第296話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
イングリットの成人、譲位、キースとの結婚の儀式は無事に終了し、皆から贈られたお祝いの衣装の由来について説明しました。そして、また月日は少し流れ、キース23歳、イングリット21歳となりました。
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「キース……あなた、ちょっと座りなさいな。お茶でも飲んで落ち着きなさい」
「でっ、ですがおばあ様!やはり一大事ですから!落ち着いてなどいられません!だって切るんですよ?こう、バッサリと!刃物で!こっからここまで!2人に万が一の事があったらと思うと……ああもう」
「魔法陣の確認だって何度もしたでしょう。フランだって付いているのですから、いくら切っても大丈夫ですよ。全く……」
彼らが部屋に入ってまもなく鐘半分程が経過するところだが、その間ずっと腕を組んで部屋の中を行ったり来たりしている。
(まあ、初めての事ですし、気持ちも解りますけどね……でも、この子がここまで落ち着きを無くすなんて)
そんな孫を眺めながら、アリステアは大きな溜息を吐いた。
突発的に何かが起こっても、慌てふためくより先に起きた現象自体に興味を持ち、その理由を考え出すのがキースである。
そんな彼が全く落ち着けずにいる。正直、アリステアもクライブも面食らっていた。
3人がいるのは、女王の私室に繋がる控え室である。王城の中でも一番奥まった、特定の人々しか立ち入れ無い静かな区域だ。にも関わらず、今日はざわつきが絶えず、浮ついた様な空気が満ちていた。
それもそのはず。今日は特別な日なのだ。
我らが女王、イングリット女王陛下が、今まさに、初めての出産に臨んでいるのである。
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子供を産むと言っても、貴族の場合その方法は『お腹を切って取り出す』のが一般的だ。
その際に必要になるのが『仮死化の魔法陣』と『回復』の神聖魔法が使える神官である。
『仮死化の魔法陣』の上で処置を行えば身体を切っても痛みは感じない。心臓の動きも著しくゆっくりになる為、血もほとんど出ない。
子供を取り出した後、立ち会う神官が妊婦に『回復』をかけ切った部分を治す。特別な事が無ければ、開始から鐘半分もあれば終わる。
それでも、約10ヶ月お腹の中で育てるのだから、身体には多大な負担が掛かっている。その為、しばらくの静養は当然必要だ。切って取り出して治せば全部元通りとは流石にいかない。
一般市民は普通に産むが、貴族と同じ方法も可能である。だが、それには金と伝手が必要な為少数派だ。
いや、少数派だった、これまでは。
イングリットが王位を継いでから、一般市民でも、国の補助によりこの処置が受けられる様になったのだ。
イングリットの懐妊が分かる前から、妊娠と出産について学んでいたキースは、一般市民と貴族の出産方法の違いに非常に驚いた。
『なぜ一般市民はわざわざ身体への負担が大きい手法なんだ?みんなで魔法陣使えば良いじゃない』と、この魔法陣〇カの王配は考えたのだ。そしてそれを素直に妻である女王に相談した。
女王→補佐官達→担当大臣→担当部署と各派の神殿へと話が進んだ結果、出産前に住んでいる街の役所に申請すれば、『仮死化の魔法陣』の貸し出しと、神殿からの神官の派遣を受けられる事になった。
一般市民がこの手法を取れなかったのは、魔法陣の代金と、神官を派遣してもらう為にそれなりの額の寄進が必要だからだ。
だが、『転写の魔法陣』のおかげで、国務省製図局で作られている魔法陣の価格は、今や下がりに下がっており、決して高級品では無いし作成に手間もかからない。その為、貸し出ししても問題無いと判断された。
神殿への寄進も国が補助する事で解決した。
各会派の神殿は、基本、有志や信者の寄付で運営されている。その為、貴重な収入源である『回復』を無料で施す訳にはいかないのだ。それは、これまでに寄付をしてくれた人々の心を無下にする事になってしまう。
『今までしてこなかったのにそこまでする必要があるのか?』という意見も出たが、キースが『子供を産む事のハードルをもっと下げないと、人口が増えません。そうなると税収も増えませんし特異な才能を持った者も現れなくなる。それは国の未来を閉ざす事に繋がります。育つのには月日が掛かるのですから、危ないと感じてからではもう手遅れです。数十年、百年単位で『子供を産みやすい国づくり』を進めて行く必要があります』という意見で黙らせた。
本当にキースの言った通りになるかは分からない。だが、数十年先の事など誰に見通せない以上、否定する事もできない。言った者勝ちである。
「あとですね、お母さんが子供を産むとなると、ある程度大きくなるまで働く事ができませんよね?そうなると、当然、その家全体の収入が減ることになります。そこでその穴埋めとして、一定期間毎月補助金を支給してはいかがでしょう?」
その場に居合わせたイングリットも、突拍子も無い意見に補佐官達も目を丸くした。
「……続けて下さい」
お茶を一口飲み、そのカップを戻しながらイングリットが先を促す。流石のイングリットもすぐには返事ができず、考える時間が必要だったのだ。
「大人が2人働いて収入を得ていた訳ですが、それが数年に渡り1人しか働けなくなります。子供が増えて色々と入り用になるのに収入が減る。そうなると、その家庭は何においても『まず節約』という考え方になり、必要最低限のお金しか使わなくなってしまいます」
イングリットも補佐官達も頷く。
「一見当たり前の様に思えますし、一家庭なら大きな影響はほとんど無いでしょう。ですが、複数の子供が数年の間隔で産まれたら、15年間ぐらいはこの状態が続く。15年間緊縮財政の家庭が、子供の産まれた数だけ存在しているという事です。私達の目に見えていないだけで、国内では莫大な経済損失が起きている事になります」
「……各家庭に金を入れる事で、消費活動に付いてしまった足枷を外し、活性化させるという事ですかな?」
イエムが手に持ったままだったカップをテーブルに戻す。ソーサーのティースプーンに触れて澄んだ音が小さく鳴った。
「はい、この『節約第一』という考えの家庭にお金を使ってもらう事で、国全体によりお金を回す。店の売上が増えれば税収も増えますし、このお金で魔導具や魔法陣、魔石を買うかもしれません。そうなれば、配った分だってある程度戻ってきます」
魔石は国の専売であるし、魔導具や魔法陣は一般の商会や個人でも売られているが、国務省製図局等、国が作成・販売しているものも多い。ある程度のリターンは望めるだろう。
「新しい物を買ったり美味しいものを食べると気分も上がりますものね。忙しい中でも、生活により張り合いが出るでしょうし」
「子供を育てる事は大変ですが、国がお金を出してくれるというのは安心感というか、とても心強く感じてくれるのではないかと。『一般市民の事も考えてくれているんだな』と思ってくれそうです」
ハンナとヨークも笑顔で頷き、キース、イエムと共にイングリットを見る。最終決定は彼女だ。皆が良いと思っても、イングリットが『不可』と言えば通らない。まあ、キースと補佐官達全員が賛成しているのに、イングリットだけが反対というのはまず無いのだが。
「……事前に調査と検討をするのは、今そういう状態にある家庭、各家庭に配る金額、補助を何年続けるのか、実施から5年、10年で出入りするお金の合計予測、といった辺りでしょうか?」
「とりあえずは。後はもう少し人数と時間を掛けて検討してもらいましょう」
「分かりました。では、この件は、先の出産方法の件と合わせ『出産助成制度』と名付けます。試算と検討は十分にしていただきますが、基本的に運用する方向で動いていきましょう。皆さんよろしくお願いします」
キースと補佐官達はその決断に礼をして応える。
こうして、エストリア王国では出産とその後の経済的負担が減り、出生数は右肩上がりとなっていったのだった。
2022年も無事更新を続ける事ができました。
これもひとえに、読んでくださる皆さんのお陰です。
来年中には完結できると思いますので、2023年もよろしくお願いいたします。
お身体に気をつけて良いお年をお迎えください。
筆者はカレンダー関係無い仕事なので、普通に仕事です……




