第310話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
『大連合』の調印式後のパーティーで、『北西国境のダンジョン』確保を争ったフルーネウェーフェン子爵と腹の探り合いです。2人は両国の協力を誓い握手をしました。めでたしめでたし?
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エストリア側からパーティーに出席していたイングリットとキース、成人済みの子供達は、終了後にイングリットの私室に集まった。それぞれが得た情報や見聞きした事を皆で共有する為だ。さらに、パーティーには出席していない、国務長官のベルナルが加わる。
「ほんと、あのすっとぼけタヌキじじい!自分の事なんて棚の上に放り投げて調子の良い事ばかり!みんなにも見せてやりたかったですよ!白々しいったらありゃしない!」
キースは応接セットのソファーに、勢い良く腰を降ろし寄りかかる。
「ふふ、キースさんにそこまで言わせるなんて、さすがは『アーレルジにその人あり』とまで言われるだけの事はありますね。私も挨拶だけは交わしましたが……お話聞いてみたかったです」
イングリットは笑顔だが、アンジェリカとゲオルグ、ジェラールらは、目を丸くしている。彼らにとってのキースは、何事においても抜かり無く準備を整え、余裕の笑顔で対応する人だ。
それが家族とベルナルだけ(側仕えのマルシェとレーニアはいるが、彼女達はある意味家族みたいなものだ)しかいないとはいえ、ここまであからさまに他人の文句を言いイラついている。父親のこの様な姿は初めてである。
「それで父様、それほどの方とどの様なお話をされたのですか?ぜひ聞かせて下さいませ」
アンジェリカの言葉に息子達も頷く。隣国の重要人物と何を話したのか。これからを担う自分たちは当然知っておかなければならないし、父親がここまで荒れるのだ。単純に興味深い。
「全く意味の無い空虚なやり取りですよ!誠意の欠片も無いのですから!」
そう前置きして、バルコニーでのやり取りを説明する。話が進むに連れて皆が『うわぁ……』という表情に変わっていった。
「しらばっくれた挙句に、全部ターブルロンドに押し付けたと。それはまた……」
「確かに腹は立ちますし、相手としては好ましくありませんが、それぐらい図太い外務大臣がいてくれると心強くは思いますね」
イングリットとアンジェリカがそれぞれの感想を述べる。
(父上もお調べになったであろうに、最後まで尻尾を掴ませずに『大連合』結成を成し遂げたのか……やはり相当な人物なのだな)
ジェラールはフルーネウェーフェン子爵の手腕に素直に感心したが、自分の頭の中だけに留めた。父親をあまり刺激しない方が良いと考えたのだ。代わりに別の事を口にした。
「ですが父上、その方はもう引退されるのですよね?もう関わる事は無いのですから、そこまで腹を立てずとも良いのではありませんか?」
「いいえ、ジェラール、それを鵜呑みにするのは危険です。そもそも本当に引退するかどうかも分かりませんし、外務大臣を交代するだけで、例えば国王の非公式な相談役とか、そういう自由が効く立場で王の側に残る可能性もあります。油断できません」
「なるほど……自由度が増すとより危険度が上がってしまうと」
「そういう事です」
ソファーに沈んでいたキースは上体を起こすと、ローテーブルにそのままになっていたお茶のカップに手を伸ばす。
王城に出仕せずとも、自分の手駒を王の近くに残し指示を出したり等、やりようはいくらでもあるのだ。自分の手で首を刎ねでもしない限り安心できない。
「……あの時、帰すべきでは無かったのかな」
キースは、温くなり始めたお茶の湯気を顎に当てながら、天井を見上げる。
「あの時、というのは『北西国境のダンジョン』で捕まえた時、ですね?」
ベルナルの問いに無言で頷く。
『狂化』させた魔物の相手をさせる事でフルーネウェーフェン子爵一行を消耗させ、弱ったところを助けて捕らえた。そして、全ての対応が終わった半月後、ダンジョン内に戻し解放した。それを今になって『帰さなければ良かった』と言っているのだ。
(今日は父様の珍しい姿ばかり見る事ができますね。ですがあまり健全とも言えません…………そうだ)
「父様、今度お作りになる魔導具は、時を遡る魔導具ですか?できあがりましたらぜひ私にも試させてくださいね」
アンジェリカの、何の脈絡も無い唐突な発言に皆目をぱちくりさせたが、いち早く気が付いたゲオルグが笑い出す。
「父上、姉上は『過去に戻ってやり直すおつもりですか?』と仰っているのですよ。まあ、確かに過去に戻ればもう一度新婚生活を楽しめますので、父上としてはそれもアリとは思いますが」
「ですが兄上、皆が言う様にお2人は今も新婚夫婦の様なものです。わざわざ戻る必要は無いのではありませんか?」
「いや、やはり、若い方が都合が良い事もあるだろう?色々と、なぁ?」
「…ああ、そういう事でしたか。それはそれは」
ぐふふふふと、王子らしからぬ品の無い笑顔を見合わせる。
「偉そうな事を言うと思われるかもしれませんが、もう30年も前に済んだ事を悔やんでも仕方がありません。それに、その時そうされたという事は、それが最善の選択だったのでしょう?」
「ですね。父上は昔から間違えてはいけない選択を一度も間違えなかったと、ひいおばあ様も仰ってましたし。昔よく仰ってましたよね?『反省は十分にしろ。でも後悔はするな。そんな暇があったら夕食の献立でも考えた方がマシだ』と」
「それに父上、違う選択をしていたら、他の事も含めてもっと悪くなっているかもしれないですよね?それを考えたら、過去に戻れたとしても不用意な事はできません。であれば、もう腹を括ってこの道を進むしかないと思うのです」
「……はい。その通りです」
子供達の尤もな意見にボソリと答える。さすがにバツが悪そうだ。
「ふふ、かの方については、先程キースさんも言っていた通り、生きている限り危険人物として警戒対象とする、という事にいたします。皆よろしくお願いしますね」
イングリットの決定に室内の全員が頷き、各自の持ち寄った話を伝えあって、この場は解散となった。
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「……キースさん、眠れないのですか?」
手の届く距離にいるキースの気配を察し、イングリットが声を掛ける。夫婦の寝室のベッドはかなり大きいが、『永遠の新婚夫婦』である2人が離れて寝る事は無い。
「うん、そうなんだけど……」
イングリットはキースの方に向き直ると、目線だけで先を促す。
「なんと言うか、嬉しいんだと思う、多分」
「……先程の件ですか?」
「うん、しょうもない事を『そんな事考えても意味無いでしょ?』と笑い話にしてくれて。うちの子達はやっぱり凄いなって思ってた」
後悔するキースに対してのアンジェリカ達の発言の事だ。
「もちろん、さっきの事だけでは無いよ?それぞれの仕事に関する事とか、色々ね」
アンジェリカは正式な役職には就いていないが、実質的に女王代理と言える程に執務を行っている。ゲオルグも近衛騎士団の第一軍をきっちり仕切っているし、ジェラールも第二軍の幹部達の知恵袋として、立派に補佐を務めている。
「そうですね、皆本当に頼もしいです。さすがはキースさんの子供ですね」
「いやいや、やっぱり子供のデキは母親の力ですよ。そこに歴史あるクライスヴァイクの血の積み重ねが、こう、なんだ、上手くハマったというか、そういう事なんだと思う」
「……その辺りは正直よく分かりませんが、何にせよ、私達の自慢の子供達です。これから先も、きっと上手くやってくれるでしょう」
どちらからともなく手を伸ばす。しばらく指を撫でたり擦りあったりしていたが、しっかりと組み合い目を閉じた。




