第289話
【更新について】
週一回を目標に、 書き上がり次第随時更新となります。
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【前回まで】
色々な儀式当日の朝。キースとイングリットがいる控室に、立会人を務める司教達がやってきました。と思ったら、入ってきたのはキャロルとマクリーン、リエットでした。知らなかったキースはびっくり。アルトゥールもやってきて、遂に儀式が始まります。
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各儀式が執り行われる『払暁の間』は、参列者達の熱量と小声での会話に満ちていた。それももっともな事だ。『アルトゥール健在』というこれ以上無い形で、誰もが望んでいた日が遂にやってきたのだから。
最初に執り行われるのは『成人の儀』だ。譲位も結婚も成人済みである事が前提である為、まずこれを済ませないと話が進まない。
「それでは、これより、イングリット王女殿下成人に伴う『成人の儀』を執り行う。イングリット殿下、立会人は壇上へお上がりください」
進行役を務めるティモンド伯爵の声が響くと、参列者のざわめきも消え静まり返る。
これから行われる各儀式は、参列者こそいるが王家内の身内向けの儀式という位置づけである為、楽団の演奏などは無い。その為、淡々と静かに進んでゆく。
お披露目のパーティとパレードは、日を改めて行われる予定だ。王位を引き継いだ後はあれやこれやと忙しい。のんびりしている暇は無いのだ。
立会人であるキャロル、それに続いてイングリットが壇上に上がると、演台を挟んで左右に分かれ向かい合う。参列者から見て右にキャロル、左にイングリットだ。お互いに笑顔だが、イングリットは緊張もあるのか、少し笑顔が硬い。
「王女イングリット、貴方は今日、無事に成人を迎えられました。一国民として、海の神の下僕として、祝福を送ります」
その言葉が終わると同時に、キャロルが掲げた聖印から黄色味を帯びた半透明の球体が漂い出す。
海の神の祝福だ。黄色は海の神ウェイブルトの貴色である。
それがふわりふわりとイングリットに近づいてくる。その不思議な光景と光の球体の大きさに、参列者からはどよめきが起きた。
通常の祝福は、大人の握りこぶし程だが、神の啓示を受けているキャロルの祝福の大きさは、人の頭より少し大きい程もある。他の司教や神官らとは明らかに違うのだ。
そして、光の球はイングリットの頭上まで来ると、音も無く弾けた。光の残滓を振り撒きながら緩やかに降り注ぐ様子は、まるで小さな滝の様だ。
イングリットはそれを見ながら僅かに目を細めた。
「貴方の人生には、これまで様々な出来事がありました。それは、常人であれば心挫け道を踏み外してしまってもおかしくない程のものでした。ですが、貴方はそれらを全て乗り越え、自らの糧としてきました。勿論、周囲の人々の協力と愛情に支えられもしたでしょうが、何よりも貴方自身の努力と心の強さがあったからこそです。とはいえ、貴方の人生はまだようやく起点に辿り着いたに過ぎず、これからが本番です。立場もさらに難しくなりますが、貴方は常に先頭に立ち、自らの信じる道を進み続けなければなりません。そんな貴方が、歩みを止めずにすむ様に、私達が木を切りましょう。回り道をせずとも良い様に、岩を寄せましょう。一々足下を気にせずとも良い様に、道を均しましょう。暗くなり歩きづらければ灯りを灯しましょう。私達は貴方が進み続けられる様に整えて参ります」
「……はい、ありがとうございます。皆の期待に沿える様、より一層励んで参ります」
キャロルがステージの袖に向かって一つ頷くと、イングリットの介添人を務めるマルシェとレーニアが出てきた。それぞれ蓋が被せられたトレーを手に持っている。
周囲の人々が成人のお祝いの品を用意し本人に贈るという、昔からの習わしだ。
キャロルが蓋を取ると、どちらのトレーにも白く輝く様な光沢のある、非常に特徴的な布で作られた物が載せられていた。それはまるで、真珠を薄く伸ばし布にしたかと見まごうばかりだ。
キャロルが片方を手に取り広げると、『照明の魔導具』の光を反射し、一瞬虹色に煌めく。不思議な光り方に、参列者達からは小さなどよめきが起き、イングリットも目を見張った。
布は一枚のケープだった。編んだのは勿論アリステアである。
その模様は精緻を極め、本当に人の手で織られているのか疑いたくなる程だ。彼女の織り上げた作品の中でも、会心の、渾身の一作と言えるだろう。
キャロルからケープを受け取ったマルシェがイングリットの前に回り、その輝く薄布をふわりと掛ける。二の腕から胸元、うなじから背中にかけてを覆い前で留めあられたケープは、ノースリーブのドレスとのバランス、オフホワイトの色合いとも絶妙の一体感を見せた。まるで初めから一緒に誂えたかの様である。
続けて、キャロルがもう一つのトレーの上から布を取り上げ、ケープと同じ様に広げ掲げる。同じ素材で作られたそれは手袋だ。二の腕程まである丈の長いもので、こちらも細かい模様が編み込まれている。
レーニアの手により、手袋は伸ばした腕にゆっくりと通されてゆく。イングリットがチラリと視線を移すと、口を引き結び、涙を必死に堪えながら手袋を腕に通す側仕えの顔があった。
「こちらの二品は、非常に特殊で希少な糸を用いて編まれました。編んだのは主にアリステアですが、貴方の周囲の、普段編み物などしない方達にも針を入れてもらっています」
腕を通し終わったイングリットが、右を向き参列者の方へ向き直る。
「皆様、ありがとうございます。どうか引き続き、ご指導ご鞭撻の程、お頼みいたします」
参列者側からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。それは、ティモンド伯爵が片手を上げ抑える仕草をするまで続いた。
「引き続き、『譲位の儀』を執り行います。国王陛下、立会人は壇上へお願い致します」
アルトゥールはティモンド伯爵の呼び出しに一つ頷くと、列から外れステージ脇の階段へと向かう。その後ろをリエットを先頭に各派の司教、侍従長のラファル、侍従長補佐が続く。彼らもそれぞれ蓋が被せられたトレーを持っている。
進行役を務めるリエットが演台に付き、他派の5人の司教がその後ろに横並びになる。
「イングリット王女殿下より国王陛下へティアラの返還を」
リエットの声に合わせて、イングリットが自分の頭に手を伸ばし、載っていたティアラを両手で持ち上げる。落とさない様に左手で底を支え右手を側面に添えると、正面にいるアルトゥールとの距離を詰め差し出した。
このティアラはイングリット個人の物では無く王家の持ち物、『第一王女が付けるティアラ』である。
その為、どんなに愛着があっても、イングリットが付け続ける事はできない。
アルトゥールはティアラを受け取ると、右後方にいる侍従長補佐へと渡す。受け取った補佐はそっとトレーに載せると蓋を被せた。
続いて、左後方にいるラファルから別のティアラを受け取る。
女王のティアラだ。
前回女性が王位に就いたのは約270年前である為、この場にいる者でこのティアラを見た事があるのは、王族二人とラファル、この補佐だけだ。
それ以外の全員は、王女のティアラとは明らかに違う、言葉では何とも言い表せないその迫力と凄みに息を飲んだ。
ただ付いている石が大きいとか、彫金が細かいとか、そういった表面的な事では無く、心の奥底から湧いてくる様な、畏敬の念とも言える様な不思議な感情だった。
だが、そのうち壇上の様子が何やらおかしい事に気が付いた。アルトゥールが女王のティアラをイングリットの頭に載せるのだが、アルトゥールは両手で持ったティアラをじっと見つめ動かない。広間の静けさは更に深まった。
「陛下、これまでの事、これからの事、色々と思う事はおありと存じます」
その静けさを破ったのは、立会人を務めるリエットだった。アルトゥールは顔を上げると、微かに笑みを浮かべたその顔を見つめる。
(まるで迷子の子供みたいなお顔をされていますね)
「まだ迷われている様ですが、殿下は既に立派にお仕事を務められており、王の仕事が果たせるのかどうか、疑問に思っている者などはおりません」
リエットの言葉に参列者達は大きく頷いている。疑問どころか、既に、現時点でも歴代の殆どの国王を超えているのでは?と感じさせる程だ。
「ですが、陛下がお考えなのはそこでは無いと存じます。あの小さな可愛いイーリーに、こんな仕事を押し付けてしまって本当に良いのか?とお思いなのでしょう」
アルトゥールはリエットからイングリットに視線を移す。イングリットは少し困った様に、僅かに首を傾げてアルトゥールを見ている。
「陛下、敢えて言わせていただきますが、それは考え違いでございます」
リエットの言葉に広間は一瞬ざわついた。アルトゥールもリエットに視線を戻す。
「殿下は、両親を無くした頃の幼子ではありません。先程も申しましたが、殿下は既に王としての務めを果たされております。執務においては陛下や国務長官、補佐官方を始め多くの方の指導を受け、ありとあらゆる案件に通じ、外交でも各国の大使らと一歩も引けを取らないやり取りをなされています。その上、魔術師として魔法や魔法陣にも明るく、忙しい日々の中でも研鑽を重ねていらっしゃる。そして、あまつさえ」
リエットはアルトゥールから視線を外すと、壇の下に視線を向ける。
そこには少し心配そうな顔で壇上を見上げるキースがいた。次に上がる為に待機しているのだ。
「王位に就いた時の配偶者までご自分で見つけられました。そして一度は保留されたものの、見事に相手の心を掴み了承させ今日に至りました。既にこれだけの事を成された殿下であれば、この先も何の心配もございません。ご自身のお子様に引き継ぐまで立派に責務を果たされるでしょう」
ティアラをじっと見つめながらリエットの話を聴いていたアルトゥールは、一つ深呼吸をすると顔を上げ、イングリットを見つめた。
その目と表情を見たイングリットは小さく笑みを漏らすと、更に一歩近づき、アルトゥールがティアラを載せやすい様に、軽く膝を曲げる。
迷いの晴れたアルトゥールは、躊躇いなくイングリットの頭の上に両手を伸ばし、女王のティアラをそっと載せた。
エストリア王国史上8人目の女王が、268年振りに誕生した瞬間だった。
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