうかと思いますが」
リビングに入るなり大きな声で元気よく呼びかけてくるキースに、アリステア達は目を細める。
今年で50歳になるというのに、その衰えぬ気力と活力はどこから湧いてくるのか、と考えているのだ。実際には、弱気になって妻や娘、友人に励ましてもらう事もあるのだが。
「もちろん準備万端だ。いつでも行けるぞ」
アリステアの言葉にフランとクライブも頷く。
頻度は減っているとはいえ、キースと遺跡に入ったりはしているし、元々20年以上活動してきた冒険者だ。その辺りに抜かりは無い。
「まさか今になって王都に行けるとはね。長生きはしてみるものだよ」
「先生、我々の事を長生きと言って良いのでしょうか?明らかに一度死んでおりますが」
「ふん、じゃあ何と言うんだい!生霊とでも言えばいいってのかい?」
「……そもそも、生霊というのは生きているのでしょうか?死んでいるのでしょうか?生者と死者、どちらと扱ったら良いとお考えですか?」
「知らないね!だいたい何でこんな話をしているんだい!問題はそこじゃなかっただろ!」
エレジーアとサンフォードの漫才の様なやり取りに思わず笑みがこぼれるが、ある事に気がついたキースは少し意外そうに首を傾げ2人を見た。それに気が付いたエレジーアが小さく頷くと、納得したかの様にキースも頷いた。
「それにしてもまさか王都が現れるなんてね。キース、これはちょっと期待してしまうのではないかしら?」
「ああ、『北西国境のダンジョン』では水槽の様な施設を見つけたが、それを上回る何かが出てきそうな気がするぞ」
フランとクライブも笑顔で頷き合う。
「はい!非常に楽しみです!それでは出発しましょう。あ、最初に管理事務所に寄りますね」
「分かった」
キースの言葉に応えながら『転移の魔法陣』の上に身を寄せ合う。部屋に起動の声が響いた瞬間、4人と2匹の猫の姿は消え失せた。
□ □ □
転移したキース達は、冒険者ギルドの支部でマシューズらと合流した。深層域への『転移の魔法陣』はギルドの支部にあるからだ。
「もう全員避難完了ですか!?早いですね!さすがはマシューズ、お疲れ様でした」
「いえ、とんでもない。これぐらい大した事は……ですが、ありがとうございます」
マシューズは笑顔で頭を下げた。
「時に皆さん、昼食はお済ませですか?」
思わぬ言葉にキース達は顔を見合わせる。キースは王城で、アリステア達も屋敷で摂った事を伝える。
「左様でしたか。いえ、食堂のミルコが皆さんが調査に来る事を聞きつけたらしく……」
そう言って執務机へと向かうと、戻ってきたその手には、乾燥させた植物のツルで編み上げたバスケットがあった。50手前の中年男性には全く似合っていない。
「母親と一緒にサンドウィッチを作ったそうです。『王配殿下は調査にかかり切りになるとお食事も忘れてしまいそうだから』と言って持ってきました」
かつて、キース達が『北国境のダンジョン』の魔物暴走を治めた時、料理を作っていた母カーミラと、ウェイターとして働いていたミルコ少年の事だ。
『北国境のダンジョン』の施設の拡充に合わせ、母子2人で営んでいた食堂も大きくなり、雇い人が増えた。そして現在、ミルコが食堂の料理長を務めている。(カーミラは引退済み)
「それは受け取らない訳にはいきませんね。休憩の時にありがたくいただきます。お礼を伝えておいてください」
「承知しました……いくら皆様方とはいえ、奥には何があるか分かりません。決して無理をなさいません様に。本当に、どうかお気を付けて行ってらしてください」
マシューズは、キースと一緒にいる冒険者と2匹の猫が、どういう存在なのかは知っている。このメンバーなら大丈夫とは思いつつも、これまでに無い状況である為、どうしても楽観的にはなれないのだ。
「ありがとうマシューズ。恐らく二度とない機会だろうからね、楽しんでくる。調査結果はそちらにも共有するから」
「ありがとうございます。楽しみにしております」
キースはそう言い残すと、再び『転移の魔法陣』を広げ、深層域へと転移した。
(よし、私も行くか。もうここでできる事は無い)
マシューズは王都に戻ったその足で避難キャンプに行くつもりだった。彼自身も避難する側の人間ではあるが、ダンジョンの管理者として『北国境のダンジョン』で働いていた人々の状況を把握する義務があると考えている。
(女王陛下を中心に定められた大災害対応計画だが、実際に発動されたのは今回が初めてだ。世の中には、やってみて初めて分かる事も多い。まず間違いなく不足があるはずだ。避難民の中には、要望を申し出る事を遠慮してしまう者もいるだろう。そこに自分が入れば、少しでも過ごしやすい環境を作れる筈だ)
国としても、足りない事があるのにそれが上がってこないのは困るのだ。少しでも多くの満足と不満を伝え、より良い対策案にしていかなければならない。
最後に、忘れ物など無いかもう一度室内を見渡す。
管理官を命ぜらせ2年半程をこの部屋で過ごしてきた。自身では不足無い仕事ができていたとは思っている。騒動が収まれば戻れるとは思うが、何がどうなるか分からない。状況によっては、この部屋には二度と足を踏み入れる事は無いかもしれないのだ。
というのも、この件が始まってしばらくしてからずっと、マシューズは、まとわりつく様な重苦しい雰囲気を感じていた。対応にキースやアリステア、エレジーア達まで来たというのに、それは変わらない。何かとんでもない事になりそうな、そんな気がしてならないのだ。
(……何事も無ければ良いのだが)
そう思いながら、『転移の魔法陣』がある、執務室の隣の部屋へと入っていった。
□ □ □
深層域の手前に設置してある魔法陣に転移し、階段を降りたキース達は、一塊になり空中を進んでいた。その高度は、尖塔などを除けばほとんどの建物の上に出る程の高さだ。
一塊といっても、皆がキースにしがみついている訳では無い。何やら珍妙な乗り物に乗っているのだ。
これを目にした人々に『何に似ているか』と尋ねれば、一番声が上がるのはやはり『馬車』だろう。御者台と荷台、車輪が付いているからだ。だが、幌は無いし肝心の馬もいない。馬車の骨組みだけ、とも言える妙な乗り物だ。
御者台の正面、手の届く所には持ち手が付いている。持ち手は御者台の下にある車輪に繋がっており、地上を走る時にはこれで車輪の向きを調整する。
これ自体は、王城内での移動手段にと、以前試作したものだ。作ってはみたものの、『転移の魔法陣があるのに、これに乗る意味は……?』と気が付いてしまいお蔵入りとなった。
部品同士は『反発の魔法陣』の効果で繋げている為、ネジ止めも溶接もしていない。魔力と魔法陣によるゴリ押しだ。よって、従来の馬車の仕組みなどは全く無視している。馬車製作の職人などが見たらなぜこれがきちんと走っているのか?と、頭を抱える事だろう。
今回、多人数での移動に使えるかもという事で持ってきたのだ。倉庫で埃をかぶっていた存在の為、いざとなればそのまま置いていっても良いぐらいに考えている。
キースは、何か見つけられるとしたら、それはやはり王城だと考えていた。空中をそのまま行けば真っ直ぐ王城まで辿り着けるし、建物に邪魔されずに遠くまで見渡す事ができる。何かが近づいて来たとしても不意を突かれる心配も無い。
「まさか、再びあの城を見る事ができるとはねぇ……」
「はい、言葉もありません。まさに王都の王城でございます」
セクレタリアス王国出身の猫2人はさすがに感慨深い様だ。エレジーアがキースの膝の上に、サンフォードが御者台の椅子の背もたれに陣取り、街を見下ろしている。
「ここが中央広場、その左脇にあるのが行政官の庁舎だ」
サンフォードの説明に皆が見下ろす。広場の中心には大きな噴水もあった。
「やはりそうですか。これも、王城とはまた趣きの違う立派な建物ですよね」
「ああ、基本的に王都の行政官は王族が務める事になっていたからな。それに相応しい建物である必要があった」
「なるほど……」
広場を過ぎると街並みが変わってくる。一つ一つの建物が大きくなり、庭を含めた敷地が広くなってきたのだ。王城に近くなり『貴族街』に入った為である。その辺りはエストリアと同じだ。
キースは乗り物を飛ばしながら<探査>を広げ、大きな魔力反応が無いか探り続ける。
午前中に確認した時は中央広場辺りまでしか確認できていなかった為、ここから先は初めてだ。見逃しが無い様に速度を落として、丁寧に調べてゆく。
だが、特に大きな反応は無いまま王城の門の前に着いてしまった。謎の乗り物を門の傍らに降ろすと、溜息を一つ吐く。
「ここまでは特に目を引く様なものはありませんでしたね。魔物もいませんでしたし。やはり王城の中でしょうか?」
「うむ……秘密を隠し守るなら、自分も近くにいたいだろうからな」
「だがね、『石力機構』が存在する前からこの王城はあった。そうなると、後から施設を作れる場所には限りがあるってものだよ」
「……お城の地下、でしょうか?」
「恐らくは」
エレジーアとサンフォード、キースは顔を見合わせ頷く。地下なら<地形変化>の魔法でいくらでも土地改良ができる。過去に『北西国境のダンジョン』で見た、大きな水槽などを収められる空間を作る事も可能だ。
「では、『石力機構』が地下にあると仮定して……そこに辿り着ける通路や出入口があるはずです。それを探しましょう」
管理者である王族以外にも、施設の維持を担う技術者達が出入りする。その為の経路があるはずだ。
キース達は再び乗り物を動かすと、そのままゆっくりと王城への入口をくぐって行った。
ブックマークやご評価、いいねいただけると嬉しいですね!
お手数おかけしますがよろしくお願いします(*´∀`*)




