第295回
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
よろしくお願いします(o_ _)oペコリ
【前回まで】
素材となる糸を手に入れる為、エルフ達の集落にやってきたキース達。エルフ達にかかっているという『強制誓約』とその経緯について説明を受けました。あまりに重い話にテンションはだだ下がりですが、気を取り直して蜘蛛を探します。
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蜘蛛は簡単に見つかり、特にこれといった見せ場も無くあっさりと倒す事ができた。
蜘蛛は獲物に見つからずに網にかけたいのに、キースの<探査>で居場所を特定できてしまうのだ。不意打ちができなければただの大きいだけの蜘蛛でしかなく、彼らの敵では無い。
糸の素となる成分が溜まる器官は腹の中にあるが、解体した事が無いため、アリステア達にはどれがその器官なのか分からない。なので、脚を落とし胴体は半分にして、腹部分だけを集落に持ち帰る事にした。
巣の隅にまとめて置いてあった、糸でグルグル巻きになっているエサ(だった物を含む)も回収した。一匹分の素材としては、体内の器官よりこちらの方が採れる分量は多い。素人が解こうとしても無駄にしてしまうのがオチである為、これもそのままエルフ達に預ける。
「お帰りなさいませ。無事のお戻り何よりでございます」
5人で手分けして何とか全部持ち帰ると、族長と男性のエルフ数人が出迎えた。
「じゃあ、これよろしく。どれぐらいで糸にできる?」
「皆で行いますので明後日の昼には出来上がります」
「分かった。それに合わせて受け取りにくる。それまで空き家を貸して欲しいのだけど。小屋とか倉庫とか小さい建物でいい」
「かしこまりました。ご案内致します」
男達が蜘蛛の残骸を工房へと運び、キース達は族長の後に付いて集落の奥へと進む。
(最初に来た時は気が付かなかったけど、建物もかなり補修の跡があるな……糸の分の利益が無いから建て替えるというのも難しいのかも)
歩きながらキースはさり気なく周囲へと視線を走らせた。あんな話を聞いた後のせいか、視界に入るエルフ達もどことなく元気が無い様にも見えてくる。
「こちらでいかがでしょうか?」
族長がこじんまりとした一軒の前で足を止め、扉を開けて横に避ける。
「うん、十分。ありがとう」
「他には何かご入用のものはございますか?」
「後は……大丈夫」
シリルの問いかける視線にキース達が頷く。
「もし何かございましたらどうぞ遠慮なくお申し付けください。それでは失礼致します」
扉が閉じられ族長の気配が十分に離れたところで、キースが大きく息を吐いた。
「……何というか、変に意識してしまうというか、とても接しづらくなってしまいました」
「そうだな……」
アリステア達も頷きながら困った様な笑顔を見せたが、シリルだけは普通だ。いつも通りとも言えるが、彼女はいわば関係者であるし、この処置が当然だと思っているのもあるのだろう。
皆で建物内を確認しながら窓を開け、空気を入れ換えてゆく。
台所、ダイニング、リビング、寝室、客間と、間取りからして単身者か子供のいない夫婦用といったところだ。新しさは無いが汚れたとことなどは無く、十分な状態だ。
「よし、では鍵を掛けましょう」
空気の入れ換えが済んだら直ぐに、手分けして魔法陣を窓に貼り付け起動してゆく。
「まあ、どこでも良いのですが……とりあえず寝室に」
キースが『転移の魔法陣』を取り出し、タイラントリザードの牙で床に固定した。
そう、ここを借りた理由は『転移の魔法陣』を設置する場所を確保する為であった。
最初の計画では、可能であれば糸の出来上がりまで集落で過ごし、その生活の様子を見させてもらったり、森の中を探索したりという事を考えていた。
だが、『強制誓約』の話を聞いた事で、お気楽に、興味の向くまま過ごす事が憚られる様な気になり、そんな気が失せてしまった。なので、一度戻り、出来上がりに合わせてまた来る事にしたのだ。
「シリル、例の『社』はどの辺りにあるのでしょう?」
後はもう転移するばかりとなった段階でキースが尋ねる。
「……見てみる?」
「できれば」
「すぐ近く。おいで」
家を出ると、シリルはアリステア達を引き連れ集落の北東の隅へと向かった。
そこには柵で囲まれた池があり、周囲を歩ける様に道が整えられていた。岸辺には花も植えられている。さらに、池の方を向く様にいくつかのベンチが置かれていた。のんびり一息入れるのにちょうど良い環境だ。
池を回り込む様に歩いて行くと、社は集落の外縁になる壁と池の間にあった。社の周囲はきちんと草が刈られ落ち葉なども落ちていない。祀られているモノがモノだけに、掃除も行き届いていた。
社自体は木製で、その高さはキースの腰の辺りまでとかなり小ぶりだ。デザインもごく一般的なもので装飾なども無く地味である。外観からは、とても上位精霊由来のご神体が納められている様には見えない。
だが、完成から600年近く経過しているとは思えない程状態が良かった。保存用の塗料なども塗られていないにも関わらず、まるで完成直後の様に見えるのだ。
さらに、アリステア達は、社の前に立った時から妙な息苦しさを感じていた。圧迫感と言い換える事もできただろう。
「なんか、こう……思わず2、3歩下がってしまいそうになるのですけど。皆はどうですか?」
アリステア達はキースの意見に頷くが、やはりシリルだけは平然としている。
「……わたしには、しっかりと包み込まれて支えられている様に感じる。前に立つと安心する」
「なるほど……やはり自身の『守護精霊』というだけだけの事はありますね」
「これ、集落のエルフ達はどう感じているのだろうな?」
「そうね……感じるのは私達みたいな圧なのか、親和性の高い力からくる安心感なのか」
「ふぅむ。種族の根幹となる風と水の精霊の力であるからな……圧はあっても敵意では無いと思うが」
「『跪いて拝みたくなる』って言ってたのを聞いたことあるけど」
「ははぁ……同じエルフでも、立場によって感じ方がだいぶ違うんだな。ジンとクラーケンがその相手に対して、どういう印象を持っているのかの表れ、と言えるのかもしれませんってシリル!?」
キースが驚いたのは、シリルが一歩前に出て社の扉に手を掛けたからだ。皆の驚きの視線を受けながらそのまま扉を開け、中に手を伸ばす。
「はい、これ」
戻した両手をキースとアリステアに向けて伸ばす。それぞれの手には、板状の物体が握られていた。
どう考えても『ご神体』である。4人はまさかの事態に慌てふためいた。
「こ、こ、これ、ご神体ですよね!?僕達が触ってしまっても良いんですか?」
「わたしだから大丈夫。やめる?」
「あっ、いえっ、じゃあ、せっかくなので……失礼します……」
腰は引けていても、好奇心は押さえられない。キースとアリステアはおっかなびっくりしつつ受け取った。
「キースのはジン、アリステアはクラーケン」
両手でそっと持ち、角度を変えながらためつすがめつ眺める。社と同じ木製で、大きさは20cm×10cm、厚さは2cm程と横長の長方形をしている。
表も裏も丁寧に磨かれておりスベスベで滑らかだ。社と同様、保存塗料などは塗られていないにも関わらず、とても良い状態だ。やはり宿した力の影響なのだろう。
表面にはそれぞれの精霊を表す紋様が彫り込まれ、裏面にはエルフ語で作成日時と短い一文、更に作成者と思しき名前が彫られていた。
(確かに綺麗だけど、まあ、普通の木製のプレートと言ってしまえばそうなんだよな)
ちょっと慣れてきたキースは少々罰当たりな事を考えた。
「ええと……『かけがえのない、小さな者達の命を奪い、同族の未来を闇に染めた者達への罰の証としてこれらを設ける。手を触れるべからず。深奥幽玄なる湖の畔 スウェイン』、こちらはシリルのお父さんですね?」
キ裏面を読み上げたキースが尋ねた。エルフやドワーフは独自の言語を持つが、人間と会話をする時は基本人間が話す『共通語』を用いる。人間とそれ以外の種族とでは、圧倒的に人間の方が多い為その方が話が早いのだ。種族の言葉を使うのは、同族しかいない場ぐらいだ。
「そう。社を建ててその紋様を彫ったのはお父さんだから」
「こう言ってはなんですが、結構シンプルな作りなのですね」
「形とかは問題じゃない。大事なのは誰が力を込めたかのか、それだけだから」
4人で交換しながら眺め、触り、シリルに返す。
受け取ったシリルは、無造作にご神体を社の中に戻し扉を閉めた。まるで、洗って乾いたカップを食器棚に仕舞うかの様である。いや、カップの方が割れる可能性があるだけに、静かに扱ったかもしれない。
「いやー、貴重な体験をありがとうございました」
「あんな物で良ければいくらでも言って」
「いやいやいや、さすがに畏れ多いです。あ、きちんとお礼をお伝えしなければ」
全員で社の正面に立ち、両手を組んで目を閉じ心の中でお礼を言う。もちろんフランも行った。仕草は似ていても、信仰対象として祈るのと、お礼を伝える行為は別物である。神はそこまで融通が利かない相手では無い。
お礼を終えた一行は、借りた家から『転移の魔法陣』で王都の屋敷へと戻った。そして、期日に再び訪れ、代金と引き換えにあの輝かんばかりの糸を受け取ったのだった。
□ □ □
「で、その糸を材料におばあ様が布を織り、そこから各品物を編んだ、という訳です」
「そこまで手間を掛けていただいたのですね……皆さん、ありがとうございました。王室の宝として代々受け継いで参ります」
「ふふ、イーリー、あれはあなたの物となさい。サイズの問題もありますしね。他の人には編む機会があれば幾らでも編みますから。任せてちょうだい」
「おばあ様……分かりました。その時は改めてよろしくお願いします」
祖母モードのアリステアの言葉にイングリットは嬉しそうに目を細めた。
「それにしても……数代に渡り何百年も続いている『強制誓約』か。まさに因果な話よの」
アルトゥールが右の口髭を触る。
「はい。今あの集落に暮らしているエルフの中で、誰一人として直接関わっていないというい
ところが、またそれをより強く感じさせます」
自分達が仕出かした訳でも無い事で、罰を受け続けているのだ。まさに『未来を奪う』という言葉通りと言えるだろう。
「集落と国とでは確かに規模は違いますが、その運営の本質は同じだと考えます。真っ当で、正々堂々としたものでなければならない。私達はこの話を他山の石とせず、誰に対しても恥ずかしくない、後ろ指を指されない様に取り組んで参りましょう。でないと、子孫はもちろん、後世の人々にも何を言われるか分かったものではありませんもの」
イングリットの言葉に、その場にいる全員が頷いた。
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