第305話
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【前回まで】
さらに年月は流れ、キース48歳、イングリット46歳、アンジェリカ25歳、国務長官を務めるベルナルが54歳の現在。歴史に残る『大連合』が発足します。
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『大連合』
その切っ掛けは9ヶ月前に起こった。
エストリア王国の南側には、『プラオダール連合』という都市国家の連合体がある。
都市国家とは、都市とその周辺地域を独立した一つの国と見なした小さな国家を指すが、『プラオダール連合』は、それが比較的狭い範囲の中複数存在していた事で発足した。
その『プラオダール連合』に所属していた、『ソランタス』と『ボイラート』の2都市が、唐突にエストリアへの編入希望を発表したのだ。
この発表には、切れ者揃いのエストリア首脳陣もさすがに戸惑った。彼らは何の連絡も受けておらず、世の中の人々同様、この発表でこの件を知ったからだ。
通常この様な国家間の重大事は、何も決まっていない状態でいきなり世間に公表するものでは無い。話を持ち掛け、水面下で調整に調整を重ね、本決まりになってようやく発表するのだ。
各都市は軍事・経済両面で協力体制を築き共存してきたが、連合内で一番北、エストリアに近い位置にある2都市の抜け駆け的行動に、他の都市は動揺し浮き足立った。特に、この2都市のすぐ南側に位置する『クミンスク』は慌てた。
この2都市がエストリアに編入され、エストリアの国境が南下したら、今度は自分達がエストリアと接する事になる。
エストリアの先代国王であるアルトゥール王は『手を出して来たらやり返すが、こちらからは手出ししない』と宣言していたが、既に代替わりして久しい。今代のイングリット女王もアルトゥール王同様、他国へ興味を示す様な言動や素振りは見せた事は無いが、そんな事は何の保証にもならない。
他国を攻める準備というのは、基本秘密裏に行われるからだ。それになんといってもエストリアには『転移の魔法陣』がある。その気になれば、今すぐにでも大使館に部隊を送り込む事ができるのだから。
疑心暗鬼に陥った『クミンスク』が取った手段は、『最前線が嫌なら自分達も攻める側になってしまえば良い』とばかりに、2都市に続いてエストリアへの編入を希望する事だった。
そこからは怒涛の展開となった。
残りの4都市も、雪崩をうった様に編入を申し出てきたのだ。誰だって強国と接し矢面に立つのは避けたい。各都市間での物流の行き来はあるだろうが、連合としてはもはや体をなしておらず、プラオダール連合は、あっという間に事実上解散と言える状態になった。
エストリアとしては希望されたからといって、即『はい、分かりました』という訳にはいかない。イングリットやキース、アンジェリカを中心に、連日連夜会議が行われ、何が最善か検討が重ねられた。
しかし、それらに結論が出る事は無かった。
結論が出る前に、エストリアの北側、トゥーネ川の向こう岸にあるターブルロンド王国、さらに西側に広がるアーレルジ王国からも同盟の申し出が届いたのだ。
ただでさえ強国であるエストリアがプラオダール連合を丸ごと得る事になったら、手が付けられない状態になってしまうし、残った周辺国を武力併合しようと動き出したら止めようも無い。
ならば、さっさと同盟を結んで自国の安全を確保したい、と考えた結果だった。
アーレルジ王国とは『北西国境のダンジョン』の分配金に絡み『敵対行為の禁止』が謳われているが、あくまでも金銭のやり取りの約束でしかない。
それに、この取り決めはアーレルジに対しての制限であって、エストリア側には何の縛りもない。分配金を渡すより国を切り取った方が良いとなったら、いくらでも攻められるのだ。
ならば、正式に同盟を結びより強い結び付きを得たいと考えるのは当然と言えた。この辺りは都市国家だろうと、より規模の大きい国であっても大して変わらない。
『もう収拾がつかない』と判断したエストリア首脳陣は、朝一番に各国の大使と都市国家の駐在官を王城に呼び出した。
「これより受け入れや同盟の可否とその条件を検討する。この件に対する返答については、全て決め終わるまで保留とする。それまでは話し合いや問い合わせにも応じない」と。
大使や駐在官達は(せめてうちとだけでも)と思ったが、さすがに口には出せなかった。彼らの仕事は、面の皮が厚く、無遠慮で恥知らずなぐらいでないと務まらないが、さすがにそれを言わない程度の分別は持っていた。
だが、想像の斜め上をいく者達がいた。『ソランタス』と『ボイラート』の駐在官達だ。
彼らの言い分はこうだった。
『この件を最初に申し出たのは私達であり、他の都市や国は勝手にこちらの後に着いてきた。にも関わらず一緒に後回しにされるのは納得いかない。自分達の編入を優先して検討して欲しい』
「…なるほど。少しでも早く我が国に入りたいと」
この言い分には、さすがのイングリットも返答に一拍間が必要になった。
エストリアに編入したとしても所在地は変わらないのだから、近隣の街同士として付き合いはしなければならない。にも関わらず、この自分本位な発言だ。さすがに身勝手が過ぎるというものであり、今後の付き合い方を考えてしまうレベルだろう。
「左様でございます。ぜひご再考をお願いいたします」
『ソランタス』と『ボイラート』の駐在官が繰り返す。イングリットは目を閉じ何やら考えていたが、目を開けると告げた。
「分かりました。では、今この時から『ソランタス』と『ボイラート』は正式にエストリア王国所属といたしましょう」
「おおっ!ありがとうございます!格別のご配慮感謝致します!」
2都市の駐在官は、溢れんばかりの満面の笑みを浮かべ礼をしたが、他の大使や駐在官達は、内心腸が煮えくり返っていた。表情こそ変わらないが、2人の駐在官に向けられたその視線は刺さりそうな程に鋭く、下げた頭の後頭部に穴が開いてしまうのでは?と思わせる程だ。
そしてこの場は一旦解散となり、各国の大使と駐在官達は帰って行った
『ソランタス』と『ボイラート』とは、まずは編入時の細かい条件を定めた草案を作り、その擦り合わせを行わなければならない。最終的には2都市の行政官とイングリットが約定に調印、晴れて2都市は法的にもエストリア王国の一部となる。全てが終わるには、どんなに早くても半年から1年弱は掛かるだろう。本来は。
「……やはり言ってきましたね」
「うん、内容までほぼ同じだった。さすがはイーリー、素晴らしい読みです」
「父様も母様も当たって喜んでいる場合ではございませんよ?全く、なんと図々しい言い草でしょう!元はと言えば、彼らが勝手に宣言したのが切っ掛けですのに!」
大使や駐在官は、自国の主張や要望を相手に伝えるのが仕事である。職務に忠実とも言えるが、だからといってこちらがそれに付き合う理由も無い。
「ふふ、怒らない怒らない。ああまで言うのです。速やかに我が国に編入してあげましょう。それがご希望なのですから」
イングリットの見せた、いわゆる『悪い笑顔』に他の3人も頷く。
キースは席を立ち『通話の魔導具』へと向かった。魔導具を起動させると受話器を取り、短く一方的に喋ると受話器を戻した。さらに、『物質転送の魔法陣』で書類を何枚か転送する。
「よし、では今のうちに昼食を済ませてしまいましょう。午後は忙しくなるでしょうから」
「今日は私のリクエストで『テリヤキチキン』を野菜と一緒にパンに挟んだものですよ。楽しみですね」
「テリヤキのソースは、フランおば様の白いソースと混ざるとまた美味しいのですよね。私も大好きです」
「……陛下、予めオカワリを頼んでおいた方が良いのでは?」
「まっ!キースさんったらそんな古い話を……もうっ!意地悪なんですから!」
イングリットがキースが出したエスコートの手を握った。本人はやり返すつもりでかなり力を込めて握ったが、傍目には、ただしっかり手を繋いだだけにしか見えない。
「はいはい、2人とも、まだお昼で仕事中ですよ?イチャつくのは夜になってから、お部屋でお願いします」
「そ、そうね。ごめんなさい、アンジェリカ。……キースさんのせいで怒られてしまいました。今日の夜は埋め合わせをしていただきます!」
「事実を言っただけなのに……怖いなぁ女王陛下は」
キースはおどけて肩をすくめる。
「ですから!そういうのは部屋でやってくださいと言っているのです!」
「はっはっはっ」
(かつて無い状況であるのに、とてもそうは思えない。やはりあなた達は特別ですね。なんと心強い事か)
今まさに歴史が動いているというのに、この親子は全くいつも通りであった。ベルナルはそんな3人の後ろを歩きながら、眩しそうに目を細めた。
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